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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
59歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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残留日本人のシンポジウムに行く
今日は、“残留日本人”に関するシンポジウムがあるというので、上京することにした。
この“残留日本人”については、5月に、パネル展などがあって、それを見に行ってきた。
今回は、日本政府に日本国籍回復のための取り組みをしてくれるよう陳情するため、フィリピンから「代表団」が来日・・・
その報告としてのシンポジウムだとのことである。

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この訪日代表団のメンバーは、日系2世が3名、日系3世が1名、これにフィリピンの弁護士とフィリピン政府の司法省職員が加わった6名である。

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2世の寺岡カルロスさん(88歳)・・・
父親は山口県出身。
拙者も何度か行ったことのあるルソン島北部のバギオに住んでいたそうで、父親は1941年(昭和16年)に病死。
戦時中、兄はスパイ容疑で日本の憲兵に銃殺され、別の兄はフィリピンゲリラに殺害された。
母と弟と妹の1人を米軍の爆撃で失い、残ったのは本人と妹の2人・・・
二人は米軍の捕虜となり戦後、日本に送還されたが、日本国籍がないためフィリピンに戻ったという。
その後、木材業で成功をおさめ、バギオ日系人会理事長、フィリピン日系人連合会会長、在バギオ日本大使館名誉総領事などを歴任し、2003年(平成15年)に日本から旭日中綬章を受章しているそうである。

2世の木村恵美子さん(79歳)は・・・
父親は広島県出身。
戦時中に父親と生き別れとなり、戦後は迫害を避けるために日系人であることを隠し、フィリピン人の母親の姓に代えて生活したという。
本人は苦学の末、判事となり、現在はフィリピン日系人会の会長だそうで、今年、日本から旭日綬章を受章しているそうである。

2世の岩尾ホセフィナさん(82歳)・・・
父親は大分県出身で、パラワン島で建築業をしていたそうだが、兄弟は全員、幼少期に死亡。
父親は戦時中にフィリピン人に射殺され、本人は戦後まで山奥に隠れて生活していたという。
1980年頃(昭和55年頃)から日本大使館に父親の身元調査を依頼する手紙を何通も送ったが、身元が判明しなかったため「無国籍」のままだったらしい。
その後、日本のNPOの聞き取り調査を経て、2015年(平成27年)にようやく身元が判明し、現在は大分の家庭裁判所に就籍許可(日本の戸籍を取る)の申請中だという。

日系3世のイネス・マリャリさん(48歳)は・・・
祖父が鹿児島県出身の方で、拙者も何度も行ったことがあるミンダナオ島のダバオで饅頭商人をしていたという。
戦時中に米軍の爆撃を受けて祖父は死亡・・・・
子供達(2世)は日本名からフィリピン名に変えて戦後を生き抜いたという。
3世であるイネスさんは、現在、ミンダナオ国際大学の学長を務め、フィリピン日系人会連合会会長でもある。

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外務省が調査したフィリピン残留日本人のデータによると・・・・
残留日本人2世は3810名ほどいるという。
その中で、日本国籍を取得した人は1210名である。
問題は、身元は判明しているが日本国籍を取得できていない人が1707名いるという。(汗)
そのうち生存しているのは766名・・・・
この方は現在「無国籍者」となっている。
可哀想なのは、既に死亡されている941名である。
身元は判明して、“日本人の子”と確認されたが、日本国籍をもらえないままこの世を去っているのである。
そのほか、身元も分からず日本国籍も取得できていない人が893名もいるようだが、2世となれば、もう高齢者である。
いつお亡くなりになってもおかしくはない。
早く決着をつけさせてあげたいと思わずにはいられない。

シンポジウムは、日本人2世へのインタビューという形で始まったが・・・・
その内容は、すでに配布されている資料の内容と同じことを本人に聞くという“二度手間”・・・
インタビューをする、このNPOの代表の方(弁護士)は、資料が配布されていることを知らないのだろうか?
結局、資料に書いてあることと同じ話を聞いているうちに・・・時間切れ・・・(唖然)
どうせなら資料に書かれていない話を聞きたかったんだけど・・・
できれば、下手なインタビューより、本人たちに自由に語らせた方が良かったんじゃあるまいか?(汗)

続いて、フィリピン政府の司法省職員からの「報告」・・・・
この方は難民及び無国籍者保護課の保護官だそうで、フィリピン政府の取り組みについてご報告された。

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2016年に初めて日系人問題が表面化したらしい・・・
日本人移民の子孫の場合、フィリピン人の母と外国人(ここでは日本人)の父の間に生まれた嫡出子は成人までに国籍選択をしない場合、父方(ここでは日本人)の国籍を継承すると1935年のフィリピン憲法で定められていた。
問題は、日本人の母と日本人の父の間に生まれた「移民の子」であるが・・・(汗)
これもフィリピン憲法に則することになるのかな?
父親が戦時中に戦死、または行方不明となり、戦後の迫害を避けるため日本人である証拠を全て廃棄している場合、成人までに国籍の選択をするのは無理だろう・・・
山奥に隠れ住んだとなればなおさらである。
で・・・最初に現れた6人の「移民の子」を「無国籍」とフィリピン政府は認定したそうで、その後、最近は103名を「無国籍」と認定することになるだろうとのこと。
フィリピン政府としては、まず「無国籍」であることを認定した後、それでは、どうしますか?・・・という手順で進むらしい。

フィリピン政府としては2024年までに「無国籍者」がいなくなることを目標としているらしいが、なかなか難しいだろうなぁ~
これは日系人だけの問題ではなく、インドネシア人との間に生まれた子や、大昔からいる「海洋先住民族」も同様に「無国籍者」となっている可能性が高いからである。

フィリピンは「無国籍者の地位に関する条約」を2011年に批准したので、国連難民高等弁務官事務所と連携してやるようだが・・・
もう80歳を超したフィリピン語がペラペラな人が、実はフィリピン国民ではなく「無国籍者」だというのも、なかなか難しい話だという気がする。
日本政府から言ったら、日本語が話せない人に、そう簡単に日本国籍を与えるだろうか?(大汗)
現実にフィリピン国内で戦後ずっと生活してきたんだから、フィリピン国籍を与えればいいじゃないか・・・ということになるんじゃあるまいか?

さて、今回の陳情は、どんな様子だったのだろう?
と・・・思っていたのだが・・・時間切れで、その件に関しては何の報告もなく閉会となった・・・(唖然)
日本政府への陳情の報告を兼ねてのシンポジウムのはずだったと思うのだが・・・・
いったい、どこへ行ってどんな人に会って、どんな陳情をして、その反応はどうだったのだろう?
一言も語られぬまま終わった・・・・(唖然)
こうなると、ちょっと企画が、お粗末だったような気がする。(大汗)
かなり残念だった。
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日記 | 16:11:22 | Comments(0)
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