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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
59歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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鳥取を散策
今日は、午後2時から法人会の全国大会の式典がある。
我が会からは会長、広報委員長、常任理事の3名が飛行機で鳥取入りをし、会場で合流する予定。
で・・・・単独で前泊している拙者は、午前中、時間があるので、少し町を散策することにした。

270_convert_20190427211306.jpg(JR鳥取駅)

鳥取駅って、こんな駅舎だったっけ?
鳥取には今から14年前・・・平成16年11月に一度だけ来たことがある。
この時は、同じ法人会の青年部の全国大会が鳥取で開催され、それに参加するため来たのである。
が・・・記憶が・・・ない!(大笑)
こんな駅だったかなぁ~・・・・である。(苦笑)

鳥取駅から、徒歩でテクテクと式典会場へ向かうことにする。

272_convert_20190427212434.jpg 273_convert_20190427212504.jpg

途中で、「荒木神社」という社を見つけた。
この「荒木神社」は「神道黒住教 鳥取大教会所」の中にある。
黒住教とは、珍しい名前の宗教である。
で・・・・ここに荒木又右衛門の屋敷があったらしい。
そういうわけで、「荒木神社」という社がここに設けられたらしい。
へぇ~・・・である。

後発組から午前11時過ぎごろに、鳥取空港に到着したと携帯電話に連絡が入った。
とりあえず、一安心である。
以前、徳島での全国大会の時は、広報委員長が飛行機に乗り遅れたため大遅刻となったことがあった。(大笑)
その時は、当会からの参加者は、委員長と拙者の2人だけ。
拙者は会場で無事に合流できるかどうかと冷や汗をかきながら待つ羽目になったので・・・(苦笑)
まさか今回も・・・と内心、心配していたのだが、無事に到着したらしいのでホッとした。(笑)

商店街をテクテクと歩くが・・・まったく記憶にない・・・(涙)
14年前に来た時も歩いたと思うのだが・・・もしかしたらタクシーで移動したのかなぁ~
それで記憶にないのだろうか?
まもなくお昼なので、早めに商店街の蕎麦屋で昼食をとる。

今日も天気が悪い・・・小雨が断続的に降る。
食後、再び会場に向かって傘をさして歩いていたら、どこからか拙者の名を呼ぶ声が・・・(驚)
ふと、声のする車道のほうに目をやったら、タクシーの窓から手を振る人が・・・
ゲゲッ!広報委員長!(驚)
しかも会場とは反対方向に向かって走っている・・・(唖然)
早速、携帯電話で連絡を取り合う。
こういう時って、携帯電話は便利である。
「なんで逆方向に走ってるんですか?」
「まだ時間があるでしょ?・・・今から昼飯を食べに行くから・・・じゃぁねぇ~!」とのこと。(苦笑)
それにしても、タクシーの中から、よく拙者を見つけたよなぁ~
傘をさして歩道を歩いているんだから顔なんか見えないと思うのだが・・・
それとも、傘をさしていても、そんなに拙者は目立つのか?(苦笑)

277_convert_20190427213339.jpg(とりぎん文化会館)

全国大会の式典会場は「とりぎん文化会館」・・・・
14年前の式典も、ここで開催されたことは覚えているが、その時は「県民文化会館」って言ってたような気がする・・・
14年の間に名前が変わってしまったらしい。

この会館の道路を挟んだ反対側に「鳥取敬愛高等学校」というのがある。
ここに「吉田貞先生」のレリーフの碑と石碑が建っていた。

278_convert_20190427220516.jpg

この吉田貞さんという女性は、明治生まれの教育者で、女子教育に尽力し、裁縫女学校を設立した方だそうで、その学校が現在の「鳥取敬愛高等学校」となっているらしい。
この学校は基本的には今でも女子校のようだが、普通科の特別進学コースだけは男女共学らしい。
う~ん・・・男子生徒の数が何人なのかは知らないが・・・男としては、ちょっと通い辛そうな・・・(苦笑)

受付時間には、まだまだ早いが、念のため「とりぎん文化会館」に立ち寄ってみる。
ここは鳥取藩の藩校「尚徳館」があった場所だそうで、文化会館の隣りの県立図書館のところに石碑が建っている。

286_convert_20190427222623.jpg(尚徳館記碑)

この図書館、正確には県立公文書館の建物の脇に銅像があった。
「岸本辰雄先生」という方の胸像で、江戸時代の嘉永4年に生まれ明治45年に亡くなられた方。
明治法律学校、すなわち現在の明治大学の創始者だそうだ。
あれ?・・・14年前に、ここに銅像なんてあったかなぁ~
銅像好きの拙者が見落とすわけはないはずなのだが・・・記憶にない・・・(大汗)

288_convert_20190427223000.jpg(岸本辰雄先生像)

この県立公文書館の敷地の角に武家門がある。
これは、14年前に来た時に写真に撮ったことを覚えている。(苦笑)
ん?・・・こうなると、拙者は、まだらボケか?(大笑)

298_convert_20190427224144.jpg(箕浦家武家門)

まだ時間に余裕があるので、鳥取城の方へ雨の中歩いてみることにした。
途中、神社脇の小さな緑地公園内に石碑を見つけた。

301_convert_20190427230228.jpg(因伯新道紀功碑)

この碑は、説明板によれば、明治になって「鳥取県」となった時の道路整備事業を記念して建てられたものらしい。

更に、鳥取城に向かって歩くと・・・
吉川経家の銅像がある。
14年前に、この銅像の写真を撮ったが、あまり写りが良くなかったので、再度写真を撮ろうと思っていたのだが・・・
生憎の天気のおかげで、前回以上に良い写真が撮れなかった・・・(大涙)
ガッカリである・・・・

302_convert_20190428142220.jpg 306_convert_20190428142259.jpg

ここを真直ぐ行くと、「大手登城路跡」にある「擬宝珠(ぎぼし)橋」に行きつく。
14年前に来た時は、何ということのないコンクリートの橋だったような記憶があるが・・・
復元事業の一つとして、木製の橋に架け替えられていた。
で・・・今月の8日に完成して、「渡り初め」が行われたと、地元の新聞に載っていた。
つい3日前に完成した橋!(大喜)
グッドタイミングで見学できた!

325_convert_20190428143540.jpg 320_convert_20190428143506.jpg

この橋の復元を皮切りに「大手登城路」の復元整備が行われるのではないかと思う。
橋を渡った先には城の大手門である「中ノ御門」、そこを通って更に奥に鳥取城最大の門である「太鼓御門」を復元することになるのかな?
でも、手前の橋を最初に木製の橋に架け替えちゃったのでは、門を復元する時の資材の搬入に支障が出るのではあるまいか?(苦笑)
奥の方から復元して行って、最後に、コンクリート製の橋を壊して木製の橋にしたほうが良かったのではなかろうか?
などと・・・余計な心配をする・・・・(大笑)
ちゃんと、そのあたりのことは考えてやっているのだろうから、素人が心配することはないのだろうが・・・(苦笑)
最終的に二之丸の三階櫓まで復元出来たらすごいだろうなぁ~
10年後くらいに再び鳥取に来るようかな?
いやぁ~ワクワクする・・・・
いいなぁ~こういうお城がある町って・・・我が町にはないからなぁ~(涙)
うらやましい・・・(笑)

そろそろ受け付け開始の時間となるので、「とりぎん文化会館」へ戻ることにする。
14年ぶりに再び鳥取城跡に登りたい気もしたが・・・・
雨の中を歩いたんじゃ靴が泥だらけになるので諦めた・・・(大笑)
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旅行 | 10:23:18 | Comments(0)
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