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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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向陵碑
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向陵碑
我が第一高等学校は、初め東京英語学校と称し、神田一ツ橋に在り、明治8年に創立せらる。
10年、大学予備門と称し、19年、第一高等中学校と称し、22年、本郷向陵に遷る。
23年、今の名に改めて、法学博士木下廣次先生校長に任ぜらる。
此の時に当たり、欧米の奇靡の風、上下に弥浸し、殆(ほとん)ど将(まさ)に国の礎を危うくせんとす。
先生これを憂へ四大綱領を掲げ、自治寮の規制を制定し、以て天下に倡道す。
是(ここ)に於いて、全校学生、頓(とみ)に面目を改め、奪励踴躍し、人人国士を以て自ら任じ、向陵健児の名は四海を聳動せり。
爾来46年、時として汚隆(をりゅう)無くんばあらずと雖(いえど)も、向陵精神は一貫して令を更(あらため)ざるなり。
浮説世を惑はし、人心動揺し、其の禍は将に往日の如くならんとし、我が輩国士の遺風に迫らんとする者、豈寒心恐懼せざるべけんや。
数年前、当局に我が高校と駒場農科大学と、其の地を相ひ易(か)へんとするの議有りて、已(すで)に緒に就く。
今茲に8月、我が輩将に向陵と永訣せんとす。
嗟夫(ああ)向陵よ、汝の精神は長(とこし)へに我が高校とともに相ひ終へん。
始め固(もと)より地の東西を以て其の節を変ぜず。
然れども我が高校と汝とは、相ひ親しむこと40余年、其の去るに臨みて決然たるに忍びず。
一片の貞石を留め、以て遺蹟を表せんとし、乃(すなわ)ちこれに繋(か)くるに辞を以てす。
曰(い)わく我が石は志を磨くべく、奪ふべからず。
彼(か)の嶢(げう)たる者は丘(きう)、曷(なん)ぞ其れ蹶(たふ)るること有らんや。

昭和10年2月1日
第一高等学校寄宿寮
前第一高等学校教授 安井小太郎 撰
前第一高等学校教授 菅乕雄 書

(説明板より)

向陵碑
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史跡 | 21:57:07 | Trackback(0) | Comments(0)
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