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■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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勝海舟居住の地
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勝海舟居住の地
~旗本岡野氏屋敷跡~
所在地 墨田区緑4丁目35番6号

勝海舟(麟太郎)は、文政6年(1823)に両国にあった父惟寅(これとら)の実家、男谷(おたに)氏の屋敷(現区立両国公園)で誕生しました。
その後、父母とともに本所の旗本屋敷を転々としましたが、天保2年(1831)頃ここにあった岡野氏の屋敷に落ち着き、10代後半までの多感な時期を過ごしたといわれています。
麟太郎は後に幕臣として出世を果たし、激動の時代に活躍の場を広げてゆきます。
麟太郎が世話になった岡野氏は、後北条氏の旧臣板部岡江雪(いたべおかこうせつ)を祖とする旗本で、文政9年12月の屋敷替を経て、同10年3月ごろ当地に移住していました。
家の経営費を捻出するための屋敷替であったようで、旧知行所に伝わる資料によれば、旧居を担保に数百両の金を用立て、代わりに旧居の半分ほどしかない屋敷に移住していたようです。
幕府創業期より続く由緒ある武家とはいえ、岡野氏の家計は大変逼迫(ひっぱく)していたのです。
このため、幕末維新の時代ともなれば家来を召し抱えるのも容易でなく、一人分の給与さえ支払えぬ事態に陥ります。
正月に餅をつく金さえなかったという貧しい下級旗本の家に生まれた麟太郎は、こうした武家凋落(ちょうらく)の厳しい時代に成長し、大志を抱いて力強く立身していったのです。

平成25年1月
墨田区教育委員会

(説明板より)


【東京都墨田区緑4-35-6】

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史跡 | 11:09:46 | Comments(0)
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