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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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『おらんだ正月』


新編の編集について

Ⅰ 新元会―おらんだ正月初聞
      新元会―おらんだ正月初聞

Ⅱ おらんだ正月
      序
      1 牛に乗って外へ出た仙人のような医者永田徳本
      2 大貿易家で大土木家を兼ねた角倉了以
      3 一派の鍼術を興した検校杉山和一
      4 奥羽に水路を開き機内に河を治めた河村瑞賢
      5 博物学者としてもすぐれていた貝原益軒
      6 関流算法の租と仰がれる関孝和
      7 わが国に本草学を開いた稲生若水
      8 対馬全島の猪を狩尽した陶山訥庵
      9 湯熊灸庵とあだ名せられた大医後藤艮山
     10 荒川・多摩川・酒匂川を治めた田中丘隅
     11 師匠の墓の前で花の詩を読上げた松岡恕庵
     12 武士を捨てて町医者となった戸田旭山
     13 日本全国に甘藷を拡めた青木昆陽
     14 乞食の病気まで診てやった御医師望月三英
     15 わが国で始めて人体を解剖した山脇東洋
     16 万病一毒の説を唱えた古方医家吉益東洞
     17 農家から出た地理学の大家長久保赤水
     18 23年間に23回稿本を書改めた三浦梅園
     19 わが国洋学界の一大恩人前野蘭化
     20 蘭化を助けて解体新書を翻訳した杉田玄白
     21 石の長者といわれた石の蒐集家木内石亭
     22 戦術まで研究した地理学者古川古松軒
     23 わが国電気学の租平賀源内
     24 世界的の大植物学者小野蘭山
     25 独学で西洋暦学を修めた麻田剛立
     26 同心の子から暦学者となった高橋東岡
     27 質屋の主人で暦学者だゅた間長涯
     28 始めて日本の実測地図を作った伊能忠敬
     29 わが国砲術界の革新者阪本天山
     30 大坂の生んだ博物学者木村蒹葭堂
     31 医術の修業に全国を漫遊した橘南谿
     32 ロシア人までその名を知っていた桂川甫周
     33 一生に9回蝦夷地へ渡った最上徳内
     34 オランダ流の内科を興した宇田川槐園と同榛斎
     35 蘭学を拡めた大功労者大槻磐水
     36 始めてオランダ語の辞書を作った稲村三伯
     37 寒中水泳まで試みた兵学者平山行蔵
     38 独力で星雲説を唱えた物理学者中野柳圃
     39 命がけで眼科医術のために尽した土生玄碩
     40 北海の探検家で書誌学者だった近藤重蔵
     41 40余歳でオランダ語を修めた帆足万里
     42 太陽の黒点を観測した鉄砲鍛冶国友一貫斎
     43 樺太から東満洲までも探検した間宮林蔵
     44 満洲語まで研究した地理学者高橋景保
     45 通詞から幕府に召出された語学の天才馬場轂里
     46 辛苦の末に西洋医の大家となった坪井信道
     47 西洋の植物学や化学を伝えた宇田川榕庵
     48 西洋兵学をわが国に取入れた鈴木春山
     49 シーボルトの高弟として知られた岡研介
     50 洋学者中で最も悲惨な最期を遂げた高野長英
     51 洋学者・科学者としての佐久間象山
     52 農家から出て幕府の奥医師となった伊東玄朴

参考文献一覧

後記

Ⅲ 番外2篇
      1 わが国マッチ業の父と仰がるる清水誠
      2 古今独歩の碁の名人本因坊道策

解説 (外山滋比古)



今年の読書:55冊目



読書 | 00:32:27 | Comments(0)
『るそん回顧』


第1部
     1 出発
     2 輸送船
     3 高雄
     4 遭難
     5 マニラ
     6 マニラから任地まで

第2部
     7 黒宮部隊
     8 陣中経理勤務
     9 陣中閑話
     10 ルクバンの思い出
     11 イポ陣地、転進

第3部
     12 飢餓行(1)
     13 飢餓行(2)
     14 飢餓行(3)
     15 脱出(1)
     16 脱出(2)

あとがき 刊行に寄せて (那須礼子)


本書はフィリピン・ルソン島で戦った主計将校の体験記である。
「主計」というのは、食糧の管理、被服等の物品の管理や人事記録まで扱う、今で言えば、会社の「総務」のような仕事を専門に行う“職種”である。
つまりは“事務職”なので、基本的には最前線での戦闘には参加はしない。
そういう方の視線から書かれた体験記である。
最終所属は、マニラの東方で戦った「河嶋兵団」と呼ばれた、第105師団の歩兵第82旅団・・・
河嶋修少将が指揮するこの旅団が独立して「河嶋兵団」としてマニラの東方にある「イポ」の防衛にあたった。
この「イポ」にはダムがあり、マニラへの飲料水の供給源として重要な場所だったと記憶している。

ずいぶん昔に「イポ」を訪れたことがある。
このあたりの戦史は詳しくは知らなかったが・・・本書に「ルクバン」という地名も出てくる。
ここにも行ったことがあるような気がする・・・・懐かしい地名である。
イポでは、戦後、戦友会や遺族会が建てたものであろう慰霊碑をお参りしたが、かなり劣化していて崩壊直前という感じだった。
地元の方から「何とかならないか?」と言われたが、私の個人の力ではどうしようもなかった。
あの慰霊碑は、今はどうなっているのだろう?
もう何年も訪れていないので、いつか、様子を見に行ってみたいと、ふと、思った・・・・

早いうちから食糧の補給が途絶え、各部隊は「現地自活」をするよう上級司令部から命じられる。
「自活」とは、すなわち、それぞれ自分の食糧を探して何とか食いつなげろ・・・ということである。
南の島にはバナナなどの果物が多く育っていて、食べ物には困らないだろうというのは大間違い。
マニラの東方高地、東方山岳地に行けばわかるが・・・何もない・・・
食べられそうなものは何もないのである。
こうなると、戦闘より飢餓のほうが怖い・・・ということになろう。
食糧探しで必死である。
特に食糧の管理を預かる「主計」は大変だっただろう。
戦友たちが次々と餓死、病死していく・・・
そういう中、食糧を探しながらの逃避行である。

本書の著者は1970年(昭和45年)にお亡くなりになっている。
本書の「あとがき」は、著者の奥様が書かれているが、この「回顧録」は、著者が捕虜収容所に入れられていた時に書いたもので、戦後、日本に持ち帰り、そのまま「筆を入れない」ままで残されたものだそうである。
それを、そのまま今回出版したそうだ。
ということは、終戦直後の記憶に基づいて書かれているわけだし、著者の感情は、その時のままということである。
戦後になって、昔を回顧して書かれた体験談は多いが、本書のような収容所で書かれたものが、そのまま・・・というのは珍しいのではなかろうか?
戦後の情報や、思想などが加わったものではない、その当時のままのもの・・・
よくぞ余計な手を加えずに出版してくれたと感謝したい。
そういう意味でも貴重な記録である。


今年の読書:54冊目



読書 | 00:25:25 | Comments(0)
『連合国戦勝史観の虚妄』


まえがき

第1章 故郷イギリスで見たアメリカ軍の戦車
       遠い世界としての第二次世界大戦
       米軍戦車を目にしたときの衝撃
       もうイギリスはアメリカに敵(かな)わないと悟った日々
       アジアで起こった大変動と日本
       日本は日本の主張を発信すべき
       少年時代に刷り込まれた日本のイメージ

第2章 日本だけが戦争犯罪国家なのか?
       チャーチルの聞くに堪えない日本人への罵詈雑言
       アジアの国々を独立させた日本の功績
       「白人植民地」を侵した日本の罪
       イギリス最大の屈辱、シンガポール陥落
       『猿の惑星』が現実となったときの衝撃
       無知が助長した日本人への憎悪
       戦勝国が日本を裁くことへの違和感

第3章 三島由紀夫が死を賭して問うたもの
       三島由紀夫との最後の会食
       右翼には期待していなかった三島
       『ロンドン・タイムズ』に掲載された私の署名記事
       5年の歳月をかけた計画的で周到な自殺
       マッカーサーの唾棄すべき傲慢と不実
       裁かれるべきは戦勝国側だった。

第4章 橋下市長の記者会見と慰安婦問題
       橋下(はしもと)大阪市長の失策
       初めて日本にやってきた日の東京での夜
       田中角栄も墓穴を掘った危険な記者会見
       戦場における「慰安婦」の歴史
       韓国の主張に対する説得力のある反論
       米国の資料に見る、日本の「慰安所」の実態
       では、日本はどのように対処すべきか

第5章 蒋介石、毛沢東も否定した「南京大虐殺」
       情報戦争における謀略宣伝(プロパガンダ)だった「南京」
       中央宣伝部に取り込まれた南京の欧米人たち
       「南京大虐殺」を世界に最初に報道した記者たち
       誰一人として殺人を目撃していない不思議
       「南京」が虚構であることの決定的証拠
       光州事件の取材経験から言えること

第6章 『英霊の聲』とは何だったか
       国家元首として次元を異(こと)にした昭和天皇
       天皇の「人間宣言」に対する三島の批判
       日本にとっての「国体」とは何か
       三島の評伝を執筆中に起こったこと
       靖国に首相や天皇が参拝できないという異常さ
       三島が檄文(げきぶん)で訴えたこと
       擬(まが)い物の国家、日本の現状

第7章 日本はアジアの希望の光
       日印国交樹立60周年の集い
       日本は「占領の呪い」から脱却を

第8章 私が会ったアジアのリーダーたち
       1、私欲の権化だった金大中
             民主化運動の闘士を装った金大中
             光州事件を嗾(けしか)けた張本人
             ジャーナリストとしての不明を恥じる
       2、金日成t北朝鮮という国
             金日成との歴史的面会
             トラックの荷台で運ばれていく人々
       3、北朝鮮で見たシアヌーク殿下
             シアヌークが北朝鮮で制作した日本軍の映画
             金日成の宮殿を住居とするシアヌーク
       4、インドネシア「建国の父」、スカルノ
             「九月三十日事件」直後に面会したスカルノ

第9章 私の心に残る人々
       1、日本人とユダヤ人
             ユダヤ人を救った東條英機の知られざる功績
             英仏のロスチャイルド家をひとつにした男
             固く閉ざされた世界の扉を開ける鍵
       2、日本文学を世界に伝えた人たち
             戦場の日本兵の気高さに打たれたドナルド・キーン
             『高貴なる敗北』を三島に捧げたアイヴァン・モリス
       3、日本で出会った人々
             私が見た素顔の白洲次郎(しらすじろう)
             岸信介(きしのぶすけ)と安倍晋太郎
             運をものにした中曾根康弘

終章 日本人は日本を見直そう
       韓国がけっして日本に追いつけない理由
       日本の敗戦後遺症と憲法問題
       欧米に不都合な「大東亜戦争」史観
       安倍晋三と将来の日本

解説 加瀬英明


今年の読書:53冊目



読書 | 23:39:59 | Comments(0)
『日本占領下のフィリピン』


序章 フィリピン現代史のなかの日本占領期 (池端雪浦)

1 対日協力と対日抵抗
2 二項対立の歴史を超えて
3 日本占領下の社会―本書の概要
4 戦後への負の遺産

第1章 宥和と圧政
―消極的占領体制とその行方― (中野 聡)

はじめに
1 間接占領体制における宥和の論理
     1 「新比島建設」の論理と現実
     2 エリートとの宥和
     3 戦争指導部のフィリピン認識と占領構想
     4 消極的協調の維持とその意味
2 人見宣伝隊と宥和の論理
     1 軍宣伝の二重構造
     2 宥和的宣伝の契機
     3 イロコス地方宣伝工作の「成功」
     4 パナイ島宣伝工作の「失敗」
むすび

第2章 日本軍に夢をかけた人々
―フィリピン人義勇軍― (寺見元恵)

はじめに
1 親日フィリピン人
     1 リカルテ信奉者
     2 ガナップ党員
     3 「ユナイテッド・ニッポン」
2 三つの義勇軍
     1 クーデター
     2 マカピリ結成
     3 「鉄の腕」と「秩序の義勇軍」
     4 対日協力者に対する「特別国民裁判」
むすび 真の独立をめざして

第3章 「モロ族」統治とムスリム社会の亀裂
―ラオナ州を中心に― (川島 緑)

はじめに
1 日本のモロ族統治政策
     1 戦前のフィリピン・ムスリム社会
     2 日本のモロ族統治政策
2 ラオナ州におけるモロ族統治
3 ラオナ州ムスリム・リーダーの対応
     1 国会議員・選挙制行政官層
     2 任命制州行政官層
     3 ムスイム教員・事務官・軍人層
     4 ムスリム村落リーダー層
4 日本占領の影響
     1 戦後のフィリピン・ムスリム社会
     2 国民統合・分裂問題に対する意義

第4章 鉱山開発と現地社会の抵抗
(池端雪浦)

はじめに
1 日本の鉱山開発政策
     1 基本方針
     2 軍管理委託経営
     3 比島鉱山協議会
2 開発の実態
     1 開発の全貌
     2 マンカヤン銅山
     3 カランバヤンガン鉄山とアンチケ銅山
3 住民の抵抗
     1 労働力調達への抵抗
     2 抗日ゲリラ
むすび

第5章 棉花増産計画の挫折と帰結
(永野善子)

はじめに
1 コモンウェルス期の綿工業をめぐる輸入代替政策
2 日本占領下の棉花増産計画
3 棉花栽培の実態
     1 糖業調整との関係
     2 裏作の実施
4 まぼろしの紡績産業再編計画
5 衣料品配給制度の導入
おわりに

第6章 日本占領下における食糧管理統制制度
―コメ不足とその対応策を中心として―
(リカルド・T・ホセ 永井均 訳)

1 戦前の状況と計画
2 戦争勃発と占領の開始
3 統制経済の確立
4 ラウレル政権の政策
5 戦後の状況と政策

第7章 宗教宣撫政策とキリスト教会
(寺田勇文)

はじめに
1 宗教宣撫工作
     1 宗教班の編成
     2 初期の活動
     3 工作内容
2 田口司教の構想
     1 聖職者のフィリピン人化
     2 教会財産問題
     3 学校における宗教教育
     4 ヴァチカンとの協定
3 軍政監部の宗教政策
     1 対策要旨
     2 ヴァチカンとの交渉
4 日本占領下の教会―対日協力問題の周辺

第8章 「ダバオ国」の在留邦人
(早瀬 晋三)

はじめに
1 フィリピンへの日本人移民・植民
     1 移民・植民構想
     2 「ダバオ国」の成立
2 ダバオ在留邦人の戦争協力
     1 死亡場所
     2 ダバオ攻略と在留邦人
     3 「比島民衆の亀鑑」としての在留邦人
     4 献金
     5 勤労奉仕
     6 食糧増産
     7 ダバオ在留邦人の評価
3 ダバオ在住フィリピン人のみた日本人像
     1 ダバオで起きた戦争犯罪の記録
     2 開戦直後の殺害事件
     3 憲兵による殺害
     4 敗走中の殺害
     5 在留邦人の役割
おわりに

補章 日本占領期フィリピン史に関連する図書館・文書館・博物館の紹介

1 フィリピン (リカルド・T・ホセ)
     1 マニラ首都圏
          1 フィリピン大学ディリマン校
          2 フィリピン国立図書館
          3 フィリピン国立文書館
          4 アメリカ歴史コレクション
          5 アテネオ・デ・マニラ大学
          6 アヤラ博物館・図像学文書館
          7 ホセ・P・ラウレル記念財団図書館・博物館
          8 ロペス記念博物館
          9 サント・トマス大学
         10 トマス・ジェファーソン文化センター
         11 その他の図書館や文書館
     2 マニラ首都圏以外
          1 中部フィリピン大学
          2 サン・カルロス大学セブアノ研究センター
          3 シリマン大学図書館
          4 西ネグロス歴史委員会
2 日本 (川島緑・永井均)
          1 防衛庁防衛研究所図書館
          2 国立国会図書館憲政資料室
          3 アジア経済研究所
          4 外務省外交史料館
          5 国立公文書館
          6 その他
3 米国 (中野聡)
          1 NARA・ワシントンDC地区文書館群
          2 NARA・大統領図書館群
          3 米国議会図書館古文書部
          4 ダグラス・マッカーサー記念文書館
          5 フーバー研究所文書館
          6 ミシガン大学ベントレー歴史図書館
4 オーストラリア (永野善子)
          1 オーストラリア国立図書館
          2 オーストラリア国立公文書館
          3 オーストラリア戦争記念館

おわりに

執筆者紹介
日本のフィリピン占領略年表


本書は、複数の執筆者が書いた論文を集めて作ったという感じの本である。
ということで・・・研究者の論文調なので、ちょっと読みづらいかもしれない。
が・・・・取り上げているテーマは興味深く面白い。

たとえば、第4章の鉱山開発・・・
マンカヤン銅山は、我が町にある銅山を参考にして開発されたと聞いたことがあるので、一度、現場を見に行ってみたいと思っている銅山である。

第7章の宗教宣撫政策などは、私にとっては特に興味深かった。
日本からキリスト教の司教など“信者”が派遣されて宣撫工作をしているのである。
当時、司教などの聖職者は白人が多く、フィリピン人は差別されていたので、フィリピンのカトリック教会の司教は全員フィリピン人にしようとしたというのだから驚いた。
こうなると、日本はフィリピンを“侵略”したと言い切れるだろうか?
ヴァチカンとも交渉したというのだから、軍事行動とは全く別の次元で動いていたのである。
“白人支配からのアジアの解放”の一端を垣間見るエピソードではなかろうか?
こうなると日本は悪者という一方的に偏った考え方は、通用しないだろう。

以前、日本兵から聖書をもらったという女性が、その兵隊を探していて、今も生きているのなら会いたいと言っているので、何かわからないかという問い合わせを受けたことがある。
日本兵が聖書を持ち歩いていたというのも不思議だし、そのフィリピン女性が、その日本兵を「キャプテン」と呼んでいたのも不思議だと思った。
「キャプテン」と言えば、階級は大尉である。日本の将校が聖書なんかを持ってフィリピンに上陸するか?
いろいろ当時の資料を探しているうち、これは宣撫班の人ではないかと思ったのである。
当時、フィリピン人は誰に対しても「キャプテン!」と呼ぶ癖があったようだったことを、戦史や生還者の体験記を読んでいて気が付いた。
現在、私など日本人がフィリピンに行くと客引きから「シャチョウサン!(社長さん)」と呼ばれるのと同じであろう。(笑)
「社長」じゃなくとも、日本人を見れば「シャチョウサン!」なのだ。
当時なら、日本兵はみんな「キャプテン」だったのだろう。
彼らに「大尉」という階級が分かるわけがない。
となると・・・キリスト教関係者で宣撫班にいた人なのだろうと推測したが、そこまでしかわからなかった。
具体的な名簿が見つからなかったので、残念ながら調査はそこで行き詰まってしまったのである。
本書を読んでいて、そのことを思い出したが・・・残念ながら本書の中にも、その「キャプテン」が誰だったのかを知る手がかりはなかった。
それでも、この宗教宣撫政策のことがよくわかって面白かった。

第8章のダバオの在留邦人に関する記述も、なかなか興味深い話である。
フィリピンに住んでいる在留邦人は、日本本土の日本人からは蔑まれていた部分がある。
だからこそ、頑張って日本の為に率先して協力しなければ・・・という考えに走るのは当然だろう。
在留邦人の評価を高めたいとの思いが、悲惨な結果を生むことになるのも無理はないかも。
結構、面白い話(論文だが・・・)が読めてよかった。

なかなか勉強になるいい本である。


今年の読書:52冊目



読書 | 01:26:01 | Comments(0)
『裏切りの世界史』


まえがき

第1章 西郷隆盛の予言
~西洋人を「野蛮人」と喝破したその炯眼

 世を挙げての西洋化時代に、一人背を向けた西郷
 西洋人の野蛮のルーツをさぐる
 いまも脈々と流れるバイキングという名の海賊精神
 キリスト教の排他的独善性を生んだ風土
 ただの略奪隊になりさがった十字軍
 ヨハネ・パウロ2世によるキリスト教1000年の反省
 「ダーウィンの弱肉強食」の世界観
 デカルトが生んだ「自我の肥大」という近代病

第2章 条約を守る民族、守らない民族
~日本と欧米、信義の国はどちらか

 条約を結んでは破るのが、西洋人の常套手段
 騙されやすいウブな国・日本
 「国際法」の名に隠れた欧米人の御都合主義
 万国公法をめぐる坂本龍馬の哀話
 いまも花が絶えない、松山のロシア人捕虜の墓地
 人種差別撤廃法案で露呈した白人の二十基準

第3章 非道と傲慢、西洋文明の正体
~なぜ、その非道な手口が見過ごされてきたのか

 狩猟と畜産が育んだ、殺戮と搾取のメンタリティ
 バイキングという生業の発生
 奴隷制正当化の彼らの言い分
 西洋人を蝕む「不治の病」とは
 大航海時代とは、世界規模のバイキング時代
 植民地支配にみる巧妙な奸計
 スポーツ界にみるルール改正という“日本つぶし”

第4章 破約の常習犯、ロシアの所行
~なぜ、日本はいつまでも煮え湯を飲まされるのか

 ナポレオンもヒトラーも、ロシアの自然に敗れ去った
 ロシアはなぜ、半永久的軍事国家なのか
 ロシア史の前半は、他民族による侵略の歴史
 「三国干渉」にみるロシアの破廉恥行為
 支那事変も、大東亜戦争も、スターリンの罠だった
 スターリンに和平の調停を依頼した日本の哀れ
 「北方領土」の法的根拠とは
 ロシアが今後も、北方領土を絶対に返さない理由
 ソ連の絶滅収容所に見る共産主義の正体

第5章 力と奸計、アメリカ文明の陰部
~神の名のもとにあらゆる悪行を正当化する厚顔無恥

 先住民抹殺に用いた自己正当化のあきれた論理
 西海岸で終わらなかったアメリカの侵略欲求
 「アラモ砦」と「真珠湾」の共通点
 アメリカの思惑どおりに進んだ日米開戦
 アメリカが日本に押しつけた国際法違反の数々
 無抵抗の一般人攻撃は、最悪の国際法違反
 ロッキード事件の知られざる真相
 口では平和を叫び、本音では戦争なしで生きられない

第6章 常軌を逸した無法国家、中国
~略奪、殺戮を「文化」とし、白を黒と言いくるめるその手口

 自国民を殺し尽くす匪賊の悪行
 中国の歴史は、騙しと裏切りの4千年史
 いまだに誤解される支那事変の真相
 毛沢東の口から洩れた本音と感謝
 自国民の略奪は、中国兵の伝統文化
 対中国経済援助にみる、日本政府のマヌケぶり
 アジアの解放を一人妨害しつづけた中国

第7章 グローバリズムという名の世界侵略
~英語、牛肉食などの文化侵略と、それに立ち向かう日本文明

 軍事侵略の次は、文化侵略
 世界に誇るべき、日本人の英語下手
 日本人の英語下手、第二の理由
 いまこそ打破すべき「英語帝国主義」
 ハンバーガー1個が、地球環境を破壊する
 アメリカ人1人死ぬと、インド人が50人生きられる
 なぜ、高温多湿の日本でネクタイなのか
 農耕民が太陽暦を使うことの無理
 なぜ日本は、キリスト教国にならなかったのか

終章 日本文明の責任と使命

 大陸文明から海洋文明へ
 物質文明から心の文明へ
 砂漠の文明から森の文明へ
 星の文明から太陽の文明へ
 力の文明から美の文明へ

あとがき
~「西洋は野蛮ぢゃ」~世界史認識のコペルニクス的転回の必要

 従来の日本の世界史はすべて西洋中心の思想
 太古からの平和大国、日本


もう、言っていること、すべて、「ごもっとも」である・・・・(笑)


今年の読書:51冊目



読書 | 15:05:11 | Comments(0)
『台湾高砂族の抗日蜂起』
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台湾高砂族の抗日蜂起
―霧社事件―

著者 向山寛夫
発行所 中央経済研究所
発行日 平成11年3月20日
定価 2,500円(税込み)

まえがき

1 台湾の首狩り族
       1 生蕃
       2 首狩り
       3 理蕃
       4 生蕃討伐

2 霧社蕃の蜂起
       1 霧社蕃
       2 蜂起の原因
       3 謀議と決起
       4 運動会場などの襲撃

3 討伐作戦
       1 霧社の奪還
       2 戦闘
       3 掃蕩

4 帰順者の虐殺

5 余聞
       1 内外の非難攻撃
       2 毒ガス使用問題
       3 その後の理蕃
       4 首謀者モーナ・ルーダオなどの顕彰と慰霊

主な参考文献
       1 著書と論文など
       2 新聞記事


11月に、台湾の霧社に行こうと思っているので、読んでみた本・・・・
本書は、霧社事件の原因等について詳しく書かれているわけではなかった。
どちらかというと、抗日蜂起に対する日本軍の行動を中心に書かれている。
それにしても軍の動き等について詳しく書かれているので、これはこれで貴重な資料である。


今年の読書:50冊目



読書 | 00:18:48 | Comments(0)
『二・二六事件への挽歌』


まえがき

1 脈うつわが反骨

辺境に叫ぶ“不良分子”
   毒一連隊長との出会い
   二人の同期生―小松が食った処罰
   ついに連隊長と衝突
   任官直後に溜飲下げる
   寒稽古で大隊長をダウン
   たけり狂う毒一郎
   「チチキトク」に休暇闘争
   理由もないムチの一撃
   悪意にみちた重謹慎処分
   小松少尉、免官となる
終生の進路を決める
   気分一新の戸山学校派遣
   快男児、野田又雄
   生まれ変わった原隊
   意外な小杉の結婚相手
   羅南駅頭の一大ハプニング
   卑劣きわまる奥中尉の誘惑
   くやし涙に明けた正月
   万感を胸に・・・戸山教官へ転出

2 高まりゆく鳴動

革新の潮流にもまれて
   小松重雄と再会―その数奇な運命
   共産党員として消息を絶つ
   久邇侯爵の思い出
   革新の気秘めて
   桜会出席
   北・西田・村中との出会い
   北の言説と青年将校たち
   あけっぱなしクーデター計画
   「どうとでもしやがれ」
   十月事件、不発に終わる
   余燼くすぶる松仙閣の忘年会
   井上日召と西田の確執
血盟団事件から五・一五まで
   新校長・渋谷少将を迎える
   梅窓院のつどい
   血盟団事件で古内をかくまう
   無念、脱出前夜の手入れ
   首領日召、ついに自首
   村中の陸大落第作戦
   異色の英才・渋川善助
   押さえきれぬ海軍の血気
   二重の衝撃、西田のまきぞえ
   戸山学校内に軟禁される
   西田税はなぜねらわれたか
   北・大川・西田の関係
   人間関係の醜さ
   『青年日本の歌』の作者考
夢みる昭和維新の星々
   磯部浅一中尉の上京
   “浪人の心意気”ということ
   松浦邁の悩み
   わが道を行く
   大岸頼好大尉と相識る
   松浦少尉、警世の大一文
   怪文書の乱発時代
   秋田に相沢三郎少佐をたずねる
   『皇道派』という名について
   「赤ん坊と二人分働きます」
   竜馬を思わせる怪物・大岸
   神兵隊事件前後
   誤れる憲兵情報への怒り
   荒木陸相への悪意の大きさ
   問題化する北・西田への接触
“行動派”へひた走る日々
   青山のアジトのころ
   中央部幕僚の弾圧強まる
   林正義海軍中尉のこと
   大岸頼好の統帥論
   西田と大岸に深まるミゾ
   八幡博堂という男
   数奇な大岸の後半生を思う
   昭和9年元旦の感慨
   松浦邁の奇矯と純情

3 “前夜”への奔流

忠誠とは、死生観とは
   極東オリンピックをけとばせ
   一度は納得した西田修平
   相沢中佐の中耳炎さわぎ
   霊験あらたか、元上等兵の祈祷
   風雲児・黒木親慶の死
   奇縁で知った忘れがたみ
   相沢、池田中佐の言に怒る
   大岸の士官学校綱領批判
   渋川と郵便局ギャング事件
   第1連隊勤務で会心の提案
   母の死に転機を誓う
   秋季特別大演習の感懐
昭和の大獄・十一月二十日事件
   佐藤勝郎候補生の不審な挙動
   辻政信におけるジキルとハイド
   士官学校での辻大尉
   皇道派憲兵といわれた森木少佐
   獄中から片倉、辻を告訴
   中村義明の上京
   天皇機関説問題と宇垣上京阻止
   長岡幹事と“統帥”大論争
   重謹慎5日の処分を食う
   くびになった長岡幹事
   林陸軍大臣の“人物”
   「粛軍に関する意見書」の配付
相沢三郎、ついに先陣
   永田への“最後通牒”
   真﨑総監の罷免・村中らの免官
   中村義明のロマンス実る
   相沢中佐、決意の上京
   “日本で一番悪い奴は・・・・”
   天誅の刃、統制の府に舞う
   第一報にさわぐ胸の血
   「嘘をつくことは苦しいものだ」
   義挙が生んだ西田・大岸の復交
   末松太平の結婚にひと役
   特別弁護人決定のいきさつ
   青年将校を全学連に対比する無礼
   狂人仕立てとは何ごとか
   中隊長として羅南復帰へ

4 北辺にたぎる苦悶

おれは必ず帰ってくる
   いいか、まだまだ早いぞ
   玄界灘に相沢を思う
   心中策あり“無言の第一声”
   貴重品とは何のことだ
   盟友朝山小二郎と佐々木二郎
   まず大隊長をやりこめる
   二将軍の巡視を迎えて
   連隊長と「公私」論争
   “変わった男”の異名とる
運命の朝、衝撃の飛電
   おい、顔が真っ青だったぞ
   流血、邦家を浄め得るか
   連隊長に誠心の開陳
   「独断で東京に行ってくれ」
   暁のショック、撤兵勧告打電へ
   いまさら上京もムダです
   逮捕―間一髪で重要書類を隠す
   西田ゆかりの合同官舎
   のぞき見た調書に怒り
   話せる法務官・卑劣な連隊長
   剣付き鉄砲の下で面会
   護送の車中で思わぬ悲報
史実と俗論―松本清張氏に与う
   記録類の意外な誤り
   うがちすぎた推理も困る
   山口大尉の演説事件
   AB“二つの会合”とは何か
   松本清張の愚論を叱る
   なぜ2月26日に決行したか
   安藤大尉の苦渋を分析
   決行に踏み切らせたもの
   西田税の心境の推移
   秘密を知った夫人の苦衷
   妄説“北と三井のくされ縁”
   いわれない西田への曲解

5 長恨のわかれ

代々木原頭、夏草のむせび
   全国的な大検挙を知る
   中橋中尉と指信号交換
   相沢処刑・同志への判決
   対馬中尉、最後の微笑
   処刑前夜・・・・時ならぬうたげ
   貴様らのまいた種は実るぞッ!
   実弾、三たび耳を裂く
   英魂よみがえる雷雨の初七日
   予審中のただ一つの嘘
   日本の運命を予告した北一輝
   驕倣、国を誤るのとき
   公判第一歩で法務官にかみつく
   一方的な裁判の運行
   求刑は8年の禁固
   “大いなるもの”に托す運命
かけめぐる獄中の悲懐
   真﨑大将に対する曲解
   真﨑大将の真情の告白
   真﨑はただ“気の毒な将軍”
   有名税?の禁固4年
   江藤中尉の自殺的戦死
   片岡俊郎との再会
   小川三郎の自殺的戦死
   無冠の身に西田との永訣
昭和聖代の一大ご失政
   看守長に先制、仕事も辞退
   なんでオレの評判を気やすく・・・・
   北・西田がなぜ殺されたか
   胸えぐる磯部の証言
   鋭利な三島由紀夫の卓見
   立石曹長の自殺未遂
   転向勧誘でモンニャク問答
   貴様らにも病名をつけてやる
   減刑の恩着せに怒り爆発
   法相上願を決意、所長あやまる
   3年2か月ぶり、ついに仮出所

6 エピローグ

一切空に散った北一族
   すず子夫人の終焉まで
   大輝の不心得を一喝
   “おあじが迎えにきた”
   張群にいだかれて故山へ

2・26事件の歴史的な意味・・・・・・・・高橋正衛

主要人名索引


著者は、早いうちから、この「2・26事件」となる“昭和維新”の計画に関わっていた元陸軍大尉。
「相沢事件」の相沢中佐とも知り合いで、また、「2・28事件」を引き起こす首謀者たちとも面識があった。
ある意味、首謀者の一人ともいえるかもしれない。
しかし、事件当日は、著者は外地(海外)に転任していたため“事件”には加わることができなかった。

著者が親しく交流していたのは、事件を起こした現役青年将校より、すでに免官となって軍隊を辞めていた西田税や磯部浅一だったようである。
特に西田とは親しかったようである。

私の祖父も“蹶起”に参加しないかと誘われたが断っている。
誘ってきたのは、確か近衛騎兵連隊にいた篠村御民という人だったと思う。
当時、祖父は中隊長・・・
もし、あの時に部下を率いて“蹶起”に参加していたら、その後、間違いなく首謀者の一人として処刑されていただろう。
篠村氏は西田税と親しかったという話を聞いたことがある。
ならば西田からの誘いだったのかと思っていたのだが・・・・
本書を読んでみると、西田は“蹶起”は時期尚早ということで、2月26日の実行にはギリギリまで乗る気ではなかったようなのである。
そういう人が、他部隊の中隊長を巻き込もうとしたのだろうか?
どうも、そのところがわからない。
「もし、そういうことが起こった時は手を貸してくれ」程度の話だったのだろうか?
祖父になぜ「2・26事件」に加わらなかったのかを尋ねたことがあったが、理由は教えてくれなかった。
祖父を誘った篠村氏は、事件後、“叛乱者”に近い人物として軍隊をクビになっている。
が・・・その後、再び軍人に返り咲き、確か90歳ぐらいまではご存命だったと思う。
戦後、氏が祖父に送って来た自筆の「馬の絵」を見たことがあり、そこには「八八翁」だったか「九十翁」だったか、なにか年齢が書かれていたのを記憶している。

著者の大蔵大尉は、事件には直接参加していないが、「叛乱者に利する行為をした」との罪で禁固刑になっている。
事件後、多くの“同調者”が処分を受けているが、外地にいて、これといって何もしていない著者が禁固刑というのは、ちょっとやりすぎではないかという気がする。
本書を読んでいみると、いかに著者が「反骨精神」旺盛な人なのかがよくわかる。
生粋の「血気盛んなる青年将校」という感じ・・・・
読めば読むほど、私と似た性格なので笑ってしまったが・・・
そういう「反骨精神」が禁固刑を招いたのかもしれない。

事件に関しての後世の論評にはかなり手厳しい指摘をしている。
特に、西田税が、かなりの誤解をもって描かれていることには憤慨している。
また、松本清張の書いたものに対しても、かなり厳しい批判をしている。
外地に転出する直前まで、彼らと行動を共にしていただけに、内情をよく知り、西田税、北一輝あたりの人物のこともよく知っているだけに許せないのだろう。
そういう意味でも、本書は非常に貴重な「証言」であると思う。


今年の読書:49冊目



読書 | 10:33:51 | Comments(0)
『人生に生きる価値はない』


Ⅰ 道徳の暴力

いじめの「本当の」原因
鹿鳴館
「女性は産む機械」発言
哲学と心の病
池田晶子追悼

Ⅱ あれも嫌い、これも嫌い

知的エリート主義
ラカン
特攻隊
人間嫌い
ワルシャワ旅行
クールジャパン
キレるおやじ

Ⅲ 哲学的に生きるには

死を「克服」する?
他人の幸福
哲学塾・カント
誠実であること
コミュニケーション力?
現代学生気質(かたぎ)

Ⅳ この世界が「ある」ということ

ニーチェの季節
明るいニヒリズム
客観的世界?
世界は消え続けてきた!
ベルヒテスガーデン
オリンピックとノーベル賞

Ⅴ 中島さんってそういう人?

持続するいま
ルドルフ
「哲学塾カント」一周年
城山三郎さんのこと

あとがき

文庫版あとがき

解説 野矢茂樹


「人生に生きる価値はない」・・・・
この題名に惹かれて読んでみたが・・・
残念ながら、期待していた話とは、かけ離れていた。
つまり、本書は「哲学エッセイ」のエッセイ集という感じ・・・・
本書の題名について、哲学的に何やら面白いことを書かれていると思っていたのだが・・・・
読めば読むほど・・・あれ?・・・・
エッセイに書かれている著者の言動が、いかに“変人”の部類に属するかという印象ばかりが強く残ってしまい、肝心の話がどこに書かれているのかサッパリ分からず仕舞い・・・(涙)
以前、この著者の別の本を読んだが、その時には好印象を持っていたのだが・・・
あれ?・・・・何か大きく印象が違ってしまったんですけど・・・・(苦笑)
期待が大きすぎたせいか、残念な結果となった・・・・


今年の読書:48冊目



読書 | 21:28:40 | Comments(0)
『布引丸』
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マニラの梁山泊

お雪バア

アギナルド(上)

アギナルド(下)

マニラ陥落

志士交流

武器払い下げ

同志糾合

義軍出発

遭難の日

独立軍陣営

東亜は立ち上る


本書の「比島独立」とは、太平洋戦争時の話ではない。
19世紀末、スペインに支配されていたフィリピンはなんとか独立しようとしていた。
これに手を差し伸べたのが米国だが、いざスペインを追い出し独立という段になって、米国はフィリピンを裏切る。
今度は米国がフィリピンを支配するわけである。
話は、この頃の話・・・・
このフィリピン独立に手を貸してやろうという日本人たちがいたのである。
武器の貧弱な独立軍に武器を調達してやろうと、武器・弾薬を集めて船に載せてフィリピンに送ろうとした。
この船の名前が「布引丸」・・・・
しかし、船は途中で沈没してしまい武器はフィリピンには届かなかった。
これは、私も以前、どこかで聞いたことがある話で、あまり知られていない話ではあるが史実である。

本書は、これをテーマにした小説。
著者は「序」に書いているのだが・・・
小説の約束事を無視している場面もあり、著者自身が顔を出すし、素材のままを皿に盛って差し出したような場面もあると言う。
読んでみると、確かにそういう場面がある。
これが、この“小説”の特徴でもあり、面白いところだ。
比島攻略軍の本間中将が帰還した時に、フィリピン独立軍のアギナルド将軍から本間中将へ贈られた彼の自叙伝を借りたという。
こうなると、アギナルド将軍に関する著述は“正確”ということになるか?
とにかくノンフィクションなのか小説なのか、微妙なのである。
かなり史実に忠実に書かれているのではなかろうかという気がする。
今でいうところの“ノンフィクション・ノベル”に該当するだろうか。
著者が言う「素材のままを皿に盛って差し出した”部分などは、史料的価値が高いのではなかろうか?

この小説・・・・驚いたことに昭和17年9月から昭和18年10月まで連載されたものだそうだ。
一瞬、戸惑った・・・・
読んでいても戦時中特有の“国威発揚”などの戦時色が感じられなかったので、ついこの間、書かれた小説だろうと思っていたのである。
まさか、戦時中に書かれた小説とは驚きである。
そうなると、登場人物の“絡み”やセリフは創作だと思っていたが、まんざら絵空事のような創作でもなさそうである。
案外、実際にあったことに近いかも・・・
う~ん、そうなると、ますます面白い。
こういう“小説”を書いてみたいなぁ~と思うほどの“小説”である。

著者は1979年に85歳でお亡くなりになっている。
その2年後に本書が出版されている。
どういう経緯でこの単行本が発刊されたのかは、本書には書かれていないのでわからないが・・・
いい“小説”を遺してくれたと思う。


今年の読書:47冊目



読書 | 23:03:26 | Comments(0)
『日本人の死に時』


はじめに

第1章 長生きは苦しいらしい
       老人の「死にたい願望」
       初体験としての長生き
       リアル長生きシュミレーション
       「年寄りをいじめんといてくれ」という叫び
       たとえ元気に老いても
       バラ色情報の罠

第2章 現代の「不老不死」考
       アンチエイジングの流れ
       冷凍保存でよみがえる日を待つ
       アメリカの不老不死
       「アンチエイジング」という市場
       底なし沼の「抗加齢ドック」
       欲望肯定主義の陥穽(かんせい)

第3章 長寿の危険に備えていますか
       簡単に死ねない時代
       長寿の危険は高まっている
       虐待の危険
       孤独と憤懣の危険
       自殺の危険
       マスコミに踊らされる危険
       オムツはずしの危険

第4章 老後に安住の地はあるのか
       グループホーム殺害事件
       「認知症介護の切り札」というウソ
       触れ込みはパラダイス
       あまりに高額な有料老人ホーム
       ホームの都合で医師を替えることも
       収益のためなら入院も拒否
       だから安住の地はない

第5章 敬老精神の復活は可能か
       老人が快適に暮らすために必要なもの
       敬老精神が衰退した理由
       老人の側にも原因が
       それでも立派な老人はいる
       どういう老人が尊敬されるか
       老いていく楽しみを発見!
       老人は弱るからこそ知恵をつける
       “老人力”より“満足力”

第6章 健康な老人にも必要あ安楽死
       立派な老人にも悩みが
       「あんたなんか死ねない」という意地悪
       片手落ちの「PPK(ピンピンコロリ)」
       日本の安楽死土壌
       「表の安楽死」「裏の安楽死」
       オランダの安楽死事情
       死んだほうがいいという状況
       安楽死すべきかせざるべきか

第7章 死をサポートする医療へ
       むかしはみんな家で安楽死していた
       死を支える医療とは
       江戸時代のような看取り
       失敗例
       早い!うまい!安い!
       モルヒネ不使用の悪循環
       求められる“死の側に立つ医師”

第8章 死に時のすすめ
       がんを受け入れて死んだ医師
       死の達人・富士正晴氏の場合
       死を拒否する人の苦しみ
       現代のメメント・モリ
       病院へ行かないという選択
       寿命を大切にするということ
       死に時のすすめ

おわりに


「そんなに長生きしたいですか」と問われれば・・・「それほど長生きはしたくない」と答えたくなる。
が・・・「じゃぁ、何歳まで生きれば満足ですか?」と問われたら・・・・答えに窮してしまう。
私が18歳の時、自分は45歳まで生きれば十分だと思っていた。
45歳になったら死のうと思っていた。
それ以上、生きても意味はないと思っていた。
で・・・・45歳になった時・・・・「う~ん・・・ちょっと早いかな?」と思った・・・(大笑)
現在56歳・・・56歳になって見ると45歳なんてガキだよな・・・・と思う。(大笑)
じゃぁ、改めて、今、何歳まで生きれば十分かと考えてみると、答えが出ない・・・
わからない・・・

50歳を過ぎてから、時々“障害”が出始めた。
今までは、冬でも平気でいたのが、最近は寒いと指が動かなくなってきた・・・
普段の生活の中でも、時々指が動かなくなって、物が掴めないとか落とすとかということが起こってきた。(大汗)
パソコンのキーボードを叩くと指に激痛が走り、指が動かなくなることもある。
今まで経験したことがないことが起こり始めている。
これが“老い”というものなのだろう。
この先、さらに歳を取っていったら、どうなるか・・・・(大汗)
想像しただけで嫌になる。

私が付き合っている人たちには高齢者が多い。
皆さん、戦時中に最前線で戦って生き残った人たちなので、90歳以上の方ばかりである。
最高齢は97歳である。
「どうして生き残っちゃったかなぁ~ましてや90歳まで生きるなんて・・・」とこぼしていた人もいた。
1個中隊100名のうち、生き残ったのは自分一人という人もいた。
戦友はみんな20歳そこそこで死んでいったのである。
元気なうちに死んでいったのである。
90歳を過ぎた、この人たちは、どう考えているのか・・・・
多くを語らないから想像するしかないが、若くて元気なうちに死んだほうが良かったと思っているのかも・・・・

本書の著者は医師であり、作家でもあるという人。
“医師”という肩書の人の割には思い切ったことを書いていると思う。
が・・・内容は十分納得のいく話ばかりである。

普段から私が疑問を持ち、そのCMを見るたびに不愉快になるというサプリメント・・・・
CMを見るたびに「なにがグルコサミンだよ!飲んで効くのかよ!地図も持ってねぇのに軟骨成分が軟骨に辿り着くって言うのかよ!」と突っ込みを入れているのだが・・・(大笑)
膝に注射器で注入するっていうならわかるけど、口から飲んで辿り着くわけなんかねぇだろぉ~(大笑)
人の不安を煽ってカネを稼ぐという嫌な商売である。
生命保険会社と同様である。
このサプリメントについても、著者はバッサリと思いきったことを書いている。
まさにその通り!(大喜)

「アンチエイジング」なんて“誤魔化し”に過ぎない・・・・
特に女性・・・・
顔だけ一生懸命「アンチエイジング」・・・・
でも服を脱いだらどうなるか・・・(大汗)
そのギャップはかなり大きいのではなかろうか?(大笑)
最低限の“修復”もしくは“誤魔化し”でいいんじゃないの?(大笑)

歳を取る・・・・老いるというのは本当に不安である。
「高齢化社会」と口では言っているが、「高齢者のための社会」を構築しようというわけではない。
まだ“高齢者”ではない私でも、「ちょっとこれ不親切じゃないの?高齢者にとっては不便じゃないの?」と思うことが多い。
こんなことなら長生きはしないほうがいいなぁ~・・・と思う・・・・

「老いては子に従え」という言葉があるが・・・・
子供がいない私の場合、誰に従えばいいのだろう?(大笑)
今になって、こりゃマズイことになったと気が付いた・・・(大笑)

「死に時」というのは、なかなか難しい・・・・
機能障害が起こる前に死にたいが・・・・
今より更に醜い姿になる前に死にたいが・・・
なかなか、その「死に時」を決めるというのは難しい。
死ぬに死ねない、死なせてもらえないというのが今の世の中・・・・
結局は「運命」に任せるしかないのかもしれない。

それでも私は一つだけ決めていることがある。
ガンになっても手術はしない、治療はしない・・・
周囲や医者が認めてはくれないと思うが・・・(大笑)
特に、私の場合、身内に医者がいるからなおさら難しいだろうが・・・
ガンに冒されていると知ったら、その時が「死に時」だと思い、これも「運命」だと諦めて・・・・
そのまま死のうと思っている。
が・・・実際に、そうなったときに、それを実行できるかどうかである。(汗)
いざとなったら「死にたくない!」と泣くかも・・・(大笑)
「なんとか助けてください」と懇願するかも・・・(大笑)
「もっと長生きしたい!」とコロリと気が変わるかも・・・(大笑)

「死ぬ」ということは、なかなか難しい問題である。
それだけに、日ごろから意識していたほうがいい・・・・
本書は、そういう意味で、「自分の死生観」を考える助けになるのではないかと思う。


今年の読書:46冊目



読書 | 00:37:01 | Comments(0)
『敗兵』
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山田部隊

ミンダナオ島へ

ミンタル

戦闘前夜

死闘

稲荷山

敗走

地獄の最前線

原住民との生活

終戦

捕虜収容所

戦場における人間記録(宇都宮泰長)

あとがき


ミンダナオ島の戦記というのは、あまり見かけないので、珍しいと思い読んでみた。
何度も現地には行っているが、細かいところがよくわからないので、また現地に行った時の参考になるかと思って読んだでみたら、驚いた・・・・
著者は「山田部隊」の兵だったらしい。
「山田部隊」・・・・
この慰霊碑が現地に在って、私は2度ほど参拝させていただいている。
へぇ~・・・あの部隊の人なのか・・・・
この部隊の戦歴について、よく知らなかったのだが、本書を読んで大筋がわかった。
あくまでも本書は一個人の体験記なので、部隊全体のことは分からないが・・・・
それでも大いに参考になった。
例えば、ミンタルの陣地・・・・
米軍の攻撃を受けたあの川岸の陣地・・・・
私は、この川岸の陣地のすぐそばを通ったことがあるので、まさかあの場所に陣地があったとは・・・と驚いた。
次回、訪問した時に、よく見てこようと思う。

この「山田部隊」の慰霊碑は、現地在住の日本人の自宅の敷地内に建っている。
ご両親とも日本人で、戦前にフィリピンに渡って来た人。
その方はフィリピンで生まれ育った“日本人”である。
戦時中は、まだ少年で、お茶くみなどの給仕の手伝いをしていたそうだが、大戦末期になり現地召集されて日本軍の兵隊になった。
配属されたのは、工兵隊だったと記憶している。
私がお会いした時は、素晴らしく綺麗で丁寧な日本語を話されたので、言葉遣いの悪い私などは冷や汗をかいた・・・
この方の厚志で、自宅の敷地内に自分の部隊ではないが、同じ日本軍の部隊である「山田部隊」の慰霊碑を建立することに協力し、その慰霊碑を守り続けておられた。
が・・・最近、風の便りで、どうもお亡くなりになったと聞いた・・・・
あの丁寧な日本語を、また聞きたいと思っていたが・・・・残念である。

「山田部隊」の慰霊碑は1974年に建立されている。
本書は昭和57年(1982年)に発行されているので、慰霊碑建立後なのだが、残念ながら慰霊碑に関しての記述は全くない。
著者は関係していなかったのだろうか?

以前、私が行ったことがある場所なので、読んでいて、よくわかる部分があり面白かった。
また、“敗走”した奥地のほうは、私が途中で引き返したため行ったことがない・・・・
もし、行けるのなら、どういう場所なのか行ってみたいと思う。
現地の戦跡を知るには参考になる本である。


今年の読書:45冊目



読書 | 00:31:58 | Comments(0)
『侵略の世界史』


まえがき

序章 米国同時多発テロの背景と日本の対応
        白人による「侵略の世界史」の終わりの始まり

 歴史の分かれ道となった魔の9月11日
 テロは新しい戦争の形態
 “自爆”に高度な技術は不要
 テロの真の原因はアメリカ自体にあるのか
 アメリカの三つの原罪
 米軍報復戦の困難、ベトナムの二の舞いか
 戦争挑発の常套手段
 アメリカ没落の始まりと日本の対応
 日本国憲法原理主義の呪縛から解放される時

第1章 逆転発想の世界史
        近世500年を、全地球レベルで読み直す

 冷戦後、日本はなぜ「独り負け」なのか
 勝者の論理を押しつけられた歴史認識
 近世世界史の虹から見た歴史認識
 近世世界史の虹から見た大東亜戦争
 歴史教科書論争をどう読むか
 国家は内部からの腐敗、堕落で、崩壊する
 「西洋病」患者、日本の成立事情
 今こそ白人の暗黒の歴史を白日のもとに
 歴史は勝者によって作られる
 求められる日本人主体の歴史観

第2章 なぜ、白人は侵略的なのか
        その歴史、宗教、風土から、原因をさぐる

 風土の違いは、民族の性向にどう反映するか
 太陽の光を渇望する北欧の人々
 収穫より略奪のほうが効率的という考え方
 VIPの持つ本来の意味とは
 ローマ帝国が衰退した当然の理由
 「聖書」を生んだカナンの地の過酷な風土
 聖戦とは名ばかりの「十字軍」の正体
 身の毛もよだつ「異端審問」の実態
 中世までは東方文明に屈しつづけた西欧の歴史
 西洋人が香辛料を求めた最大の理由

第3章 スペイン・ポルトガルの世界征服
        “新大陸”の先住民の運命と、二ヵ国による世界二分割構想

 コロンブス西航の目的地は日本だった
 新大陸にコロンブスの名が冠せられなかった理由とは
 神の名の下に、何をしても許されるという論理
 最後のインカ王、トゥパク・アマルの最期
 ヨーロッパ人による現地の推定犠牲者数
 白人の残虐性を内部告発した人々
 日本に到達したポルトガル人の東洋侵略
 香辛料貿易で莫大な利益を得たポルトガル
 スペイン、ポルトガルによる「地球二分割線」の策定

第4章 英仏蘭による植民地支配
        インド、東南アジア、南太平洋の収奪とアフリカ大陸の悲劇

 北米大陸進出に失敗したオランダ
 330年にわたるインドネシアへの苛斂誅求(かれんちゅうきゅう)
 イギリスの植民地支配が長持ちした三つの理由
 なぜ人間が人間を奴隷とする思想が生まれたのか
 ヨーロッパ列強のアフリカ完全分割
 現在のアフリカの諸問題の根源は、すべてヨーロッパにある
 ボーア戦争と、南アの「アパルトヘイト政策」の起源
 プランテーション栽培における黒人奴隷の酷使
 南太平洋の島々の運命

第5章 アメリカ、ロシアの野心と領土拡張
        東から西から、いよいよ極東に迫り来る侵略の魔手

 「アメリカ独立宣言」の高邁な精神も、先住民は適用外
 アメリカの領土拡張と、インディアン抹殺計画
 アメリカに連れてこられた奴隷たちの運命
 アメリカが侵略戦争を仕掛けるときの常套手段
 アメリカの太平洋進出と、ハワイ強奪
 ロシア帝国の東方進出と不凍港の獲得
 共産主義による大粛清と強制収容所の恐怖
 マルクス主義侵略の犠牲者は、世界で1億7000万人
 白人の植民地争奪戦の結果としての第一次世界大戦

第6章 白人侵略の終着点・日本の対応
        日本の戦争は、世界史の中でどう位置づけられるか

 中国、朝鮮に触手を伸ばすロシアと対立
 日露戦争は人類解放の出発点
 日本追い落としをはかるアメリカの深謀遠慮
 念願の戦争に持ち込んだルーズベルトの喜び
 世界中が喜んだ日米の開戦
 独立運動の指導者を養成した日本
 インドネシア独立のために戦った残留日本兵

第8章 日本が真の独立国となるために
        なぜ、占領政策で刷り込まれた自責史観に固執するのか

 西洋人は野蛮人と喝破した西郷隆盛
 500年に及ぶ白人侵略の総仕上げ
 「南京大虐殺」はどのように仕立て上げられたか
 東京裁判の非を鳴らした外国の識者たち
 マッカーサーの遅すぎた悔恨
 なぜ当の日本だけが、カラクリに気づかないのか
 「日本に手を出した国は滅びる」との言い伝え

おわりに
        日本=戦争犯罪国家論を説く人たちへ

 日本人だけがカラクリに気づかない不思議
 (1)日本には侵略戦争は一つもない
     満州国建国に、なんらやましい点はない
     自国民を略奪、強姦した支那兵
 (2)日本には白人型植民地支配は一つもない
     台湾の繁栄を韓国はどう説明するのか
     西欧植民地支配と日本との最大の違い
 (3)日本は世界一残虐性の乏しい民族
     いまこそ、自主独立の国家に甦るべき

参考文献


本書は、白人というのが、いかにひどい連中かということを書いた本・・・・
まさしく著者の言う通りで・・・(笑)
私も、「白人ほどひどい連中はいない」というのが持論である。(大笑)
・・・・ということで、本書の内容は、頷くことばかり・・・
その昔・・・戦時中に「鬼畜米英」という言葉があったが、まさしく的を得ている言葉だったと思う。
彼らは“鬼畜”である。(大笑)
これは“偏見”とは、ちょっと違うような気がする・・・・
“歴史的事実”だと思うが・・・・
それを知ったうえで彼らとは“お付き合い”すべきだろう。
外見は“白い”が、腹の中は“黒い”と思っていたほうがいい。(苦笑)


今年の読書:44冊目



読書 | 08:31:45 | Comments(0)
『比島攻防戦』
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【物語太平洋戦争・3】
比島攻防戦
著者:秋永芳郎
昭和31年6月30日 初版発行
発行所:(株)鱒書房
定価:180円

第1部 比島攻略戦

まず航空撃滅戦
          =濃霧をおかして陸塊鷲出撃=
第14軍強行上陸
          =土橋師団長比島兵を釈放=
敵、バターンへ遁入
          =ルソン平野の殲滅戦=
マニラついに陥落
          =在留邦人感激の出迎え=
バターン半島の激戦
          =密林に奈良兵団の奮戦=
バターンついに陥つ
          =マックアーサー比島脱出=
コレギドール要塞陥つ
          =米比軍ついに無条件降伏す=
在比航空部隊壊滅
          =ハルゼー機動部隊来攻=
台灣沖大航空戦
          =“マレーの虎”比島へ着任=
比島決戦の命下る
          =米軍ついにレイテ上陸=

第2部 レイテ決戦

レイテ海戦序曲
          =栗田艦隊の旗艦撃沈さる=
不沈戦艦武蔵の最期
          =暗い夜空に祈りのごとき合唱=
西村艦隊玉砕す
          =世界海戦史上の悲劇=
栗田艦隊突撃せず
          =虎穴に入って虎児を得ず反転=
レイテ島の死闘
          =オルモックに散る第26師団=
比島航空決戦
          =神風特攻隊の出撃=
空挺部隊も潰滅
          =海空陸の三軍ついに敗る=
敵、リンガエンに上陸
          =新見戦車旅団玉砕す=

第3部 ルソン山岳戦

米軍ついにマニラに入る
          =建武、振武両集団の奮戦=
凄絶マニラ市街戦
          =岩渕防衛司令官自決す=
パキソオの戦闘
          =山下軍司令官後退す
ラムット河の惨劇
          =邦人婦女子に急降下爆撃=
死の山岳戦
          =九死に一生を得た山下大将=
山中、死の彷徨
          =銃砲火よりも怖い飢え=
無条件降伏の日
          =山を下る4人の将軍と提督=
わが方、武装解除さる
          =復讐された“死の行進”=

あとがき


本書は、昭和31年発行という、かなり古い本である。
そういうこともあってか、多少の誤字や脱字があっても仕方がないかなとは思うが・・・・
呆れたことに、これだけは見逃すわけにはいかない。
我が戦友会、戦車第2師団に属する戦車第3旅団の旅団長の名前・・・・
「新見戦車旅団」と本書では書かれているが、正しくは「重見戦車旅団」である。
旅団長は「重見陸軍少将」である。
こういう“将官”という高位の将校の名前を間違えるというのは困ったものである。
本書には「服部卓四郎閲・秋永芳郎著」と記されている。
服部卓四郎は陸軍大佐・・・
ノモンハン事件当時は関東軍の作戦主任参謀。
作戦参謀の辻政信とコンビを組んで、作戦の拡大を図りソ連軍に惨敗して多くの犠牲者を出した。
ガダルカナル作戦でも同様のミスを犯している“優秀な人”である。
あの悪名高き辻政信を庇護していたのは、この人ではないかと私は思っている。
辻政信を処罰しなかったため、その後も調子に乗ったこの男のせいで多くの日本軍将兵が死ぬこととなった。
戦犯になってもおかしくはないと思うのだが・・・
戦後は進駐軍の下で大東亜戦争(太平洋戦争)の戦史の編纂に携わり、私が生まれた年にこの世を去っている。
稚拙な作戦に真面目に従った将兵は死に、その稚拙な作戦を立てた責任者は何の責めも受けず生きながらえたのである。
この人が「閲」ということは、本書をチェックしたということだと思うが・・・
それで陸軍少将である旅団長の名前の間違い(誤記)を見抜けなかったのか?
やっぱり「その程度」の人物だということか?
内容としては、格別、おかしな内容ではないが・・・・(これは著者である秋永氏の範疇)
人名の間違いは、ちょっと許しがたい・・・・
今は亡き、旅団長の名誉のためにあえて書かせていただく。
新見ではなく、重見である!


今年の読書:43冊目



読書 | 22:31:02 | Comments(0)
『参謀辻政信・伝奇』


はしがき

第1章 ふるさとの声

第2章 士官学校の放火者

第3章 舞台は関東軍へ

第4章 舐められた軍司令官

第5章 ノモンハンの戦没者

第6章 御難の須美連隊長

第7章 敗戦の責任コンビ

第8章 対ソ決戦の覚悟

第9章 紛糾する東亜連盟

第10章 開戦論の急先鋒

第11章 マレー作戦の光と陰

第12章 華僑虐殺

第13章 バタアンの偽作命令

第14章 ポートモレスビー攻略を指示

第15章 猪突猛進のガ島作戦

第16章 敗北に責任をとる者なし

第17章 重慶乗り込みの大芝居

第18章 ビルマ戦線の無頼

第19章 降伏・逃亡・哀訴

第20章 戦犯に免罪符

第21章 なぜラオス潜入か

主要参考文献


辻政信という陸軍軍人は、それほど高位の階級ではないのだが、戦史には必ずと言っていいほど出てくる“有名人”である。
「作戦の神様」ともいわれているが、果たして、どうだろうかという気がする。
彼の“作戦”で、成功したものより失敗したもののほうが多いのではあるまいか。
彼の行為の特に有名なものが、捕虜に対する“殺害”命令ではなかろうか?
「天才とキチガイは紙一重」というが、この人は「キチガイ」のほうではないかという気がする。
「大本営参謀」の肩書を振りかざし、頭ごなしに捕虜の虐殺を命令するなんてキチガイ沙汰である。
更には、司令官の承認も得ず、勝手に命令を発してしまうなどというのは、本来ならば軍法会議ものである。
にもかかわらず、彼は軍隊をクビにもならず、逆にチヤホヤされたのはなぜか?
彼がエリートだったからなのか?
それとも彼を「使える男」として保護しようとした連中がいたのではあるまいか?
昭和の日本軍には「信賞必罰」というのは死語になっていたようである。

「戦争犯罪人(戦犯)」の第一等に値するのは、この男ではないかと思う。
終戦時、彼は身を隠して逃げまくった・・・・
彼の命令で捕虜を虐殺した将兵は、「戦犯」として処刑された・・・
酷い話である。
戦時中は自分が立てた作戦の失敗が明らかになるころには、いち早く前線から離脱して本土に帰還・・・
あとは知らぬ存ぜぬ・・・・である。
なんとも“いやらしい男”である。
が・・・戦後、しばらくしてほとぼりが冷めたころ、平然と国会議員に立候補するのである。
「どのツラさげて・・・」と言いたくなるが、こういう男を支援する有権者がいたのだから驚く。
私には信じられないことなのだが、かなりの得票数を得て国会議員になってしまうのである。
石川県の有権者の良識を疑ってしまうが・・・・
これも「民主主義」なのだろうから、どうしようもない。

戦後、何冊もの本を書き、ベストセラーにもなったという。
自分にとって都合の悪いことには触れず(当然だが)、自分の手柄をことさらにアピールし、自分の作戦の稚拙さは棚に上げ、不手際の責任は他人に押し付ける・・・・
なんとも嫌な男である。
早々と、彼の性格の“問題”に気付いていた将官もいたが、彼を叩き潰すことができなかったのは何故だろう?
この男さえいなければ、あんなに多くの将兵が死なずに済んだだろうに・・・

現職国会議員のままラオスへ行き、そのまま行方不明となったが、今もって、その最期の様子は謎である。
噂では、中国に捕らえられ獄死したともいうが、真相は闇の中である。
いくつもの説があり、決定的な証拠はなにもない・・・・
この謎めいた最期が、一つの“魅力”となって、後世に名を残すこととなった気がする。
異常な自己顕示欲の持ち主らしい“最期”だったかもしれないが、なんとも悔しい・・・
大衆の面前に哀れな最期を晒させてこそ溜飲が下がるというものであろう。
闇に葬られたのでは面白くない・・・
それにしても、不思議なのは、現職国会議員が海外で消息を断ち、行方不明になったのに、それほど大きな問題にならなかったような印象があるのだが・・・なぜなんだろう?
本来なら、国際問題に発展するだろうに・・・・
「ざまあみろ」「天罰が下った」「自業自得だ」ということで、誰も心配しなかったとか・・・・ということなのだろうか?

辻政信に関する「伝記本」はいくつも刊行されているが・・・・
本書は「伝記」ではなく「伝奇」としている・・・・
しかし、内容は、非常にまともな「伝記」である。
なぜ著者は「伝奇」としたのか・・・・
極悪非道な怪物を描くには「伝奇」がふさわしい・・・・ということかも・・・


今年の読書:42冊目



読書 | 09:10:31 | Comments(0)
『幻の国策会社 東洋拓殖』
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まえがき

プロローグ

東拓37年の生涯
   会社の成立
   業務と業務地域
   恐慌下における東拓
   鉱工業への転向
   機構・組織・職制など
   満鉄と東拓
   本書の構成

Ⅰ 草創期・土地経営と移民事業
     (1908~1916)

東洋拓殖株式会社の誕生
   日清・日露戦争と朝鮮
   東洋協会と桂太郎
   満朝移民集中論
   東洋拓殖株式会社法の成立
   設立委員の任命・韓国側委員の懊悩
   「日韓共同の利益」―伊藤の演説
   35倍の株式応募
   初代役員の横顔・・・選考の過程
   役員の総辞職・・・第1期の終了
   東洋拓殖の名称について
東拓の土地経営
   韓国、国有地の現物出資
   民有地の買収
   買収から管理へ
   宮三面事件・・・幻の宮庄土
   近代的土地制への移行
   中間搾取の排除
   小作契約・・・租法及び分配率
   営農法の改良
   西鮮支場のこと
移民事業
   国策としての移民
   「地主となる捷径」
   移民の困窮・落伍
   移住民の陳情運動
   移民の定着と富農化
   移民募集の廃止
   間島自作農創設
   芦台模範農村
   むすび
林業経営
   副総裁・吉原三郎の卓見
   林業経営方式
   造林事業
   中東海林採木股份有限公司
   朝鮮林業開発・満州造林への投資

Ⅱ 発展期・多国籍企業形態へ
     (1917~1930)

金融機関としての東拓
   「金融」と「事業」の二面性
   社債発行の特別能力
   不動産金融機関としての東拓
   東拓の鑑定規程
   中国南洋等の金融進出
   朝鮮独得の籾担保貸付
   東拓金融の実施
   東拓金融の特異性
農林業以外の直営事業
   塩田事業
   棉作事業
   朝鮮の棉作
   緬羊事業
   全滅した貴公子
   住宅経営
朝鮮から大陸・南方へ
   業務地域の拡大
   総裁・石塚英蔵
   業務拡張に伴う増資
   騰落激しい東拓株
   板子1枚下は地獄
鉱業経営
   菅原通敬と鉱山経営
   東拓鉱業
   産金5ヵ年計画
   カラフトの開発
   鉱業会社への投資
   ニッケル鉱山―軍人の横暴
朝鮮産米増殖計画
   米騒動
   産米増殖計画
   江西農場―最大の干拓事業
   産米増殖事業の中止
   産米増殖計画と東拓の業績
南方経営
   東拓の南方進出
   南洋興発株式会社
   松江春次との出合い
   海南産業、南拓、台拓への参加
   南洋企業株式会社など
   総裁の頻繁な交代

Ⅲ 重化学工業への進出
     (1931~1940)

新京東拓ビル
   新京の都市計画
   満州重工業と鮎川義介
   新京駐在理事
高山総裁の苦悩
   外貨債の発行
   高山長幸と犬養毅
   対米為替の暴落
   東拓株の暴落
江界水力電気株式会社
   新風吹きこんだ安川雄之助総裁の就任
   富寧水力電気
   江界水力電気の創立
   電力供給予定先の朝鮮化学工業
   江界水力の再出発(大島満一の起用)
   資金調達をめぐる本社と支社のくい違い
   大同製鋼との提携
   電力統制による朝鮮電業への統合
   江世界水力から朝鮮製鉄へ
酒精工業―バイオテクノロジーのルーツ
   大同酒精会社の沿革
   ウオッカの製造
   自動車燃料として使用
   発酵ブタノール製造
   大好評の満州産合成酒「利久」
   酒談義
   木材からアルコール抽出
   高粱酒の話
   済州島酒精工業
製粉業の経営
   清玄・精米のこと
   日満製粉と華友製粉
繊維産業の経営―満蒙毛織・天津紡績
   東拓・満鉄・富士紡の合弁
   椎名社長の大活躍
   終戦秘話
   天津紡績
火の湖の物語・・・・・蒙古油田探検
   副総裁からの親展電報
   蒙古油田地帯占領計画
   火の湖はいまだ眠るか
   メキシコ石油会社の設立

Ⅳ 「大東亜共栄圏」の破産とともに
     (1941~1945)

佐々木駒之助総裁の烔眼
   池辺龍一副総裁とともに
関東軍特別大演習
   ソ独戦の勃発
   7月2日御前会議
   全満に渉る厳しい防諜網
   新京駐在理事の帰任
北満農牧場計画
   北満農場計画
   北満興業(北辺開発計画)
南冥に消ゆ
   太平洋戦争の勃発
   大洋丸事件
   南方占領地の経営
   マニラ支店の悲劇
   小林好雄の証言
   今井紹雄のメモ
   昭南支店
   スマトラ
   南冥に消ゆ
東拓の崩壊
   最後の総裁・副総裁
   敗戦前夜の東拓本社
   各現場の撤退
   新京東拓ビル燃ゆ
   蒙彊方面よりの引揚
   羅津支店清津金融支所長・内谷健治の手記から
   新義州からの脱出行
   玉音放送が流れて
   愛国歌の合唱と翻える太極旗
   閉鎖機関となる

エピローグ

閉鎖機関・東拓の終焉
   清算会社へ
   二つの通達

あとがき

参考文献

付録
   付録1 東洋拓殖(株)関係会社一覧表(1945年8月現在)
        電力規制におり政府に買上げられた電業事業会社
   付録2 東拓年表


戦前に「東洋拓殖」という国策会社があったということを初めて知った。
「南洋興発」などは聞いたことがあるが・・・・
何でだろうと思ったら、当初、朝鮮で活動していた会社だそうで、それで知らなかったのだろうと思う。
しかし、驚いたことに、この会社は国が「東洋拓殖株式会社法」という法律を作って設立されたということ。
法律を作って会社を設立するとは、今では考えられないことだが・・・・
それが「国策会社」というものなのだろう。
本書の題名には「幻の国策会社」と書かかれているが、決して、この世に存在しなかった“幻”の会社ということではない。
実際に存在し、活動している。
たぶん、本来の国策に従った結果が出せなかったので“幻”と名付けたのではないかと思う。
当初、朝鮮半島だけが「業務地域」だったのが、国の要請等でどんどん広がり、南方にまで手を伸ばす・・・・
が・・・実際には手が回らない・・・・
「投資会社」としての活動や、いわゆる「持ち株会社」としての活動や・・・・
あれやこれやで、いったい、この会社は何がしたいのかと言いたくなるが、それだけ国がてんてこ舞いだったことを示しているのかもしれない。
この「国策会社」の社長は「総裁」という呼び名だそうで、政権が変わるたびに総裁も変わるのだそうだ。
これでは一貫した活動ができないのではないかと思ってしまうのだが、それがまた「国策会社」の特徴かもしれない。
「国策」がしっかりしていればいいが、コロコロ変わるようであれば振り回される。
終戦を迎え「閉鎖機関」というのに指定されて、東洋拓殖(株)は、その一生を終えることとなった。
「閉鎖機関」という言葉を初めて聞いた・・・・
戦争に負けて「倒産」したとか「廃業」したとかというのではないのである。
「国策会社」とは不思議な会社である。
「閉鎖機関」となり、多くの資料が処分されてしまったにもかかわらず、本書は「社史」なみの内容である。
著者の努力というか執念が感じられる、すごい本である。
「国策会社」・・・・戦後生まれとしては、ある意味、新鮮さを感じてしまうほどの内容だった。


今年の読書:41冊目



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