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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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マニラ東方高地の旅(2)
DSC08535.jpg
(機内食)

機内は結構空席があったので、座席を移動して1つおきに座り、かなりゆったりとした空の旅を楽しむ。
関空組は我々より先に到着しているはず。
マニラのイミグレーションを通過して後ろを振り返ったら、拙者の名を呼び手を振っている人がいる。
ん?拙者に手を振っているのか?
それとも同姓の他の人に手を振っているのか?
誰だろう?
思い込みとは恐ろしいものである。
関空組は既に先に到着していると思っているから、まさか自分の後ろに並んでいるとは思わない。
手を振っているのが関空組に同行した添乗員の“ヒラヤマ”さんだと気が付くのにかなり時間がかかってしまった。
関空組は我々より遅く到着したのだという。

DSC08536.jpg

無事に関空組とも合流してマイクロバスでマニラ東方高地に直行!
早速今回持参した新兵器・・・ポケットナビの電源を入れ位置の確認。
拙者の今回の目的は、地図とナビの経度・緯度を確認することである。
地図に記載されている日本軍陣地名の位置がどうも怪しいと思ったのが、平成17年11月に同行した時の事。
今は亡き生還者から教えてもらって作成した“ニシムラ”さんから頂いた地図と、前事務局長の“ナカムラ”さんから頂いた地図、それと公刊戦史に添付されている地図では、陣地の位置が微妙に違うのである。
Aという地図では○○山となっているが、Bという地図では××山となっている・・・という具合なのである。
これを何とか確認したいということで、ナビを使っての確認作業を行う。
というわけで・・・外の景色を見ているどころではない!(笑)

DSC08537.jpg

地図上では「忠孝台」と記されている場所近くを通ったので、ここでバスを停めてもらい下りて見学する。
ここは野戦重砲第22連隊の戦跡。
人員約1000名弱、10センチカノン砲16門で編成された部隊で、川北大隊も一時期この部隊の滝沢連隊長の指揮下にも入ったことがある。
平成17年の前回の巡拝慰霊にはこの部隊のご遺族も参加されていたのだが、その時には拙者はこの山が縁ある場所だという自信がなかったのでご説明はしなかった。
しかし、今回はナビがあるからねぇ~
位置的には間違いない。
しかし・・・今回はこの部隊のご遺族は不参加。
うまくいかないものである。
この部隊は「岩山」に観測陣地を設けてマニラを見下ろして砲撃をしていた。
砲列はガダルカナル戦の教訓を取り入れて「忠孝台」に横穴陣地を造り、その中に砲を隠して射撃する時に横穴から砲を引き出して砲撃していたという。
となると・・・・おかしい・・・・
山の形からして「忠孝台」という「台」という名が似合わない。
どう考えても「岩山」という名のほうが似合っている。
地図に記載されているのは間違いではなかろうか?
それを確認するには、この山に登るしかないが・・・
団体では無理。
次回、一人出来た時にでも登ってみるしかあるまい。
この山の頂上に陣地跡があれば観測所跡ということになるから、これが「岩山」ということになる。
また、この山の頂上には重砲は引き揚げられないから砲列陣地は別な場所のはず。
この山のふもとに横穴陣地が残っていればここだということになるが・・・・
さて・・・観測陣地の真下に砲列を敷くだろうか?
もう少し離れた台地状の場所に設営したのではなかろうか?
その場所を探すにはかなり時間がかかるなぁ~
この近辺を隈なく歩かねばなるまい。
1日や2日では済まないぞ。
頼りになるのは自分の勘と経験だけか・・・・
簡単に皆さんにご説明して、バスに戻りボソボソという村に向かう。

DSC08538.jpg

ボソボソの慰霊碑前で慰霊祭を開催。
慰霊碑周辺は以前来た時より更に荒れ果てていた。
階段の鉄の手すりがいつの間にか無くなっている。
多分、くず鉄の値段が上がった時に盗んで売ってしまったのだろう。
慰霊碑にも落書きが目立つ。
全て地元の人間の仕業である。
自称、管理人と称する人がこの近くに住んでいるらしいが、この荒れ方を見ると怪しいものである。
「ひどい荒れ方ねぇ~あんた、今度ここに来て少し落書きを消したりお掃除をしてね」と“ニシムラ”さん。
「ヒィェ~・・・拙者が来てやるんですか・・・ペンキ塗りとか?」(笑)
DSC08539.jpg

慰霊祭には近所の子ども達も集まってきた。
何事が始まるのだろうと不思議に思っているんだろうねぇ~
慰霊祭後はお決まりの、子ども達への学用品やお菓子の配布。
「おい!ここをちゃんと綺麗にしておけよ!」と拙者。
年長の子どもが「イエッサァ~」と敬礼したが・・・・果たしてどうだか・・・・
ここに来る慰霊団は殆どないだろうし・・・
誰も来ないとなれば・・・・荒れ果てるよなぁ~
また機会があったら一人で様子を見に来るかぁ~(笑)

DSC08540.jpg

続いてボソボソの教会に行く。
ボソボソ地区での戦闘では、この教会にも日本軍が立てこもって戦闘をしたので、壁には当時の銃弾や砲弾の跡が残っている。
一部の参加者にはこの教会の歴史などについても簡単にご説明してあげる。
その後、この教会近くに昔あった川北大隊の慰霊碑跡にご案内する。
昭和40年代に、ここに川北大隊の戦友・遺族が慰霊碑を建立したが、今では消滅している。
「このあたりに慰霊碑があったでしょ?」と拙者。
「そうそう!このあたり!」
当時のことを全く知らないのだが、前回一人出来た時に慰霊碑跡は確認していたのでご案内できた。
慰霊碑は当時は、田んぼの直ぐ側のぬかるみのところに建てられていたようだが、今ではその周りにも家が建ち、当時の面影はない。
ここで、慰霊碑建立当時のエピソードなどを参加者から聞かせてもらい往時を偲ぶ。

DSC08542.jpg

今日の予定はこれで終了。
平成17年の前回、宿泊したアンチポロのホテルに宿泊。
う~ん、懐かしいねぇ~(笑)
しかし、前回はお湯のシャワーが出たのだが、今回はぬるま湯しか出なかった。
DSC08541.jpg
(ホテルの部屋)
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旅行 | 15:05:23 | Trackback(0) | Comments(0)
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