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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
59歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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鳥取鉄道高架記念之碑
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鳥取鉄道高架記念之碑

 鳥取鉄道の高架が完成し2年数か月、駅を中心とした人の流れもかわり、駅南にビルも林立しだした。
これから駅南が大きく発展するであろう。
駅高架に併せ実施された駅前の区画整理も本年3月完成し、近代的な美しい街に生まれかわった。
その一部として整備されたこの公園もその名を高架記念公園とした。
そこでこの世紀の大事業である鉄道高架を記念し、ここに碑を建立することとした。
 わが鳥取は今から約360年前藩主池田光政により城下町として築造されたが、明治41年に始めて鉄道が敷設され、駅は田圃に囲まれていた。
しかし、北は久松山で市街地は漸次南へと発展した。
特に、昭和27年の大火災後は駅南へ工場の移転を図るなど急速に南へ都市化が進んだ。
しかし、東西に走る鉄道がその大きな障害となった。
 そこで、鉄道を高架にすべきだという考えは識者の間に根強くあったが、それをどう実現するか誰にも具体策はなかった。
しかし、時の知事石破二朗氏は専門家の意見も徴し、大火災に焼け残った駅前の改造と併せ鉄道の高架を実施すべきだとの画期的構想を固めた。
知事は鳥取市へその意向を打診し、前市長高田勇氏も賛同し、昭和42年に知事、市長を正副会長とする鳥取駅高架促進期成同盟会が発足し、県、市あげてその実現に努めた。
その間、前知事石破二朗氏が国の採択を得るため払われた筆舌に尽くしがたい努力については今でも語り草となっている。
勿論この大事業は一個人の力でできるものではない。
多数の市民の協力の賜であるが、石破氏の秀でた指導力によるところが大きかったことは銘記されるべきである。
 鉄道の高架は昭和54年11月完成し、駅前の区画整理は56年3月完成した。
高架になった豪華な駅、緑豊かな広場、近代的ビル街。
素晴らしいの一語に尽きる。
 今後、我々は美しい自然を生かし、調和した近代都市である20万都市を目指し努力しなくてはならない。

昭和56年6月
    鳥取市長 金田裕夫 記

(碑文より)


【鳥取県鳥取市永楽温泉町701・高架記念公園】


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史跡 | 20:46:32 | Comments(0)
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