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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
58歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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大阪で震度6弱!(驚)
昨日の午前7時58分頃、大阪で震度6弱の地震が発生した!(驚)
震源地は大阪府の北部・・・
マグニチュードは推定6.1だという。

この地震で4人の死者が出てしまったそうだが・・・
悲しいかな、その中の一人は登校中の小学4年生の女の子・・・・
小学校のプールのブロック塀が道路側に倒れ、一人で登校中の、この子が下敷きになって死亡したという。
なんたることか・・・
市の話では、このブロック塀は建築基準法が定める高さの基準を超していて、しかも基礎と塀を固定するやり方も建築基準法に適合していなかったという。(唖然)
この小学校・・・・市立なんですけど・・・(大汗)
市立の小学校の塀が建築基準法に違反しているって、どういうこと?(大汗)

地震の観測態勢が整ったのは1923年(大正12年)だそうだ。
それ以降、大阪府内を震源地とする震度6弱以上の地震を観測したのは初めてだという。(驚)
もう、こうなっては、いつ、どこでも大地震が起こる可能性はあるということになるか?

日本で震度6弱以上の地震は今回を含めて67回あったという。
そのうちの49回は2000年以降に発生しているという・・・
ということは・・・益々危ないんじゃないか?
以前から、2020年頃がヤバイんじゃないかと思っているのだが・・・
現実になるかも・・・(大汗)
その中でも、こちらの地域では「南海トラフ巨大地震」の発生が懸念されているが・・・
「南海トラフ巨大地震」での被害想定では約13万人が死亡するとされているそうだ。(大汗)

いやぁ~参ったなぁ~
下手に旅行なんかに出かけられないなぁ~(涙)

日記 | 23:05:48 | Comments(0)
『サンパギタ咲く戦線で』


“太平洋戦争”開戦近し
     戦争の前夜祭
     徴用令書の甲・乙・丙・丁
     井伏鱒二の楽観説
     言外に洩らす訣別の心
     妙な区長の挨拶
     打って変わった表情
     うまく逃れたハッちゃん
     封じられた徴用忌避
     無蓋トラックに乗せられて
     凍った折詰弁当
     一喜一憂の表情
     やっと電話連絡を
     いよいよ出発命令
     “私役”に口惜しがる今ちゃん
     誤って青春に伍す
     囚人列車さながらの車で
     雪隠の中の奇蹟
     思わぬ盛んな訣別の酒宴(さかもり)

出征航路
     宇品港から鹿島立ち
     懲用船とは
     上等兵に叱られる
     たくまざるユウモア
     たのしい「兵隊演芸大会」
     眸に残る少年航空兵
     寺内大将にあわせろ!
     基隆に上陸して
     客膳でたのしい一杯
     生命はもらった
     ジャングルを眺めて
     陰鬱な洋上生活

宣戦の布告
     宣戦の朝
     正攻法作戦によって
     田中・菅野先遣支隊の勇戦
     戦機、愈々熟して
     酒罎が“奇蹟”となる
     大輸送団は進む

リンガエン湾・敵前上陸
     リンガエン湾に上陸
     バウアンの第一夜
     最初の宣撫行
     椰子の水
     旌(はた)を眺めて
     戦局は有利に展開
     ビナロナンでの年の瀬
     大晦日の夜
     陣中の元旦
     元旦の朝、ホーデンくらべ
     マニラへ、マニラへ!
     ベビュー・ホテルを宿舎に
     土橋兵団の転用と暗影
     物価の安いマニラ
     ジョニー・ウォーカーの山

戦雲たなびくバタアン半島
     バタアン戦線に出動する
     デナルピアンにて
     ヘルモサの戦線にて
     塹壕(ざんごう)の中で莨(たばこ)一服
     塹壕の詩
     サンフェルナンド野戦病院にて
     病床と前線
     マニラに後送させられる
     平岡兵站病院に入院
     幽かな「戦陣訓」の声
     また別の患者について
     勝屋報道部長の見舞
     比島赤十字会婦人の見舞
     突如、退院を許される
     退院の祝杯を
     アルハンブラ・ホテルで
     パサイのとある酒場(パブ)へ
     望月少尉と大塚准尉のこと
     第二次徴用員が来る
     葦平ビフテキをパクつく
     コレヒドール攻撃激化する

バタアン総攻撃
     バタアン総攻撃の準備なる
     戦場に余情あり
     マッカーサー豪洲に脱出す
     待望の“総攻撃の火蓋切られる!
     バタアンの激戦
     尾崎士郎の名即興句
     形容できぬ凄愴な白兵戦
     破竹の進撃をする各部隊
     迷路難行
     バタアン遂に落つ
     “死の行進(マーチオブデス)”とは・・・・・
     不安に包まれた俘虜輸送
     本間中将の救助方配慮
     美しい本間雅晴の眸
     和製オート・ミールをつくる
     戦い去って白雲悠々たり
     ダンスホールの閉鎖命令
     一見、平穏をとりもどした町

魔の島・コレヒドール島  
     魔の島・コレヒドール島
     コレヒドール島を仰ぎて
     “敵前上陸”の命令下る!
     敵前上陸・敢行す
     「勅語」が下る
     バタアン・コレヒドール攻略祝賀観兵式
     音楽堂から分列式を見て

一応、小康状態を保つ比島
     寺内大将比島に来る
     天祐神慮ではありませんか?
     ホーデンをしばられる
     尾崎士郎の“道オンチ”
     異国の友情
     松竹慰問団の来比
     帰還の希望がわく
     いろんな現象が起こる
     勝屋部長に転任命令
     士郎マニラを去る
     ベビュー・ホテルの窓から
     ノンキな生活しながら
     美女を救う一幕

故国日本へ
     輸送司令官を命じられる
     和知中将に「司政官」を口説かれる
     鶯吟閣(おうぎんかく)での別離の宴(えん)
     マニラ港を出帆す
     突如、潜水艦現れる
     高雄に入港する
     北投温泉の一夜
     故国日本へ
     博多で第一夜を迎える
     神戸港へ
     東京へ一路!
     東京駅頭にて
     大本営に連絡に赴く
     戦友の家を歩いて
     日本の耐乏生活をみて
     船団やっと日本へ
     花隈での宴会
     京都に寄って
     「阿波丸」に乗船しなかった私
     暗くなっていった日本
     近衛公、深夜の軽井沢をただ一人彷徨する

戦後の友情
     マニラ市長、アルセニオ・H・ラクソン一家の突然の来日をみる
     ああ、懐かしいサンチャゴ一家よ
     「モンテンルパ」釈放感謝の会と「サンパギタの歌」楽譜贈呈の夕べ
     「日比友愛の碑」建立について

むすびのことば


著者は、外務省大東亜省次官室勤務の経歴を持ち、太平洋戦争では陸軍報道班員として比島に従軍された方。
本書は、報道班員としてフィリピンに派遣された時の体験談なのだが、これが非常に面白い。
報道班員として重用された人たちは、作家、詩人、画家、新聞記者、カメラマン等々・・・
私でも知っている名が出てくる・・・
尾崎士郎、石坂洋次郎、今日出海、井伏鱒二、海音寺潮五郎、サトウ・ハチロー等々・・・
特に著者は尾崎士郎とは仲が良かったらしく、頻繁に尾崎の名が出てくるし、彼のエピソードがいくつも出てくる。
これだけでも貴重な記録ではなかろうか?
報道班員として従軍した尾崎士郎・・・・こう言っては失礼かも知れないが・・・面白い!
戦場に送り込まれた「文化人」たちの話・・・面白いの一言である。

戦後の話も、これまたいい記録である。
戦後のフィリピン人との交流・・・・
戦後、「文化人たち」など関係者によって建立された「日比友愛の碑」が千葉県銚子にあるという
一度、行ってみたいなと思う。


今年の読書:11冊目



読書 | 22:36:53 | Comments(0)
髭を生やしたミイラ発掘!
エジプト中部のアコリス遺跡の集落跡で、日本の調査団が約3000年前の髭のあるミイラを発掘したという。(驚)
当時、髭は王族や貴族を除いて、古代エジプトの民衆は通常は髭を生やしていないのだそうだ。
にもかかわらず、なぜか古代市民層の居住地域から見つかったという。
ん?何でだろう?

ミイラは成人男性で、耳の下から顎にかけて巻いた髭が豊かに残っていたという。
で・・・このミイラは木棺の中で亜麻布に包まれていたそうだが、布は腐っていて殆ど剥がれ落ちていたいたという。
木棺に入っていたという事は“偉い人”だったのか?

当時、髭というのは西アジアでは庶民の間で流行していたそうで・・・・
アコリス地域の人々が現在のレバノン周辺に居住していたフェニキア人と交易していたことはわかっているそうで・・・
そうなると、アコリス地域に定着した(結婚したとかで・・・)西アジアの人のミイラの可能性もあるという。
で・・・今後、DNA鑑定をして出身地を調べるとか・・・

いやぁ~「DNA鑑定」というのはすごいねぇ~
出身地がわかったら、古代の人の流れ、交流がわかるわけだ・・・
現代だって、「何でこんなところに日本人が?」というくらいアフリカや南米の僻地に日本人が住んでいたりするわけで・・・(苦笑)
昔も、かなりの遠方まで出かけて住み着いた人もいたかも・・・
交通手段は段違いに違うけど・・・・(笑)
う~ん・・・これが解明されたら面白いだろうねぇ~

それにしても、このミイラの男性・・・・
3000年後に衆目の的になるとは、夢にも思っていなかっただろうなぁ~(苦笑)
私が彼の立場だったら・・・嫌だな・・・かなり恥ずかしいぞ・・・素っ裸だし・・・・(大笑)
日本は火葬なので良かった・・・(大笑)
歴史を知る上では、火葬されて灰になるより土葬で骨になるかミイラのほうがいいとは思うけど・・・(笑)

エッセイ | 23:04:24 | Comments(0)
認知症による行方不明者、最多更新!
昨年、認知症か、その疑いが原因で行方不明になったとして、警察に届け出があったのが1万5863人もあったそうだ。(驚!)
この統計を取り始めたのは2012年からで、この時と比べると1.65倍に増えているという。(大汗)
しかも、5年連続1万人を超しているという。

昨年中に警察の捜索活動で発見された人数は1万129人。
家族らが見つけたのは503人。
悲しいかな死亡が確認されたのは470人だという。
ちなみに届け出が取り下げられたのは125人。

認知症不明者が発見されるまでの日数は・・・
届け出の受理当日が72.7%・・・・
7日以内は、99.3%だったというから、自宅周辺の徘徊が主で、それほど遠くには行っていなかったようである。

私の親父は認知症にはなったが、徘徊はしなかったから本当に良かった。
これに関しては親父に感謝である!(苦笑)
徘徊されたら堪らんものなぁ~
認知症で徘徊してしまうという人を家族に持っている人は大変だろうなぁ~と思う。

私の知人の話・・・・
父親が認知症で徘徊するらしく、ある時、こっそり徘徊する父親の後をつけてみたらしい。
そして、自宅からかなり離れたので、声をかけて、何でここまで歩いたのかを聞いてみたそうだ。
父親の答えは、「ここにお寺があったはずなのに、いつの間にか学校になっているんだよなぁ~」と言う。
「ここを曲がると川があるはずなのに川が無くなっているんだよなぁ~」と言う。(大汗)
で・・・それを聞いていて、わかったのは、父親が言っている景色は父親が幼少の頃に住んでいた実家周辺の景色なのだそうである。
認知症になると、こういうことになるんだねぇ~
で・・・「おかしいなぁ~おかしいなぁ~」と思って捜し歩いているうち、行方不明になっちゃうんだろうなぁ~(大汗)

我が親父も、認知症になって、「この家は俺の家じゃない!」と、しきりに言っていた。
病院へ連れて行って帰ってきたら・・・「ここのお宅はどなたの家ですか?」と、すっとぼけたことを言っていた。(苦笑)
これじゃ、自宅の前まで来たとしても、気が付かずに素通りしちゃうだろうなぁ~(苦笑)
認知症は、子どもの頃の記憶が鮮明に甦って・・・・そこで思考停止か?(大汗)
いやはや、本当に困った病気である。(涙)

認知症以外も含めた行方不明者の総数は8万4850人だというのだから、認知症が原因の行方不明者というのは、かなりの割合ではなかろうか?
これから益々増加するかも・・・・(大汗)
その中に、いずれ私も含まれてしまうかも・・・(苦笑)
ちなみに、この8万5000人弱のうち、犯罪や事故の被害、自殺の恐れのある「特異行方不明者」というのが5万5939人もいるのだそうだ。(唖然)
そうなると認知症行方不明者より、こっちのほうが問題かな?

エッセイ | 23:00:42 | Comments(0)
侵入盗、ワースト記録更新!(大汗)
我が茨城県が、またまたワースト記録を更新してくれている。
何をやってもワーストというのは、ここまでくると気持ちがいいくらいである。(苦笑)

昨年、我が茨城県で発生した「空き巣」や「忍び込み」などの住宅侵入盗の犯罪率(人口10万人当たりの認知件数)は73.9件。
4年連続全国ワーストだったことが県警のまとめで分かったという。(唖然)

更に今年の4月末現在の認知件数は638件で、前年同期と比べると31件も増えている!(大汗)
人口10万人当たりの認知件数も22件で全国ワースト記録を更新中。
なんと!この時点で全国平均の3倍というのだから、この調子で行くと・・・・5年連続となるか?(大汗)

なんで茨城県だけが突出して侵入盗の認知件数が多いんだろう?
茨城県人は“お人好し”が多くて、鍵をかけていないとか?(苦笑)
過去5年間の侵入盗の手口の最多は「無施錠」だそうで、全体の5割近くを占めるそうだ。
鍵をかけていないなんて信じられないのだが・・・いるんだねぇ~・・・そういう人たちが・・・(唖然)
その次に多いのがガラスを割って侵入する「ガラス破り」・・・
これが約4割だそうである。
う~ん・・・割れにくいガラスを普及させるしか手はないな・・・これは・・・

これでは「空き巣には注意しましょう!」という掛け声だけでは根本的な解決にはならないだろう。
各自治体の「防犯協会」あたりが戸別訪問して“診断”して対策を提言するとか・・・
そういうことをしないと改善しないのではなかろうか?
県内の各自治体は「防犯協会」の見直しをした方がいいんじゃないか?(苦笑)
どうも、名ばかりで、ろくな活動をしていないように見えるんですけど・・・(苦笑)

エッセイ | 11:23:03 | Comments(0)
新幹線内で殺人事件!(大汗)
東京発大阪行きの「のぞみ265号」の車内で殺人事件が起きた。(唖然)
乗客として乗っていた22歳の男が車内の乗客を“無差別に”襲ったという。
この男の隣りに座っていた女性を“なた”で最初に襲ったという。
続いて通路を挟んで隣の座席に座っていた女性を襲った。
この時に後方に座っていた38歳の男性が負傷した女性をかばい止めに入ったが、逆に反撃に遭い・・・
数十カ所を刺されて死亡した。
22歳のこの犯人は「むしゃくしゃしてやった。誰でもよかった」と言っている。

こういう“通り魔”的事件の犯人は、必ずと言っていいほど「誰でもよかった」というが・・・
本当に誰でも良かったのだろうか?
どう見ても、弱い女性や子供や老人を狙って犯行に及んでいるのではなかろうか?
「誰でもいい」のなら、組事務所に殴り込みをかけてヤクザの一人や二人、殺してもおかしくはないと思うのだが・・・(苦笑)
なんで女性を狙ったんだ?
明らかに自分より“弱い”人間を狙っているんですけど・・・・(苦笑)
「誰でもいい」ではなく、ちゃんと“選んで”いるのではなかろうか?

また、不思議なのは、この「のぞみ号」である。
この車両には男性は一人しか乗っていなかったのだろうか?
常識的に考えて、男性客が一人しか乗っていなかったなんてありえないだろう。(大汗)
となると・・・他の男性乗客は何をしていたんだろう?
見て見ぬふりをしていたのか?(唖然)
犠牲者は犯人に馬乗りになられ、数十カ所を“なた”で斬りつけられて死亡したのである。
一瞬の出来事ではなく、結構な時間がかかったはずである。
その間にみんなで羽交い絞めにするなりして犯人を取り押さえていたら、この男性は重傷を負ったにせよ死ななくて済んだかもしれない。

誰も、他の男性乗客たちの行動には言及していないんだけど・・・(大汗)
これでは「下手に正義感をもって他人を助けようとすると馬鹿を見るから見て見ぬふりをしましょう」という“教訓”が残ってしまうのではなかろうか?
それでいいのだろうか?(大汗)
いざとなったら、周囲の人が協力して犯行に及ぶ人間を取り押さえるぞ・・・ということが、この手の事件の抑止力になると思うんだけどなぁ~

変な“教訓”が残らないことを祈るばかりである。

エッセイ | 11:21:09 | Comments(0)
『フィリピン戦線の日本兵』


はじめに

日本語版によせて

プロローグ

マヌエル・ロハス将軍と神保信彦中佐
   マライバライ・ダバオ&マニラ

PART1 ルソン島北部

日本兵の全員が悪いのではない
   イロコス・ノルテ州パスキン
     フローラ・M・パガドゥアンの証言
取りやめになった大虐殺
   イロコス・ノルテ州ラオアグ
     エヴァ・デ・グスマンの証言
ササキ・タロウ
   イロコス・ノルテ州ラオアグ
     ロスニルダ・C・モンタノの証言
異議申し立て
   カガヤン州ツゲガラオ
     J・ダブロサの証言
セイキさん
   イロコス・スール州サン・エステバン
     エルネスト・A・エスピリツの証言
天然痘がどのようにして命を救ったか
   イロコス・スール州カブガオ
     ベティ・バーバーズ・インペリアルの証言
音楽には不思議な力がある
   イロコス・スール州サンタ
     エリタ・P・デ・ラ・クェヴァの証言
幼いリーをかわいがった兵士
   イロコス・スール州ヴィガン
     ベティ・バーバース・インペリアルの証言
人間味ゆたかな隊長
   イロコス・スール州ヴィガン
     ベティ・バーバース・インペリアルの証言
誕生日の変わったプレゼント
   イロコス・スール州カブガオ
     ベティ・バーバース・インペリアルの証言
日本軍は祖父を助けてくれた
   イロコス・スール州マグシンガル
     ベティ・バーバース・インペリアルの証言
若い将校コダシさん
   イロコス・スール州カブガオ
     アントニオ・R・ハラの証言
ネナへの贈りもの
   イロコス・スール州カブガオ
     ベティ・バーバース・インペリアルの証言
アンドウ隊長
   マウンテン州アパヤオ・バヤグ
     エルネスト・A・エスピリツの証言
教会の鐘
   マウンテン州リンガ・ルブアガン
     クリスティーナ・A・モラレスの証言
リトウさん
   ベンゲット州バギオ
     ベニフレド・D・サンタ・マリアの証言
救いの日の夜明け
   ヌエバ・ヴェスカヤ州バヨンボン
     ナンシー・フロレス・ナヴァロの証言

PART2 ルソン島中部

ペルラと二人の求婚者
   パンガシナン州サン・カルロス
     フェ・M・カシリヤンの証言
級友は覚えている
   パンガシナン州ビナロナン
     アメリア・メンドゥエトの証言
音楽に魅せられて
   パンガシナン州サン・カルロス
     フェ・M・カシリヤンの証言
不正はただされる
   パンガシナン州サン・カルロス
     ティモテオ・カストロ2世の証言
クリスマスの自由の精神
   パンガシナン州サン・カルロス
     フェ・M・カシリヤンの証言
オオムタ大尉と日本刀
   パンガシナン州マナオアグ   
     コンラド・メンドーサの証言
オオムタ大尉とギター
   パンガシナン州マナオアグ   
     コンラド・メンドーサの証言
ブレスレット
   パンガシナン州サン・カルロス・アグダオ
     フェ・M・カシリヤンの証言
灯火管制
   パンガシナン州ダグパン市
     フロロ・A・ガスコンの証言
ある医師
   ヌエヴァ・エシハ州カビアオ
     エヴァ・デ・グスマンの証言
日本軍は私の叔父を信用した
   タルラック州プラ・エスティポナ
     ロランド・G・パラガスの証言
ルイスと牛と日本兵
   タルラック州パキニ
     コンラド・メンドーサの証言
彼らも泣いている
   タルラック州タルラック
     フィデル・ドゥランの証言
田んぼの稲
   タルラック州プラ
     ロランド・G・パラガスの証言
手料理で
   サンバレス州サンタ・クルス
     コラソン・G・サモディオの証言
褒美
   パンパンガ州サン・ルイス
     ルスティカ・Y・カルロスの証言
華麗な鳥
   パンパンガ州サン・ルイス
     ルスティカ・Y・カルロスの証言
大佐と教区の司祭
   パンパンガ州サン・ルイス
     ルスティカ・Y・カルロスの証言
3人の中で1人だけは“人間”だった
   パンパンガ州
     ベンハミン・C・パストラルの証言
トマサと日本兵
   ブラカン州サン・ラファエル
     ニエヴァ・ヴェロイラの証言
思いがけない親切
   ブラカン州ノルサガライ
     コラソン・G・サモディオの証言
残忍な男でもなければ野蛮人でもない
   ブラカン州ノルサガライ
     コラソン・G・サモディオの証言

PART3 マニラ近辺

チャンピオンのメダル
   マニラ市フィリピン大学のキャンパス
     アウレリオ・アマンテの証言
忘れられない音楽
   マニラ市サン・アンドレス
     コンセプシオン・R・カバニエロの証言
イルマの貢献
   マニラ市サン・アンドレス
     シンティア・セリスの証言
親切のための親切
   マニラ市パコ
     コンセプシオン・R・カバニエロの証言
結婚
   マニラ市・サンパロック
     ティモテオ・R・カストロ2世の証言
キャッサバの芋
   マニラ市サンパロック
     レオノール・T・ポブレの証言
日本兵に救われた
   マニラ市トンド
     エストレリア・L・サモンテの証言
異例の日本将校
   マニラ市サンタ・クルス
     ナンシー・フロレス・ナヴァロの証言
意外な新事実
   マニラ市エルミタ
     コラソン・G・サモデイオの証言
ヒデロウ
   マニラ市タフト通り
     アスンシオン・G・ミテリアの証言
初めての出会い
   リサール州ノヴァリチェス・タリパパ
     ホセ・B・フェスティンの証言
彼らは音楽に耳を傾けた
   リサール州サン・ホアン
     エヴァ・デ・グスマンの証言
オカムラ大佐
   リサール州ケソン市カムニン
     グレゴリオ・L・シャンヒオの証言
サクラノハナ
   リサール州マリキナ・サン・ローケ
     ソイラ・S・サンタ・イネスの証言
アマノさん
   リサール州マラボン
     エヴァ・デ・グスマンの証言
親切な敵
   リサール州カロオカン・クレースパーク
     コラソン・G・サモディオの証言
生兵法は怪我のもと
   リサール州パッシグ
     フェルナンド・サンチェス2世の証言
鉄道線路のそばで
   リサール州スーカット
     コンセプシオン・R・カバニエロ
司令官
   リサール州タナイ
     フェルナンド・サンチェス2世の証言

PART4 ルソン島南部

サロと歩哨と私
   カビテ州シラン
     サルヴァドル・P・ルナの証言
日本兵とその恋人
   カビテ州シラン
     サルヴァドル・P・ルナの証言
イシマ中尉
   カビテ州カビテ
     D・カブレラの証言
アンドレスおじいさんと日本兵
   カビテ州シラン
     アブンディオ・V・メルカドの証言
伍長とコーラスガール
   カビテ州シラン
     アブンディオ・V・メルカドの証言
女たちは震え上がった
   バタンガス州サン・ホアン
     アウグスト・M・マナロの証言
よい友だち
   バタンガス州タイサン
     ルス・A・ブエンヴィアヘの証言
聞き耳を立てていた人たち
   ラグナ州リリオ
     アメニダッド・M・モンテイロの証言
1枚のビラ
   ラグナ州カンルバン
     アンヘr-ナ・C・ヘメデスの証言
ミスター・モチモト
   ラグナ州リリオ
     アメニダッド・M・モンティロの証言
森の中で道に迷って
   ラグナ州リリオ
     アメニダッド・M・モンティロの証言
桜の花
   ラグナ州ロス・バニヨス
     リタ・S・ヴェルモンテの証言
馬上のロメオ
   ラグナ州ロス・バニヨス
     リタ・S・ヴェルモンテの証言

PART5 ルソン島南東部

食糧庫の隊長
   カマリネス・スール州ナガ市マボロ
     エミリオ・B・アンヘレス2世の証言
教訓を受けた出来事
   カマリネス・スール州ナガ市タブコ
     エミリオ・B・アンヘレス2世の証言
知性と教養に富んだ日本兵
   アルバイ州アルバイ
     ジョセフィーナ・H・デル・ヴィリヤールの証言
しつけを教えてくれた人
   アルバイ州アルバイ
     ジョセフィーナ・H・デル・ヴィリヤールの証言
クマダさん
   アルバイ州アルバイ
     ジョセフィーナ・H・デル・ヴィリヤールの証言
トゥラトゥラ通りとコニヘロ大尉のこと
   アルバイ州アルバイ
     ジョセフィーナ・H・デル・ヴィリヤールの証言
フカボリ大尉
   アルバイ州アルバイ
     ジョセフィーナ・H・デル・ヴィリヤールの証言
彼らのすべてが人でなしなのではない
   アルバイ州アルバイ
     ジョセフィーナ・H・デル・ヴィリヤールの証言
ティアン・テリアの「ハポン」
   ソルゴン州ブラン
     リカルド・グレイ・ゴルペオの証言
私は救助された
   ソルゴン州ブラン・ブノド
     エミリオ・B・アンヘレス2世の証言
夜の訪問者
   ロンブロン州ロンブロン
     ダイアナ・C・リムの証言
良心
   ロンブロン州ロンブロン
     ダイアナ・C・リムの証言

PART6 レイテ島&ミンダナオ島

不思議な指輪
   レイテ州トロサ
     ロレッタ・C・アドヴィンクラの証言
日本軍のパトロール
   スリガオ州スリガオ
     フロロ・A・ガスコンの証言
日本人の友だち
   ダバオ州ダバオ
     ルシア・J・ヴァルデラモスの証言

訳者あとがき


著者は元・フィリピン大学の英語学教授だった人。
本書は日本軍がフィリピンを占領していた当時、すべての日本軍将兵が残虐だったわけではないことを示す証言を集めて書いたという本。
つまり、日本軍の中には、良い人、親切な人もいたんだという話らしいのだが・・・・
読みだしてまもなく、首をかしげてしまった。(苦笑)
なんとも不自然な話が多すぎるのである。

まず、最初に「流暢な英語を話す日本兵」が、必ずと言っていいほど出てくる。
たしかに英語が話せない日本兵とはコミュニケーションが取れなかっただろうから、どうしても思い出として残るのは英語の話せる日本兵ということになるのだろうが・・・
それにしても、どいつもこいつも「流暢な英語を話す日本兵」なのである。
カタコト英語に身振り手振り・・・という日本兵の話はわずかしかない。
本当に、そんなに沢山、「流暢な英語を話す日本兵」がいたのだろうか?

次に証言に登場するフィリピン娘は全員が「美しい」「絶世の美女」と表現している点・・・(笑)
戦時中、そんなに沢山、フィリピンには「美少女」がいたのかと突っ込みを入れたくなる。(苦笑)

私の経験から言うと・・・
フィリピン人は、嘘をついているという自覚がない・・・(笑)
嘘というより、少し話を誇張しているだけ・・・という感覚なのかもしれない。
いや、その誇張すら認識していなくて、折角だからとサービスしているというつもりなのかもしれない。
あくまでもサービスであって、決して嘘ではないというようなところが見られる。
この証言も同様なのではないか?
「日本兵に関する良い思い出を語ってくれ」と頼まれて、大サービスして誇張した話を語ったのか・・・
それとも、報酬目当てで、相手が気に入るような話を“でっちあげ”たのか・・・
本書を読んでいて、どうもシックリいかないところが多いのである。

まるで小説仕立てのような証言や、最後のオチが童話の“教訓”めいた証言や・・・・
どうみても“出来過ぎている”としか思えない証言や・・・
とにかく怪しい話が多い。

たとえば、フィリピンの「美少女」に求婚する日本兵の話・・・(苦笑)
その証言は、一つや二つではない・・・
当時、日本兵が、そうそう簡単に占領地の娘と結婚するなんてことが出来るはずはないのでは?
まともな頭の持ち主なら、好意を持ったとしても結婚までは考えないだろう。
そのかわり、恋愛は確かにあった。
実際にそういう経験をした生還者から話を聞いたことがある。
この方の場合は部隊の移動とともに、その恋は実らなかったのだが・・・
戦後、慰霊巡拝に現地を訪れた時に、偶然にも“彼女”の弟と再会した。
で・・・“彼女”のことを尋ねたら戦後まもなく病死したとのこと。
悲しい話である。
この方は「部隊を脱走して彼女と駆け落ちしようかと思ったくらい好きだった」とおっしゃっていた。
が・・・それは現実的ではない、先々を考えたら、誰もが諦めて当然である。
求婚ねぇ~・・・・あり得るかねぇ~(苦笑)

証言が、小説仕立て風になっているものについては、創作とも受け取れないこともないが・・・
証言者の証言が支離滅裂で要領を得ないので、著者が証言を基に話を“整えた”せいなのかもしれない。
良い方に解釈すれば・・・であるが・・・

また、どこかで聞いたような“よくある話”の証言が複数。
それは音楽・・・・
美人のフィリピン娘がピアノを弾いたら、横柄な日本兵が大人しくなり親切になって、その家族は危機から脱することが出来た・・・というようなストーリーである。
その手の話は、聞いたこともあるから現実にそういうこともあっただろうが・・・
だからといって何処にでもある話ではないような気がするが・・・
本当に自分の“体験”なのだろうか?

読み進めているうち、おかしなことに気が付いた。
同一人物が複数証言している。
これは、エピソードがいくつもあるので、それぞれのエピソードごとに分けたと解釈すればいいいだけだろうが・・・
気になったのは「住所」・・・
同姓同名で「住所」が違うのである。
これはどういうことなのだろう?
この「住所」がエピソードがあった場所を示すのか、それとも証言者の「居住地」をしめしているのか、それが不明確。

例えば・・・
ルソン島のパンガシナン州ダグパン市 フロロ・A・ガスコンの証言
ミンダナオ島のスリガオ州スリガオ フロロ・A・ガスコンの証言
場所が全く違うが、同姓同名の人物の“証言”・・・・
同姓同名の別人とは思えませんが・・・

本書の「証言者」の中には、そういう人物が複数いる。
こうなると、この証言の信ぴょう性を疑いたくもなるのだが・・・
かといって、同じ証言者名を使って複数の「証言」を創作して“水増し”するというお粗末な手法を取るとも思えない。

本書は、「日本兵の美談」の証言を集めたはずだが・・・
どう見ても「日本兵の美談」とはかけ離れているような話がいくつかある。
要するに、したたかなフィリピン人が、お人好しの日本兵をうまく言いくるめて、つまり“してやったり”ということで、危機を脱することが出来たというような話・・・
これは美談でも何でもなく、ただの証言者の(フィリピン人の)自慢話・・・
日本兵はただの“マヌケ”ということになる。

過去には、フィリピンにおける日本軍将兵の悪行の数々を暴く証言をまとめた本を読んだことがあるが・・・
これも怪しげな話が多くて、果たして証言はどこまで本当か?・・・と思ったものである。
こちらは日本人が収集して出版したもので、かなり政治や思想の偏りから作られたものであることが一目瞭然の本だった。
だからといって、全ての証言は嘘であるとは言い切れないし、日本軍将兵が悪行は一切行わなかったなどとは思わない。
ただ、誇張と脚色と創作を入り混ぜて証言数を増やしているのではなかろうかと思われる本だった。
“話半分”どころか“話半分以下”という気持ちで読むべき本だと思ったが、本書も残念ながら私にとっては同等扱いとなる。
日本軍将兵による善行がなかったとは言えないが、“美談”とする証言は少ないような気がした。
著者の“思い”とは、ちょっとかけ離れた「証言集」になってしまっているように思える。
まさか、著者が日本に阿って(または諂って)、日本から“何かを”得ようとして本書を出版したのではないだろうと思いたい。



今年の読書:10冊目



読書 | 23:05:01 | Comments(0)
グアテマラで火山が噴火!
中米グアテマラで、6月3日に「フエゴ火山」が噴火した。
「フエゴ火山」は、首都グアテマラ市の南西約40キロの位置にある活火山。
この活火山・・・多くの噴火の記録があり、2002年以降は毎年のように噴火しているのだそうだ。(知らなかった~)(大汗)

今回の噴火では、火山灰が広範囲に降り注ぎ、火砕流が近隣の町を襲ったという。
噴火から4日後の6月7日現在で、噴火による死者が109人、行方不明者が200人以上いるらしい。(大汗)
災害対策当局が、気象状況や高熱の火山性物質が残っていることを理由に、行方不明者の捜索を一時中断したところ、住民から非難の声があがっているという。
でもねぇ~捜索する側の人にも家族っているんだからねぇ~(汗)
行方不明の家族を心配する避難者の気持ちも分からないでもないが・・・・
捜索する人間が二次災害に巻き込まれたのではマズイと思うんだよねぇ~
「それが、あんたの仕事だろ!」って言われてもねぇ~限度があるでしょ?

だいたい、毎年噴火しているなら、いいかげん、死者や行方不明者が出ないような施策がとれなかったのだろうか?
シェルターとか・・・・
町自体を移転させるとか・・・(無理か?)

この間はハワイで火山が噴火し・・・・今度は中米でか!・・・・と思ったのだが・・・・
普段から、どこかで必ず噴火が起こっているのかも・・・
もしかしたら日常茶飯事?(苦笑)

“持ち回り”で・・・と考えると、そろそろ日本の火山の噴火があってもおかしくないかも・・・(大汗)

母は東日本大震災の前にこの世を去った・・・
もし生きていたら大変だったろうなぁ~と今でも思う。
いい時に死んだのではないかと思う。
で・・・親父が今年、この世を去った・・・
数年後に、大災害が起こって(たぶん起こると拙者は思っているのだが)、親父はいい時に死んだよなぁ~と思うことになるかも。
う~ん・・・中途半端に歳を取ってしまっている拙者は生き延びることが出来るだろうか?(苦笑)

日記 | 22:32:20 | Comments(0)
久々の古書市!(喜)
今日は水戸藩士の“シミズくん”と一緒に久々の「古書市」に行く!(大喜)
古書を見ていると、時間が過ぎるのを、ついつい忘れてしまう。(笑)
見ているだけで幸せ・・・・
よっぽど“本”が好きなんだろうなぁ~・・・・と自分でも呆れる。
読むのは面倒くさいんだけど・・・(大笑)
まだまだ読んでいない本が自宅に山積みになっているんだから、買ってはいけない、買ってはいけないと思っていたのに・・・
ついつい購入!
前回買った本も全部は読んでいないというのに、またまた1万2千円くらい使ってしまった!(大汗)
完全に“病気”である・・・(大笑)

日記 | 11:33:48 | Comments(0)
『特務艦艇入門』


まえがき

第1章 特務艦艇とは

第2章 特務艦艇の種類とその任務

   工作艦
   運送艦
       その1、給兵艦
       その2、給炭艦
       その3、給油艦船
       その4、給糧艦
       その5、雑用運送艦
   測量艦
   砕氷艦
   標的艦
   運用術練習艦
   魚雷艇
   駆潜特務艇
   哨戒特務艇
   電纜敷設艇
   海防艇
   雑役船艇
       その1、海洋観測船
       その2、飛行機救難艇
       その3、砲艇
       その4、運貨船
       その5、内火艇
       その6、曳航式油槽船(TE型バージ)
       その7、魚雷追躡艇
   作業船
       その1、起重機船
       その2、潜水標的

第3章 特設特務艦艇船

   特務工作艦
   特務運送艦船
       その1、特設給炭船および給炭油船
       その2、特設給油艦船
       その3、特設給糧艦
       その4、特設給兵艦
       その5、特設給水船
       その6、特設運送船(雑用)
   特設港務艦
   特設病院船
   特設捕獲網艇
   特設敷設艇
   特設駆潜艇
   特設掃海艇
   特設監視艇

第4章 外国の特務艦艇と特設特務艦艇

イギリス海軍の主な特務艦艇および特設特務艦艇
   工作艦および特設工作艦
   設網艦
   潜水母艦
   特設臨検艦
   特設給油艦
   特設駆潜艇および特設掃海艇
   特設作戦指揮艦
   特設兵員揚陸艦
   囮艦、偽軍艦
アメリカ海軍の主な特務艦艇および特設特務艦艇
   工作艦および特設工作艦
   給兵艦
   特設特殊運送船
       その1、特設航空機専用運送船
       その2、戦車専用運送船
   給油艦
   駆逐艦母艦
   水上機母艦
   特設沿岸掃海艇
   特設強襲揚陸艦および強襲貨物揚陸艦
       その1、特設強襲揚陸艦
       その2、正規強襲揚陸艦(APA)
       その3、正規強襲貨物揚陸艦(AKA)
   兵員専用輸送船
ドイツ海軍の主な特務艦艇および特設特務艦艇
   潜水母艦および特設潜水母艦
       その1、ヴィルヘルム・バウエル級
       その2、ザール級
       その3、特設潜水母艦ドナウ
       その4、特設潜水母艦エルウィン・ヴァサナー
       その5、特設潜水母艦ヴァイヒゼル
   魚雷艇母艦
   標的艦
       その1、砲術・爆撃標的艦
       その2、潜水艦訓練用標的艦
   練習艦
   実験艦
   特殊艦
   特設宿泊船

あとがき


今年の読書:9冊目



読書 | 21:11:59 | Comments(0)
国防問題講演会を聴講
今日は上京!
日本国防協会主催の国防問題講演会を聴きに行く。
演題は『我が国を支える装備・技術の現状と方向性』・・・・
講師は元防衛装備庁長官の渡辺秀明氏である。

内容は・・・
我が国周辺各国、北朝鮮、中国、ロシアの装備技術への取り組みと米国の取り組みについての紹介。
次いで、我が国の取り組みの紹介となるが・・・
研究開発予算について、米国の開発予算7兆円に対し、日本は1300億円程度だそうである。(唖然)
これでは、相手より先を行くものを開発して差をつけ、脅威を取り除くというオフセット戦略は無理だなぁ~(大汗)
やっぱり日米安保条約で米国が守ってくれると思っているからなのだろうか?(大汗)
防衛生産技術基盤の強化を図ってはいるようだが・・・
産業情報セキュリティに関して、米国から日本のセキュリティはダメだと言われているという。(唖然)
お寒い話である・・・・

なかなか専門的な難しい話が多かったので、一般受けする話ではなかったが・・・
お話を聞いていて、自立して自国を守るには、まだまだ・・・という気がした。(大汗)

日記 | 20:39:03 | Comments(0)
法人会の総会に出席
今日は法人会の定時総会・・・・

第一部の定時総会後・・・
第二部として恒例の記念講演会。
今回の講演会は、『日本政治と外交~安倍政権とトランプ米大統領』と題して、流通経済大学スポーツ健康科学部教授の龍崎孝氏が講師・・・
氏は元毎日新聞記者でもあり元TBS政治部部長だった方であるが・・・
スポーツ健康科学部の教授???・・・・不思議な感じ・・・・(笑)

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講演会の内容・・・・
国内政治関係では、通常国会の行方、森友・加計問題の影響、内閣支持率、国会閉幕後の動き、等々のお話・・・
外交では北方領土問題の話があったが、これが結構興味深かった。
氏の話では、血を流して得た土地を返す気はロシアにはないし、過去に返したという例もないという。
しかも、北方領土にはロシア正教の教会があり、この聖地を日本に返す気はロシアにはないという。
ロシア正教の教会がある場所は絶対返さないというのである。
へぇ~・・・・である。
そうなると、どう交渉しても北方領土返還は無理だな・・・・(大汗)
トランプ米大統領に関しては、意外にも結構緻密な外交を展開しているという。
ただ、トランプ米大統領の任期は、あと2年半しかない。
対して北朝鮮の金委員長は任期が無い・・・つまり無期限である。
中国の習近平主席は、あと5年任期が残っているし、ロシアのプーチン大統領は、あと6年任期が残っている。
北朝鮮、中国、ロシアは余裕があるので気長にノラリクラリ・・・と出来るが、トランプ米大統領には余裕がないから、何らかの成果を挙げようと焦ると“妥協”をするしかなくなる。
米朝会談においては、早めの成果を狙うと北朝鮮の思うつぼにハマることになるだろうとのこと。
そうなると・・・日本の外交は?・・・拉致被害者の問題は?・・・・・ということになる。
なるほどね・・・である。

第3部は懇親会・・・
毎度のことながら、この懇親会に参加する人は少ない。(大汗)
拙者の場合は、会員相互の親睦の為・・・というのは建前で・・・(大笑)
パーティー食で、今晩の夕食を済ませてしまおうという魂胆である!(大笑)

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日記 | 20:36:57 | Comments(0)
フィリピンで財宝探し?(唖然)
フィリピンで日本人4人とフィリピン人13人の計17人が「財宝探し」のため違法な穴掘りをしたとして警察に逮捕された。
彼等は、結局、“財宝”を見つけられなかったようだが、具体的にどんな“財宝”を探していたのかは不明とのことだそうだ。

“財宝”といえば、戦時中に日本軍が隠した「山下財宝」の“伝説”が有名だが、たぶん、「山下財宝」探しだったに違いない。
日本人は40~60歳の3人と15歳の少年で、大人3人が資金を出し、15歳の少年が通訳をやって、地元のフィリピン人を雇って違法な穴掘りをしていたらしい。
今もって財宝探しなんかをする日本人がいるとは驚きである。

しかし、わからないのが掘っていた場所・・・
ルソン島のサンバレス州沖にあるカポネス島だそうだ。(唖然)
そんなところに、そんな島なんかあったっけ?・・・・というくらいマイナーな島である。
そんなところに財宝を埋めるかねぇ~(苦笑)
どんな情報を掴んだのかは知らないが・・・
ハッキリ言って・・・馬鹿だよなぁ~(大笑)

私はフィリピンで現地人から何度か話しかけられたことがある。
「財宝の地図を持っているのだが、日本語なので解読して欲しい」とか・・・
「財宝の地図を持っているが、買わないか?」とか・・・(大笑)
全てガセネタである。(大笑)

「大きなマンゴーの木の根元から何メートルのところに財宝が眠っている」と書いてあるので、ここに違いないと言う人がいる。(大笑)
仮に本当だとしても、「大きなマンゴ―の木」は70年ほど前の話で、今も「大きなマンゴーの木」のままでいるかどうかは怪しいものである。
その木は・・・70年ほど前は「小さなマンゴーの木」だったのではないか?(大笑)
戦後70年以上も経ったら、目印が当時のまま目印として存在している可能性は低いのではなかろうか?(汗)

「山下財宝」は、“伝説”ではないことは明らかである。
当時、日本軍は財宝をフィリピンに持ち込んでいることが記録に残っている。
問題は、その“財宝”を何処に埋めたかだが・・・
私も数カ所、埋めたとされる場所を聞いたことがあるが、だからと言って掘れば見つかるというものではない。
1mでもずれたら、何十メートル掘ろうとも見つかるものではない。
ピンポイントで場所を確定して掘らねば見つからないだろう。
ということで・・・・戦後70年以上も経ってから探すのは無理だろう。(笑)

ましてや、どこかの聞いたこともない島に埋めたなんて信じられない。
“財宝”は、方面軍から、その下の組織である「軍」に分配され、更にその下の「師団」に分配されたのではないかと思う。
日本軍が発行した「軍票」の価値が下がり紙くず同然となっている以上、貴金属など“財宝”で食糧など必要なものを物々交換するしかない。
そう考えると、名も知らぬ小島にまで“財宝”を分配しただろうか?
敗退している大混乱の状況下で、小島まで運んで行って埋めるかなぁ~(苦笑)

フィリピン防衛に当たった第14方面軍の参謀の中に、“財宝”のありかを知っている人がいたが・・・
この方は「知っているけど掘りには行かない」と明言していた。
平成2年の頃の話だから・・・もう、この参謀はお亡くなりになっているだろうから、今さら無理だな・・・(苦笑)
例えていえば、「東京駅前に埋めた」と知っていたとしても、ピンポイントで東京駅前の「ここ!」と指させなければ発見することは無理だろう。
場所がフィリピンとなれば、その探索費用、発掘費用、身の危険を考えたら、知っていても行かないだろうなぁ~(苦笑)

北部ルソンの山岳地帯へ祖父の部下たちの慰霊に一人で行った時の事・・・
米軍陣地跡をウロウロ歩いたのだが・・・
その2年後に再び訪問したら、私が歩いた跡周辺にいくもの穴が掘られていた!(唖然)
尋ねてみたら、日本人の私がウロウロしていたので、現地の村の青年たちが、私が“山下財宝”を探していたのだろうと思って、穴を掘って“財宝”を探した跡なのだそうである。(大笑)
「あのね~ここは米軍の陣地跡!俺は自分の歩数で陣地跡の規模を測っていただけ!米軍の陣地に日本軍が財宝を埋められるわけはないだろ!おまえら、馬鹿か?」と言ったことがある。(大笑)

今もって“山下財宝”の話は現地のフィリピン人の口に上がる・・・
真面目に働かない一攫千金を狙うフィリピン人ならではで・・・(笑)、今では戦後生まれの若者が躍起になっている感がある。
何十年経っても、この調子だから・・・
今回と同じような問題は今後も続くことだろう。(大汗)
それに乗っかる日本人も日本人だと思う。(苦笑)

“財宝探し”で、地下何十メートルも掘っている連中もいるが・・・
そんな深くに埋めるわけがないと私は思っている。
当時は敗退の途中である。
飲まず食わずの中、重くてもう運べないから埋めたのではなかろうか?
ということは・・・そうそう深く穴を掘ることは不可能だろう。
地下1~2m程度の浅い所に埋めたとしても、ピンポイントで掘らねば出てくるわけがない。
自然災害などの土砂崩れの後に、偶然に見つかる・・・という形でしか見つかることはないと思う。

今回、逮捕された日本人たち・・・“馬鹿丸出し”しちゃったなぁ~(大笑)

エッセイ | 23:40:25 | Comments(0)
浄蓮寺
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八葉山 浄蓮寺の由来

八葉山浄蓮寺は、858年(天安2年)に天台宗三代目の座主である慈覚大師が、奥州山寺(山形県山形市)創立の帰途、当地に立ちより、道場を開いて自ら阿弥陀如来像を作り安置しました。
1190年(建久年間)ごろ源頼朝公から五十石、領主の車丹波守義秀公より寺領百石を受け、寺勢をきわめて二十余りの末寺を配下におきました。
寺は1574年(天正2年)兵火に遭い、大半の古記録を焼失したほか、1848年(嘉永元年)にも火災に遭って宝物類なども全焼しました。
1857年(安政4年)に現在の本堂が再建され、本尊の阿弥陀如来は、1681年(延宝9年)の作で、仁王尊は1683年(天和3年)の作であります。

(リーフレットより)


茨城県北茨城市華川町小豆畑2733



史跡 | 23:11:33 | Comments(0)
北茨城市をドライブ
今日は友人の“ウメちゃん”と久々のドライブである!
数年に1回くらいのドライブ・・・(大笑)
彼のたっての頼みで、北茨城市にある「石岡第一発電所」の建物を見に行くことにした。
この発電所は明治44年に発電を開始して、現在も現役で稼働している国の重要文化財に指定されている水力発電所である。

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狭い山道を登って行ったら・・・途中で「通行止め」の看板が・・・(唖然)
どうやら土砂崩れか何からしい・・・(涙)
やむなく遠くから建物を見るだけとなる。(涙)
久々のドライブだっていうのに・・・これ・・・“ウメちゃん”の日頃の行ないが悪いんだろうなぁ~(大笑)

仕方がないので、どこか他の場所へ行こうか・・・ということになり・・・
拙者のお気に入りの場所を案内することにした。

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向かったのは「浄蓮寺」・・・・
拙者は、このお寺の屋根の形が好きなのである!(笑)

このお寺は慈覚大師という天台宗のお坊さんが天安2年(858年)に開創した寺だそうで、本堂は安政4年に建立されたものだそうだ。

このお寺の裏に「花園川・浄蓮寺渓谷」というのがある。
ここがまた良いんだなぁ~
昔、母に誘われ、ここに来たことがある。
確か真夏だったような気がするが・・・水量のある川が流れ緑豊かな景色に感動した。
この渓谷の斜面に「三十三体観音」というのが自然石に刻まれている。
いつごろ彫られたものかは知らないが、長年の風雨のせいだろう、かなり摩耗したものもある。

020_convert_20181107191712.jpg(千手観音)

ここには「如意輪観音」「聖観音」「馬頭観音」「千手観音」「十一面観音」など32の観音様と1体の地蔵が彫られている。
足もとの悪い斜面を登って、各岩に掘られた像を見るのだが、“ウメちゃん”は何を思っているのか、33体全部を写真に収めるという。(汗)
おかげで、この足元の悪い斜面を登る羽目に・・・・(涙)
適当に何体か見るだけにしようと思ったんだけどなぁ~(苦笑)
真面目なんだよなぁ~(大笑)
ここには「千手観音」が7体彫られている。
「千手観音」は拙者の“守り本尊”なので、拙者は「千手観音」だけ写真を撮ることにした。

で・・・ここで結構時間を喰ってしまい、とっくにお昼が過ぎてしまった。(汗)
この山の方から、今度は海に向かって移動・・・・
海岸にある「二ツ島観光ホテル」で遅めの昼食をとる。

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昼食後、今度はどこへ行こうか・・・という話になったが、思いつかない。
無駄に夕方までウロウロしていたら、そのうち道路が混んで帰宅が遅くなるんじゃないか?
ということで・・・・今日のドライブは、ここで打ち切り!(大笑)
すこぶる快調に帰宅する。(笑)
結構、充実した一日となった。
拙者を連れ出してくれた”ウメちゃん”に感謝!

日記 | 21:31:17 | Comments(0)
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