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投稿日:2006-10-05 Thu
天正8年、徳川家康が関東に下降した時、摂津国西成郡佃村の名主森孫右衛門以下33人を江戸に移住させました。この人たちが、正保2年に鉄砲州の東の干潟を賜ってここに築島し、郷土の名をとって『佃島』と名付けました。
この佃島に郷土の守護神である住吉神社の分霊を祀り、信者の方々で万人講が興りました。
この時、『田中屋』初代源右衛門が土で造ったかまどで雑魚類を煮て、万人講の皆さんに『佃煮』と称して披露したのが『佃煮』の初めだといわれています。
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