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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
59歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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赤穂を散策!(その2)
大石神社を出て、ようやく赤穂城を“攻める”・・・(笑)

154_convert_20190415141344.jpg(二の丸門跡)

二の丸門跡の近くに、山鹿素行の銅像が建っている。
銅像好きの拙者としては、実は、この銅像がお目当て・・・(笑)

165_convert_20190415141932.jpg

が・・・なんと、台座の方が大きくて、肝心の山鹿素行先生の姿がよく見えない・・・(大汗)
どうも学者さんの銅像というのは座像が多い。
やはり座っている姿の方が学者らしいということなのだろうが、こう高い位置にあると、近づいた時に見上げることになるわけで・・・そうなると顔しか見えないということになるのである。(涙)
天気の悪さも手伝って、写真撮影に苦労する。(涙)
ただ、素晴らしいのは、台座に嵌められた碑文について、漢文で書かれた碑文と、その書き下し文を書いた説明板が設置されていたこと!(大喜)
これは、すばらしい!
こういう銅像で、碑文や書き下し文の説明板を設置しているところは、日本全国でも珍しいと思う。
是非とも他の地域でも真似してもらいたいものだ。

その先に「二の丸庭園」があった。
その当時は、ひょうたん型の広大な回遊式公園だったらしい。
現在は「旧赤穂城庭園」として国の名勝に指定され、平成14年から復元整備をしているらしい。

179_convert_20190415143410.jpg(二の丸庭園)

この庭園のすぐ隣に復元された赤穂城本丸門がある。
当時の門は明治10年代後半に取り壊されたそうで、平成8年に復元された。

183_convert_20190415143949.jpg(復元された本丸門)

189_convert_20190415144534.jpg
(復元された本丸門を本丸の内側から見る)

本丸門を抜けると、そこは本丸・・・(当たり前だけど・・・笑)
本丸には御殿、番所、倉庫等の建物と天守台、池泉などがあったらいい。
で・・・御殿は・・・
その跡にコンクリートの板が載せられているようで、座敷などの間仕切りなどが表示されていた。
たぶん、このコンクリートの下に当時の礎石などが並んでいるのではなかろうか?
今ブームの本丸御殿の復元が出来たら面白いだろうなぁ~と思う。

194_convert_20190415151211.jpg(御殿跡)

199_convert_20190415151445.jpg(本丸庭園・大池泉)

211_convert_20190415151714.jpg(天守台)

赤穂城は天守台は築いたが天守閣というのは作られなかったという。
ん?・・・なんでだろう?(苦笑)
ここまで石を運んで築いたのに・・・この天守台、無駄になっちゃったわけ?
資金と労力が無駄?
もったいない・・・・(苦笑)

202_convert_20190415152218.jpg(天守台の頂上からみた池泉)

203_convert_20190415152242.jpg(天守台の頂上からみた御殿跡)

時刻は午後1時過ぎ・・・・
ここからテクテクと20分ほどかけて花岳寺に向かう。

217_convert_20190415152700.jpg(花岳寺)

221_convert_20190415163948.jpg(二代目 大石なごりの松)

山門をくぐって入ると、すぐ目の前に大きな松が・・・
「二代目 大石なごりの松」と石柱に刻まれていた。
揮毫は陸軍大将・林銑十郎である。

このお寺は藩主浅野家の菩提寺である。
ここには義士墓所や義士宝物館、義士木像堂などがあり、拝観料を支払って見学する。

228_convert_20190416000128.jpg(義士墓所)

ん?・・・東京の泉岳寺にも義士のお墓があったと思うが・・・
どうも、こちらのお墓は遺髪墓らしい。

義士木像堂には千手観音像があった。
千手観音は大石家の守り本尊だそうだ。
あらら・・・確か子年生まれの拙者の守り本尊も「千手観音」である。
何という縁か・・・(驚)

ここには「大石家先祖の墓」、「義士家族の墓」、「浅野家三代の墓」、浅野家断絶後の赤穂城主である「森家の墓所」などもある。

一通り、ササッと拝観して、拝観受付兼売店で、受付のおばさんとおしゃべり・・・
ついでにちょっとした資料を購入・・・

と・・・境内に「雨情の歌碑」がある!(驚)
まさかの野口雨情!
何でここに碑が建っているんだろう?
受付のおばさんに尋ねたら、昭和11年に野口雨情がこの寺に来たそうで、そこで歌を詠んだという。
へぇ~・・・である。
昭和11年は拙者の母が生まれた年・・・
で・・・母は雨情の親戚・・・(笑)
ということは・・・拙者は雨情の親戚でもあるわけで・・・
雨情のお孫さんに「私は遠い親戚ですよね?」と言ったら「なに言ってるの、それほど遠くないでしょ!」と笑われたことがある。
ということで・・・それからは、拙者は雨情の親戚でもある・・・と名乗ることがある。(大笑)
受付のおばさんに、そういう話をしたら驚かれた。(笑)
それにしても、母が生まれた年に来ていたとはねぇ~
で・・・そこへ拙者が何も知らず訪れるとはねぇ~・・・・奇遇である。(笑)
しばし、おばさんと雨情の詠んだ詩の話で盛り上がる。(嬉)

244_convert_20190416002422.jpg(雨情の詩碑)

時刻は午後2時を過ぎた・・・
受付のおばさんに別れを告げて駅に向かう。

赤穂には、民俗資料館や歴史博物館もある。
博物館好きの拙者としては見学したい気持ちは山々なれど・・・
15:07発の電車に乗らねばならぬ。
やっぱり、もう1泊しないと見切れなかったか・・・(涙)
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旅行 | 13:08:13 | Comments(0)
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