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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
58歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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赤穂城二之丸門跡
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二之丸門跡

ここは赤穂城二之丸門のあった場所である。
浅野長直に仕えて赤穂に滞在していた軍学者山鹿素行(やまがそこう)が、築城工事中の承応2年(1653)、この門周辺の縄張りの一部を変更したことで知られている。

赤穂城二之丸の面積は1万7159坪であった。
二之丸門は櫓門で、桁行4間半、梁行2間、口幅3間1歩、高さ2間、建坪9坪という規模であった。

また、文久2年(1862)12月9日に、赤穂藩主森家の国家老森主税(ちから)が、藩政に対して意見の異なる藩士たちに暗殺されたのがこの付近である。
いわゆる「文久事件」である。
この事件は、明治4年(1871)2月に和歌山県高野山で起こった「高野(こうや)の仇討ち」の導火線ともなった。

ここに置かれている半畳ほどの2つの大きな石は、小石を持って叩くと、「かんかん」という音をたてることから、誰言うとなく「かんかん石」と呼ばれている。

赤穂義士会

(説明板より)


【兵庫県赤穂市・赤穂城二之丸跡】

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史跡 | 13:39:18 | Comments(0)
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