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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
59歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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『トルコ軍艦エルトゥールル号の海難』


日本の読者へ
   オメル・エルトゥール 2015年9月 日本・大阪にて

謝辞
   オメル・エルトゥール 2014年6月27日 カリフォルニア・サンフランシスコ

プロローグ 1933年4月

日本、串本
   穏やかな記憶
トルコ イスタンブール
   辛い思い出

終わりの始まり 1890年9月16日

日本 東京
   外交審議会
オスマン帝国 コンスタンティノープル
   期待の迷宮
   金角湾の異教徒
   ガラタの謀(はかりごと)
   波立つ胸騒ぎ
日本 大島
   樫野崎灯台
日本 熊野灘
   のたうつ巡洋艦

難航の始まり 1889年1月~7月

オスマン帝国 コンスタンテノープル
   日本派遣外交使節
   ガラタの陰謀
   すべては家族のなか
   トカットル・コーヒーハウスに渦巻くウワサ話
   海軍学校の興奮
   苦しい試航
   エルトゥールル号の華々しい出航


コンスタンティノープルから横浜へ
1889年7月14日~1890年6月7日

ガリポリからスエズ
   マルマリスでの儀式
   スエズ運河:悪意のある企み
   ボンベイ:熱烈な歓迎
   艦首の奇妙な亀裂
   コロンボ:重要な挨拶
   詩人の不幸
   コンスタンティノープル:動揺するパシャ大将
   シンガポールでの長逗留
   サイゴン再訪
   日本:天皇との夕食と区長との会合
   航海で学んだ厳しい教訓
   香港で待ち受けていた知らせ
   思いもよらなかった福州への寄港
   日出づる国に足を踏み入れる

日本での日々 1890年6月7日~9月15日

東京
   天皇の歓迎
   コレラ感染
   長浦でのおぞましい日々
   さらば検疫隔離
   さよなら横浜
   嵐に翻弄される巡洋艦

蠱惑する船甲羅の精 1890年9月16日

熊野灘
   波、風、高潮そして得体しれずの逆流
   過誤と誤算による苦境
   船甲羅の海の精
大島
   船甲羅の入り江で
   樫野崎灯台
   樫野村
   大島村
   大龍寺
東京
   悲しみの外交会議
ロンドン
   甥が叔父を訪問する
コンスタンティノープル
   絶望の苦境
   金角湾を覆う心の動揺
   ペラでの沈鬱な握手
   複雑な黙認
   余波

エピローグ 1933年6月

トルコ イスタンブール
   悲しい別れ
日本 大島
   記憶の道を辿って

参考資料
 ●書籍、記事、論文等
 ●新聞(1890年6月から1891年1月)
 ●ドキュメンタリー番組

訳者あとがき


トルコが親日的であると言われる、一つの理由が、トルコ海軍の軍艦・エルトゥールル号の遭難事故だという。
この時の日本側の献身的な救助活動が両国の関係を良好せしめたといってよい。
私は、この件についてはザックリとしか知らなかったので・・・
このエルトゥールル号の遭難事故について、もっと詳しく知りたいと思い、偶然、古書店で見かけた本書を購入した。

で・・・この本・・・歴史小説なのである。
どうも史実としての資料があまり現存していないらしい。
そういうわけで、事実と事実の間の空白部分を創作で埋めることになる。
それが歴史小説というものだそうだ。
となると・・・
本書に書かれている、どの部分が事実(史実)で、どの部分が創作なのだろう?
あまり、そういう目で読むと、小説が面白くなくなってしまうだろうが・・・
ついつい、やってしまうのである。

史実から大きく逸脱はしていないものと信じて読み進める。
あくまでも小説であるが、さらにエルトゥールル号の遭難事故について知ることが出来たので満足。(笑)

著者は1944年生まれのトルコ人・・・
アメリカの大学を卒業し、博士号も取り、大学で教鞭も取っていた人で、国連の職員として世界各地で活動していた人。
本職の小説家というわけではなさそうだが、本書の前に既に4冊もの小説を世に出している。
国連で活動していた経験からか、当時の国際情勢などの記述は、なるほどねぇ~というもの。
地政学や国際関係の勉強にもなるんじゃなかろうか?(笑)

本書の翻訳には3人の日本人が当たっている。
その翻訳で秀逸というか面白いというか変わっているというか、日本人の会話部分は和歌山の串本の方言で書かれているのである。
こうなると、方言の勉強にもなるか?(笑)
逆に、英語ではどう書かれていたんだろう?・・・と興味が湧く・・・

こういう翻訳のおかげもあり、面白い歴史小説に仕上がっていると思う。


今年の読書:30冊目

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読書 | 00:12:28 | Comments(0)
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