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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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『指揮官たちの特攻』




本書は特攻で散った関行男と中津留達雄という2人の指揮官の話である。
関行男は、かの有名な神風特別攻撃隊の指揮官である。
一応、神風特攻の第1号と言われており、フィリピン・ルソン島のマバラカット飛行場からレイテ島沖の敵艦船に特攻をかけている。
中津留達雄は関行男のように有名ではないと思うが、昭和20年8月15日の終戦直後に発進した「最後の特攻」隊の指揮官である。
この「特攻隊」は、連合艦隊参謀長をやったこともある第5航空艦隊司令長官の宇垣纒中将が、自ら率いて沖縄の米軍を攻撃するため大分の基地から発進したものである。
ただ、この特攻隊には大きな問題があった。
一つは、出撃が終戦の詔勅が発せられた後に終戦を無視して発進した点・・・
もう一つは、どうみても宇垣中将の個人的感情から計画されたものではないかということ。
どうしても死にたければ、一人で割腹自決でもすればよいものを、若い連中を道連れにして出撃したのである。
自分が操縦できるなら自分一人で飛んでいけばよいが、宇垣は飛行機の操縦はできない。
命令を発して中津留に操縦させて、沖縄の米軍に突入するというのだから尋常ではない。
よく周囲も留めなかったと思うが、無責任なんだろうねぇ~
司令官が特攻をするとなれば、「私もお供いたします」と若い連中が同行するのは火を見るより明らかではないか?
戦争は終わったというのに・・・将来のある若い連中を道連れにしたのである。
遺族の怒りはいかばかりかと思う。
しかも、宇垣中将を乗せた中津留が操縦する特攻機は、沖縄まで飛んだが米軍を攻撃せずに近くの島に突っ込み自爆したらしい。
もし、米軍に突っ込んでいたら、停戦後であるから、とんでもないことになっただろう。
そのとばっちりを受けて多くの日本人が命を落とすようなことになったかもしれない。
それに気が付いて故意に自爆したのかどうかは誰にも分らないが・・・
この死に方・・・まさしく無駄死にではなかろうか?

マバラカットから飛び立った特攻隊第1号の指揮官に選ばれた関行男の選び方にも疑惑があるらしいことを聞いたことがある。
命じた連中は戦後も生き残り、特攻についていろいろ書き著わしているが・・・
死人に口なしである。
「喜んで引き受けた」は本当かどうか・・・

特攻第1号と最後の特攻の、この二人・・・
たまたま偶然だったのかどうかはわからないが、海軍兵学校同期で、宇佐航空隊での実用機教程を一緒に学んだ仲、しかも二人とも新婚早々の妻帯者で、同じ23歳で死んだという。
一人っ子とか、妻帯者とか、そういう人は特攻隊員には選ばないという話を聞いたことがあるのだが、妻帯者をわざわざご指名しているとは、どういうことだ?
裏に何かあるのか・・・戦後、やたらと美談に仕上げてしまっているのではないかと勘繰りたくなる。

当時はやむを得なかったかもしれないが・・・
関行男は、自ら志願したのかどうか・・・中津留達雄は終戦後にわざわざ死ぬ必要があったのだろうか・・・
そう考えると、読後感は最悪・・・気分が悪い。


今年の読書:14冊目

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読書 | 21:55:09 | Comments(0)
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