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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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『二・二六事件秘話 同期の雪 林八郎少尉の青春』


   山本春一(テレビ高知取締役)

第1章 雪の朝

第2章 陸軍幼年学校時代(13歳~16歳)

林との出会い
一同期生の思い出の記
       林八郎兄を憶う   山口 立
   (1)天真爛漫、腕白、胆力の人
   (2)負けず嫌い
   (3)陸士本科の林
   (4)初年兵教育時代の檄文
   (5)事件発生と東京出動
当時の陸軍幼年学校というところ
幼年学校の起源
皇室の御殊遇(しゅぐう)
幼年学校の教育について
日常の生徒学校生活のさまざま
   (1)授業時間を20分かせいで喜んだ話
   (2)標本を変えて教官から一本とった話
   (3)仮病を見破られた話
   (4)号令調整
   (5)冷水浴
   (6)林八郎体操で気絶すること
   (7)剣道にも励んだこと
   (8)腹痛は行軍で治すこと
   (9)名士訪問
宗教と哲学と先輩
   (1)新興宗教に凝ったこと
   (2)哲学の勉強に移る
       常識と哲学と現実の生
   (3)良き先輩に恵まれたこと
       ―北渡瀬敦さんと山本春一さん―
       昭和4年3月17日の日記の一部(30期生卒業式の前日)
       北渡瀬さんからの手紙(1)(昭和4年、北さん陸士予科1年)
       北渡瀬さんからの手紙(2)
       山本春一さんが後輩に与うるの書

第3章 陸軍士官学校予科時代(16歳~18歳)

時代背景
予科の生活
   (1)林大八将軍の戦死と辻政信中尉
   (2)ジャンクのこと
   (3)酒に強くなったこと
区隊長および同期生の見た林
   ◎松本区隊長
   ◎木村敏男
   ◎飯田正明
   ◎川田一郎
   ◎古木秀策(在松山。手記)
   <徳川家康論>  林 八郎
国家革新問題に取り組む

第4章 陸軍士官学校本科時代(18歳~20歳)

同志活動
修行道場をつくる
十一月二十日事件(士官学校事件)
同期生会の結成

第5章 林大八将軍

       林八郎の手紙(父について)
林家の血筋
大八将軍の生涯
       噫軍神 林聯隊長 序文   永田鉄山
大八将軍の経歴
大八少年出京の経緯
林聯隊長の戦死
       最後の訓示
遺稿(林将軍の中国人観)
       支那国民の特異性に就いて   林 大八
         1 思想の偉大と感情の複雑
         2 徹底せる功利主義
         3 嗜好の濃厚
             (その1)猜疑心と敏感
             (その2)現在主義と嘘言(きょげん)
             (その3)食欲と「つけあがり」
             (その4)統治の要訣

第6章 林八郎の二・二六事件

彼はなぜ事件に参加したか
       私のメモより   池田俊彦
林八郎の決心―魁(さきがけ)
林八郎の行動
       <林八郎尋問調書>

第7章 林八郎の最期

判決
       <罪状>
       <判決理由書>
獄中の林
   獄中手記 ―一挙の失敗並に成功の真因―
       一挙発起成功の真因
       失敗とは何ぞや
       私のメモより「公判以降」  池田俊彦
面会と遺詠
不惜身命
遺言
刑の執行
林の最期

終章 私の二・二六事件観

あとがき


本書は、二・二六事件の決起将校の一人、林八郎少尉の同期生からみた林八郎について書かれた思い出話の本である。
著者である小林友一氏と林八郎との付き合いなども詳しく書かれている。
が・・・一つ気になる記述があった。
それは事件後、青年将校たちが処刑されるのだが、この時の銃殺隊の射手の一人に林八郎と同期の人物がいた。
実は、この人物は、私の大学時代の恩師・・・
我が恩師は、銃殺の射手に選ばれた時に、本書の著者に「林を撃つことができないから辞退したい」と悩みを打ち明けていたというのである。
しかし、我が恩師が戦後、ある作家のインタビューに答えた話では、「同期生の林を他の兵に殺させるわけにはいかない。同期生である自分に是非やらせてください」と上官に申し出て、射手を交換してもらい、自分の手で処刑したという。
一体、どっちの話が本当なのだろう?
悩みを打ち明けた同期生の小林少尉に説得されて、射手を辞退することを諦めたという話は、どこにも出てこない。
恩師に教えを受けていた当時は、まさか、射手だったとは知らなかった・・・
ただ、私の祖父と同じ将校団で、先輩後輩の間柄だったということしか知らなかった。
恩師は既にこの世にはいないので、確認のしようもないが・・・
仮に御存命だったとしても、さすがにこの件についてはお尋ねすることは気が引ける。
私の知る、ある陸軍士官学校出身の将校から「陸士の同期生というのは、実の兄弟以上の存在なのだ」と言われたことがある。
実の兄弟以上の“兄弟”を自分の手で処刑しなくてはならなかったとは、さぞかしつらかっただろう。
しかも若干、21歳ほどの若者が合法とはいえ、人を殺すのだから・・・
しかも敵ではなく、外国人ではなく、同じ日本人で、同じ釜の飯を食った仲間なのだから・・・
私だったら精神的におかしくなってしまうかも・・・
今は亡き恩師は、すごい人だったんだぁ~と改めて思った・・・
本書の最後に恩師の名が出て来るとは・・・
ついつい恩師の顔が脳裏に浮かんできた。
今は天国で林八郎少尉と何を語っているだろう・・・


今年の読書:8冊目

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読書 | 22:18:00 | Comments(0)
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