FC2ブログ
 
■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

■最近の記事
■月別アーカイブ

■カテゴリー
■FC2ブログランキング
■ブロとも申請フォーム
■最近のコメント
■小さな天気予報


-天気予報コム- -FC2-

■ブログ内検索

■リンク
■RSSフィード
■FC2カウンター

『ながい旅』


責任

軍律

横浜法廷

反対尋問

弁護側証人

公判の合間に

司令官の証言

法務官

判決まで

新生

後記
   岡田資遺稿集

解説  中島岳志

岡田資・年譜

参考文献



東海軍司令官の岡田資(たすく)中将が本書の主人公である。
岡田中将は、我が戦車第2師団の初代師団長だった人で、私はその戦友会の事務局長をやっている。
と・・・不思議な縁かな?
戦車第2師団は第2代師団長の岩仲中将の時にフィリピンに転進して米軍と戦い壊滅している。
当然、私が岡田中将を知るわけはないが・・・
岡田師団長を知る“戦友”が、お一人だけ存命している。(今年98歳になる)
13年ほど前、『明日への遺言』という映画が封切られた。
主役の岡田中将を藤田まことが演じた。
本書がベースで制作された映画らしい。
この映画を是非見て欲しいと“戦友”から言われ映画館へ行った。
藤田まことが演じる岡田中将は、“戦友”の語る岡田中将そのものだった・・・

岡田資は、大戦末期に第13方面軍・東海軍管区司令官として内地にいた。
昭和19年5月から6月にかけてのB29による空襲で、撃墜されたB29からパラシュートで脱出して“捕獲”された米兵の処刑を命じたということで戦犯となった。
本書はその戦犯裁判の様子を描いたものである。
B29が行ったこれらの空襲は、国際法に違反している「無差別爆撃」である。
“捕獲”した米搭乗員は、“捕虜”ではなく“戦犯”(犯罪者)である。
大戦末期の混乱(空襲など)で、軍律会議で裁くことなく、独断で処刑を命じた。
米搭乗員を処刑した部下たちも戦犯容疑者となったが、岡田中将は、米軍の行った無差別爆撃の違法性を主張しつつ、処刑の責任は自分にあるとして部下の減刑を求める“法廷闘争”を行うのである。

終戦当時、戦犯容疑から逃れようと、卑怯な言動をする多くの将官の中で、岡田中将は異彩を放っていたらしい。
当時、59歳・・・
今の私と同じ年齢である。
もし、私が司令官として、岡田中将と同じ立場だったとして、同じように米軍による違法行為を主張するだろうが、さて、米搭乗員に対する処刑の責任を一身に引き受けることができるかというと自信がない・・・
自分も死刑を回避しようとするかもしれない。
岡田中将の、この腹の据わり方はスゴイ・・・

結果的には、昭和24年9月17日の午前0時半に死刑が執行されるのだが、淡々と処刑台に昇って行ったというのだから、“人間の出来が違う”んだろうなぁと思う。
自己保身に走る気は毛頭ないが、かといって素直に処刑されるかというと・・・自信がない。
同じ歳なのにねぇ~
う~んと唸るしかない・・・
惜しい人を失ったという気がしてならない。
こういう人こそ戦後も生き残って活躍してもらいたかったという思いである。

本書は法廷でのやり取りなどが主となっているので、読み手によっては退屈に感じるかもしれない。
私は“初代師団長”ということもあって親近感を持っているせいか、スッと読めたが・・・
本書は、問題提起とともに、岡田中将のいい記録である。
残念なのは、この本が出版されたのが、岡田中将の奥様が亡くなられた翌年ということ・・・・
奥様が本書を目にすることなくこの世を去られたのが残念でならない。


今年の読書:16冊目

スポンサーサイト





読書 | 23:00:32 | Comments(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する