FC2ブログ
 
■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

■最近の記事
■月別アーカイブ

■カテゴリー
■FC2ブログランキング
■ブロとも申請フォーム
■最近のコメント
■小さな天気予報


-天気予報コム- -FC2-

■ブログ内検索

■リンク
■RSSフィード
■FC2カウンター

『本当はこうだった 南京事件』


「南京事件」に関する警醒の書―推薦の言葉に替えて―
          原 剛(軍事史研究家)
  はじめに
  1、本書刊行までの経緯
  2、本書の構成と内容
  3、南京事件についての補足説明
     (1)南京事件という歴史上の事件
     (2)いわゆる「南京大虐殺事件」の数に関する諸説
     (3)東京裁判の判決(1948年11月)
     (4)虐殺の定義
     (5)日本軍の捕虜対策の不明確
     (6)日本人の捕虜および中国人に対する蔑視感
     (7)中国軍の兵力
     (8)中国軍の指揮統制力喪失と中国民衆保護対策の欠如
     (9)中国人による暴行・掠奪・殺害など
     (10)南京の人口
     (11)地理的範囲
     (12)中国側の埋葬記録の信憑性
     (13)死体即虐殺死体ではない
     (14)歴史と文化の違い
     おわりに

はじめに

南京攻略戦関連年表

第1章 「虐殺」と「南京大虐殺」

  「虐殺」とは
  「南京大虐殺」とは
     「南京大虐殺」のアイマイ性
     東京裁判と南京事件
     その時、南京で起こったもの・・・・「南京事件」
     「南京大虐殺」の必須要素・30万
     「事件」と「大虐殺」の意図的すり替え
     正確な定義による議論を
  南京事件を考えるための基本資料

第2章 新聞報道と中山門一番乗りの謎

  上海から南京へ
  南京防衛の情況
  安全区の設定
  南京攻略命令下る―日本軍の進攻
  外郭陣地戦闘の概況
     鎮江の戦い
     句容、湯水鎮、麒麟門、堯化門付近の戦い
     句容、索野鎮、淳化鎮から南京までの戦い
  日本中を巻き込んだ大騒動―「南京陥落」報道
  中山門一番乗りをめぐる論戦
     野村主張
     高崎主張
     平本主張
  「一番乗り」の真相は
     歩20の主張
     歩35の主張
     真相
  高崎説への反論と新聞報道

第3章 南京占領と城外で起きたこと

  光華門と歩兵第36聯隊の「一番乗り」
  歩兵第19聯隊の湯水鎮救援
     湯水鎮救援の日時
     襲撃の日付 12日か13日か
     襲撃は13日だった
  第10軍の城壁攻略
     第114師団
     第6師団の城壁攻撃
  西郊での遭遇戦
  歩兵第45聯隊の捕虜所見
  馬群の捕虜処分
  百人斬余聞
  歩兵第66聯隊 雨花台事件
  歩兵第65聯隊 幕府山事件
     事件の概要
     小野資料集の価値と限界
     捕虜の数
     16日の火事
     捕虜1万の長さ
     捕虜を江岸に連行した目的
     捕虜の処理は切実な問題ではなかったか
     日本人は本質的に冷酷になれない

第4章 城内の混乱と残虐行為

  マスコミ、外国資料に見る南京陥落
  中国軍の退却と混乱
  日本軍の入城
  負傷兵の処置
  城内掃蕩での虐殺(上)司法部事件
  城内掃蕩での虐殺(中)安全区掃蕩
  城内掃蕩での虐殺(下)下関虐殺
  挹江門の死体は戦死か虐殺か

第5章 『南京戦史』と南京事件の数量的把握

  南京事件研究の転機・『南京戦史』発刊
  変容の兆し
  数の重要性と算出の方法論
  南京保衛軍当初兵力の考察(表10参照)
     南京戦の開始と推定した時点
     譚道平参謀の兵力判断
     外国人の兵力水偵
     戦闘兵、雑兵、新兵について
     表10の各数字の考察(註13)
     8万から15万へのプロセスとその批判
     結論
  南京保衛の行方(表11参照)
     損失と保存
     表11の各数字の考察(註32)
     損失10万へのプロセスとその批判
     南京保衛軍の行方
  南京事件における「虐殺数」の考察
     戦争犠牲者と「虐殺」の区別
     「虐殺数」の推定と結論

第6章 ラーベ日記と南京の「新事実」

  支那事変への拡大
  南京防衛と国際委員会(安全区)
  日本軍入城
     兵士問答と偽証
  婦女暴行と慰安婦
  安全区での乱暴狼藉
  「略奪」考
  国際委員会の抗議
  11人殺しの謎
  虐殺数は?犠牲者5?6万?
  ほぼ公正なラーベ日記

第7章 「大虐殺」の目撃証言者 曾根一夫の虚構を暴く

  ニセ証言の代表者たち
     中山重夫
     曾根一夫
     舟橋照吉
  「南京虐殺」のザンゲ屋 「曾根一夫」の正体
     疑問への手掛かり
     曾根氏の南京三部作
     学者の評価と私の疑問
  曾根氏の身元
     上海戦参加への疑問
     蘇州河戦闘の疑問
     曾根氏は歩兵ではなかった
     写真の謎
     支那事変の勃発
     野砲兵第3聯隊の出動
     野砲3の蘇州河戦闘
  南京への行軍
     南京の攻防
     南京攻略戦における補給
     曾根氏の正体
     曾根氏は馭者
     砲兵部隊の行軍
  ニセ日記
     ニセ日記の証明
     行動の検証・太倉出発
     行動の検証・行軍と補給
     行動の検証・徴発
     行動の検証・南京へ
  南京の占領
     南京攻略戦
     第3師団の南京戦
     野砲3の南京駐留
     曾根氏の南京到着
     見たもの、見なかったもの
     外電に見る南京郊外
  南京での見聞
     入城式
     入城式に参加したか
     曾根氏の見た虐殺
       1、下関虐殺
       2、戦友の残虐行為
  ニセ写真
     階級詐称
     ニセ写真
  曾根日記の総括

第8章 角良晴証言の全貌

  角証言の反響
  角証言の紹介
  角証言批判
  冷静な検証を怠った大虐殺派学者

第9章 松井大将「涙の訓示」の錯誤

  12月18日、慰霊祭後の訓示は無かった
  松井大将「涙」論争の経緯
  松井大将は何時泣いた?
     (1)松井大将涙の訓示
     (2)もう一つの慰霊祭
     (3)松本重治氏訪問と掲載英字紙発見
  錯誤の連鎖
     (1)見てきたような
     (2)松井大将の誤算
     (3)訓示の流用?
  「真実」の意味するもの
     (1)訓示の時期と「南京アトロシティー」
     (2)松井大将の失望
     (3)教訓

第10章 「侵略→進出」騒動の渦中で

  自虐教科書問題のルーツ、「侵略→進出」騒動
  「南京事件」についての「侵略→進出」騒動の効果
  騒動の概略
  新聞が大きく育てた小さな誤報
  「分かり次第、記事に」
  K記者のアリバイ
  誤報の上塗り
  一字に『毎日』の判断が
  訂正の5つのチャンス
  週刊朝日も右に習え
  みんなで書けば恐くない
  軌道修正の跡
  マスコミの素顔を見た

第11章 歴史教科書への抗議その1 曾根著作と東日記の引用

  「略奪命令」を載せる高校教科書
     偏向の多い記述・・・・上海戦と南京追撃
     「掠奪命令」の原本はどこに
     徴発と略奪―ヘーグ陸戦法規
     戦争―この人間の業
     官憲徴発と代金の支払い
     食料不足は輸送能力の不足から
  出典は『私記・南京虐殺』と「東日記」
     教科書執筆者への疑問―「東日記」からの引用
  削除・書き換えの要求と決着
     決着 一橋出版が削除

第12章 歴史教科書への抗議その2 中島日記の引用

  捕虜ハセヌ方針ナレバ―批判
  処理セシモノ約1万5千批判
  水増しの戦果報告の実態
  江上撃滅数への不信
     笠原十九司著『南京事件』(岩波新書)224から225頁、表1の批判
  数は如何に当てにならないか・・・・捕虜
  太平門1千3百の実相
  「7000人の捕虜虐殺」について
  中島日記は教科書に不適当
  中島のエピソード

第13章 永野法相「南京大虐殺デッチ上げ」談話をめぐる騒動

  永野法相「南京大虐殺デッチ上げ」談話騒動
  各新聞社の非難大合唱
  新聞各社の報道ぶり
  南京大虐殺と南京事件
  「南京大虐殺」は固有名詞
     南京大虐殺はデッチ上げ
     結論 皆で叫ぼう
  「謝罪」・・・・その調査と実態は?
  注目すべき二つの新聞記事
     (その1)
     (その2)タブー排し過去直視

第14章 毎日新聞との場合 太田供述書をめぐる報道犯罪

  平成2年12月14日夕刊の記事
  下関(シャアカン)―毎日新聞記事の舞台
  『毎日』への抗議と回答
  太田供述書の示すもの
     太田寿男少佐の供述書の概要
  梶谷日記
     梶谷日記及び手記「戦後片々」(『騎兵第4聯隊史』)より要約
  梶谷日記による太田供述書検証
  撫順裁判と太田供述書
  自白偏重と江口教授の「談話」
  江口教授からの書簡
  毎日新聞社への再度の抗議
  毎日新聞社の結論と処置
  結論

第15章 拝啓、朝日新聞社殿

  朝日社説の主張
  石原発言
  石原発言後の「大虐殺」報道
  ニューヨーク・タイムズ全面意見広告
  『朝日』社説の重要性
  公開書簡と朝日返書(第1往復)
  公開書簡第2信
  コラム「窓」と野村氏への回答
  朝日回答2と公開質問書第3信
  野村氏への「脅し」と抗議
  朝日最終回答
  『朝日』と本多記者のヤブヘビ
  社説問答の結論

第16章 岩波書店の歴史の真実

  岩波書店への第1信
  岩波書店からの回答1
  岩波書店への第2信
  岩波書店からの回答2
  岩波書店への第3信

追悼  日本大学法学部教授 秦 郁彦

板倉さんと南京事件裁判  弁護士 高池 勝彦

南京大虐殺派の天敵 板倉由明先生を偲ぶ  歴史教科書研究家 上杉 千年
   板倉由明先生と私
   板倉説に敗北した 南京大虐殺派の笠原九十司宇都宮大学教授

父 板倉由明と南京事件  真由美

原稿出典一覧

参考文献
   1 関係者の日記・回想録
   2 部隊史
   3 研究書など
   4 中国その他の文献

主な著作・評論
   〇 雑誌・週刊誌
   〇 ブックレット
   〇 研究誌
   〇 単行本


この本は、某会合で、某研究者から頂いた3冊の本のうちの1冊である。
その時に「この本は・・・ちょっと・・・ねぇ・・・なんだけど・・・読んでみますか?」と言って渡された。(苦笑)
周囲の“研究者”も「あ~それね・・・それは、確かに・・・ちょっと・・・ねぇ~だけど・・・」と苦笑されていた。
そう言われると、ちょっと気になる・・・(苦笑)
が・・・読んでみたが、私から見て特に“問題”があるような本ではなかった。(笑)

本書の著者は在野の研究者。
本業は会社の経営者である。
そういうところに何かしら“共感”するところがあるのかもしれない。
本書の題名である「南京事件」とは、いわゆる「南京大虐殺」のことである。
これについては多くの研究者が、虐殺があったとか無かったとかと、喧々諤々で今もって結論は出ていない。
そこにはイデオロギーの影響もあるだろうし・・・
そういう中で、この著書は、かなりまともな本ではないかと思う。
南京では「事件」が起こったことは間違いないが、中国の言うような「大虐殺」ではないことを明確に示している。
私も、全くその通りだと思うので、違和感は全くない。
が・・・本書を渡された時の「ちょっと・・・ねぇ~」が気になる。(汗)
本書の後半のほとんどは、マスコミのでたらめな報道に対する抗議である。
これでもかというほどの、しつこい抗議には読んでいて辟易してしまうが・・・
本人にとっては、看過できない問題なのだろう。
この、しつこさが「ちょっと・・・ねぇ・・・」なのかもしれない。(大汗)
もしくは・・・
南京大虐殺否定派の方々がよく批判しているのが「ラーベ日記」・・・
私も、かなりいいかげんな“証拠”だと思っていたのだが・・・
著者によると、「かなり公正なものだ」という・・・(汗)
「ラーベ日記」の解釈の仕方によっては、確かにおっしゃる通りである。
このあたりが、感情的になる方々からすると、「ラーベ日記」を評価するとは「ちょっと・・・ねぇ~」なのかもしれない。(汗)

著者は本書が世に出る直前に、病気でこの世を去ってしまったという。
全身全霊を傾けて執筆したのに、その本を見ることなくこの世を去ったとは・・・
なんと可哀相な事か・・・
しかし、この在野の研究者の業績は大いに評価され尊敬されるべきではなかろうか?
私は、いい本に出会えたと思っている。
本書をプレゼントしてくださった“研究者”の方に感謝、感謝である。


今年の読書:35冊目

スポンサーサイト





読書 | 21:47:29 | Comments(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する