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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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『陽明丸と800人の子供たち』


日本の読者の皆さまへ
     サンクトペテルブルクにて
     「『ウラルの子供たち』子孫の会」
     代表 オルガ・モルキナ

「陽明丸事績」関連年表

第1部 幻のカヤハラ船長探索記(北室南苑)

第1章 サンクトペテルブルクでの出会い
       90年前に起きた出来事
       ロシアの旅の本当の意味
       藁の中の針を探すようなもの
第2章 探索開始
       「陽明丸」と勝田銀次郎
       『評伝勝田銀次郎』
       「カヤハラ船長」の幻を見た
       もう一つの子供難民救済
       「日本船ヨウメイ丸の乗客たち」
       オルガへの電話
       船長らの名誉を取り戻す
       神戸の勝田家を訪ねる
       「船長探し」の記事掲載
       オルガの「まごころ」
       商船学校の卒業生名簿
       「愛しい幻の船長カヤハラさん・・・」
第3章 カヤハラ船長を発見!
       「外国航路の船長しようちゃった人やね」
       茅原船長の優しく温かい人柄
       船長のお墓参り
第4章 たった1冊の船長手記
       手記『露西亞小兒團輸送記』
       子供たちへの深い憐憫の情
第5章 人道の船「陽明丸」
       オルガの夢が現実に
       NPO「人道の船 陽明丸顕彰会」の創設

第2部 陽明丸大航海(一柳鵺)

第6章 革命の荒波をこえて
       首都ペトログラードの食糧難
       ウラルへの集団疎開
       チェコ軍団の武装蜂起
       争乱のウラルに取り残された子供たち
       底をついた食料費
       子供たちを探しに来た二人の父親
       米国赤十字の救助活動
       シベリア鉄道でウラジオストクへ
       中立国を経由して家族と文通
       救いの神「勝田銀次郎」
       魔法の船「陽明丸」
       初めての日本―室蘭市民と交流
       航海中も勉強する子供たち
       サンフランシスコでも大歓迎
       米国赤十字の決定に不満爆発
       ロシア系米国市民のプロパガンダ攻勢
       アレン隊長の説得
       悲しい事故
       航海中に亡くなった15歳の少女
       機雷が敷設された危険な海
第7章 ロシアの子供たちのその後
       ソビエト政府との交渉
       国境にかかる橋での引き渡し
       沈黙を守り続けた子供たち
第8章 航海中の陽明丸あれこれ
       大任を果たした陽明丸
       元の貨物船に戻された陽明丸
       「婚約破棄」に泣いた失意のロシア女性
       63名の陽明丸船員名簿
       アレン隊長からの礼状
第9章 陽明丸の4人の男たち
       義侠心と行動力の具現

ライリー・H・アレン―シベリア救護隊長
       800人の子供の命を救った決断
       真珠湾攻撃を報じた号外記事
茅原基治―日露米の架け橋
       叩き上げの苦労人
       赤十字活動への深い理解
ルドルフ・B・トイスラー―聖路加国際病院の創設者
       人道主義を自ら実践
       病院開設を思い立ち来日
勝田銀次郎―敬天愛人
       海の男のサクセス・ストーリー
       神戸市長を2期務める
古き良き時代の好漢たち

第10章 「陽明丸」七つの謎

【謎その1】
陽明丸の大航海に関する日本側の記録は船長の手記以外は何も残っていない。これは不自然さを通り越して、むしろ奇妙ではないか?
【謎その2】
なぜ都合よく絶妙なタイミングで陽明丸を用意できたのか?
【謎その3】
貨物船「陽明丸」は急きょ大改装されたが、その工事期間はわずか1カ月余。担当官庁の許認可があまりにもスムーズに得られたのはなぜか?
【謎その4】
陽明丸の船長が茅原基治であったのは偶然か?
【謎その5】
どこの船舶会社も敬遠したのに、なぜ勝田銀次郎だけが引き受けたのか?
【謎その6】
陽明丸ノ「ウラジオストク入港時、日米の軍当局の対応が異なったのはなぜか?
【謎その7】
なぜ日本がロシア子供難民の船舶輸送に関わったのか?

5人目の男? 石坂善次郎将軍

第3部 茅原船長の手記(茅原基治)

赤色革命余話
ロシア小児団輸送記
  小児団の由来
  輸送準備
  航路の選択
  ウラジオストク
  ウラジオストク―室蘭
  室蘭港
  室蘭―サンフランシスコ
  サンフランシスコ
  サンフランシスコ―パナマ
  パナマ運河
  パナマ―ニューヨーク
  ニューヨーク
  ニューヨーク―ブレスト
  ブレスト港
  ブレスト―キール運河
  キール運河
  キール―ヘルシングフォース
  ヘルシングフォース港
  コイビスト港

参考文献

おわりに



この「陽明丸」の事を知ったのは、確か7年ほど前の事である。
このブログに、そのことを書いたら関係者からご連絡を頂き、資料なども送っていただいたことがある。
が・・・なぜか、この本は読んでいなかった・・・(汗)
何で今までこの本に気が付かなかったのだろう?
というわけで・・・読んでみた・・・

今から100年ほど前、ロシア革命後の混乱から、親元から離れて避難した子供たちがいた。
が・・・この子供たちは、その後、親元に戻れなくなり難民化してしまった。
これを助けるため米国赤十字社が動いたが、実際に、この子供たちを運ぼうという人たちがいない。
米国政府自体も協力しないというのだから驚きである。
最終的に日本の船会社がこの“任務”を引き受け、800人の子供たちを運ぶことになっった。
太平洋と大西洋を横断し、機雷が漂うバルト海を通過して、親元に返すというのだから尋常ではない。
よく引き受けたものである。
子供たちは無事に親元に帰ることができたが、その時に助けてもらった子供の子孫が、この時の船長に感謝を伝えたいと船長探しを日本人の女性に頼んだことから、この物語は始まる。

こういう時に、難民の子供達を助けようとした米国赤十字社はもちろん大したものだと思うが・・・
誰も手を貸そうとしない中、この困難な“任務”を引き受けた日本の船会社や船長を始めとする乗組員も大したものだと思う。
1985年、イラン・イラク戦争中のテヘランに取り残された200人ほどの日本人救出に、何だかんだと理由をつけて尻込みして彼らを“見捨てた”JALとJALの労働組合とは大違いである。(大汗)
また、この時に助けてもらった子供たちの子孫の一人である女性が、船長さんに感謝したいと船長さんを探そうという熱意。
100年ほど前の雲をつかむような話の“船長さん”を探してくれと頼まれて、一生懸命に探した、本書の編著者の女性・・・
いやはや大したものだなぁ~と思う。
なんとも爽やかな気分を得る本だった。


今年の読書:6冊目

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読書 | 20:04:46 | Comments(0)
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