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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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『碧空』の碑
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碧空
鈴鹿海軍航空隊之跡

空澄み風爽やかな緑の大地と、豊かな稔りを誇るこゝ白子の地に、広く県民より白子の航空隊と親しまれた鈴鹿海軍航空隊は、昭和13年10月1日に開隊された。
当隊は、海軍機搭乗の偵察員養成の教育機関であり、こゝに全国より厳選された若冠20歳に満たざりし少年達が、明日の大空をめざして厳正な規律のもと、日夜精魂をかたむけし処なり。
秋あたかも大東亜戦争の戦雲流るゝや、祖国防衛の第一線に馳せ参じよくその任務を遂行せり。
また、戦局の進展により、併設された第二鈴鹿空の実戦部隊の活躍もめざましく隊史を飾るものであった。
しかし、戦局はわれに勝機を与えず一層苛烈の度を加え、出身者、隊員の大半はひたすら祖国の安泰を念じつゝ特攻の華となり征きて還らなかった。
いま、この地にたゝずみて血と汗の歴史を綴った悲喜こもごもの青春の日々を振返るとき、戦後30余年の間その姿を留めえたことは、隊員達にとって感無量にして加ふるに言葉なし。
そこで、かつての隊員、関係者相集いて亡き戦友の鎮魂と心からの餞けとして、この地に顕彰の碑「碧空」を建立、留別を記念するものなり。

昭和51年11月
鈴鹿海軍航空隊を偲ぶ会
隊員、遺族一同
関係者一同

(碑文より)


【三重県鈴鹿市南玉垣町3500番地3・鈴鹿医療科学大学白子キャンパス】

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史跡 | 17:49:48 | Comments(0)
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