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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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ラバウルを占領
昭和17年(1942年)の今日・・・1月23日・・・・
この日は、パプアニューギニアのニューブリテン島にあるラバウルを日本軍が占領した日である。

第一次世界大戦まではドイツが統治していたが、大戦後、オーストラリアが統治していた。
ここを占領した日本軍は、ここを一大軍事拠点にしようと考えていたが、問題は、ここの火山である。
ここラバウルには活火山「ダブルブル火山」(日本名:花吹山)が噴煙を上げていた。
この火山が大噴火でもしたら、日本軍の軍事基地は壊滅する。
ここに基地を造るべきかどうか・・・今後、この火山が噴火するかどうかで決まる。

確か、20歳代後半の方だったと思うが・・・
日本の気象庁から派遣された人が、ここの観測所長になって観測をした。
オーストラリア統治時代、オーストラリアは何の観測もしていなかったらしく、データがない・・・
そういう中、日本海軍から「どうか?」との矢のような催促を受け、出した答えは・・・
確か、「これから先、少なくとも2年間は噴火は起こらない」という答えだったと記憶している。
この判断、もし間違っていたら・・・切腹ものである。(汗)

彼の判断を基に、ここに軍事拠点を築くことになり、あの有名な「ラバウル航空隊」が出来上がったわけである。

この若き所長の予測通り、噴煙により火山灰が降ることはあっても、大噴火は起らなかった。
昔の人は大したものである。
現代人では、こうはいかないだろう。
結論を先延ばしにするか、周囲の顔色をうかがいながら「皆さんはどう思いますか?」などと間の抜けたことを言い・・・
合議で決めたことだから・・・と責任を分散して責任を逃れ、自己保身に走るのではなかろうかという気がする。(大汗)

終戦時には、この観測所の観測機材一切を全て整備して、いつでも使えるようにして、オーストラリア軍に引き渡したという。
オーストラリアは、その後、この日本の機器を使用して観測をしたとか・・・
昔の人は、やっぱり大したものである。
というか・・・大した人が昔にはいた・・・と言うべきかな?

このダブルブル火山(花吹山)と、近くのブルカン火山(日本名:西吹山)の2つの火山が同時に大噴火して、大量の火山灰を降らせたのは、平成6年(1994年)のことである。(大汗)
5メートル以上も火山灰が積もったというのだから、町も空港も壊滅した。
私がラバウルに訪れたのは、この噴火から15年後の平成21年(2009年)である。
ラバウルの町はほぼ完全に埋まっており、別の町に行政機能や空港が移っていた。
その埋まった場所の上に家が立ち並んではいたが、その数は少なかったと思う。
(往年の町の様子を知らないので、何とも言えないが・・・)
火山灰の下にスーパーマーケットの屋根が見えた時には驚いた。
やっぱり5メートル以上灰が積もったのだ・・・
この時もダブルブル山は、盛んに噴煙を上げており、かなり離れた町のホテルで寝ていても、まるで砲声のような「ドドーン」という響きが断続的に続いていた。
あの晩の事は忘れられない・・・
帰国の日に、今までにないほど火山灰が降り、日に一便しか来ない飛行機が大幅に遅れ、帰国できなくなった。(大汗)
結局、オーストラリアへ向かい、乗り換えて、帰国予定日に1日遅れて帰国する羽目となった。
たった1日帰国が遅れただけなのだが、留守宅の我が親父は、私は死んだものと思ったらしい・・・(苦笑)
今となっては、親父らしい、いい思い出である。(大笑)

日本で、仮に富士山が大噴火して大量の火山灰が降ったら、どうなるだろう?
大パニック・・・というだけでは済まないだろうなぁ~
数ミリ積もっただけで大パニックになるだろうから・・・
現代は意外にも脆弱である。
しかも、判断を下せるような優秀な人もいないだろうし・・・(苦笑)
やることは、全て後手後手・・・結局はお手上げ状態か?(汗)

平時から備えと覚悟はしておいたほうがいい・・・
「ラバウル」と聞くと、いつもあの噴煙と火山灰を思い出すのである。
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コラム | 18:06:25 | Comments(0)
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