FC2ブログ
 
■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

■最近の記事
■月別アーカイブ

■カテゴリー
■FC2ブログランキング
■ブロとも申請フォーム
■最近のコメント
■小さな天気予報


-天気予報コム- -FC2-

■ブログ内検索

■リンク
■RSSフィード
■FC2カウンター

『経済学の犯罪』


第1章 失われた20年―構造改革はなぜ失敗したのか
       資本主義経済がおかしくなっている
       自由貿易に対する誤った思い込み
       日本の緊急問題はデフレと雇用不安
       長期のデフレ、雇用不安になった理由
       「構造改革」が長期的停滞の原因
       市場化すべきではなかった「生産要素」
       「社会的土台」を市場中心主義が破壊する

第2章 グローバル資本主義の危機―リーマン・ショックからEU危機へ
       EU崩壊の危険性
       経済のグローバリゼーションと各国の政治の矛盾が浮き彫りに
       経済政策のトリレンマ
       グローバル資本主義を支える共産主義国
       「国家」が市場に従属する

第3章 変容する資本主義―リスクを管理できない金融経済
       「リスク」と「不確実性」
       金融市場の発展が「ブラック・スワン」を作り出す
       世界経済を支えた生産と消費のインバランス
       グローバリゼーションと国家の役割
       アメリカの「成長モデル」の転換と見せかけの繁栄
       「成長モデル」の限界が露呈
       経済学の前提の誤り

第4章 「経済学」の犯罪―グローバル危機をもたらした市場中心主義
       経済学の多様な学派
       シカゴ学派の勝利
       経済学の持つ「ヴィジョン」が見えなくなった
       「科学としての経済学」の装いの成立
       現実の「経済」と「経済学」の関係
       「合理的な科学としての経済学」という虚構
       市場主義経済学の掲げた驚くべき命題
       現実離れした理論が政策を動かした20年間

第5章 アダム・スミスを再考する―至上主義の源流にあるもの
       市場主義経済学の基本モデル
       アダム・スミスは「市場経済学の祖」なのか
       スミスの生きた時代
       なぜスミスは重商主義を批判したか
       「大地」に根ざした経済を擁護
       国富は戦略で決まる

第6章 「国力」をめぐる経済学の争い―金融グローバリズムをめぐって
       国力と経済学
       戦略としての自由主義、戦略としての保護主義
       「富の基盤」をめぐる二つの思考の対立
       ウェーバーとゾンバルトの対立点
       「交換の経済」と「生活の経済」
       ケインズの自由放任批判
       1920年代イギリスの「新しい現実」とケインズ
       「金融グローバリズム」と「ナショナル・エコノミー」の対立

第7章 ケインズ経済学の真の意味―「貨幣の経済学」へ向けて
       「ケインズは死んだ」のか?
       貨幣の発生は合理的には説明不可能
       貨幣の価値保蔵機能
       経済活動と不確実性
       金融市場の形成と実体経済
       「貨幣」の性質に注目したケインズ
       貨幣が過剰性を生み出す
       ケインズが「予言」した資本主義の長期的停滞

第8章 「貨幣」という過剰なるもの―「稀少性の経済」から「過剰性の経済」へ
       「クラ交換」の意味するもの
       ポトラッチに見る「原・交換」
       「原・貨幣」に付与される呪術的意味
       交換を可能にする「過剰なもの」
       「ゼロ・シンボル」としての貨幣
       「過剰性」を浪費するための「普遍経済」
       現代文明にも生きている「ポトラッチの原理」
       「過剰性の原理」が「稀少性の原理」をもたらす
       「過剰性」がさらなる「過剰性」を生み出す金融市場

第9章 「脱成長主義」へ向けて―現代文明の転換の試み
       豊かな社会=過剰化社会
       「過剰資本」と「過剰生産」
       市場が稀少性を生み出す
       豊かだけれど幸せではない日本人
       ポスト工業社会における「価値選択」
       社会的な価値は市場では選べない
       かつての「アメリカの事情」が今日の状況を生んだ
       グローバル世界の構造的矛盾と各国政治の不安定化
       「善い社会」を構想する

あとがき―ひとつの回想


本当に著者には申し訳ないのだが・・・
読み出してすぐに睡魔に襲われ、数ページも進まぬうちに眠くて眠くて我慢が出来なかった。(大汗)
“経済学”は、どうも私には向いていないのかも・・・
我慢して読み進め・・・
ちょうど真ん中あたりのアダム・スミスやケインズの話になって、ようやく分かり始め・・・
調子が出てきたかと思ったら、再びチンプンカンプン・・・(大汗)
とにかく理解ができる話と出来ない話が交互にやって来て起伏が激しい・・・
自分の頭の悪さにホトホト呆れたが・・・
著者が東京大学経済学部を出た博士なのだから仕方がないかなぁ~と自分を慰める。(大笑)
こういう“エリート”が書く文章は難解な言い回しが多い。
人によっては、非常にわかりやすい話を、わざと難しく書く人もいる。
難しい話を分かりやすく書ける人が“頭の良い人”だと思うのだが・・・(大笑)
すべてを通して読んでみて、最後の「あとがき」が一番理解できた次第・・・
つまり、このわずか数ページの「あとがき」だけを読めば、事足りたわけである。(苦笑)


今年の読書:33冊目

スポンサーサイト





読書 | 17:55:37 | Comments(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する