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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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『人間魚雷 回天』


人間魚雷「回天」の変遷とメカニズム
   海軍工廠技術陣が総力を挙げて開発
      1 船体構造
      2 頭部
      3 操縦
      4 機関
   過酸化水素の生産不足により、開発半ばで中止  回天二型
      1 船体構造
      2 頭部
      3 操縦
      4 機関
      5 燃料の安定化
      6 回天三型
   呉海軍工廠技術陣だけが開発に成功  回天四型
      1 船体構造
      2 頭部
      3 操縦
   電池魚雷を改造し開発された小型人間魚雷  回天十型
      1 船体構造
      2 頭部
      3 電池室と蓄電池
      4 操縦

現存する回天

大東亜戦争 戦局の変化
   日米関係のさらなる悪化
   さらに南方へ進出
   後退の道を進む日本軍
   航空機や特殊兵器で体当たり攻撃
   戦艦「大和」率いる第二艦隊の壊滅

回天誕生
   黒木大尉と仁科中尉、運命の出会い
   特攻に身を投じる青年士官が自ら考案
      驚異的な性能を誇る九三式魚雷を改造
      脱出装置は基地に置いてゆく

回天搭乗員募集
   生還の望みはないと知りながら、新兵器への搭乗を志願した若者たち

回天基地開設
   人間魚雷訓練の拠点として4基地を開設
   大津島(おおづしま)、光(ひかり)、平生(ひらお)、大神(おおが)の各基地で「回天」の猛訓練を開始
      大津島基地
          突貫工事で居住施設を建設
          徳山湾に浮かぶ面積4.73㎢の島
      光基地
          工員養成所に基地を開設
          基地周辺は古くからの港町
      平生基地
          大竹潜水学校柳井分校の建物を利用
          瀬戸内海の多島美に抱かれた阿多田地区
      大神基地
          1年2ヵ月の工期をかけて建設
          基地跡に残る幾つもの岩穴

大津島基地での厳しい搭乗訓練
   試作艇3基で搭乗訓練をスタート
   5つの訓練コースで操縦技術を習得
   月明りを頼りに泊地攻撃訓練
   本番さながらの航行艦襲撃訓練

回天基地での訓練生活
   命をかけた搭乗訓練
   訓練中に開いた回天ハッチ
   沖合いに現れた戦艦「大和」
   「上陸」―故郷の風景に再会

回天隊、初の悲劇[黒木大尉・樋口大尉 殉職]
   「天候が悪いからといって、敵は待ってくれない」
   回天を生んだ黒木大尉、無念の殉職
   仁科中尉、黒木少佐を偲ぶ
   絶命までの壮烈な12時間
   黒木大尉が艇内で書き綴った事故報告ノート
   樋口大尉の遺書

潜水艦への搭載から、目標艦攻撃まで
   回天への乗艇
   敵艦轟沈に向け爆走
   港湾停泊艦攻撃
   航行艦襲撃

突入 その瞬間まで刻む命

回天作戦の全貌
   停泊艦襲撃から航行艦襲撃へと移行
   本土決戦に備えて、基地回天隊を配備

回天特別攻撃隊
   菊水隊
      基地隊総員が見守る中で執り行われた短刀伝達式
      戦友たちの見送りに、軍刀を振りかざし出撃
      黒木少佐の遺骨を抱いて乗艇した仁科中尉
      油送艦「ミシシネワ」を撃沈
      爆雷攻撃により、潜水艦もろとも沈没した伊号第37潜水艦
      「もう一度行かせてください」―悲願の再出撃を聞き入れた海軍少将
   金剛隊
      警戒が厳しく、突入を断念した伊号第56潜水艦
      「我々4人の代わりに、あの8人を助けてください」
      「回天金剛隊の歌」を斉唱しながら、発進
      回天の気筒爆発、自らの身を海底に沈めた久住中尉
      突入前夜、念願の南十字星を探す18歳
      全艇発進、弾薬輸送船「マザマ」に突き刺さった回天
      母の着物で作った座布団を敷き、出撃した予備学生
   千早隊
      硫黄島付近で消息を断った2隻
      母の夢まくらに立ち、今生の別れを告げた搭乗員
      47時間もの連続潜航に耐え、帰還した伊号第44潜水艦
   神武隊
      突如の作戦中止命令が下る
      空の若者たちの特攻を導いた伊号第58潜水艦
      金剛隊のときと同様、発進できず帰還した伊号第36潜水艦
   多々良隊
      潜水艦4隻態勢でえ沖縄戦に参戦
      「絶好の死場所を得るまでは、生死を超克していくのだ。」
      出撃後、連絡を絶った伊号第56・44潜水艦
      荒天と厳重な警戒に遭い、帰還した伊号第58潜水艦
   天武隊
      「人間魚雷の本領を発揮せよ」
      出撃艇の手入れに込めた松田二飛曹の思い
      三好大尉の遺骨を胸に発進した柿崎中尉
      「ど真ん中を狙え!成功を祈る!」
   振武隊
      出撃―青く澄んだ空に翻る鯉のぼり
      帰投命令にも、「あと1日の猶予を・・・・」
      次々と故障に陥る回天、そして過酷な発進
   轟隊
      伊号第36潜水艦の悲劇―出撃前の訓練中に、2人が殉職
      新妻に別れを告げ突入した池淵中尉
      艇の故障に2度も泣いた久家少尉が突入
      消息を断った伊号第165・361潜水艦
      搭乗員を思いやる木原艦長
   多聞隊
      駆逐艦「アンダーヒル」を撃沈した勝山中尉
      爆雷攻撃の中―「回天を出してください!」
      原子爆弾を運んだ「インディアナポリス」を撃沈
      「行くか」「はい、行きます」
      「私は帰れません!」―帰投命令を拒んだ藤田中尉
      台風で流出した回天、失意の帰還
      ソ連参戦で、日本海方面へ
   神州隊
      終戦を知らぬままの出撃
      橋口大尉が打電した帰投命令
   白竜隊
      本土決戦に備えた重点配備基地
      歓呼の声に見送られ、いざ出撃
      「敵潜水艦の攻撃を受けたるものと・・・・」

終戦後も米軍を恐れさせた、見えない脅威「回天」

橋口大尉、松尾少尉の壮烈な最期

出撃を前に、若き命を散らした15人の搭乗員たち
   中島健太郎中尉、宮沢一信少尉
   矢崎美仁二飛曹
   三好守中尉
   阪本宣道二飛曹
   十川一少尉
   入江雷太一飛曹、坂本豊治一飛曹
   楢原武男一飛曹、北村鉄郎一飛曹
   山本孟少尉候補生
   和田稔少尉
   井手籠博一飛曹、夏堀昭一飛曹
   小林好久中尉

回天作戦による戦没搭乗員

遺書・遺稿 回天搭乗員 魂のメッセージ

人間魚雷回天 展示施設


今年の読書:50冊目



読書 | 18:11:24 | Comments(1)
犬の殺処分数、全国ワースト3位!
昨年度の我が茨城県の犬の殺処分数が全国ワースト2位から脱却し、ついにワースト3位になったという。
喜んでいいのやら悲しんでいいのやら・・・である。
2005年から2012年までは全国ワースト1位!(唖然)
2013年から2015年までは全国ワースト2位・・・
そして今回の2016年度は全国ワースト3位となったという。
減少傾向にあるというが、これは飼い主への啓発活動と、譲渡先を探すボランティア団体の協力のおかげだと県は言っているが・・・
本当だろうか?(大汗)

ずいぶん昔のことであるが・・・
我が町に「ゴミを減らす課」というのが出来た。(通称名だったかもしれない・・・今は存在していないと思うが・・・)
青年代表として、この「ゴミ減量」の成果を報告する会議に出たことがある。
課長さんは「目標を達成しました」と自慢げに報告していたが、質疑応答の時に発言をさせていただいた。
「ゴミ減量」は大いに結構だが、実態はごみ焼却場への家庭ゴミの持ち込みを制限していた。
例えば、蛍光灯は1本だけ、残りは持ち帰れと言われて受け入れてもらえなかった。
受け入れを制限することで「ゴミを減らせた」というのはおかしいのではあるまいか?
結局、受け入れを拒否されたゴミはどうなったか・・・
山の中のゴミ焼却場に向かう道路の脇に投げ捨てられているのである。
いわゆる「不法投棄」・・・(大汗)
わざわざ持ってきたゴミを「持ち帰れ!」と言われて素直に自宅に持ち帰る人は少ないだろう。(苦笑)
帰り道に、ドンドン道端にゴミを放棄して帰って行ったのである。(大汗)
ゴミ焼却場の職員も通勤で使用する道路わきにである。
これを課長が知らぬわけは無かろう?
「こういう実態をご存知ですか?」
「ゴミ焼却場への持ち込みを制限することが、ゴミを減らしていることになるのでしょうか?」
「その代わりに不法投棄が増えているんですけど・・・これをどうお考えですか?」
と発言したら・・・課長に睨まれた・・・(唖然)
ゴミの受け入れを制限すれば、そりゃぁ、焼却場で焼却されるゴミの量は減るよなぁ~(苦笑)
でも、それは、本来の「ゴミの減量」にはならないのではなかろうか?
その後、改善されたのだろう、そういうことは一切なくなったが・・・・
もう何十年も前のことだが、当時は“数字”さえ目標値に達すれば、それでいいという考え方だったのだろう。

この間は、私の友人が野良猫に噛まれそうになった。
かなり凶暴な猫で、襲ってきたという。
大人は何とか対処できるが、幼児が襲われたら大ごとだということで、県の、そういう動物保護をするような施設に連絡をしたらしい。
が・・・
担当者から「引き取らない」と断られたという。
凶暴で危ないから何とかしてくれと言ったらしいが、帰ってきた答えは「そちらで処理してください」とのこと。
つまり、受け入れない、引き取らない、捕まえには行かない・・・ということである。
「そちらで・・・」ということは、勝手に殺せということかと尋ねたら、答えなかったそうであるが・・・
もし、こういうやり方をしているなら、県としては殺処分をする犬・猫を減らせるよなぁ~(唖然)
全国ワースト1位から順次改善されてワースト3位になったと言われても、素直に喜べないなぁ~
あのゴミ焼却場の例をついつい思い出してしまうのである・・・・(大汗)
本来ならば、犬・猫の保護数にたいする殺処分数の“割合”で考えるべきではなかろうか?
受け入れを拒否すれば、自動的に殺処分数も減るわけだから・・・それじゃダメなんじゃないかなぁ~(大汗)

ところで・・・
動物園には何で犬や猫がいないんだろ?(笑)
犬も猫も動物なんだけど・・・
象やキリンなどだけが“動物”ということでもあるまい?(大笑)
動物園に犬・猫を保護する施設を併設して・・・
飼えなくなった犬・猫は動物園に持ってきてもらって保護し、犬・猫が欲しい人には、格安で売ってあげるとかタダであげるとかって出来ないのだろうか?

もしくは・・・
条例で強制的に“義務”として犬や猫の避妊や去勢をさせる。
違反者には罰金を課して、その罰金は保護している犬・猫の“生活費”に回す・・・(大笑)
どうしても避妊や去勢をさせたくない場合は、有料の許可制とする。
こうすれば・・・そのうち自然減となり、保護されたり殺処分される犬・猫は減るんじゃなかろうか?
避妊や去勢を強制するのは人権上(犬権?猫権?)問題があるかもしれないが・・・
この世に生まれてきてから殺処分するよりはいいと思うのだが・・・
茨城県としては昨年の12月に「県犬猫殺処分ゼロを目指す条例」が成立したのだそうだが・・・
それって、ただの“スローガン”なんじゃないの?(苦笑)
「殺処分ゼロを目指しましょぉ~!」って・・・スローガンでしょ?(苦笑)
“目指す”ということは、達成しなくても問題はないということですよね?(汗)
“目指す”ことが目的という条例って・・・いかがなものか・・・

いずれにせよ、ただただ殺処分数を減らせばいいという“数字”だけにこだわらない“施策”を取ってもらいたいものである。

エッセイ | 02:48:42 | Comments(0)
『時の旅 四百年 佐竹氏入部』


発刊によせて  秋田魁新報社 代表取締役社長 佐藤暢男

入部への序章
   常陸54万石から左遷
     国替えの命に驚がく
4つのルート
   「江戸・奥州道」が有力
     騒動恐れ「影武者」説も
     家臣らは終結後、北上
残されし人々(上)
   家臣末裔 ルーツ探し
     苦難の歴史ひもとく
残されし人々(下)
   “祖歴”を求め秋田へ
     東義久への思い強く
安東氏 その後(上)
   「秋田」の姓、連綿と
     宍戸経て三春城主に
安東氏 その後(中)
   「実」を捨て生き残る
     200年余三春藩で治世
安東氏 その後(下)
   歴史しのび住民交流
     「功績、語り伝えたい」
久保田築城①
   心機一転の領内支配
     「最上対策」も根底に
久保田築城②
   明確な都市計画持つ
     義宣、水戸での志貫く
久保田築城③
   川堀り替え 防備強化
     城直下から西へ移す
久保田築城④
   「内町」「外町」を隔てる
     新河川に外堀の機能
久保田築城⑤
   町割と一体化の構想
     中央集権の確立急ぐ
久保田築城⑥
   都市整備計画の核に
     現在に通じる先見性
久保田築城⑦
   堀や土塁の名残 今も
     堅固な造りの平山城
久保田築城⑧
   湊と直結の新道開削
     語り継がれる「靱負」
久保田築城⑨
   城下発展の一翼担う
     本丸跡に「靱負紀功碑」
町割・内町編①
   城を起点に5つの廓
     武士は身分順に居住
町割・内町編②
   農家 数カ所に集める
     楢山に「百姓屋敷」も
町割・内町編③
   慶長年間 原型完成か
     「3段階で工事」説も
町割・内町編④
   義宣自ら“陣頭指揮”
     豊富な木材資源活用
町割・内町編⑤
   広大だった梅津屋敷
     供養碑建立、業績今に
町割・内町編⑥
   東家の玄関 遥拝殿に
     遺構は今、倒壊の危機
町割・内町編⑦
   “転勤”重ね久保田へ
     塩谷氏、藩政の中核に
町割・内町編⑧
   藩政期の姿を現代に
     黒澤家を移築し復元
町割・内町編⑨
   家格が屋敷構え規定
     敷地や門など詳細に
町割・内町編⑩
   城西側に“総合庁舎”
     表方の諸機関を集約
町割・内町編⑪
   縁辺に置かれた足軽
     防衛の“最前線”担う
町割・内町編⑫
   多彩な機能の下屋敷
     舟運活用で川沿いに
町割・外町編①
   土崎湊から有力商人
     大町に、その後茶町に
町割・外町編②
   通町、大町 二階建てに
     威厳持たせた街道筋
町割・外町編③
   家督制採用 商い保護
     町ごとに「営業特権」
町割・外町編④
   参勤交代担う伝馬役
     間口に応じ公役課す
町割・外町編⑤
   馬口労町の商家潤う
     水・陸運に恵まれる
町割・外町編⑥
   妻入りの町屋連なる
     コミセが交流の場
町割・外町編⑦
   膨らんだ借家・長屋人
     経済を下から支える
町割・外町編⑧
   物流網を担った旭川
     住民の生活用水にも
町割・外町編⑨
   “職人の音”響いた町
     いなせで奔放な気風
町割・外町編⑩
   活況呈した“食料町”
     寺町近くに花街繁栄
町割・外町編⑪
   町人層を束ねた庄屋
     髪結いが悪者吟味役
町割・外町編⑫
   市で栄えた交通の要
     老舗が残る通町通り
町割・外町編⑬
   庶民を見守った神社
     今も息づく講や行事
町割・寺町編①
   城下防衛の前線担う
     40寺を強制的に集積
町割・寺町編②
   敵襲に備え階段状に
     陰陽道も鑑み配置か
町割・寺町編③
   謹慎者受け入れ弁護
     地域に根差した寺院
天徳寺物語(上)
   再三火難の憂き目に
     名実とも藩内最高位
天徳寺物語(下)
   威容誇る佐竹家霊屋
     義宣ら3代は地下に
郊外編・八橋(上)
   藩内随一の“繁華街”
     街道沿いに店ずらり
郊外編・八橋(下)
   総鎮守の繁栄 今は昔
     人形作りも後継者難
郊外編・御野場、御所野
   義宣ら鷹狩り楽しむ
     原野開き新田や村に
郊外編・川尻
   活況呈した舟運基地
     財政潤した鋳銭座も
郊外編・寺内
   連綿と古四王を信仰
     色濃い真澄の「足跡」
郊外編・土崎湊(上)
   城下しのぐ繁栄ぶり
     北前船で多大な利益
郊外編・土崎湊(下)
   “湊っ子”を育てた海
     役銀が藩財政を潤す
秋田藩・湯沢編(上)
   要衝に南家善種入城
     町割、水田開発に尽力
秋田藩・湯沢編(下)
   銀山と舟運で急成長
     政治経済の中心地に
秋田藩・大館編(上)
   北の守り担った西家
     町名に“往時の歴史”
秋田藩・大館編(下)
   給士は別経路で入城?
     意外な足取り浮かぶ
秋田藩・角館編(上)
   芦名氏、町の原形築く
     悲話残し3代で断絶
秋田藩・角館編(下)
   北家、京の風情を醸成
     初代義隣は公家出身
秋田藩・能代、檜山編
   豊富な秋田杉を移出
     海運業栄え町割進む
秋田藩・横手編
   「最上対策」考え支城
     須田氏、町づくり推進
秋田藩・六郷編
   今も残る義重の恩恵
     治世に力、繁栄の礎に
亀田藩編
   船税めぐり100年論争
     幸村と縁深い岩城氏
本荘藩編(上)
   “飛び地”象潟治める
     景勝守った僧・覚林
本荘藩編(下)
   240年余、六郷氏が支配
     楯岡氏の“遺産”継ぐ
矢島藩編
   讃岐から生駒氏移封
     教育や馬産振興に力
盛岡藩鹿角編
   資源めぐり藩境争い
     館預りに重鎮充てる
江戸編(上)
   豪壮な上屋敷構える
     家紋入り「鐙瓦」出土
江戸編(下)
   謎多い正洞院の“死”
     義宣、2カ寺建て供養
特別編(上)
   相次いだ藩主の急死
     継承めぐり毒殺説も
        義宣の“素顔”は
        時代読んだ義重
        「秋田騒動」の闇
特別編(中)
   花開いた「秋田蘭画」
     源内、直武を見いだす
        直武の波乱人生
        巨大風船と源内
        藩主・義敦の評価
特別編(下)
   不遇な死遂げた正純
     派閥闘争に敗れ配流
        横手の「上野台」
        「月印五本骨軍扇」
        義峯のフキ自慢
農業編①
   貢租確立急いだ義宣
     3度の「検地」を実施
農業編②
   重税にあえいだ農民
     飼料や人足まで負担
農業編③
   100年で17万石余開田
     一村興した渡部斧松
農業編④
   時代性映す撫斬事件
     傘形連判状で結束も
農業編⑤
   飢饉に苦しんだ農民
     藩境越え流民の群れ
農業編⑥
   歴史に残る北浦一揆
     藩政への不満が爆発
林業編(上)
   藩財政の重要な柱に
     乱伐が進み資源枯渇
林業編(中)
   筏組み米代川を流す
     夫役負担重く訴訟も
林業編(下)
   海岸線に一大砂防林
     定之丞らの苦労実る
鉱業編①
   活況呈した鉱山王国
     全国から労働者流入
鉱業編②
   院内銀山好況に沸く
     活気あふれる町形成
鉱業編③
   海を渡った阿仁の銅
     長崎貿易の主役担う
鉱業編④
   芸能、食文化栄える
     同職組合「友子」も誕生
商業編
   農村地域に商人台頭
     上方との直接取引も
漁業編
   ハタハタ肥料に活用
     八郎潟では氷下漁業
酒造編
   豊富なコメ用い隆盛
     今に生きる伝統の技
街道編(上)
   義宣 領内整備に着手
     「羽州」ルート変更も
街道編(下)
   尾花沢に残る佐竹道
     参勤交代時の本陣も
海運・舟運(上)
   コメや銅積み上方へ
     藩経済支えた北前船
海運・舟運(下)
   物流の“大動脈”雄物川
     穀倉地帯抱えて活況
下野領編
   江戸屋敷支えた飛地
     神社や用水路に名残
暮らし・風俗編(上)
   庶民に広がった娯楽
     芝居見物、旅行に人気
暮らし・風俗編(中)
   町人集い「ねぶり流し」
     竿燈の源、豊作も祈願
暮らし・風俗編(下)
   質素だった「食」と「衣」
     多様な餅、正月を飾る
教育編(上)
   藩校「明徳館」を創設
     組織的に人材を育成
教育編(下)
   寺子屋に庶民が集う
     女子も作法など学ぶ
総集編
   随所に先人の「遺産」
     未来を切り開く糧に

秋田藩および近隣諸藩(領)関連年譜


多岐に渡って、わかりやすく書かれていて読みやすく、内容も面白かった。
こういう構成の本も面白い。


今年の読書:49冊目



読書 | 23:17:29 | Comments(0)
福岡の慰霊祭に行けない!(涙)
今日は、福岡でガダルカナル島で全滅した部隊の慰霊祭がある。
毎年、この日に行われている慰霊碑だが、ここ数年、都合が合わず欠席していた。
今年こそは行けるかなと思ったら・・・
親父のおかげで、どう考えても行ける状態ではなくなった。
今までならば、1日に1回か2回、ヘルパーさんに来てもらって、親父の様子を見てもらうという程度で済んだが・・・
こうも衰弱されると・・・ちょっと一人で留守番をさせるというわけには行かない。
しかも瞼は“お岩さん”状態で片目しか見えない・・・(汗)
これじゃ行くわけにはいかないなぁ~(涙)

以前、この部隊の遺族会と一緒にガダルカナル島へ行ったので、その縁で福岡で開催される慰霊祭にも顔を出したが・・・
こういう“縁”は大切にしたいと思っていただけに、残念である。
まぁ、仕方がないか・・・・
自腹を切ってまで、わざわざ拙者が参列しなければならないという理由はない・・・
ただただ自己満足で参列しているだけのことなのだから、拙者が参列しないからといって誰も気にする人はいないだろし、誰かに迷惑をかけるわけでもない・・・
直接関係している戦没者の遺族ですら、年々参列しなくなっているのだから、遺族でもない拙者が必ず参列しなくてはならないということもなかろう。

今年こそは時間が取れるから行こうと思っていたので、なんとも気持ちが落ち着かぬが・・・
ここは親父を一番に考えてやらねばなるまい。
というわけで・・・福岡行きは断念する。(涙)

日記 | 21:13:19 | Comments(0)
中国公船の挑発・・・
尖閣諸島が国有化されて5年を迎えた。
が・・・
中国公船による領海侵入などの挑発行為は常態化しているという。
尖閣諸島は国有化しようとも中国には何の影響も与えなかったということか?

昨年度、海上保安庁は尖閣諸島警備の専従体制を作り、大型巡視船を12隻も配備した。
石垣海上保安部を全国最大規模の約700人態勢にもした。
が・・・
中国公船の領海侵入は毎年30件台のペースで推移しているという。
海上保安庁の巡視船12隻は“張り子のトラ”もしくは“田んぼの中のカカシ”ということか・・・(大汗)
何をされても手も足も出ない・・・手も足も出せないのである。
悲しいかな・・・であるが・・・
かといって、この中国の挑発に乗ったらおしまいである。
大戦中、中国は散々日本を挑発し、それに日本が乗ったがために日本は“悪者”扱いをされるようになった。
今回も同じパターンである。
散々挑発して日本が実力行使をすることを待っているとしか思えない。

これに対処するには・・・
裏で、かなり汚い手を使うしかない。
右手で握手しながら左手にはナイフを握るということをするしかない・・・
これが国際政治というものだろう。
ニコニコしながら握手して、相手が逃げられないようにして・・・(笑)
ニコニコしながら、左手に持ったナイフで何度も相手を刺すのである。(笑)
あとは、出血多量で相手が死ぬのを待つ・・・(大汗)
反日国家・中国は既にそれを実行している。
さて・・・潔癖症で真面目な日本人に、中国と同じような汚い手が使えるかどうか・・・

エッセイ | 02:16:07 | Comments(0)
『陸軍航空隊全史』


第1章 あけぼの

1 陸軍航空隊の夜明け
     シベリア出兵
     航空兵科の独立
2 日華事変の勃発まで
     錦州爆撃事件
     上海事変
     少年飛行兵の登場
     陸軍航空隊の仮想敵はソ連
     雪の2・26事件
3 常勝の日華事変
     華中・華南での戦い
     中国機、日本本土を空襲
     重慶爆撃とイ式重爆
     第3飛行集団、設定さる
4 ノモンハンでソ連と交戦
     問題となったタムスク大空襲
     ホロンバイルで大敗北
5 飛行戦隊と開戦準備
     飛行団と飛行集団

第2章 太平洋戦争の勃発

1 南方進攻作戦
     当時の状況
     二つのエリート集団
2 痛快なマレー作戦
     エンドウ泊地で反撃さる
     シンガポール総攻撃
     ああ飯沼飛行士
3 フィリピン攻略も順調
     コレヒドール要塞、大爆撃
4 蘭印作戦
     危なかったカリジャチィ飛行場
5 ビルマ進攻
     マグウエ航空せん滅戰
     加藤隼戦闘隊長の死
     蒋介石、危うし

第3章 好取り組みの時代

1 飛行師団の誕生
     陸軍飛行兵の身の回り
     東京、空襲さる
     その後の兵備計画
     雨の学徒出陣
2 太平洋戦争下の中国戦線
     香港島攻略
     長沙作戦の苦闘
     飛行機事故で大作戦中止
     恐るべきフライング・タイガー
     米第10空軍と第14空軍の創立
     第3飛行師団長、撃墜さる
     大陸打通作戦
     副大統領機を撃墜せよ
     B-29を防げ
3 撃墜王が輩出したビルマ航空戦
     ビルマのイギリス空軍
     ウインゲート空挺旅団
     「ロッテ戦法」の採用
     ビルマの撃墜王
     ラモウ守備隊の玉砕

第4章 押し戻される日本軍

1 ラバウルの第6飛行師団
     渇望される20ミリ機関砲
     陸軍機はなぜ海を飛べないのか?
     レンドバ島重砲への大戦果
2 ニューギニアに二つの飛行師団
     ホラ吹きケニー
     板花中将、ニューギニアへ
     第7飛行師団の応援
3 第4航空軍の苦杯
     ウエワクの悲劇
     フィンシハーフェン防衛
     ホーランディアの危機
     ホーランディア上陸さる

第5章 苦境にたつ日本空軍

1 陸軍機、初の体当たり
     米潜水艦撃沈
2 油田を守る第9飛行師団
     英空母機、来襲す
     英掃海艇に体当たり
3 霧の第1飛行師団
     ソ連軍との戦い
     対潜パトロールの陸軍機
     大本営直属の第1航空軍
     陸軍雷撃隊の誕生
4 北満州の守り
     ソ連軍、突如、侵入す
5 米機動部隊の来襲
     米第38機動部隊
     10月10日以降の大空襲
     陸軍雷撃隊の出動
     第8飛行師団と台湾沖航空戦
     海軍機を護衛して

第6章 ああ、特攻

1 レイテ島を防衛せよ!
     ネグロス島航空要塞
     レイテ航空総攻撃(10月24日)
     10月25日以降
     第30戦闘飛行集団、到着す
     オルモック湾の戦い
2 陸軍特攻の開祖
     その後の特攻隊
     隼特攻隊の登場
     第2飛行師団長、解任さる
     ネグロス要塞、危うし
     哀れ100式重爆呑龍
     敵ミンドロ島に進出
     敵撃墜王を倒す
3 第4航空軍司令官、逃亡す
     航空部隊、台湾へ撤兵
     建武兵団の地上戦
     なぜフィリピンで敗れたか?
     第4航空軍の解隊

第7章 空挺部隊かく戦えり

1 その誕生と装備
     痛快なパレンバン降下
     ビルマでの作戦中止
2 出血のレイテ島
     ああ薫空挺隊
     高千穂空挺隊の降下
     タクロバンとドラッグへ
3 壮烈、沖縄へ斬り込み
     義烈空挺隊、散華す。
     剣作戦、中止となる

第8章 本土防空作戦

1 北九州を守れ
     大阪・神戸の防空
     B-29に初めて体当たり
2 帝都上空の空中戦
     なぜB-29は墜ちなかったのか?
     震天航空隊の誕生
     火災による無差別爆撃
3 ああ、原子爆弾
     重爆隊の反撃
     荒馬、現る
     撃墜王の死(7月)
     ああ、原爆
     最後の空中戦

第9章 沖縄特攻

1 緒戦、敵旗艦に体当たり
     第6航空軍
     航空総攻撃の開始
     第3次航空総攻撃
2 疲れきった第6航空軍
     第4次航空総攻撃
     第5次航空総攻撃
     さくら弾、戦果なし
     沖縄、放棄
3 台湾の第8飛行師団

第10章 本土決戦

1 「剣」や哀れ

あとがき


今年の読書:48冊目



読書 | 23:21:09 | Comments(0)
親父を診察に連れて行く
今日、いつも親父が通っていた眼科からの紹介状を持って総合病院に親父を診察を受けさせるため向かう。
ついでに往診に来てくれている内科医からも紹介状をもらったので、それも持参・・・
今は紹介状がないと大きな病院は、なかなか受け付けてくれないのだそうだ。
紹介状なしで受診する場合は、5千円だか、いくらか多くお金を払わないといけないのだとか・・・(唖然)

昨晩、東京から妹が来てくれ、二人がかりでフラフラの親父を病院に連れて行く。(大汗)

この総合病院の眼科に見てもらったが・・・
まずは、MRIの検査をしようとのこと、その後、腫瘍の細胞を切り取って生研して悪性の腫瘍かどうかを判定するという。
で・・・そのMRIの検査は27日とのこと。
あらぁ~・・・ずいぶん待たされるんだぁ~(汗)
今までの様子からして、この瞼の腫瘍は、これからもドンドン大きくなっていくと思うんですけど・・・(汗)
最短で検査ができる日は27日しかないと言われれば従うしかない。
それだけ、世の中にはMRIの検査を受ける人が多いということか・・・(唖然)

生研に送る細胞を切り取る“手術”は来月の20日だという。
これまた、ずいぶん先の話だが・・・
その日しか空いてないと言われれば従うしかない・・・
親父は半分ボケている。
「細胞を切り取る間、じっとしていられますかね?」と医者に尋ねられたが、拙者にはわからない。
その時の、親父のボケ具合では、どうなるか・・・
いきなり頭を動かしちゃうかもしれないし・・・(汗)
それじゃ、全身麻酔で・・・ということになるのだが・・・
本人の心臓に問題があるのと、衰弱をしていることが気になる。
この状態で全身麻酔はマズイだろう。
医者も局所麻酔を考えているという。
とにかく、これからの検査、診察、入院の打ち合わせをして帰宅する。

来月は法人会の全国大会に参加するため福井に行く予定だったが・・・
来月は何だかんだで、とてもじゃないが行ける状態ではなくなった。(大汗)
拙者の予定は総てキャンセルするしかないな・・・(涙)
事務局へ連絡して、全国大会参加取り止めを伝える。
会報に載せる全国大会の記事は毎年、拙者が書いているが、今回は誰か他の人に頼むしかない。
福井のホテルの予約もキャンセル・・・
まぁ、仕方がないな・・・

夜、歯科医の”キタミさん”と飲み会。
これは以前から予定していたもの・・・
妹が今晩泊まって親父の面倒を見てくれるというので、こちらは予定通り飲みに出かけることが出来た。(喜)
いやぁ~助かった・・・(笑)

日記 | 21:33:01 | Comments(0)
今日は東京!
今日は午後に上京!
久しぶりに“カジさん”と食事会である。(嬉)
我が戦友会の遺族会員でもある“カジさん”も、昨日お会いした“ムラテさん“同様、拙者の兄貴分的存在の人で、ついつい甘えてしまうのである。(笑)
今回も、またまた夕食をご馳走になり、いつものコーヒーショップで、おしゃべりをする。
こういう時間が拙者には一番の気分転換となる。
本当にありがたい・・・・
感謝、感謝である。
今晩は東京に一泊・・・・

日記 | 21:24:44 | Comments(0)
30年ぶり(?)の再会!
今日は朝10時に33年前に知り合った“友人”と会う予定・・・
33年前にアメリカに語学留学していた時に知り合った“友人”であるが、年齢は拙者よりずっと(笑)上の方である。
この友人・・・“ムラテさん”は、短期の語学留学で、たぶん、1か月程度のお付き合いだったと思う。
知り合って間もなく帰国された。
その後、拙者も帰国し・・・たぶん30年ぐらい前になると思うが、拙宅の近くに出張で来た時にお会いした。
それ以降は、年賀状のやり取りだけのお付き合いだったが・・・
今回、また出張で近くまで来ているという。

我が町から各駅停車の電車に乗って30分弱で待ち合わせの駅に到着!
“ムラテさん”はホテルをチェックアウト後、名古屋に帰るまでに1時間しか余裕がないという。
その1時間だけでも、おしゃべりしようということで会うことにした。
親父のほうは、午前中に看護師が訪問してくれる予定なので、大丈夫・・・(笑)

30年ぶりの再会か!(大喜)
ワクワク、ドキドキだが・・・
よく考えたら、拙者が記憶している“ムラテさん”は30年前の若き日のお姿・・・(失礼!)(大笑)
あら・・・昔の顔しか覚えていない・・・(大汗)
大丈夫だろうか?・・・ちゃんと会えるだろうか?

改札を出たところで、声をかけられた!(驚)
ああっ!“ムラテさん”!!(大喜)
「君は変わらないねぇ~」と言われたが、“ムラテさん”も昔の面影が残っていた。(笑)
駅前のコーヒーショップで、おしゃべり・・・
わずか1時間だけだが、話が弾む。
なんでだろう?
わずか1カ月程度のお付き合いだったのだが・・・
アメリカでは“ムラテさん”は拙者の兄貴分だった人・・・
久しぶりに従兄にでも会ったような気分なのである。(笑)

学校の同級生ともなれば、少なくとも1年間のお付き合いをしているはずなのだが、なぜか同級生と会っても、ここまでは話は弾まない。
これが不思議である。
知り合った場所がアメリカだということもあるのかも。
短期間のお付き合いだったが中身が濃かったのかも・・・(笑)
33年前のことなど、ほとんど断片的な記憶しか残っていないのだが、なぜか話が弾む。
というより・・・ほとんど拙者が一人でしゃべりまくっていた感じ・・・(苦笑)
いやぁ~懐かしいなぁ~・・・嬉しいなぁ~・・・である。
やっぱり年賀状は大事だね。
年賀状のやり取りが続いていたから、今日の日を迎える事が出来たんだからね。

あっという間に1時間が過ぎ、特急列車に乗って帰る“ムラテさん”をホームで見送って帰宅する。
なんと充実した1時間だろう!
貴重な時間をくださった“ムラテさん”に感謝、感謝である。

日記 | 17:24:52 | Comments(1)
親父の瞼に腫瘍が・・・・
今年の6月以降、衰弱し続けていた親父だが、そのせいなのか、親父の瞼に“シコリ”が出てきた。
それが、あっという間に大きくなり、ついには「四谷怪談」の“お岩さん”のような状態となってしまった。
今まで通っていた眼科の診察予定は9月だが、親父の体力が回復し始めたので、東京から妹に来てもらい、予約を前倒しにして2人がかりで親父を眼科に連れて行った。

眼科はいつものように診察を待つ患者で座る場所もないくらい混雑している。
どうして、眼科は、こうも混雑しているんだろう?
そんなに目に病気のある人が多いのだろうか?
通常ならば、予約をしていても1時間以上も待たされるのだが、さすがに親父の姿を見た看護師が先生に言ったのだろう、早々と30分も待たずに診察してくれた。

「いつから、こんな状態になったの?」と医者・・・
「6月の診察の時に瞼に“しこり”らしいものがあるとお話ししましたが、あれからドンドン大きくなったんですけど・・・あの時、先生は、これは逆さまつ毛の影響でしょうとおっしゃいましたけど・・・」
「ここまで放置したんじゃマズイよなぁ~」
「仕方がないですよ。衰弱していてここに連れて来るのは無理だったんですから・・・」
なにせ、通常でも待ち時間は1時間以上、診察は5分程度、会計を済ませるまでには全部で2時間は必ずかかる。
予約をしていても朝の8時半に病院に入って診察を終えて帰るのは、いつも午前11時頃なのである。
この間までの、あの衰弱した状態では椅子に座って待つというのは無理である。(大汗)
ベッドでもあって横になって寝られればいいが、それは無理な話である。
この混雑の中、3~4人分の椅子を占拠して親父を寝かすわけにもいかぬ。
だいたい、ヘロヘロに衰弱しているんだから家から出られない。

ヘルパーや訪問看護師、往診に来てくれている内科の医者も、この瞼の“腫れ”には驚いていたが・・・
「眼科に連れて行った方がいい」と言われても、「この衰弱の中、動かせないでしょ?」と言ったら「そうですねぇ~」の答えのみ。
手の打ちようが、ここ2か月間、全くなかったのである。
とにかく病院へ行けるだけの体力の回復のほうに力を入れて、ようやく今日、実行に移すことが出来たのである。
「もっと早く連れて来い」と言われてもねぇ~・・・・無理だったんだよねぇ~(怒)

「うちでは手の施しようがないので、総合病院へ行くように」とのことで紹介状を書いてくれた。
あ~こりゃまた大変だ・・・総合病院は更に待ち時間が長いだろうなぁ・・・

こうなると、救急車を呼んで「急患」ということで病院に運んでもらい、診察を受けた方が手っ取り早いと考える人が出てきてもおかしくはないかも・・・(拙者はそんなことをしようとは思わないが・・・)(笑)

親父本人も大変だったろうが、連れて行くこっちもヘトヘトに疲れた・・・

日記 | 22:37:08 | Comments(0)
Jアラートは役に立つのか?
昨日、北朝鮮が弾道ミサイルを発射したそうだ。
で・・・・日本上空を通過して太平洋上へ飛んで行ったそうだ。
通過した場所は、北海道の襟裳岬上空とのこと・・・
弾道ミサイルは襟裳岬の東、約1180kmの太平洋上に落下したという。

例に漏れず、日本はこの弾道ミサイルを迎撃しなかった。
まぁ、仕方がないかなぁ~・・・・日本だから・・・(苦笑)
何でもかんでも、犠牲者が出てからじゃないと動かない国だからなぁ~

で・・・この弾道ミサイルの飛来について、Jアラート(全国瞬時警報システム)が、我が茨城県を含む12道県で避難を呼びかけたそうである。
ん?・・・北海道上空を通過したんだよね?
なんで茨城県に警報が発令されたの?(苦笑)
よくわからんなぁ~・・・この警報・・・

北海道上空を通過したんだよね?
それに対して茨城県民は、どこへ避難しろって?(大笑)
もしかして、北海道上空通過は“結果論”で、本当はどこを飛んでいるのか知らなかったとか?
とにかく、片っ端から警報を出しておきましょう・・・ということなのか?

警報を発するのは結構だが・・・
どこに避難しろっていうんだろう?
日本には現在、“防空壕”というのは無いのである。
弾道ミサイルが着弾するかもしれないから机の下に隠れろっていうのか?
それで身を守れると思っているのか?(苦笑)

警報システム以前の問題として「避難施設」を用意しておくべきではあるまいか?
まずは「防空壕」を用意した上で、警報の発令、避難指示ではあるまいか?

防空壕を造ろうとか、個人宅に地下室を造ろうとかというのは、一度、ミサイルの犠牲者が出てからでないと、やらないんだろうなぁ~
ということは・・・このJアラートは、現状では何の意味もないのではなかろうか?
下手に知るより“知らぬが仏”のほうがいいんじゃあるまいか?

エッセイ | 21:42:26 | Comments(0)
茨城県「ヤード」条例の効果
自動車の解体施設を「ヤード」というらしい。
この「ヤード」の届け出を義務化した茨城県独自の規制条例が4月に施行された。
ということは・・・今までは無届けで勝手に何をやってもよかったのか?(汗)

我が茨城県の自動車盗の発生率は昨年まで10年連続の全国ワーストワンである。
10年も連続とは・・・大したものである。(苦笑)

この「ヤード」の適正化を図る条例により、中古車等の自動車を引き取るときに相手の免許証の写しなどの保管をしなければならないとか、「ヤード」経営者の氏名や住所などの届け出が義務付けられたそうである。
これ、当たり前のことだと思うのだが、今までが、そうじゃなかったことに驚く。
持ち込まれる車が盗難車の可能性もあるわけだから、持ち込んだ人の身分証明の写しくらいは保管するのは”商売”として当たり前のことだと思うのだが・・・
この「ヤード」の経営というのは、今まで、かなりいい加減なものだったのか?
空き地があれば、誰でも“経営”が出来ちゃったわけ?(唖然)

日本在住の、どこかの国の人間が“経営”していたとすると、怖くて手が出せず、怪しいと思っても見て見ぬふり、今まで黙認していたのかな?(大汗)

この条例を受けて、茨城県警は「ヤード」への立ち入り検査を強化したらしい。
そのせいか、今年の自動車盗の認知件数は大幅に減ったという。
7月末現在で、昨年比330件も減ったそうだ・・・(驚)
盗難車を処分するルートの一つである「ヤード」が厳しく管理されたら効果てきめんということか?
ということは・・・今までは、それだけ、自動車盗と「ヤード」が直結していたということになるか?
「ヤード=盗難車処分場」ということか?
まじめな解体業を営んでいる人にとっては迷惑な話だろうなぁ~

それでもまだ、「違法ヤード」というのがあるらしい。
この条例には罰則が設けられているそうだが、届け出義務違反とか、相手の確認の義務違反の罰則は、3か月以下の懲役か30万円以下の罰金だそうだ。
甘いんじゃない?
もっと罰則を強化して、違法行為をやったら“割が合わない”というようにしないと根絶できないんじゃなかろうか?
30万円以下ではねぇ~・・・
摘発される前にガッポリ儲けて、最高額でも30万円だけ払えばいいんでしょ?
それじゃ無くならないんじゃないかね?・・・・「違法ヤード」・・・・

エッセイ | 20:02:56 | Comments(0)
自動運転の“罪”
法人会の理事会後の懇親会の席でのこと・・・・
会場でビールを勧められたが断った・・・

「え?ウーロン茶?」
「いやぁ~車で来たものですから・・・」
「あ~それじゃ、駄目だね」
「え~・・・私の車は自動運転じゃないので・・・」(笑)

と・・・冗談話から話が弾んだ・・・

「そうかぁ~・・・でも、自動運転だったら酒を飲んでも大丈夫なんですかね?」
「いいんじゃないんですか?酔っぱらっていても・・・だって、自動運転ですから、私は運転してないもん!」(笑)
「そうだよねぇ~」
「だから、ビール瓶を片手に運転席に座ってラッパ飲みしていても大丈夫でしょ?」(大笑)
「いや・・・それは、ちょっとやり過ぎでしょ」(苦笑)
「でもハンドル握ってないし・・・アクセルペダル踏んでないし・・・ただ座っているだけですけど・・・」(笑)
「そうだよなぁ~・・・・そういう場合、どうなんだろうねぇ~」(苦笑)
「自宅でソファーに座って酒を飲んでいるのと同じ状態なんですけど・・・」(笑)
「そうだよなぁ~そういうことになるよなぁ~」(苦笑)

酒気帯びした人、もしくは泥酔した人が運転席に座って「自動運転」で車を“運転”した場合、これを「酒気帯び運転」とか「飲酒運転」という罪に問えるだろうか?
法務省はどう考えているのだろう?
もしかして「酒気帯び運転」とか「飲酒運転」という言葉は死語になっちゃうかも・・・(大笑)
そうなると・・・「酒気を帯びた状態もしくは泥酔した状態で自動運転の設定をした罪」という新たな刑罰を作っておかないとマズイんじゃあるまいか?(大笑)

で・・・さらに思ったのだが・・・
「居眠り運転」も同様で・・・
車は自動運転、運転席には熟睡した人が乗っていた・・・なんていう場合も、どうなるんだろう?
「運転」していないんだから「居眠り運転」じゃないよね?(苦笑)

たとえば・・・パトカーから「前の車!止まりなさい!」と言われても、「自動運転」だから止まらないと思うんですよね。(大笑)
この時に、万が一、ブレーキペダルを踏んじゃうと、その時点で「自動運転」ではなくなるわけで・・・
その時点で、酒気帯び運転や飲酒運転、居眠り運転を指摘されて罪に問われちゃうでしょうから・・・
それなら警告を無視して「自動運転」のまま走り続けたらいいということになる。
そうなった場合、警告を無視したんだから・・・「公務執行妨害」ということになるのかな?(苦笑)
「公務執行妨害」をしたのは、運転席に座っていた人なのか、それとも「自動運転」で走り続けた車なのか・・・
「車の調子が悪くて自動運転が解除できなかったんです!」(涙)と言い訳されたら・・・
警察は、どちらを罪に問えばいいんだろう?(大笑)

「自動運転」って便利なようで厄介なような気がしてきた・・・(大汗)

エッセイ | 22:53:00 | Comments(0)
大腸の内視鏡検査を受ける
今日は、拙者自身の検査・・・・
気になっていた大腸の内視鏡検査である。
前回の検査は、もう10年ほど前のこと・・・・
母が亡くなってまもなくの頃で、自分では頑丈だから大丈夫と思っていたが・・・
看病疲れと母を看取ったショックと生まれて初めて葬儀を出すということで、かなり精神的にも肉体的にも参っていたのだろう。
自分では全く自覚がなかったが、検査をしてみたら大腸にポリープがあったので切除した。
あれからもう10年も経つ・・・
あっという間だなぁ~(唖然)

1年後に再検査をするはずが、ズルズルと延びてしまい10年である・・・・(苦笑)
ヤバイよなぁ~・・・これ・・・・
体質的にポリープができやすい体質ならば、10年も放置というのはヤバいだろ?(苦笑)
なんか・・・腸に違和感を感じているのはそのせいかもしれない。

で・・・・今日、ようやく検査をすることにした。

大腸の内視鏡検査は“大変だ”“苦しいらしい”とかって聞くけど、なぜか拙者は何ともない・・・(笑)
看護師が「痛み止めの薬を使いましょうか?」と言うが、お断りする。
ウトウト寝ている間に検査が終わるらしいが、それでは、折角、自分の大腸内部を見られるチャンスを失うことになるので、それは嫌だ・・・(苦笑)
特に痛みも感じないし・・・・いいんじゃない?・・・このままで・・・・(笑)

横になってモニターを見ながらの検査・・・・
ほぉ~・・・・である。(笑)
自己診断では、どこにもポリープらしきものは見当たらない。
うん、異常なしだな・・・と自己判断する。(大笑)

ずいぶん昔・・・・胃のレントゲン写真を見せてもらって、すぐに胃潰瘍の部分をみつけたことのある拙者である。
自己診断については、生意気にも“自信過剰”なところがある。(大笑)
後日、血液検査、超音波、CTの検査結果などとまとめて医師から報告を受けることになっているが、とりあえず、大丈夫だろう。

胃や腸の違和感は「気のせい」ということで片づけることとする。(大笑)

日記 | 19:43:54 | Comments(0)
『日本人とロシア人』


日本と隣国ロシア
     地図上の日本
     シベリアへの進出
     蝦夷地の開発

ロシア人の東方発展
     イヴァン雷帝の時代
     コサックとは?
     シベリア征服のはじまり
     ロシア人の開拓精神
     オホーツク海沿岸へ
     ポヤルコフの探検

アトラソフと伝兵衛
     デジニョフのアジア北東端回航
     カムチャーツカ半島へ
     漂流の日本人
     大坂を出て7年
     ピョートル大帝
     日本語学級の教師として
     日本語学級後日譚

ベーリングの探検
     ネルチンスク条約
     千島の探検
     ピョートルの熱中
     第1回の探検
     発見者フョードロフ
     第2回の探検へ
     遭難と死と
     チリコフの航海

元文の黒船
     シュパンベルグ、日本へ
     東北の東海岸へ
     おく病な艦長
     日本側から見た異国船
     房州沖の黒船
     紙幣と思ったはトランプ

ハンベンゴローの警告
     カムチャーツカ脱出
     オランダ商館長へ
     ロシア人南下の警告
     ラッコを追って
     イルクーツクの日本語学校
     松前藩とロシア
     赤蝦夷のうわさ
     交易を求めるロシア人
     江戸へは内密

幕府の蝦夷地巡視―工藤平助と林子平
     鎖国時代のロシア観
     松前藩のロシア知識
     長崎からおこる北辺論
     『赤蝦夷風説考』
     第1回の蝦夷地巡視
     罰せられた林子平

最上徳内と3人の赤人
     師の代わりに
     3人の赤人
     禅問答
     庭に十字架が
     つづく激論
     ウルップ島から戻って
     別離
     北方問題の先駆者

大黒屋光太夫とロシアの女帝
     漂流8ヵ月
     孤島へ上陸
     苦難のなかの喜劇
     出迎えを待って
     カムチャーツカへ
     レセップスとの出合い
     イルクーツクへ
     庄蔵の入信
     救いの人
     首都ペテルブルグへ
     新蔵の来訪
     女帝の招き
     女帝の手にくちづけ
     気に入られた光太夫
     光太夫を詠んだ歌謡曲
     都内の見学
     帰国のゆるし
     女帝のおくりもの
     首都へのわかれ
     生別離苦のかなしみ
     キリール夫人さようなら
     ヤルクーツクへ
     シベリアの炎暑の旅
     キリールとのわかれ

最初の遣日使節
     エカテリーナ2世の遣日勅書
     アダム・ラクスマン中尉
     根室に到着
     根室で越年
     熊蔵と小市の死
     箱館へ
     松平定信のはら
     松前へ
     幕吏との会見
     光太夫らの引っ越し
     ラクスマンの贈答品
     使節の帰国
     漂民ご覧の光景
     お飼殺しの一生
     光太夫の死

近藤重蔵らの活躍
     急迫する北辺情勢
     ロシアの事情
     最初の世界周航計画
     仙台漂流民が同乗
     上陸はしたが・・・・
     幕府の応接
     遠山の金さんとの会見
     レザーノフの失望
     仙台漂流民の運命
     レザーノフの死
     世界周航が終わる
     レザーノフの内命

ゴロヴニンの日本幽囚
     ロシア将校らの海賊行為
     ゴロヴニンの逮捕
     松前での軟禁
     脱走の失敗
     捕らえられた高田屋嘉兵衛
     「長官」とうやまわれて
     間宮林蔵との会見
     クナシリへ
     リコルド、箱館へ
     ゴロヴニンの帰国
     高田家の没落

最初のロシア語通訳
     上原熊次郎と村上貞助
     足立左内と馬場佐十郎
     ゴロヴニン『日本幽囚記』

文化年間の漂流民
     安芸の久蔵
     『漂流聞書』と種痘苗
     尾張の小栗重吉
     漂流民のロシア語
     その後の日本語学校

プチャーチンの長崎談判
     まず日本語の研究
     リンデンベルグ、下田へ
     漂流民の受けとりを拒絶
     プチャーチン、長崎へ
     見えかくれする大砲
     待たされた3ヵ月
     会談の開始
     激論の国境問題
     談判終わって

下田条約の締結
     クリミア戦争の勃発
     プチャーチン、大坂へ
     談判の開始
     談判つづく
     川路聖謨と写真
     修好条約の調印
     両全権の感想

戸田村のロシア人
     幕府、造船を許可
     造船の開始
     困難をのりこえて
     村民との交流
     船の竣工と帰国

密航者橘耕斎
     なぞの生いたち
     日本脱出
     ペテルブルグへ
     日露事典の刊行と協力
     “蔭の接待者”
     姿をあらわした橘耕斎
     おどく森有礼
     帰国と晩年

日露通商条約の締結
     幕府、蝦夷を直轄
     日露通商条約の締結
     ムラヴィヨーフ、江戸へ

ロシア・士官水夫殺傷事件
     オールコックの見た殺傷事件
     ロシア士官の記録
     犯人は水戸浪士

対馬事件
     竹内使節団
     ペテルブルグへ
     実らなかった交渉
     帰化をすすめられた諭吉
     交渉再開へ
     暫定協定に調印
     日本最初の樺太周航者岡本監輔

最初の遣露留学生
     人選
     出帆
     首都における生活
     新学期はきたが・・・・
     山内の帰国
     留学生の帰国

箱館にきたロシア文化
     レーマンとマクシモーヴィッチ
     牧野富太郎とマ博士
     ロシア行きの挫折
     ゴシケーヴィッチ領事
     洋医診察と洋式建築
     長崎花街のロシア語

榎本武揚と樺太・千島交換条約
     維新はじめの外交
     樺太問題と黒田清隆
     榎本と黒田
     ペテルブルグへ
     西徳二郎
     もつれる交渉
     条約の調印
     舞踏会に招かれて
     露土戦争の報告
     帰国の決定
     シベリアを横断して
     その晩年

大主教とニコライ堂
     ニコライ堂を建てる
     鎖国禁教下の日本へ
     ニコライ、東京へ
     半世紀におよぶ日本伝道

大津事件と日本の司法
     真夜中の非常ラッパ
     ロシア皇太子の来日
     皇太子切らる
     犯人、津田三蔵
     天皇のマッチ・サービス
     山をなす見舞品
     皇太子の帰国
     死刑をのぞむ政府首脳
     児島惟兼
     公判と司法権の独立
     激怒する西郷内相
     後日談

福島中佐のシベリア単騎横断
     二つの冒険
     シベリア横断へ
     盛大な歓迎式

二葉亭四迷とロシア文学
     生いたち
     外国語学校入学
     ロシア語の授業
     文学に魅せられて
     外語の廃校と退学
     『浮雲』
     青春彷徨
     外国語学校教授として
     職を投げうつ
     ハルビンにて
     北京から帰国
     朝日新聞社入社
     日波協会
     第二のチャンス
     いよいよ出発
     白夜の露都
     重なる不運
     死の航路

ロシア人捕虜と松山収容所
     日露戦争勃発
     ロシア戦傷兵、松山へ
     捕虜第一号
     捕虜慰問
     捕虜の観光
     労役と学校
     海軍少尉レインガルト
     “オハナサン”
     外出禁止
     恋文がばれて
     実らなかった恋
     捕虜の帰国

広瀬武夫とロシアの恋
     “軍神”という虚像
     「ロシア語をやりたい」
     ロシア留学へ
     ペテルブルグへ
     スペランスカヤ嬢
     ロシアの家にうつる
     ロシア語の勉強
     駐在武官になる
     コヴァレフスキー少将一家
     アリアズナ嬢の訪問
     わきたつ血
     父の死
     ソリに乗る約束
     破られた「相思の情」
     さらばペテルブルグ!

あとがきにかえて (中村新太郎)

後記 (中村新珠)

主要参考文献

写真出所一覧

【地図】
千島・樺太周辺
ベーリング海・アレウト列島周辺
日本とロシア


今年の読書:47冊目



読書 | 22:42:24 | Comments(0)
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