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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
59歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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マニラ東方高地の旅(6)
次は・・・
近くにあるバグンバヤン小学校へ表敬訪問・・・・
しかし、時刻は既に夕方。
もう学校は終わっているんじゃあるまいか?
行って見たら・・・校門は閉まっており誰もいない。
前回の平成17年11月に、偶然にこの小学校を訪問した。
そういうことで、今回も是非訪問しようということで日程に組み込まれたはずなのだが・・・
「え?閉まってるって・・・・事前に連絡してなかったの?」と参加者から尋ねられたが、拙者だってそんなことは知らない。ガイドじゃないんだから・・・・(笑)
どうやら現地旅行社はこの学校と事前に何の打ち合わせもしていないらしい。
何ということか・・・・
「じゃぁ~折角のプレゼントはどうするの?」
前回撮影した写真を先生に渡そうとわざわざ用意してきてる人もいる。
「明日、モンテンルパに行きますから、その時に集まってくる子どもたちにでも渡してください」とガイド。
唖然・・・・・
縁が出来たこの学校の生徒のためにと、わざわざ日本から学用品を持ってきたのではないか?
貧民街の子ども等に渡すために持ってきたのではあるまい?
何でもかんでもバラ撒けばいいというもんじゃない。
どうして、こういう気持ちがわからんのかねぇ~
「じゃぁ、村長さんを探して、村長さんに預けて、あとで学校に渡してもらいましょう」とガイド。
そうしよう!そうしよう!・・・・ということになったが・・・・
ガイドは村長を探すそぶりをみせない。
ドンドン、バスは走る。
「あれ?村長に渡すって話・・・・どうなったの?」と参加者から尋ねられたが・・・・
拙者だって知らないよ~
口先だけでなだめたんでしょ。皆さんの事を・・・・
あっという間にバグンバヤンの隣にあるサンタマリアに入る。
すると、そこに小学校が・・・
子どもたちもいる。
「どうしましょうか?ここの子どもたちにでも渡しましょうか?」とガイド。
よ~し!停めろ!停めろ!
DSC08574.jpg

この「タランカ小学校」で急遽学用品の贈呈式を行う。
学校の先生に声をかけて子どもたちに集まってもらう。
先生も驚いただろうなぁ~
通りすがりのマイクロバスから突然日本人が降りてきて学用品やお菓子を差し上げたい・・・・なんて言い出したんだから・・・・・(笑)
DSC08575.jpg

先生がプレゼントを配り出したら大騒ぎ!
ん?
数が足りないんじゃないか?
俺・・・・しらねぇぞ~(笑)
後は・・・・先生方にお任せするしかない。
無責任といえば無責任かな?
果たして、こういう風に何かしらを配るというのは良いことなのかどうか・・・
数が足りず、もらえない子どものことを考えると複雑である。

もう日が暮れ始めたのだが・・・
ガイドは今からカリラヤへ行くと言う。
前回も行ったけど・・・・あんな場所へ行ってどうするの?
行く必要ないんじゃないか?
“卒塔婆を燃やさないと意味がないし、卒塔婆を燃やすにはカリラヤに行くしかない」と“ニシムラ”さん。
「バグンバヤンでは近所の人にお菓子などを配ったんだから、最後の慰霊地で卒塔婆を焼かせてくれと頼めば良かったんじゃないんですか?」
お菓子など、いろいろなものをもらった以上、相手も嫌だとは言うまい。
そのお礼に・・・・ということで配ることにすればいいのであって、何でもタダでバラ撒いたんじゃ意味がないでしょ?
拙者は宗教的なことは知らないが・・・・
慰霊地の椰子の木陰で卒塔婆を焼いちゃ駄目なのか?
何で、日が暮れるって言うのにわざわざカリラヤまで行かねばならんのか・・・
無駄だよなぁ~
こういうことになるからガイドは先を急ぐわけですよ。
だから慰霊の方がお粗末になっちゃうんですよ!

拙者は2度ほどカリラヤの日本政府が造った慰霊碑に行ったが・・・・
正直言って、ここは好きじゃない。
遺族会などの慰霊団にとってはお決まりのコース。
ここに来ても拙者は何も感じないのである。
英霊が集まっているとは思えないのである。
DSC08576.jpg

日が落ちて薄暗い中、慰霊碑に向かって最後の締めくくりの追悼の辞を述べるのは・・・・
なんと!拙者の役目!
拙者は遺族でもなければ戦友でもない。
しかもこの遺族会の代表でもない。
にもかかわらず最後の締めくくりが拙者の役目っておかしいでしょ?(笑)
「嫌だ」と言っても聞いてもらえない。
「いいから早くやって!」と“ニシムラ”さんに急かされる。
拙者は前回にもやらされコリゴリなのだが・・・
前回同様、原稿なんか書いてきていない。
全てそのときのアドリブである。
こんな有難くもないモニュメントの前で、戦場でもない山の上で、英霊もいなにのに追悼を述べるのか。
馬鹿馬鹿しくて仕方がない。
どうして、こういう形に拘るのかわからない。
白々しい・・・・
ましてや、拙者の祖父の部下は北部ルソンに眠っているんだ。
ここから何百キロも離れている全く正反対の場所に眠っているのだ。
こんなところで何を言おうが伝わるわけがない。
仕方がないので、適当に簡単に何か喋って・・・・・終わり!
何を言ったのか・・・・当然ながら自分でも覚えていない。
生還者の“ナルカワ”さんも「ここは何の意味もない場所だから好きじゃないし、来る気も起こらない・・・」と言う。
同感である。
便宜上、造られた慰霊地。
どこか一箇所で簡単に済ませましょう・・・というだけで造られた場所である。
自分の母親の墓参りに行って隣の他人の墓にお線香をあげてしまったような、そんな気分の悪さ・・・・・
あ~自己嫌悪・・・・・

これで、とりあえず慰霊に関しては全て終了!
日が落ちて真っ暗になった中、ロスバニオスのホテルに向かう。
ここは前回も宿泊したホテル。
DSC08577.jpg
(ホテルの部屋)
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旅行 | 19:30:54 | Trackback(0) | Comments(0)
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