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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
59歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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『二・ニ六事件 七月十二日の記録』
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二・二六事件
七月十二日の記録

発行日 昭和36年7月10日
編集者 河野 司
非売品

まえがき

刑死者名簿

2・26事件 獄中の記録
     塚本定吉 (当時の東京陸軍刑務所長)

まえがき
入所
看守を動員
面会―手記などの持出しもあったのは事実だ―
刑務所長の見た首脳者の挙措
   村中孝次
   安藤輝三
   北 輝次郎
   西田 税
   磯部浅一
   香田清貞 外3名
   安田 優
   栗原安秀
死刑場決定のいきさつ
   刑場の人員と内外の警戒(15名執行の時)
   健康診断、教誨等の実施
   刑場、刑架その他刑場用品の準備
銃殺執行の状況
   感嘆した皆の態度
   刑架前での発言
   誤解された発射弾数
問題となった死体の処置

関係者の見た死刑執行の状況

(1)処刑指揮官として  山之口 甫
(2)看守の見た  林 昌次

在獄同志の所懐と想出

1.獄中十五士を憶う  村中孝次
2.獄中日記  磯部浅一
3.七月十二日の想出  中島清治

遺体引取りの記
     栗原 勇

その後の七月十二日
     河野 司

昭和27年7月12日のこと
二十二霊合同埋葬建碑について

編集後記


本書は、古書店から取り寄せた小冊子。
昭和36年に河野司さんが編集したもの。
7月12日は、2・26事件の首謀者である青年将校が処刑された日である。
その処刑について書かれたもので、かなり貴重な資料だと思う。
特に刑務所長の手記は貴重だと思う。

2・26事件の関係者の処刑には私の祖父も関わっていたと祖父から聞いたことがある。
当時、留守第1師団の副官として、処刑の準備と遺体の引き渡しをしたと言っていた。
で・・・本書に祖父の事が書かれているのではあるまいかと思い買い求めたのだが・・・
残念ながら、師団副官については全く書かれていない。(大汗)
もし処刑に関わっていたのなら一行くらい「師団副官」という文字が出てきてもいいと思うのだが・・・
となると・・・祖父が関わっていたのは、この後の、8月19日に行なわれた北一輝や西田税らの処刑の時だったのだろうか?
しかし、民間人の処刑に師団副官が関わるというのは、ちょっと考えられないのだが・・・

師団副官は完全な裏方ということで名前が出てこないのだろうか?
青年将校を銃殺する銃手の一人に、私の大学時代の恩師がいた。
当時、騎兵少尉だったと思う。
祖父が師団副官に転出する前に同じ騎兵連隊の将校団仲間で、祖父とは顔見知りである。
20数年ぶりに先生に再開した時、当時の事をお尋ねしたかったのだが、「又の機会にゆっくりと・・・」と延期したのが失敗・・・
次に会う直前にお亡くなりになってしまったのである。(涙)
すでに祖父はこの世におらず、最後の”証人”である恩師もこの世を去ってしまい、祖父の行動の実態は永遠の謎となってしまった・・・(大泣)

2・26事件関係資料は、だいたい蹶起将校についての話などが中心となるものがほとんど。
本書は、その周辺の方(関係者)の貴重な手記などが掲載されているので、祖父について書かれていなくても、それなりに興味深く読ませてもらった。
当時の刑務所の配置図(処刑場の位置など)も貴重な資料であるし、驚いたことに、処刑場の様子が隠し撮りされていて、唯一の写真とのこと。
撮影したのは「某騎兵少尉」とある。(汗)
まさか・・・我が恩師か?(苦笑)
もし、今もお元気でおられたら恩師に尋ねてみたい貴重な写真である。
本書と出会ったのが遅すぎた・・・・


今年の読書:28冊目

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読書 | 22:36:36 | Comments(0)
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