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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
59歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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筑西・羽黒神社
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下館初代城主水谷氏尊崇の神社
下羽黒神社
筑西市大町甲37番地

七羽黒神社の中心の神社。
文明10年(1478)水谷左近将監勝氏(みずのやさこんしょうげんかつうじ)初代が結城家より独立し、下館に築城。
3年後の文明13年(1481)尊崇する出羽国(山形県)羽黒大神を勧請した。
勝氏は、古式により下館城の鬼門の稲野辺村、風門の下岡崎村、病門の外塚村、天文の岡芹村に五つの羽黒神社を創建した。
その後、天文14年(1545)水谷政村(みずのやまさむら)(6代)が久下田に築城、鬼門にあたる大根田村と病門にあたる口戸村に羽黒神社を創建した。
世に七羽黒と呼ばれている。
羽黒神社は境内六千余坪、三十七石を寄進し、水谷家の武運長久、領民の安泰を祈願している。
水谷氏移封後も、松平、増山、黒田、石川等歴代藩主の尊崇篤く、享保13年(1728)黒田直邦(くろだなおくに)が本殿の大改修を行なった。
昭和5年6月郷社に列せられる「下館領内神社寺院附縁起旧跡」には、下羽黒山大権現、別当天台宗、正観院清瀧寺御朱印二十石、水谷伊勢守勝隆(みずのやいせのかみかつたか)、元和四年戊午(つちのえうま)年建立。
水野家之鎮守。
祭礼毎年10月14日より17日まで。
尚、平成14年本殿が茨城県文化財(建造物)に指定。

寄贈 下館商工会議所

(説明板より)


【茨城県筑西市大町甲37番地】

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史跡 | 19:56:56 | Comments(0)
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