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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
59歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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カウラの戦没者情報のデータベース化
戦時中にオーストラリアで死亡し、カウラ市の「日本人墓地」に埋葬された旧日本軍兵士の捕虜や民間抑留者ら524人について、日本人研究者などのグループが、この埋葬されている人の氏名や出身地などの情報をデータベース化してインターネットで公開することになったという。

以前、私は、このオーストラリアのカウラ市にある日本人墓地を訪問したことがある。
500以上もある、お墓を一つ一つ見て回り、何枚か写真にも収めたが・・・・
時間切れで、すべてのお墓を丁寧にお参りする事ができなかった。
墓碑には埋葬者の氏名や死亡日、当時の年齢などが刻まれていた。
ここまで、分かっているのに、遺族に引き渡されることなく、ここに埋葬されているのかと不思議に思ったが・・・
どうも、ここに埋葬されていること自体を遺族が知らないようなのである。

その原因の一つとしては・・・
当時は捕虜になったことを恥じて実名ではなく「偽名」を使っていたに違いないということで、真剣に身元調査をしなかったからではないかという。
昭和33年ごろに英連邦側からオーストラリア内の遺骨や遺灰に関する資料が当時の厚生省に提供されている。
厚生省は、この資料などをもとに遺族を探す調査を実施したそうだが、実名が判明していた埋葬者の遺族に、何の連絡もなかった事例があったことが最近になって判明している。
「実名」を、どうせ「偽名」に決まっていると思い込んで真剣に調査しなかったのか・・・
よほどの怠け者の職員が担当したのか、その原因は不明だそうだ。(汗)

524人の埋葬者のうち、299人が捕虜となった軍人・軍属、31人がオーストラリアへの爆撃中に撃墜されて戦死した軍人、192人が民間人抑留者で、2名はどんな関係者か不明だという。
ただ、研究者の調査では、埋葬者の生前の尋問調査で、どうも本名を名乗っていた捕虜が多かったようだとのこと。
両親の名前や住所を番地まで答えているという。
それなのに遺族に連絡が届いていないとは・・・
日本本土も空襲に遭っているから、その時に一家全員が死亡した可能性も考えられないこともないが・・・

多くの捕虜が「実名」を答え、ただ「家族には捕虜になったことは伝えないで欲しい」と要望していたらしいことから、オーストラリア側が保存している埋葬者の尋問資料などの記録は“信憑性”があるということで、データベース化してネットで公開することになったらしい。
これらの情報公開で、ご遺族が知ることが出来たらいいなと思う。

今でも記憶に残っているのは・・・
墓所の一番端っこの隅にあった軍人たちの墓・・・
彼等はオーストラリアを爆撃中に撃墜されて戦死した搭乗員だったと思う。
空襲した部隊名を知るのは難しくないだろうから、遺族に遺骨を返すことは簡単ではないかと思っていたのだが・・・
終戦時に名簿を焼却してしまって、出身地の住所などが分からなくなってしまっていたのかも・・・
それと、中央から右側の・・・2列目あたりの左から2番目か3番目あたりにあったと思うのだが・・・
ある少年のお墓があったことを覚えている。
17歳だったかな?
多分、抑留者だったのだろうと思うけど、何で亡くなったのか・・・
可哀想だなぁ~と思ったことを覚えている。

今回のデータベース化でご遺族が、自分の家族にここに眠っていることを知ってもらえたら故人も浮かばれるだろうなぁ~と思う。
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エッセイ | 15:44:16 | Comments(0)
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