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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
59歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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塩原橋
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塩原橋の由来

塩原橋(しおばらばし)は関東大震災の復興事業の一つとして、昭和3年11月に架けられました。
当時は木橋でしたが、昭和29年3月、現在の鋼桁橋(こうげたばし)に架け替えられたものです。
橋名は江戸時代の末「本所には過ぎたるものが二つあり、津軽大名炭屋塩原」と謳われた塩原太助がこの辺りに住んでいたことから、それに因んで付けられたものです。
太助は上州(群馬県)沼田から江戸に出て薪炭(しんたん)商人として成功した人ですが、その立志伝は明治の初め、南二葉町(亀沢3丁目)に住んでいた三遊亭円朝によって人情話(にんじょうばなし)に仕立てられ、その後浪花節(なにわぶし)や演劇にもなりました。
歌舞伎の「塩原多助一代記」は明治25年に初演され、愛馬の別れで大変な評判をとったそうです。
天明元年(1781)当時、本所相生(あいおい)町(両国3丁目)に住んでいた太助が、亀戸天神に寄進した燈籠(とうろう)は今も境内に残っています。

平成4年3月
墨田区

(説明碑・銘板より)


【東京都墨田区両国】

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史跡 | 17:54:14 | Comments(0)
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