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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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地震研究所記念碑
DSC08824.jpg


大正14年11月14日地震研究所設立の官制が施行され、安田講堂裏に建物がつくられることとなった。
昭和2年3月に着工し、翌3年3月に竣工した。
建物は地下2階付きの鉄骨鉄筋コンクリート構造二階建てで、建築学科教授内田祥三先生が設計されたものであった。
大地震が襲来しても建物内で観測や研究が出来るようにと、当時の標準設計震度の2倍の計算で設計された。
正面玄関の壁面には日月の凹みの模様があり、また、玄関に近い西壁面には地震計を型どった石飾りがあった。
これらはやはり建築学科の岸田日出刀先生の手になったものである。
地震研究所が昭和38年から45年にかけて現在の場所に順次移転した後、安田講堂裏の建物は他部局が使用していたが、理学部の増築計画により昭和56年11月取り壊されることとなった。
地震研究所発足から40有余年、黎明期における地震学研究の輝かしい業績を生み出した旧地震研究所の建物を永く記念すべく、岸田先生の手になる石飾りの地震計と日月切り取り組合せてここに建立する。

昭和58年11月
地震研究所

(銘板より)

地震研究所記念碑
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史跡 | 22:21:36 | Trackback(0) | Comments(0)
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