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Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
51歳
独身

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姫ヶ嶽
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姫ヶ嶽

天正10年(西暦1582年)6月10日川之江城主河上但馬守(かわかみたじまのかみ)が三島宮(みしまぐう)に詣でての帰途、村松字崩(くずれ)の松原に於て、謀臣秋山嘉兵衛の為に謀殺され、城は秋山の内通により轟(とどろき)城主大西備中守(びっちゅうのかみ)の急襲をうけて、落城するに至った。
この時、但馬守の息女(そくじょ)年姫は横死の父のあとを追って、この断崖より燧灘(ひうちなだ)に身を躍(おど)らして、はかなくも花の生涯を閉じたといわれている。
春風秋雨(しゅんぷうしゅうう)380余年、落城の悲話として、今に伝えて、ここを姫ヶ嶽と呼ぶ。

姫ヶ嶽 海に身投ぐる いや果ても
      うまして入りぬ 大名の娘は
                    与謝野晶子
(説明板より)

姫ヶ嶽

史跡 | 20:58:03 | Trackback(0) | Comments(0)
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