FC2ブログ
 
■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

■最近の記事
■月別アーカイブ

■カテゴリー
■FC2ブログランキング
■ブロとも申請フォーム
■最近のコメント
■小さな天気予報


-天気予報コム- -FC2-

■ブログ内検索

■リンク
■RSSフィード
■FC2カウンター

藤井さんがお亡くなりになっていた。(涙)
我が戦友会の会員である藤井さんの娘さんから突然のお電話・・・
直感だが・・・まさか・・・と思ったら案の定・・・
お父さんが6月1日にお亡くなりになっていて、四十九日の法要を終えたので連絡をしたという。(大汗)
6月に亡くなられていたんですか!(驚)
94歳だったという・・・
うちの親父が亡くなった年、喪中のハガキを送ったら、お線香を贈っていただいたので、何も知らず失礼しちゃったなぁ~と思ったのだが・・・
そのあたりを考慮したのだろう。
亡くなった直後に知らせたのでは、大阪まで来ることになったのでは申し訳ないという心遣いらしい・・・
そこで四十九日の法要を終えてから知らせてくれたようである。
申し訳なし・・・である。

藤井さんとは、10年前に一緒にフィリピンのミンダナオ島を旅行した仲だった。
藤井さんは海軍の少年兵だった。
17歳か18歳でフィリピンに派遣され、終戦後20歳になったと言っていた。
ちなみにお兄さんは我が部隊の陸軍の兵士としてルソン島で戦って生還した人・・・
復員後、兄弟そろってフィリピンで戦っていたことを知ったという。(笑)
そのお兄さんは「最後の一兵になるまで慰霊は続けなければならない」と言っていたそうだが、拙者が戦友会に関わる前にお亡くなりになったので、拙者はお会いしたことがない。
が・・・気持ちは同じである。
そういうこともあってか、名古屋で開催した慰霊祭の時に藤井さんから「あんた、フィリピンによく慰霊に行くんだって?今度、行くときについでに連れて行ってくれないかなぁ~」と言われた。
藤井さんは復員後、一度もフィリピンに行っていないという。

それから4年が経ってしまったある日・・・
我が祖父の部下たちの慰霊のためにルソン島に行くことを計画していた時に、突然、4年前のことを思い出した!(大汗)
しまった!・・・あれから4年も経っちゃった!(大汗)
急ぎ、藤井さんに連絡を取り、一緒にフィリピンに行く気があるかどうか確認・・・
ただ、ルソン島とミンダナオ島の両方行くのは日程と予算上、ちょっと無理なので・・・・
ここは藤井さんの「思い出を辿る旅」ということで、ミンダナオ島だけに行くことに急遽、予定を変更した。
「思い立ったが吉日」・・・である。
思い立って1ヶ月後に実行に移した。
あの旅行は、本当に楽しい旅行だった・・・
拙者にとっても、思い出深い「慰霊の旅」となった。

あれから、もう10年も経ってしまったのか・・・
あの時、ドタバタして旅行を実行したが、思い切って実行して本当に良かったと思う。
もしあの時、実行せず、今日を迎えていたら・・・大後悔である!(大汗)

旅行後、一度だけ、大坂のご自宅を訪問して、おしゃべりをしただけで、その後はお会いしていない・・・
今になって思えば、あと1~2回くらい顔を出せばよかったかなぁ~と思うが・・・
キリがないか・・・

藤井さんには、いい思い出をたくさんいただき感謝、感謝である。
ご冥福をお祈りする。
スポンサーサイト





日記 | 22:38:15 | Comments(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する