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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
59歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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フィリピン日本人サポート展に行く
明日は、年に一度の我が戦友会の永代神楽祭・・・
例年通りに前日に上京して前泊するが・・・
今回は、新宿で「フィリピン日系人」に関する展示会があると聞いて、早めに上京して見に行くことにした。

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戦前にフィリピンに移住した日本人と現地人との間に生まれた「日系2世」・・・・
昭和16年に日米開戦となりフィリピンも戦場となった。
この時に、現地の日本人や日系人は通訳や軍属となって日本軍に協力し、その中には命を落とした人も多かったという。
また、戦後、日本人移住者は強制的に日本に送還され、フィリピン人の母親と2世が取り残されたということも多かったらしい。
当時、日本もフィリピンも父親の血統で国籍を決めていたので、日本人の父親が戦死して孤児となった日系2世や父親が強制送還されて取り残された2世の中には、父親の国籍確認ができないため、無国籍となっている人も多いという。(大汗)
戦後、日本に対する敵意からイジメられることも多く、彼ら日系2世は、日本人であることを隠して生きたり、山奥に隠れ住んだりしていたそうである。
外務省の平成30年度の調査によれば、確認されているフィリピン在住の日系2世は3810人おり、そのうちの1210人が日本国籍を取得したが、今も1069人が無国籍状態になっているという。
それら日系2世に日本国籍を取得させてあげようということで、調査や日本国籍の取得に尽力しているのが、この展示会を開催している「NPO法人・フィリピン日系人リーガルサポートセンター(PNLSC)」だそうだ。

まさか、無国籍の人がいるとはねぇ~
そういう「忘れ去られている人たち」のことを、知って欲しいというのが今回の展示会だそうだ。
我が戦友会はフィリピンで戦った部隊の戦友会である。
縁があると言えばあるのでは?
事務局長の拙者としては、これは一度見学しておかねばなるまいと思ったわけである。

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開催場所は、新宿中央公園内にある「エコギャラリー新宿」という区民ギャラリー・・・・

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主としてパネル展示だが、戦前の貴重な写真も多く展示されていて非常に興味深かった。

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1941年(昭和16年)ごろのダバオ小学校の写真・・・・
ダバオは、フィリピンのミンダナオ島にある大きな町である。
何度か行ったことがあるが、この小学校がどこにあったのか、今はどうなっているのかは知らない・・・

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これは、ミンタル日本人小学校の運動会の写真・・・
1940年(昭和15年)ごろに撮影されたもの。
運動会で体育ダンスを披露する6年生と高等科の生徒たちだそうである。
ミンタルは、ミンダナオ島のダバオの近くの町で、ここには何度か行ったことがある。
当時の日本人小学校の建物は、もちろん今は無くなっているが、敷地は今も小学校として使われており、この小学校を訪問して子供たちと交流をしたことは、今でもいい思い出である。
当時、ここで日本人小学生たちも楽しく走り回っていたんだろうなぁ~と思った・・・
ダバオ小学校もそうだが、この写真に写っていた子供たちは、その後はどうなったのだろう?
知りたいような、知りたくないような複雑な気持ちである。

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この写真は、日本人移民で編成された「カリナン義勇隊」の記念写真・・・
1943年(昭和18年)に撮影されたものらしい。
このカリナンもミンダナオ島のダバオの中の町の一つで、二度ほど訪れたことがある。
が・・・義勇隊が編成されていたとは知らなかった。

この展示会では、写真等の展示の他にビデオの上映もしていた。
そのうちの1本・・・シスターテレジア海野という人の、生涯を記録したドキュメンタリーを見た。
この方は日本人修道女で、フィリピンに派遣されて生涯をフィリピンに捧げた人・・・
どうやら、この方が山奥に隠れ住んでいた日系2世などを見つけ出して、支援などをしたらしく、「ルソン島日系混血児の母」と言われていたそうである。
拙者は、この方にお会いしたことはない。
生まれて二度目にフィリピンに行った時、ルソン島北部のバギオという町にある、この方のお墓を訪れたことがある。
たまたま我が部隊が戦った戦場跡でもある「日本人墓地」を見に行った時、ガイドからシスター海野の話を聞いてお参りさせていただいた。
が・・・英語で説明されたこともあって、正直言って、どういう方か、よくわからなかったのである。
ただただ、素晴らしい人なんだ・・・ということだけだった。
今回、この方の生前の姿を追ったドキュメンタリーを見て、ようやく、どういうことをされてきた方なのかが分かった。
いやぁ~感動というか、なんというか・・・・思わず涙が出て来てしまうくらい感動した。
いつか機会があったら、今度は、きちんとお墓参りをしたいと思う。

スタッフや責任者の方と名刺交換をし・・・
我が戦友会の会員用に多数のリーフレットを頂く。
明日の永代神楽祭に参列する会員に配ってあげようと思う。
この会の会員になるならないは個人の判断に任せるとして、フィリピンでは、こういう人たちがいるのですよというのを知っておくのも大事ではなかろうかという気がするのである。
我が部隊の戦没者の慰霊を目的としている我々ではあるが、こういうのも何かの縁ということで・・・
大事にしたいと思う。
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日記 | 12:56:43 | Comments(0)
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