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Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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嫌いな言葉は「復興五輪」
東京オリンピックを「復興五輪」と位置付けるというような言い方がある。
が・・・私は、この「復興五輪」という言葉が大嫌いなのである。(大笑)

“復興”とは、平成23年3月11日に発生した東日本大震災からの復興を指すのだと思う。
あれから5年が経っている・・・・
東京オリンピックは2020年7月から東京で開催される予定である。
今から4年後という事になる・・・

ということは・・・・
東京オリンピックが2020年に開催されるのは、震災から9年後ということである。
被災してから9年も経っても“復興”していないなんて、日本の恥ではなかろうか?(苦笑)
それとも9年経っても“復興”が完了しないことを前提にしているのか?
わざと“復興”を完了させないようにするつもりか?
補助金を欲しがる連中は、いつまでも“復興”が続いてもらいたいだろうが・・・(苦笑)

本来の“国の強さ”、“民族の強さ”とは、何があっても平然と構えていることではあるまいか?
さっさと“復興”を終わらせて・・・・
「震災?へぇ~そんなことありましたっけ?そういえば・・・そんなことがあったかも・・・」である。(大笑)
ケロケロっとしてオリンピックを開催すべきである。
9年も経っているのに“復興”なんていう言葉が使われるようでは、いかに日本という国が能力のない弱い国であるか、日本国民はいかに弱い民族かを世界に発信することになるんじゃないか?
これは日本の恥だろう?
同情を買おうという行為くらい、みっともないものはない。

9年後には、さっさと“復興”を終わらせて平然と構えるべきである。
いつまでもグダグダとやっているのは・・・・“日本人”じゃないな・・・(苦笑)
出来るだけ長い期間、もらえるだけカネを引き出してやろう・・・なんて考えてるのは・・・“日本人”じゃないな・・・(苦笑)

「復興五輪」・・・・私は、そんな言葉は聞きたくもないし見たくもないのである。(怒)

エッセイ | 11:56:59 | Comments(1)
どこが民主主義?
米国の大統領選挙で、トランプ氏が当選し、次期大統領に決まった。
と・・・その直後からデモ行進・・・(唖然)
投票に不正行為でもあったのか?
もう一度、数え直せとでも言っているのかと思ったら・・・
「我が国の大統領として認めない!」ってなことを叫んでいるらしい・・・(唖然)
選挙で決まったんですけど・・・・(汗)
“選挙”って民主主義のツールでしょ?
皆さんの思いが反映しているんですよね?(苦笑)
投票の結果は民衆の大多数の意見が反映されているんじゃないの?(笑)
結果が出たあとになって、グダグダと文句を言うのは、おかしいと思うんですけど・・・

投票に不正があったとかという抗議デモならわかるが・・・
どういう神経をしているんだろう?・・・・アメリカ人は・・・・
民主主義を何と思っているのだろうか?
決まっちゃったものは仕方がないでしょ?
決めたのは、あなた達なんですけど・・・・(大汗)

大統領選出のシステムに問題があるのなら、それに対して改善を求めるべきで・・・
選挙の結果、決まったトランプ氏を非難するのは、おかしいだろう?
抗議をするなら、トランプ氏に票を投じた代議員に文句を言うべきである。

この前の、英国のEU脱退の国民投票もしかりである。
こちらは直接投票・・・・
で・・・EU脱退に決まった途端、「もう1回投票をやり直すべきだ」と大騒ぎ・・・
まさかの結果が出たので、やり直せと言うんだから、恥知らずとしか言いようがない。
「紳士の国」が聞いて呆れる。
脱退は、皆さんの投票の結果で決まったんですよぉ~
今更、何を言ってるんですかぁ~?
「脱退賛成に票を入れたが、まさか本当に脱退することになるとは思ってもみなかった。もう一度投票をやり直してほしい。今度は反対票を投じるから・・・」などと平然とTVのインタビューに答えているバカがいたのには呆れた。

“民主主義”も、こうなったら、おしまいだな・・・
どうして、こうも欧米人はバカばかりなんだろう?
あなた達が民主主義っていうのを作ったんじゃなかったっけ?(汗)
自分たちで自分たちの民主主義を破壊するような発言や行動をするんだから・・・お粗末である。

よくもその程度の認識で、中東あたりに“民主化”とか言って首を突っ込んだものだ。
おかげで中東では多くの人が命を落としている。
おまえら欧米人が首を突っ込まなければ、多少の問題はあるにせよ、あれほどの人命を失うこともなく、多くの難民を作ることもなく、平和に暮らせていただろうに・・・・
あれは“民主化”ではなく、本当はキリスト教徒によるイスラム教徒への弾圧ではなかろうか?
“民主主義”をわかっていない連中が他国を“民主化”できるわけがない。(大笑)

民主主義が何たるかを知らないような国に媚びなくてはならない我が国は、さらにレベルが低いと言えよう。
あの民主党政権がいい例である。

どの国も国民レベルが下がっている・・・・
あぶないなぁ~民主主義・・・・崩壊しちゃうかもなぁ~
いや、じつは、もう崩壊しているかもしれない・・・

エッセイ | 21:01:47 | Comments(1)
大古書市に行く
今日は恒例の「大古書市」に、水戸藩士の“シミズくん”と出かける。
もう、楽しくて仕方がない。(大喜)
古書を見て、買おうかなぁ~どうしようかなぁ~と悩むのが、また楽しい。
あっという間に1時間、2時間と時間が過ぎていく。
そんなに本が好きならば図書館に行けばいいじゃないかと思う人がいるかもしれないが・・・(苦笑)
なぜか、図書館の書架を眺めても、この“興奮”は得られないのである。
どうしてなのかはわからないのだが・・・(苦笑)
だから、本好きと言っても、図書館に行くことはない。
もしかしたら、最初から“借りる”というのがネックになっているのかもしれない。
やっぱり、自分の手元に置きたいのである。
そのためには買わなければならないのだが・・・
「おお!これはいい!貴重な本を見っけ!」(笑)
「いくらだ?・・・・う~ん・・・どうしようかなぁ~買おうか買うまいか・・・」と悩む・・・
で・・・「よしっ!買うぞ!」という、このプロセスがいいのだ。(大笑)
“身銭を切って手に入れる”というのが興奮するのである。(大笑)

で・・・今回も・・・何冊も購入してしまった!(大汗)
前回、前々回に買った本をまだ読み終えず、“積読”状態だというのに・・・(大汗)
やっちゃった!
一生かかっても我が家にある本は読み切れないかも・・・(大汗)
病気だな・・・これ・・・(大笑)
“古書依存症”という病気かも・・・(大笑)

日記 | 21:02:57 | Comments(0)
『処置と脱出』




1 対岸の砲声

2 処置と自決

3 鬼に涙などあってたまるか

4 脚の折れ目から先がじゃまする

5 このまま埋めてくれ

6 貴官の腰のものを拝借したい

7 竹林よ さようなら

8 突撃

9 桃源郷

10 きさまたちかい

11 抱き合い心中かい

12 患者を拾う

13 強行渡橋

14 バヨンボンもついに空し

15 竹管の祭礼

16 捕虜の道案内

17 ウェーはどん位

18 死を待つ患者たちへ野花を

19 寄せ書きと婦女子の爆砕

20 兵隊さん殺してったら

21 易水送別

22 レストハウスも空し

23 ナムミョウホーレンゲキョウ

24 高原の酒宴

25 訣別

あとがき


本書は、福岡県の金田町の町長をされた方の従軍体験記らしい・・・
「らしい」というのは、本書の内容が、あまりにも小説的なのである。
その表現は、まるでプロの作家の手になるものではなかろうかと思うほどの、すばらしい表現なのである。
だから、よくある「体験記」という感じがしないのである。
著者は兵站病院に勤務する兵隊だったらしいが、残念ながら部隊名は明記していない。
「A兵站病院」と仮名になっている。
通常、兵站病院ならば、病院名は数字で表される。
「第74兵站病院」とか・・・
間違っても「A」などというアルファベットは使用しない。
著者はなんで自分の部隊名(兵站病院名)を明確にしなかったのだろう?
やっぱり、これは小説だからなのだろうか?
「本書は自分の体験した事実に基づいた小説です」とも明記していない。
さて、本書はノンフィクションなのか、フィクションなのか、それともノンフィクション・ノベルなのか?
このところを明確にしていなかったのは残念である。
作り話(小説・創作)なのか事実を書いたものなのかで、読み手の受け取り方が変わってしまうと思うのである。

著者の「体験」は、フィリピン戦線でのこと。
ルソン島の北部で、兵站病院は北へ北へと転進する。
つまりは、逃避行である。
本院が先に転進した後、残された分院が、その後を追って転進する。
その分院の責任者となったのが著者らしい。
本書は、その転進中のわずか1週間程度の短い期間に限定した「体験記」なのである。
短い期間内の出来事なのに内容は、かなり濃い・・・
加えて、その表現力のすばらしさには驚いた。
こういう「小説」を書いてみたいものだと思うほどの表現力である。
凄い文才だと思う。

著者の逃避行したルートは、私も過去に何度か行ったことがあるルートと重なる部分が多い。
知っている町の名前などが出てくる。
読んでいて、あ~あのあたりかと、その景色が目に浮かぶ。
北部ルソンは、進撃してくる米軍から逃れる日本軍将兵や在留邦人が悲惨な末路を辿った地域・・・
たぶん、本書に書かれていることは“事実”なのだろうと思う。

多くの人たちが、それぞれの、さまざまな体験を「体験記」として残す。
その内容は十人十色である。
本書のような、こういう体験をした人もいたのか・・・・
しかし、「体験記」を残せる人は、ある意味、幸せかもしれない。
北部ルソンの山岳地帯で逃避行中に命を落とした人たちは、その体験を書き遺すことが出来ないのである。
伝えたくても伝えられない・・・・
本書が、ノンフィクションなのかノンフィクション・ノベルなのか、フィクションなのかは別として・・・
この素晴らしい文章は、その方々の代弁もしているような気がした。


今年の読書:56冊目



読書 | 01:12:26 | Comments(0)
博物館に行く
今日は水戸藩士の“シミズくん”とドライブ・・・・
那珂市の「歴史民俗資料館」で開催されている特別企画展『戦国大名 佐竹氏の軌跡』を見に行く。(喜)

DSCN3289_convert_20161208205232.jpg DSCN3291_convert_20161208205259.jpg
(那珂市歴史民俗資料館)

この資料館は初めて来た場所・・・・
こういう地方の小さな資料館というのも、意外にも面白かったりするのである。(笑)
特別企画展のほうは・・・パネル展示だけというもので、ちょっと拍子抜けしたが・・・(苦笑)
まぁ、そんなものだろう。

思った以上にタップリと時間をかけて見学する。
う~ん・・・満足!
非常に充実した一日を過ごせた。
車を運転して拙者をここに連れてきてくれた“シミズくん”に感謝!感謝!(大喜)

日記 | 13:52:13 | Comments(0)
海保の予算を増やすべし!
海上保安庁の巡視船および巡視艇は現在366隻あるという。
ところが、そのうちの35%の129隻が耐用年数を超えているのだそうだ。

最大の原因は、1977年に制定された領海法・・・
従来、領海は沖合3海里(約5.5km)だったものが、この時に沖合12海里(約22km)に拡大された。
また、同じ年に施行された漁業水域暫定措置法で漁業管轄権が及ぶ範囲を沖合200海里(約370km)と設定された。
これらの法律により、海上保安庁の活動範囲が一気に広がったのである。

このため、1977年~1980年までに一気に107隻の巡視船・巡視艇を建造したのであるが・・・
2000年頃から、これらの艦船の更新時期を迎え始めた。
ところが・・・これらの更新が進んでいないのだという。

比較的大型の巡視船の耐用年数は25年、小型の沿岸警備用の巡視艇などは20年が耐用年数だと決められている。
よほどのバカじゃなければ、ちょっと計算すれば、いつ頃に何隻の船が耐用年数を迎えるかがわかるはずだが・・・(汗)
今まで、いったい何をやっていたのか・・・
「更新が進んでいません」で済む話ではなかろう?

大型の巡視船の建造費は1隻、100億円以上かかるという。
それに対して海保の艦船や航空機の整備費用は当初予算で300億円程度だという。
全額を艦船の建造に当てても、大型巡視船は1年に3隻しか建造できないということになる。
これまた、よほどのバカじゃなければ、わかることである。

で・・・耐用年数を迎えたオンボロ艦船は129隻もあるのであるから・・・・
これをすべて新造船と入れ替えるには何年かかるのかな?
高級官僚にとっては、かなり難しい計算かな?(苦笑)

現在、沖縄周辺海域、尖閣諸島周辺海域は中国の傍若無人な行動で危機を迎えている。
できるだけ多くの海保の艦船を投入して監視活動をしなければならないというのに、129隻もが耐用年数超過とは・・・・
騙し騙しで使うにしても限度があろう。
耐用年数を過ぎて老朽化した艦船はスピードが出なくなるという。
船体の老朽化もさることながら、エンジンがダメになってしまうらしい。
スピードが出ないのでは、取り締まりができないではないか?
80歳を過ぎた老警官が10代のかっぱらいを追いかけるようなものである。(苦笑)

中国側も、この海保の状況を知らぬわけがない。
129隻もの艦船が一気に引退してくれれば・・・と手ぐすねを引いて待っているかもしれない。
海保の艦船が不足しているからといって海上自衛隊の護衛艦を投入するわけにはいかない。
それこそ戦争になってしまいかねない。
となると・・・黙って、日本の領土が「漁民」と称する中国人に侵されるのを見ているしかないか・・・・
北朝鮮などの「密航船」を黙って放置するしかないか・・・・
中国の「密漁船」に漁場を明け渡すしかないか・・・・

こうなったら一気に海保の艦船・航空機整備費を10倍以上に増額させねばなるまい?
大型巡視船を毎年30隻ぐらいづつ建造して、なんとか間に合わせるしかあるまい。
それなら4~5年でなんとかなるかも・・・・ただし、中国がそれまで黙って待っていてくれればだが・・・(汗)

今までの10倍以上の予算は無理という場合・・・・こういうのはどうだろう?
他国から巡視船の受注をするのである。(笑)
他国のカネで巡視船を建造して、1~2年、日本の海保が借りる。
その分、建造費は値引きしてあげる。
試運転を兼ねて使用して「中古船」として相手国に売却するのである。
相手国も安く手に入るし、1~2年の中古ぐらいなら文句はないかも・・・
日本政府の交渉次第であろう?
なんだったら相手国の船員も乗船させて取り扱いの訓練も兼ねるというのもいいかも。
国際交流も兼ねられるし、中国の悪行も他国にわかってもらえるし・・・・
「明日は我が身」となると他国の勉強にもなるのではなかろうか?

とにかく早急に何とかしないとマズイぞ・・・これ・・・・

エッセイ | 15:38:54 | Comments(0)
渋谷へ行く
ホテルをチェックアウト・・・・
さて・・・真っすぐ帰宅するのも、もったいない気がする・・・(笑)
なにせ、折角、田舎から東京に出て来たんだから・・・(大笑)

で・・・ふと、頭に浮かんだ・・・
そうだ!渋谷に行こう!

来年の1月に、我が法人会の会報を発行するのだが、その原稿を書かねばならないのである。
ちょっとしたコラム記事・・・・
で・・・毎号、連載しているのが「税務署巡り」(大笑)
そうだ!・・・今回は渋谷税務署に行こう!(大笑)

DSCN3283_convert_20161205120015.jpg (渋谷税務署)

この渋谷税務署が建っている場所は、その昔、陸軍の衛戍刑務所があった場所である。
たぶん、多くの方々はそのことは知らないだろう。
昭和11年の2・26事件の首謀者たちは、ここで銃殺刑となった。
その刑場の跡に税務署が建っているのである。
う~ん・・・これを知ったら、ここで働く税務署署員は気味悪がるだろう・・・・
この税務署のすぐ脇に慰霊塔が建っている。

DSCN3288_convert_20161205120053.jpg

観音像(?)が建っていて、そのすぐ脇に、当時の刑務所の赤煉瓦の塀の一部が残っている。
たまたま、ここをお掃除している人がいたので話をしてみた。
拙者と同世代に見えるこの男性・・・・
この慰霊塔を建立して維持していた2・26事件の遺族等の関係者の集まりである「仏心会」の方ではないという。
ただの近所の“おじさん”・・・・(苦笑)
この慰霊塔のところに落ち葉が溜まって雨が降るとドロドロになるのだそうで・・・それを見かねて、自主的に一人でお掃除をしているのだそうだ。
奇特な方もいたもんだ・・・
「仏心会」という組織自体、全く知らないという。
もしかして解散してしまったのかも・・・・(汗)
「汚れたままでは可哀想なので、お掃除をしているだけ」と言う。
隣の税務署の署員は、ここをお掃除しないのか?(唖然)
そんなものか・・・役人というのは・・・

2・26事件の首謀者が処刑される時、拙者の祖父は師団副官として、その準備などの手配をしたという。
処刑後、ご遺体をご遺族に引き渡すのも祖父の仕事だったという。
処刑をする銃殺隊の兵士の為に食事の用意などもしたというが、誰も手を付けず、悲壮な雰囲気・・・見ているのが辛かったと話してくれたことがある。
そりゃそうだろう・・・戦友を撃ち殺す役目だから・・・食事なんか喉を通らなかっただろう・・・
この銃殺隊には、拙者の大学の恩師が、その一人として加わっていた。
同じ士官学校の同期生を撃ったという。
「陸士の同期生というのは実の兄弟以上の関係なんだ」と別の“戦友”が話してくれたことがある。
自分の兄弟を処刑すると考えたら・・・・さぞかし精神的に参っただろう・・・
先生に、この時のことを尋ねることを、ついついためらってしまい・・・(当然だが・・・)
永久に、当時のことを聞くことは出来なくなった・・・
時々、ふと、思い出すことがある・・・
で・・・思い出した時に、ここにお参りに何度か来た。
久しぶりの訪問である。

この話を「渋谷税務署」に絡めて記事を書いてみようと思う。
お参りをして・・・・帰宅する。

日記 | 11:55:19 | Comments(0)
シンポジウムに行く
今日は、シンポジウムを聴講するため上京。
先日、フィリピンに行く直前に初参加した会合の会長さんからご案内をいただいた。
テーマは南シナ海情勢に関するものだそうだ。
で・・・・このシンポジウムの主催者代表は、評論家の“ミヤザキさん”だということを知った。
年に一度くらいだが、海外ツアーでご一緒する先生である。
こりゃ行かねばなるまい・・・(笑)

場所は拓殖大学とのこと・・・
その昔・・・当然、今は違うと思うが・・・
拙者が高校生の当時、亜細亜大学、拓殖大学、国士舘大学は「三バカ右翼大学」と言って、同級生たちは受験をするのを避けていた。(大笑)
拙者はたまたまテレビで亜細亜大学の倉前教授を見て、亜細亜大学に行きたくなって、受験したが・・・(笑)
拙者を可愛がってくれた伯父は、たしか拓殖大学だった・・・
で・・・後になってから、拓殖大学でもよかったかなぁ~などと思ったことがある。
決して亜細亜大学に進んだことを後悔しているわけではない。(大笑)
拓殖大学に進めば伯父と共通の話題が出来て楽しかっただろうと思っただけである。
拓殖大学は、アジアに関する問題について、よく情報を発信していると思う。
こういうシンポジウムにも会場を提供もしているのか・・・
対して我が母校は何をしているのかという気がしないこともない・・・(大汗)
「アジアのことは亜細亜大学に任せろ!」というくらいのことがなぜ言えないのか?
“亜細亜”の名が泣くではないか?
・・・・ということを、同窓会の県支部の総会なんかで、ぶち上げるから、みんなから呆れられる。
しかも・・・学長を目の前にして・・・(大笑)
拙者の中では拓殖大学はライバルなのである。(大笑)
その拓殖大学に初めて足を踏み入れた!(笑)

で・・・・みっけ!(大喜)
桂太郎の銅像!(大喜)

DSCN3273_convert_20161205095856.jpg

銅像を見つけて喜んでいるようでは本末転倒か?(苦笑)
そう、そう、シンポジウムに来たんだっけ!

img180_convert_20161205110425.jpg img181_convert_20161205110507.jpg

会場で、このシンポジウムに誘ってくださった“モテギ”さんにご挨拶したら、拙者の隣の席の方を紹介された。
もと海上自衛隊の将官だった方で、昔の海軍で言えば「海軍少将」クラスだった方である。
「海軍少将」となると・・・駆逐艦隊司令官とか海軍各種学校の校長・教頭クラスに位置するか?
偉い方である・・・(大汗)
で・・・ちょこちょこ雑談をさせていただいた。
大いに勉強になる。

“戦友”の“カワムラさん”にも会えた。(喜)
93歳だが、行動力がすごい・・・普通の年寄りなら外出するのは億劫だろうに・・・(苦笑)
さすがは、情報関係にいた方だ・・・
いくつになっても祷報収集と勉強を欠かさない。
拙者も、こういう年寄りになれたらいいなぁ~と思う・・・(笑)

シンポジウムの講演・・・・
3人の方が講演をされたが、フィリピン下院の院内副総務、ハリー・ロケさんのキャラクターが面白い。
この方は野党の議員さんだが・・・
「先日のドゥテルテ大統領が来日した目的が、皆さんはよくわからなかったと思うので、私から説明します」と言う。(大笑)
野党の議員が大統領の説明の補足をするんだから面白い。(笑)

シンポジウム後、マスコミ対応の記者会見があり、途中まで見ていたが、次の予定があるので途中で退室し、上野駅に向かう。
今晩は、上野で共同通信の元マニラ支局長と食事をするのである。
元支局長と会い、ホルモン焼き屋で懇談・・・久しぶりの再会である。
彼はハリー・ロケ下院議員のことをよく知っていて「野党の議員なんだけど、与党だか野党だかわからない発言をする人だ」と笑っていた。
フィリピン事情で大いに話が盛り上がり楽しい時間を過ごす。

今日は充実した一日が過ごせた・・・
皆さんのおかげである。
感謝、感謝・・・

日記 | 22:58:06 | Comments(0)
『おらんだ正月』


新編の編集について

Ⅰ 新元会―おらんだ正月初聞
      新元会―おらんだ正月初聞

Ⅱ おらんだ正月
      序
      1 牛に乗って外へ出た仙人のような医者永田徳本
      2 大貿易家で大土木家を兼ねた角倉了以
      3 一派の鍼術を興した検校杉山和一
      4 奥羽に水路を開き機内に河を治めた河村瑞賢
      5 博物学者としてもすぐれていた貝原益軒
      6 関流算法の租と仰がれる関孝和
      7 わが国に本草学を開いた稲生若水
      8 対馬全島の猪を狩尽した陶山訥庵
      9 湯熊灸庵とあだ名せられた大医後藤艮山
     10 荒川・多摩川・酒匂川を治めた田中丘隅
     11 師匠の墓の前で花の詩を読上げた松岡恕庵
     12 武士を捨てて町医者となった戸田旭山
     13 日本全国に甘藷を拡めた青木昆陽
     14 乞食の病気まで診てやった御医師望月三英
     15 わが国で始めて人体を解剖した山脇東洋
     16 万病一毒の説を唱えた古方医家吉益東洞
     17 農家から出た地理学の大家長久保赤水
     18 23年間に23回稿本を書改めた三浦梅園
     19 わが国洋学界の一大恩人前野蘭化
     20 蘭化を助けて解体新書を翻訳した杉田玄白
     21 石の長者といわれた石の蒐集家木内石亭
     22 戦術まで研究した地理学者古川古松軒
     23 わが国電気学の租平賀源内
     24 世界的の大植物学者小野蘭山
     25 独学で西洋暦学を修めた麻田剛立
     26 同心の子から暦学者となった高橋東岡
     27 質屋の主人で暦学者だゅた間長涯
     28 始めて日本の実測地図を作った伊能忠敬
     29 わが国砲術界の革新者阪本天山
     30 大坂の生んだ博物学者木村蒹葭堂
     31 医術の修業に全国を漫遊した橘南谿
     32 ロシア人までその名を知っていた桂川甫周
     33 一生に9回蝦夷地へ渡った最上徳内
     34 オランダ流の内科を興した宇田川槐園と同榛斎
     35 蘭学を拡めた大功労者大槻磐水
     36 始めてオランダ語の辞書を作った稲村三伯
     37 寒中水泳まで試みた兵学者平山行蔵
     38 独力で星雲説を唱えた物理学者中野柳圃
     39 命がけで眼科医術のために尽した土生玄碩
     40 北海の探検家で書誌学者だった近藤重蔵
     41 40余歳でオランダ語を修めた帆足万里
     42 太陽の黒点を観測した鉄砲鍛冶国友一貫斎
     43 樺太から東満洲までも探検した間宮林蔵
     44 満洲語まで研究した地理学者高橋景保
     45 通詞から幕府に召出された語学の天才馬場轂里
     46 辛苦の末に西洋医の大家となった坪井信道
     47 西洋の植物学や化学を伝えた宇田川榕庵
     48 西洋兵学をわが国に取入れた鈴木春山
     49 シーボルトの高弟として知られた岡研介
     50 洋学者中で最も悲惨な最期を遂げた高野長英
     51 洋学者・科学者としての佐久間象山
     52 農家から出て幕府の奥医師となった伊東玄朴

参考文献一覧

後記

Ⅲ 番外2篇
      1 わが国マッチ業の父と仰がるる清水誠
      2 古今独歩の碁の名人本因坊道策

解説 (外山滋比古)



今年の読書:55冊目



読書 | 00:32:27 | Comments(0)
県内の孤独死71人!
昨年度の我が茨城県内での「孤独死」が71名もいたという。
そのうちの2割が、死後1週間も経ってから発見された人だという。

こういうことを聞くと暗い気分になってくる・・・・
明日は我が身・・・・
私も、いずれ「孤独死」を迎えることになるのだろう・・・(大汗)

この「孤独死」をした71人は、生前、自分が「孤独死」をすると予想していただろうか?

自分の人生の最期をどう迎えるかは、「自殺」以外は自分では選択できない・・・
「孤独死」であっても、苦しまず、ス~ッと死んで行けたら良しとするしかないか。
私の白骨化した遺体は、どこかの誰かに適当に始末してもらうしかないか・・・・
う~ん・・・やむを得ないな・・・・
ちょっと無責任となるが・・・・
腹をくくって覚悟するしかあるまい。

エッセイ | 16:45:46 | Comments(0)
記帳に行けない!(大涙)
三笠宮殿下への弔問・・・・
三笠宮邸前に記帳場所が設けられているとのことなので記帳に伺おうかと思ったのだが・・・・
親父に東京へ行きたいと言ったら・・・泣きそうな顔をされて拒否された。(唖然)
三笠宮殿下だぞ!
記帳に伺わなかったら申し訳が立たないだろ!
しかし・・・ダメ・・・・
拙者が留守中、一人で留守番をしていて寂しかったらしい。
で・・・やっと帰宅したかと思ったら東京へ行ってくると言われショックなようだ。
緊張の糸が切れたところだからだろう・・・「もう、どうしていいか、わからない」と泣き言を言う。
参ったなぁ~
これが予科練のなれの果てかよぉ・・・・
情けない・・・・

帰国後、次々と予定が入ってしまい、空いてるのは月曜日だけである。
この日しか記帳に行くチャンスがないというのに・・・・
参ったぁ~
いくら説明しても・・・・ダメ・・・・

拙者は子供の頃から親父にバカにされて来た・・・
「他人のことなど構うな。自分のことだけを考えろ。お前はお人よしだからダメなんだ」とバカだのアホだのと言われて来た。
じゃぁ、自分のことだけを考えればいいんだよねぇ~?(大笑)
親のことなんか考えず、自分のやりたいことをやっていいんだよねぇ~?・・・ということになるのだが・・・
じゃぁ~東京にでかけていいよねぇ?
「俺のことを考えてくれ」と親父は言う。
それ・・・矛盾してるだろ?
「俺はは自分のことしか考えないが、お前は俺のことを考えろ」とはおかしいだろ?(怒)

こんなことなら、帰国した当日に伺えば良かったと思ったが・・・
あの時は雨が降っていたし・・・(苦笑)
半分寝ぼけていて、そういうことに頭が働かなかった・・・(涙)
慰霊祭に行っていたので、黒のネクタイを持っていたから、そのまま、行けたんだけどなぁ~
大失敗である!
まさか親父に反対されるとは思ってもみなかった・・・(涙)

かといって、親父を置いて強引に出かけるというのもできぬ・・・
それが拙者の弱いところである。
世の中には平気で親を見捨てることが出来る奴がいるというのに・・・(苦笑)
そういうことができる奴が羨ましい・・・(苦笑)

殿下が知ったら「そこまでして来なくてもよろしい!」と一喝されるに違いない・・・
絶対、殿下は、そうおっしゃる・・・な・・・
ダメだな・・・親父が納得してくれないなら、親父を置いて行くわけにはいかないな・・・
殿下には申し訳ないが・・・・ご勘弁願うしかない。

あ~あ~・・・落ち込むなぁ~
“子の心、親知らず”である・・・(怒)

日記 | 21:28:52 | Comments(0)
帰国しました!
昨日、無事に帰国しました!

今回は、体調も崩さず絶好調!(大笑)

インドネシアよりフィリピンのほうが拙者には合うみたい。(大笑)

日記 | 00:37:41 | Comments(0)
帰国する
午前4時・・・モーニングコールで目が醒めた・・・(苦笑)
さすがに午前4時というのはキツイ・・・・
モーニングコールを頼んでおいて正解だった。
たぶん、モーニングコールで起こされなかったら、100%寝坊していただろう。

ホテルのレストランは午前6時にオープンする。
それでは出発時間には間に合わない。(苦笑)
ということで・・・“ステラさん”を通してホテルに朝食の“弁当”を作って部屋に届けてくれるように頼んでおいた。(笑)
午前5時15分、朝食が部屋に届く・・・
サンドイッチとパイナップルとスイカのみ・・・(大笑)
まぁ、そんなものか・・・(苦笑)
で・・・気が付いた!
飲み物を買っておくのを忘れてた!(大汗)
やむをえない・・・部屋に置いてある無料のミネラルウォーターでサンドイッチを胃袋に流し込む・・・
で・・・再び気が付いた・・・・写真を撮るのを忘れた!(涙)

午前5時45分、チェックアウト・・・・
極めてスムーズなチェックアウトだった。(笑)
“ステラさん”が迎えに来てくれる。
朝早くから申し訳ない・・・
本来ならタクシーで空港に向かってもいいのだが、マニラのタクシーには出来れば乗りたくない。(苦笑)
まず、ぼったくられることを覚悟しなくてはならない・・・(大笑)
だから安全のため、旅行社に送迎もお願いするのだが、“ステラさん”は拙者より早く起きて自宅からこちらに来るわけで・・・
う~ん・・・仕事とはいえ、申し訳ない気もしないでもない。

約40分で空港に到着・・・
チェックインカウンターで搭乗手続き・・・
通路側の座席を希望したところ「ありません」とカウンターの女の子・・・
真ん中の座席しかないというので、本当にないのかと再確認したら、最後部にはあると言う。(唖然)
じゃぁ、あるんじゃねぇかよぉ~
なんで「ない」って言うんだよぉ~
で・・・「機体後部の座席になるけど、本当にいいのか?」と言うのである。
ダバオ行きの時と全く同じ・・・
なんでこうなるんだろう?
もしかして、人気のない真ん中の席に座らせるため「ありません」と、わざと言っているのではあるまいか?
どうもフィリピンの空港職員は信用できないんだよなぁ~(苦笑)

出国手続きを終えて、搭乗口前のセキュリティチェックまで来て気が付いた・・・
拙者の航空券には空港利用税が含まれていないので、納税のブースで750ペソ(約1800円)を払わなければならなかったはずなのだが・・・・(汗)
あれ?・・・・なんでスムーズにここまで来ちゃったんだろう?(苦笑)
あれ?・・・納税のブースなんかなかったよな?
こういうところが、この国のいい加減なところである。

最後のセキュリティチェックを終えて、搭乗口に向かおうとしたら、若い男の職員がやって来て「ライタ―!ライター!」と叫ぶ。
ん?・・・ライターがどうしたって言うんだ?
この野郎・・・そっぽを向いたまま手を差し出して「ライター!」と怒鳴る。
「ライターがどうしたって言うんだ?」と尋ねても、そっぽを向いたまま「ライター!」と怒鳴る。
ガキのくせして何を偉そうな・・・・
いつからライターの持ち出し禁止になったんだ?
入国じゃなくて出国だというのに・・・・
この国は、いつの間にか、「持ち出し禁止品」が決まるのである。
ついこの間までは折り畳み傘を手荷物に入れて出国しても問題なかったのに、次に来たときは有無を言わさず没収である。(怒)
自分の欲しいものを勝手に「禁止品」に指定して取り上げているのではあるまいか?
しかも、その態度が横柄なのである。(怒)
何度、ぶん殴ってやろうかと思ったことか・・・(大笑)
拙者に権限があったら、こんな奴ら、片っ端からクビにするんだけどなぁ~(涙)

午前8時45分発、フィリピン航空PR422便で羽田空港に向かう。
搭乗した途端、ドッと疲れが出て眠くなった・・・・(苦笑)
午前4時起きのせいか?(苦笑)
4時間の飛行中、とうとう機内で映画を見ることもなく寝たり起きたり・・・ウトウト・・・気が付いたら羽田空港・・・
はて?・・・機内食を食べたのかどうかも記憶にない・・・(苦笑)
たぶん食べたのだろうが・・・何を食べたのか記憶にない!(大汗)

午後2時・・・羽田に到着・・・
スーツケースを受け取り税関へ・・・・
で・・・税関職員から質問・・・・
「お仕事ですか?観光ですか?」
「え~と・・・・あれ?・・・・あっ!・・・観光です・・・たぶん・・・」
「観光?・・・いろんなところに行ったんでしょうねぇ~?どちらに行かれました?」
「は?・・・・え~と・・・・あれ?・・・どこに行ったんだっけ?」
「はぁ?」
「あれ?思い出せない・・・あっ・・・インドネシアのダバオ・・・いや、違った!・・・フィリピンのダバオです」
「はぁ・・・・」(唖然)
あ~!寝ぼけてる!完璧に寝ぼけている!(大汗)
全然頭が働かないのである!(大泣)
よく“挙動不審”で捕まらなかったものだと思う・・・・(大笑)

半分寝ぼけたまま・・・・無事に帰宅する・・・(大笑)

旅行 | 12:08:36 | Comments(0)
マニラに戻る
午前6時30分起床・・・・
今日は、このままマニラに戻る。

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(部屋の窓から見た景色)

山裾に雲がたなびいているっていうのがいいなぁ~(嬉)

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1階のレストランで朝食・・・

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食後、ホテルの周囲を、ちょっとだけ見てみる。

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(拙者が泊まった「ピナクルホテル&スイーツ」)

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(ホテルの前の道路)

前回は、時間的に余裕があったので、ホテルの周囲を歩いてみたが・・・・
今回は、時間的余裕がない。
というわけで・・・このホテルの周囲を散策したかったが諦める。(苦笑)
いつか、またこのホテルに宿泊した時の楽しみに取っておこう。

午前9時、チェックアウト・・・・
ここで困ったことが起きた・・・(苦笑)
フロントの女の子が何か言っているのだが、何を言っているのか全く分からないのである。
あまりにも早口なので、何度も聞き返したのだが・・・それでもわからない・・・(大汗)
“流暢な英語”も結構ですけど・・・・お客のレベルに合わせてくれないかなぁ~(大涙)
最後の手段・・・・
ペラペラとしゃべる女の子の話を全て聞き流し・・・・(大笑)
「結局・・・何の問題もないんでしょ?」と言ったら「イエス」と言われた・・・(大笑)
ん?じゃぁ、今までの、その訳の分からん話は何だったんだ?(大笑)

チェックアウトの手続きがすべて完了したと思ったら、そうじゃなかったらしい。
ベルボーイが「今、部屋の中をチェックしているので、それが終わったらチェックアウトが完了しますので、それまで、ロビーのソファーに座ってお待ちください」と言う。
おお!・・・・彼の英語のほうが聞き取りやすい!(喜)
そういうことね・・・待てってことね?
そのことをフロントの彼女は言っていたのかな?(大汗)
よくわからんが・・・
まもなく、フロントの女の子から合図があったようで、ベルボーイが「全く問題ありませんでした。チェックアウト完了しました」と言いに来てくれた。(笑)
“持つべきものは友”ならぬ“持つべきものは理解しやすい英語を話すベルボーイ”・・・だな。(大笑)

空港へはタクシーで向かうことにしていたので、チェックアウトの手続き前にベルボーイに、そのことを話しておいたところ、すでにタクシーを手配してくれていて、エントランスのところにタクシーが待機していた。(喜)

このタクシーの運転手は真っ黒いサングラスをかけた若いアンチャン・・・・
どうみても暴走族のアンチャンっぽい・・・(苦笑)
しかも無口・・・行き先を尋ねた時にしゃべっただけで、あとは一言もしゃべらない・・・
“感じが悪い”と言えば、言えなくもない・・・
いつもタクシーで空港に向かうが、だいたいドライバーはオシャベリなので、空港に着くまでの間、何だかんだとオシャベリをして英会話のお勉強になるのだが・・・・(苦笑)

幹線道路は大渋滞・・・・いきなり脇道に入り、狭い路地を走る。
一瞬、不安がよぎる・・・本当に空港に向かっているのか?(大汗)
どこか人気のないところで強盗に早変わり・・・なんてことになるんじゃあるまいか?(大汗)
が・・・無事に空港に到着!
しかも、大渋滞の中、通常と同じ30分弱の時間で到着したんだから良心的である。(笑)
料金はメーター通り・・・・
これがマニラだったら、必ずと言っていいほど「メーターは故障している」と言われ、高額な金額を請求されるのである。
過去に何度か、それで運転手とケンカしたことがある・・・(苦笑)
ここダバオは、その点、安心できる。
いまだかつて、ぼったくられたことはない。
このダバオは、あのドゥテルテ大統領が市長をやっていた時に犯罪を撲滅したという町である。
そのせいか、“悪い奴”に会ったことがない。(大笑)
今回も、意外にも良心的なドライバーだった・・・・(笑)

ホテルから空港まではだいたい300ペソくらいかかるだろうと思っていたのだが、メーターは150ペソ程度(約350円)だった。
あれ?安いな?・・・・そのメーター、故障してるんじゃないの?・・・もしかして?(苦笑)
ところが運悪く小銭を持っていなかった・・・(笑)
仕方がないので500ペソ紙幣を渡し「200ペソ持ってるか?おつりは200ペソだけくれればいいから」と言ったら、愛想のなかったドライバーがニコニコ顔・・・(大笑)
「これで子供の食べ物を買うことが出来ます!サンキュー!サンキュー!」と言う。
ちょっと、大げさな気がしないでもないが・・・・(大笑)
いつまでも「サンキュー!」を言い続けるのには大笑い。
いいから、もうやめろって・・・(大笑)
結局、メーター料金の倍の300ペソを払ったことになるが、最初から300ペソくらいかなと思っていたんだから、これでいい。
ドライバー君も今日は幸先のいいスタートがきれて嬉しかろう?(笑)
自己満足に浸る・・・(大笑)

11:40発フィリピン航空PR1814便でマニラに向かうのだが、ちょっと早く着いてしまった。
他の航空会社のカウンターには長蛇の列ができていたが、フィリピン航空のほうはガラガラで、チェックインもスムーズ・・・・
余裕があったので空港内の土産物屋を覗いてみる。
と・・・いつもは売っていないステッカー類が売っていた!(喜)
自分の“お土産”は、スーツケースに貼るステッカー・・・・
どの国に行っても、必ずステッカーを探すのだが、これがなかなか売っていないのである!
以前は、ダバオにもなかったのだが、なぜか、今回、ステッカーが何種類も売っていた。
殆どが、ドゥテルテ大統領のステッカーだが・・・・(大笑)
我がダバオから大統領が出た!・・・・ということだろうか?(大笑)
ついにステッカーまで出すとはねぇ~(大笑)
早速、購入する!(大笑)
ドゥテルテ大統領の顔写真入りのステッカーをスーツケースに貼っちゃおう!(大笑)

空港内の、いつものカフェで時間をつぶす。
いつものパターンである。
こういう“ワンパターン”が、精神的に落ち着いて良い・・・(笑)

ふと、携帯電話を確認したら、伯母から着信があったらしい・・・・(汗)
留守録を確認してみたら、三笠宮殿下が、お亡くなりになったとのメッセージが入っていた。
あ~!ショック!!(大涙)
殿下は100歳・・・12月の誕生日を迎えると101歳になられるというのに・・・・
あともうちょっとだったのだが・・・・
でも、100歳まで生きられたのだから、長寿を祝すべきなのだろうか?
殿下が92歳の時で、まもなく93歳になるという時にお会いしたのが最後・・・
差し向かいで食事をしながら、「お宅でもお誕生会というのはやられるのですか?」などと、くだらないことを聞いた・・・(大汗)
あの時の殿下とのやり取りを思い出すと、思わず笑ってしまう。(笑)
殿下を初めて認識したのは、小学生の時である。
祖父とツーショットで写っている戦時中の写真を見て、「隣の人は誰?」と尋ねたら「三笠宮殿下」と祖父に言われた。
その時、“殿下”というんだから、さぞかし偉い人なんだろうと思った…・
たぶん、天皇陛下よりも偉いんだろうと思った・・・・(大笑)
“陛下”より“殿下”のほうが偉いんだろうと勝手に思い込んだのだのだから大笑いである。
天皇陛下に申し訳ない・・・(苦笑)
初めてお会いしたのは高校生の時・・・・
殿下が「古代オリエント」についてのご講演をされるため隣の市の文化会館にいらっしゃった時である。
ご講演後、祖父と一緒にお会いしたが、カチカチに緊張してしまい、固まってしまったことを覚えている。(大笑)
次にお会いしたのは、なんと・・・拙者が40歳を過ぎてからである!(大汗)
殿下が名誉会長をされている戦友会に準会員として参加するようになってから、毎年2回、お会いするようになった。
拙者が殿下の上官の孫であることを殿下はご存じで、いつも親しく声をかけてくださった。
楽しい想い出が沢山ある・・・
殿下が100歳まで長生きしていただいたおかげである。
感謝の言葉もない・・・・
あ~ショックだ・・・・・
いつか、“この日”が来るとは、わかってはいたのだが・・・・
心のどこかで、拙者が死ぬまで長生きしてもらいたいという気持ちもあった。
あり得ない話なのだが・・・やっぱり、先に逝かれるのは寂しい・・・・
沢山の思い出をくださったことに感謝、感謝・・・・
異国の地からご冥福をお祈りする。

マニラへ向かう飛行機・・・・
ダバオに来るとき以上に大揺れに揺れた・・・
こんなに揺れた飛行機に乗るのは、32年ほど前にアメリカのアトランタからシアトルに向かう飛行機以来である。(大汗)
とにかく機体が上下・左右に大きく揺れる。
急に上昇したかと思うと、いきなりドーンと降下する・・・・
更に右にも振られ、左にも振られ・・・
機内に叫び声が上がった・・・(大汗)
ついに来たか・・・・
さすがの拙者も冷汗をかいた・・・
今までに何十回も飛行機に乗っているから、確率的に、そろそろ墜落事故に遭遇してもおかしくはないかも・・・(大汗)
拙者の運命もこれまでか・・・・(大汗)
三笠宮殿下がお亡くなりになった日に、拙者も死ぬというのもいいかもしれない・・・などと、ふと、頭に浮かぶ。

が・・・結局、墜落もせず無事にマニラ空港に着陸・・・・(大喜)
これは殿下のご加護か?
いずれにせよ、感謝、感謝・・・である。

空港には“ステラさん”と送迎担当の“サンディーくん”が迎えに来ていた。
送迎車でホテルに向かう・・・・
フロントの女の子は、一昨日の子ではないので、まるで初めてチェックインするような扱い・・・・
と・・・・ベルボーイが吹っ飛んできて、拙者のことを彼女に説明・・・
おかげでスムーズにチェックインが出来た。(笑)
ベルボーイ君に感謝、感謝である。
誰に対しても分け隔てなく親しく接しておくべきである。
相手がベルボーイだからと横柄な態度を取ってはいけない・・・
よく日本人や韓国人の中には、偉そうに、彼らを見下すような態度をとっている連中を見かけるが・・・・
そういうことはやめたほうがいい・・・
いざというときに助けてはくれない・・・(大笑)

ホテルのカフェでウェルカムドリンクを飲みながら“ステラさん”とおしゃべり・・・・
その後、部屋に戻って・・・・疲れがドドッと出たので・・・・仮眠!(大笑)
どうも歳を取って体力がなくなったようである。(苦笑)

午後6時15分、ホテルを出て、一昨日歩いた方向とは反対の方向へ行ってみる。
ホテルを出て・・・ズ~ッと歩き、突き当りまで行く。
と・・・・以前、何度も行ったことがあるレストランにぶつかった。
おお・・・ここにありましたか・・・(苦笑)
いつも車に乗せられて行くので、全然、位置関係がわからなかった。
やっぱり歩いてみるというのは大事だねぇ~(笑)
ここはバイキング形式のレストランで、フィリピン料理、西洋料理、日本料理、中華料理と何でもそろっている。
拙者は、他のものには手を出さない・・・・フィリピン料理だけ・・・(笑)
フィリピン料理しか選ばない人は皿の色が違う。
で・・・当然、料金も若干、安い・・・(笑)
ここで夕食を食べることにする。
フィリピン料理だけを食べる時は、店員に「カワヤン・ビュッフェ」と言えばよい。
お代わり自由・・・ソフトドリンクは無料で飲み放題である。

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2回も“おかわり”したので満腹である!(喜)
そこへ品(ひん)のない日本人グループがゾロゾロと入ってきた。(大汗)
たぶん、日本でも品(ひん)のない連中なのだろうなぁ~
言動が不愉快極まりなし・・・・さっさと店を出ることにする。
食事代は600ペソ(約1500円)なり。

レストランを出て、来た道とは別の1本向こうの道を通ってホテルに向かってみることにする。
ところが・・・この通りは客引きが多かった・・・・(大汗)
道端で立っていた老婆・・・
拙者と視線が合った瞬間、隣にいた若い女の子を指さして「買え」と、いきなり言って来た。(唖然)
「え?」
「この子を買え」
可愛い子ではあったが・・・(大笑)
そんな、バカな・・・である。
いきなり何を言うんだ、婆さん・・・思わず笑ってしまった。
当然、お断りである。(大笑)
バイアグラを売り付ける奴も多い・・・
しかも、しつこい・・・・(汗)
日本人を見たらバイアグラが必要だと思うのだろうか?(苦笑)
「俺には必要ない!俺は強いんだ!」と言ったら、呆れた顔をしている。
ふふん!・・・・どんなもんだい!(大笑)
「俺は強いんだ!」と言ったら、相手も呆れて、それ以上何も言えない・・・・(大笑)
うん・・・いい撃退法を見つけたぞ・・・(大笑)
当然、飲み屋の客引きも多い・・・しつこさは、かなりのものである。
「見るだけ!見るだけ!」の連発・・・・どこまでも付いてくる。
が・・・一応、テリトリーが決まっているのだろう。
ある位置まで付いてきたら、諦めて引き返す。
が・・・別の客引きが、その後を引き継ぐ形になるから迷惑千万。(苦笑)
クラブの前にはミニスカートをはいたホステスたちがズラリと並んで客引きをしていた。
なかなかの美人ぞろいでスタイルもいい・・・(だから外に立っているんだろうけど・・・)(大笑)
拙者を見た途端、「いらっしゃいませぇ~!」には参った。(大笑)
どうして日本人だってわかっちゃったんだろう?(大笑)

途中で「カフェ・ドラド」という店に入ってコーヒーを飲んで一服。
店内は禁煙なので、オープンデッキのところでタバコを吸いながら、しばしの間、“物書き”をする。
客は拙者一人だけ・・・・(苦笑)
こうやってノンビリするのも、いいものだ・・・・

午後8時・・・・ホテル脇の一昨日行ったクラブに寄る。(笑)
前回は1時間だけだったが、今晩はフィリピン最後の夜である!(笑)
3時間飲むことにした。
前回、席に着いた女の子と、新たにもう一人が席に着いたが・・・・2人とも日本語ができない!(大笑)
おい、おい、日本語ができる子はいないのか?(大笑)
で・・・・3時間も“英会話”である。(大笑)
入店した時は客は拙者一人だったが、まもなく日本人のグループが入ってきた。
どうも現地在住の日本人が日本からやって来た“お客さん”を連れて入って来たようである。
が・・・・その横柄な態度と品(ひん)のない言動には参った・・・(汗)
どうして、こういうガラの悪い連中ばかりなんだろう?
明日は朝早く出発しなければならないので、午後11時に店を出る。
3時間で約3000ペソ(約7000円)だった。(笑)

明日の朝は早いからと言っても、そうそう早く寝られるものではない。(苦笑)
酒を飲んだからって、そうそう早く寝られるわけでもない。(笑)
ということで・・・・マッサージを頼む。
ところが・・・今回は大失敗だった・・・・
マッサージの腕前は“中の下”か“下の上”という感じ・・・・
あまり上手でないのである!(涙)
正直言って・・・下手なのである!(大涙)
フィリピン最後の夜だというのに・・・・(大笑)・・・・残念!
1時間500ペソ(約1200円)・・・・損した気分・・・・(涙)

旅行 | 20:18:48 | Comments(0)
ダバオに一泊
今日は、ミンダナオ島のダバオに行く。
が・・・1泊して、明日には、またここに戻ってくるのである。(大笑)

午前6時過ぎ起床・・・・
自然と目が覚めたが、頭痛がひどい・・・(汗)
こりゃ二日酔いか?
最近、酒など飲んでいないので、久しぶりに飲んだせいなのだろうか?
それほど大量に酒を飲んだ覚えはないのだが・・・(苦笑)

午前8時前に“ステラさん”がロビーから電話をしてきた。
9時30分に出発だという。
2階のレストランへ行って朝食・・・
前回同様、品数は全くないと言ってよい・・・
今朝はレストランに日本人客が多いが、ご多分にもれず、どいつもこいつもフィリピン人の女連れである。(大汗)
あ~あ~・・・みっともねぇなぁ~
こういうのを見ると不愉快である。

「これからダバオに行くけど、また明日、ここに泊まるからねぇ~!」(笑)
と、フロントの女の子に伝えてホテルをチェックアウト・・・
9時30分に空港に向けて出発!
送迎車のドライバーは初めて見る顔だが、朝の挨拶もしないのだから困ったものである。
外部委託のドライバーなのだろう。
朝から、面白くないなぁ~・・・・こういうことならタクシーのほうがマシかも・・・

空港では、過去に何度も会っているスタッフが出迎えてくれ、チェックインの手伝いをしてくれた。
が・・・カウンターの女の子が言っていることがわからない・・・(大汗)
どうも「良い席が取れません」と言っているように聞こえるのだが、よくわからない。
「通路側の席をお願いします」と言ったら、「真ん中の席しか取れません」と言っているようである。(苦笑)
3人掛けの真ん中の席なんて絶対嫌である。(大笑)
フィリピン人は中年になると女も男も、太っている人が多いのである。(大笑)
そういう連中に両脇に座られたら最悪である!(苦笑)
「通路側の席は空いてないのか?」と再度確認したら・・・
女の子が「後ろの方にしかありません」と言っているようである。(汗)
とにかく彼女の英語が聞き取れないのである。(大涙)
どうして国内線のカウンターの女の子は、聞き取りづらい英語をしゃべるのだろう?(苦笑)
まぁ、拙者のヒヤリング力のなさを棚に上げて言うのも失礼ですが・・・(大笑)
毎回、国内線を利用するたびに苦労するのである。
何て言ってるんだよぉ~この人~・・・・(涙)
同行しているスタッフに助けを求めようと、彼の顔を見たら、彼はキョトンとしていた・・・・で・・・気が付いた・・・
そうだ!彼は日本語が話せないんだっけ!(大汗)
これじゃ、彼に助けを求めようにも、どうしようもない・・・何の役にも立たない・・・(涙)
「後ろの方・・・席・・・空いてる?・・・通路側?」
「はい・・・」
「それでいいよ」
「え!後ろの方ですけど、いいんですか!」とカウンターの女の子が驚いた。
なんで驚くんだ?
飛行機の前のほうでも後ろの方でも、べつに関係ないと思うんだけど・・・(苦笑)
わからん・・・彼女のリアクションが、さっぱりわからん・・・
「通路側だよね?」
「はい」
「通路側なら、OK!」
「後ろの方なんですけどねぇ~・・・本当にいいんですかぁ~?」
だから・・・なんで、そうなるんだよぉ~(涙)
機体の後ろの方の席に座ると何かマズイことでも起こるっていうのか?(苦笑)
わからねぇなぁ~
こういう“英会話”は本当に疲れる・・・(涙)

とにかく、最後部の通路側の座席を取って・・・無事に搭乗手続きを終えた。(苦笑)
拙者が乗る便は12:00発のフィリピン航空PR1815便である。
搭乗口の前にあるカフェでホットドッグとコーヒーの“昼食”を食べる。

飛行時間は約1時間50分・・・・
今回は珍しくかなり機体が揺れた。
「キャー」という声が上がるほどだから・・・(大笑)
なるほど・・・だから「後ろの席でいいんですか?」とカウンターの女の子が言っていたのか?(大笑)
もしかしたら、機体が折れて機体後部だけがどこかに落ちるとか?(大笑)
あの子は預言者か?(大笑)

まもなくダバオ空港に到着するという頃・・・・
定刻の5分前に、機長からアナウンスがあった・・・
「フューミニッツ」と言っている。
あと数分で到着すると言っていると思ったのだが・・・
いつまでたっても空港に到着しない。(大笑)
「フューミニッツ」だよね?
数分・・・という意味だよね?
なんで30分近く飛び回っているんだろう?(苦笑)
「30分」は「フューミニッツ」じゃないよな・・・・
通路側に座っているので外の景色が見えないのだが、もしかしたら、気流が悪く、降りるに降りられないでグルグル空港の上空を回っているのかもしれない・・・(大汗)

定刻の午後1時50分を30分も過ぎて・・・ようやく無事に空港に到着した。(苦笑)

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今回のダバオ訪問も前回同様“ミヤケさん”に会うための訪問である。
この間、東京で食品に関する国際展が開催されたので、情報収集のため展示会に行って資料を集めて来た。
拙者は部品製造業なので農業のことは全くわからない・・・(涙)
が・・・ど素人は、ど素人なりの視点というものがあろう?(大笑)
というわけで・・・“ミヤケさん”の農作物の販路拡大のヒントを得るのと、新たな農作物の需要の情報収集・・・
これら集めた資料を渡すだけの為にダバオを訪問したのである。(大笑)
「奇特な人だ」と言われてしまうが・・・こういうのも楽しいのだから仕方がない・・・

無事に“ミヤケさん”と落ち合い、早速、今晩宿泊するホテルに直行する。
今回も前回同様、旅行社を通さず“ミヤケさん”にホテルの予約をお願いしておいたのであるが、今回のホテルは、前回のホテルとは別のホテル・・・
チェックインの手続きで、フロントの男性社員から「3200ペソ(約7500円)の支払いをお願いします」と言われた。
はぁ?・・・・最初に宿泊料を取るのか?
チェックアウト時に支払うのが普通だと思うのだが・・・
彼は「最初に払っていただくことになっています」と言う。
じゃぁ・・・仕方がない・・・
が・・・問題は3200ペソという金額である。
“ミヤケさん”が、噛み付いた・・・(苦笑)
「おい、2800ペソ(約6500円)の部屋を予約したはずなのに、なんで3200ペソになっているんだ!」
「グレードの高い部屋なんですけど・・・・」とフロントの男性・・・
おい、おい、勝手に部屋のグレードを上げちゃったの?(大笑)
そこにホテルの総支配人がやって来た。
“ミヤケさん”と総支配人は旧知の仲・・・「おお!久しぶり!」である。
で・・・総支配人に、金額のことを伝えたら、フロントの男性は真っ青・・・可哀想なくらい動揺しながら説明している。
その結果・・・総支配人から「グレードの高い部屋だそうだから、それで、納得してくれ。ホテルは満室で他に部屋がないんだ」とのこと。(唖然)
で・・・フロントの男性に「少し安くしてやれ」と命令・・・(苦笑)
で・・・彼が200ペソを拙者に渡して「200ペソお返ししますから・・・これでいいですか?」とオドオド・・・(苦笑)
“ミヤケさん”は納得いかない様子だったが、フロントの男性の動揺ぶりを見たら可哀想である。
予定より200ペソ(約500円)の違いである。
少しまけてもらったんだから、全く問題ない・・・(大笑)
OK!OK!…サンキュー!サンキュー!である。(大笑)

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部屋を見たら・・・・ありゃ、広い・・・(大笑)

市内のコーヒーショップに行き、そこでコーヒーを飲みながら、持参してきた資料を渡して展示会のご報告。
なかなか、これといった良い話を持って来れなくて申し訳ないが・・・
多少、何かのヒントにでもなればありがたい。
このお店は日本人が経営しているらしい。
で・・・お店の女の子と男の子が二人連れ添って、我々のテーブルにやって来た・・・
で・・・・
いち、にぃ、さん、はい、「ヨウコソ、イラッシャイマシタ!」と日本語でご挨拶。
なにも、二人して声を合わせなくてもいいと思うんですけど・・・(大笑)
一事が万事、この調子・・・
何か言うときは、二人して一度、定位置に並んで立ってぺこりとおじぎをしてから言うのである。(大笑)
まるで学芸会の何かの出し物を見ているような感じ・・・(大笑)
「どういう教え方をしたんだか・・・これが日本での丁寧なやり方だと教えちゃったんだろうけど・・・」と“ミヤケさん”も苦笑。
いや、いや、明るくて面白い人たちである。
手順を間違ってはいけないという緊張した表情と、ぎくしゃくしたロボットのような身のこなしと・・・・
うまくいったときのホッとした笑顔と・・・・
手順や日本語の“せりふ”をちょっと間違えた時の照れ笑いと・・・・
「うまくいった!」と言わんばかりの去っていく時の嬉しそうな姿を見ていると面白くて仕方がない。(大笑)
いずれにせよ、何であれ、かなりの違和感を感じないわけではないが(大笑)、“仕事が楽しくて仕方がない”といわんばかりの雰囲気の二人には、非常に好感が持てる。
やっぱり、学芸会か?・・・・これ・・・(大笑)

夕食は、以前、一度だけ連れて行ってもらったステーキハウスに連れて行ってもらう。
これは拙者の希望・・・(笑)
フレンドリーなオランダ人がオーナーの店である。
「あんた、以前にも来たことがあるね?」と拙者を覚えていてくれていた。
ここのお客は主に白人ばかりで、まず日本人はやって来ない店である。
だから、他の日本人に聞かれては困るような話は、ここで食事をしながらのほうがいい・・・
そう思って、ここに連れて行ってくれるよう頼んだ。(ステーキも食べたかったし・・・)(大笑)

ここのウェイトレスが面白い子・・・
飛び跳ねるように我がテーブルにやって来て「注文は?」とニコニコ・・・
前菜とステーキを頼んで、ついでにデザートも・・・・
「ほら、あれ、あったろ・・・シナモンがかかっていて…アップルパイだったかな?・・・あれ!あれをくれ!」と“ミヤケさん”
「シナモン?アップルパイ?はぁ?」と女の子・・・
「ほらぁ~あるでしょ・・・あの、アップルで出来てるやつ・・・シナモンがかかっていて・・・」
「あ~あ~あ~!!わかりました!はい!シナモ~ン!アプルパァ~イですね?」(笑)

で・・・ステーキが出て来た・・・
拙者は注文するときに、メニューを見ても、どれがいいのかわからなかった・・・(苦笑)
なので・・・この子に「あなただったら、どれを食べる?」と尋ねたら、「私だったら・・・これ!これ・・・最高です!」(ニコニコ)
というので頼んでみたら・・・・デカい!肉が・・・デカい!(苦笑)
「あのさぁ~この量・・・あんた、食べられるの?私だったら・・・って言っていたけど・・・」(汗)
「えへへ・・・・」と女の子・・・
でも、確かに、味はいい!・・・・美味しいステーキだった。(喜)

ステーキを食べ終え、しばし、雑談・・・・
あれ?・・・・そういえば、デザートが出てこないな・・・(汗)
女の子を呼んで「デザートは?」と尋ねたら・・・
「はい!デザートですね?はい!・・・で?」と言う。(大汗)
「で?・・・じゃなくて・・・(苦笑)・・・頼んだでしょ?」
「え?・・・何を?」
「ほらぁ~・・・シナモ~ン!アップルパァ~イ!ウィズ、アイスクリ~ム!」
「あっ!」と両手で口を押えて、彼女が驚いた・・・(大笑)
「おまえ、忘れたろ!」(大笑)
「エヘヘ・・・」
慌ててピョンピョン跳ねながら厨房へ・・・

まもなくデザートを持って現れた。
が・・・なぜか一皿だけ・・・・(唖然)
「あのぉ~・・・僕の分は?」
「はぁ?」
「はぁ?・・・じゃなくて、2つ頼んだでしょ?彼と僕の分・・・」と指を2本立てた・・・
と・・・彼女・・・「V(ヴイ)?」
「なんで、ここで俺がVサインなんかするかよぉ~(苦笑)・・・これは2個っていう意味でしょ?」(大笑)
「ああっ!」とまたもや彼女は驚き、厨房へ走っていこうとするのを“ミヤケさん”が引き留めた。
「もういい、これ以上何か言うと、どんなことになるかわかったもんじゃない・・・鈴木さん、皿を出して!二つに分けよう!」(苦笑)
「そうですねぇ~」と拙者・・・
すると、彼女は・・・「はい!それ、いいアイディアです!」とニコニコ・・・
あのね・・・1個を二つに分けたら、売り上げが上がらないんじゃないの?(大汗)

この女の子の仕草と“おトボケ”が、拙者の姪っ子にソックリなのである。(大笑)
彼女を相手にしていると面白くて仕方がない。
毎日通ってもいいなぁ~(大笑)
この店に、姪っ子を連れて来たいなぁ~(大笑)
“おトボケ”の二重奏だぞ・・・・(大笑)

食後・・・日本で言うところの「温泉センター」のような施設に行く。
実際には温泉はないので・・・サウナとマッサージのセンターということになるか?(笑)
前回は、“ミヤケさん”の体調が悪かったため行かなかったが、彼と会うと、最後にここに立ち寄ることにしている。
拙者は日本でサウナに入ったことはない。
ここ、ダバオに来た時だけサウナに入るのである。(大笑)
こういう“決まり事”を作るというのも楽しいものである。(大笑)

“ミヤケさん”は体調を崩すといけないので一足先にサウナから出た・・・
と・・・フィリピン人が一人入ってきた。
“外人”の拙者がいたので、一瞬、遠慮しようとしたようだが「どうぞ、どうぞ」と言ったのが運のツキ・・・(大汗)
そこから、おしゃべりが始まってしまったのである!(大汗)
このクソ蒸し暑い狭い部屋の中で“英会話”である。(大涙)
サウナの汗なのか冷汗なのか、さっぱりわからなくなった・・・・(大笑)
で・・・話が長い・・・あれやこれやと長話になる・・・
暑くてたまらんのですが・・・早く、ここから出たいんですけど・・・(苦笑)
彼の話の腰を折るわけにもいかず・・・(涙)
いやぁ~キツかった・・・

その後は、いつものマッサージ・・・
いつものように・・・爆睡である!
マッサージのオバチャンに笑われた・・・(汗)

午後11時30分・・・ホテルに送ってもらい、ここで“ミヤケさん”とお別れ・・・
明日は、ホテルをチェックアウトして真っすぐマニラに戻るので、見送りは不要ということでお願いする。
またの再会を約す。
丸一日、拙者にお付き合いするんだから、大変なご迷惑だろうが・・・・(苦笑)
“ミヤケさん”に会ってオシャベリするのが楽しみなので・・・・
我儘な拙者と知り合ったのは、何かの“不幸”ということで諦めていただくしかない・・・(大笑)
申し訳なし…・感謝、感謝・・・・

旅行 | 10:29:29 | Comments(0)
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