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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
59歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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『英傑の日本史 西郷隆盛・維新編』


第1章 薩摩隼人のルーツ
弥生人が縄文人を征服
「縄文系」と「弥生系」の分類
稲作強要に怒った隼人
愛嬌ある朝廷のガードマン
コロンブスの功罪
飢餓を救った奇跡のカライモ
寒冷地でも育つ旨い米
歴史を見るにあたってのコツ
日本史を動かしたカライモパワー

第2章 名門・島津家の誕生
島津家の家系伝説
「われわれは源頼朝公の子孫である」
いかにもありそうな落胤説
「中央の歴史」VS.「島津家の歴史」
「島津」名乗った忠久の野望
薩摩藩士のプライド
元寇の目的は硫黄
なぜ日本はモンゴル軍に勝てたのか
幕府を弱めた相続法
「尊氏復活」支えた貞久

第3章 戦国大名・島津の台頭
幕府の海外貿易の代理店
キリスト教&鉄砲の上陸都市
中国人海賊なのに「倭寇」
種子島から島津に渡った鉄砲
海外貿易に目をつけた貴久の先見性
劇薬となりうるキリスト教との距離感
暗躍する将軍義昭が「宗麟を討て」
島津の「釣り野伏」戦術に大友軍大敗
龍造寺軍に奇跡の勝利
島津軍VS.豊臣軍の激闘
最後まで秀吉に逆らった島津歳久

第4章 家康が恐れた東アジア最強軍
秀吉が仕掛けたお家分断の罠
朝鮮で20万の明・朝鮮連合軍を撃破
島津家史上最大の反乱勃発
関ヶ原の命運をわけた家康の陰謀
なぜ島津は家康の恩を仇で返したのか
西軍の前で孤立した義弘
進退窮まり西軍に味方
非武装中立という矛盾
「中立」保った義弘の心情
死ぬまで戦う究極戦法「捨て奸」
無傷の島津本軍を恐れた家康

第5章 琉球王国征服計画
家康に気に入られ忠恒から家久に
家康はなぜ琉球征服を考えたのか
商売を悪とみなした朱子学の影響
国王だけができた勘合貿易
朝貢貿易の建前と抜け穴
実質100歳まで生きたバケモノ家康
明に見捨てられた琉球王国
危機管理に長けた家康
忘れ去られた貿易利権

第6章 亡国の朱子学
歴史理解に不可欠な朱子学の知識
田沼政治はなぜ「改革」と呼ばれないのか
朱子学信奉者にとって田沼は極悪人
中国史上最大の事件・靖康の変
朱子学が国を滅ぼす

第7章 「近思録崩れ」と「お由羅騒動」
徳川の仮想敵国から将軍家親族へ
将軍の舅に「昇格」した重豪
「蘭癖大名」と陰口をたたかれた重豪
息子斉宣は父と正反対の朱子学信奉者
隠居の重豪が逆クーデター
「近思録崩れ」の真相
借金500万両の財政破綻
正室腹の兄・斉彬VS.側室腹の弟・久光
お由羅騒動にゆれる斉彬派
ようやく藩主の座を獲得した斉彬

第8章 島津斉彬と西郷隆盛の日本改革
藩主3年目にペリーの黒船来航
天璋院篤姫の嫁入り
西郷隆盛は斉彬直属の情報機関長へ大出世
大老・井伊直弼という強敵
国家の一大事に小学生の将軍
直弼から見た「安政の大獄」
徳川家しか視野になかった直弼
斉彬の壮大な日本改革プラン
斉彬暗殺説の根拠

第9章 奄美流罪と西郷待望論
西郷の絶望、近代改革の壊滅
命の恩人・月照の危機
錦江湾に2人で入水自殺
「せごどん」の心残り
奄美左遷がなければ、歴史から消えていた西郷
政治の天才・大久保が復帰工作
久光を操り始めた大久保
「桜田門外の変」と薩摩
幕府権威失墜と公武合体
朱子学の「副作用」という家康の誤算

第10章 大西郷の敬天愛人
「坂下門外の変」後、3年ぶりに西郷復活
主君久光を「田舎者」と侮辱
極めて純粋、悪く言えば子供
沖永良部島への流罪処分
島役人の機転で危機脱出
久光の幕府改造計画
第一次寺田屋事件の内幕
薩英戦争で再び西郷復帰
朱子学中毒の長州が攘夷強行
西郷が長州征伐の総参謀に
長州を滅ぼす断固たる決意

第11章 倒幕と最期の奉公
勝海舟の提言で覚醒
薩長同盟を阻む最大の障害
徳川慶喜と島津久光の確執
日本を救った慶喜の愚行
竜馬の仲介で薩長同盟成立
「倒幕の密勅」の裏側
西郷、生涯唯一の大陰謀
錦の御旗に敵前逃亡した慶喜
西郷と勝の阿吽の呼吸
死処を求めた西南戦争

関連年表


以前読んだ、同じ著者の『動乱の日本史』同様、面白い視点からの興味深い話が満載である。
なかなか楽しく読ませてもらった。


今年の読書:21冊目

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読書 | 21:15:47 | Comments(0)
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