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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
58歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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『最後の「日本人」~朝河貫一の生涯~』


序に代えて   松本重治

朝河貫一の再評価   エール大学 ジョン・W・ホール

自序

1 少年のさくら
     1 山中の貰い乳
     2 安積野の春
     3 屈せざる魂

2 父上様母上様
     1 アメリカへの旅立ち
     2 世界への宿縁
     3 父の里妻の街
     4 愛と義の決断

3 日露戦争と朝河
     1 戦中の名著
     2 ポーツマスの平和の旗
     3 帰去来の人
     4 背信外交への警鐘

4 日本外交への忠告
     1 学術交流上の大使
     2 東洋のバルカンの火
     3 二十一か条要求への怒り
     4 覇権なきアジア外交

5 日米文化交流上の巨歩
     1 第1回帰朝の使命
     2 第2回帰朝の目的
     3 関東大震災と朝河の友情

6 『入来文書』完成への道
     1 南の果て入来の里
     2 千百字の世界と日本
     3 太平洋の友情の橋
     4 比類なき努力の彼方に

7 大陸侵攻への警告
     1 平和の残照
     2 戦争への危険なる感化
     3 狂想の東亜新秩序

8 ヒトラーの自殺予言
     1 狂的英雄の最後
     2 民主主義の波濤
     3 ナチスのはらわた
     4 日独伊への弔鐘

9 大統領への親書運動
     1 日本改造の絶叫
     2 朝河の大統領親書案
     3 運命のハル・ノート
     4 大統領の12月
     5 敗北への日本の出発

10 敵国内の自由人
     1 アメリカの友情
     2 祖国の敗戦と再生
     3 アメリカによせる忠告

11 永遠のニューヘブン
     1 日本人の国民性
     2 かぎりなき精進
     3 最後の旅路

朝河貫一年譜

(付録)朝河貫一書翰
     1 朝河貫一建白書 1892(明治25)年11月11日
     2 父正澄宛書翰(自筆控) 1905(明治38)年12月27日
     3 伊藤博文宛書翰(自筆控) 1906(明治39)年5月28日
     4 大隈重信宛書翰 1909(明治42)年9月27日
     5 大隈重信宛書翰(自筆控) 1915(大正4)年5月24日
     6 三成重敬宛書翰 1920(大正9)年4月11日
     7 村田勤宛書翰 1939(昭和14)年10月8日
     8 鳩山一郎宛書翰(自筆控) 1940(昭和15)年1月28日
     9 金子堅太郎宛書翰(自筆控) 1941(昭和16)年10月12日
     10 大統領親書案 1941(昭和16)年11月23日
     11 村田勤宛書翰(自筆控) 1947(昭和22)年11月30日

参考文献


『最後の「日本人」』という題名に魅かれて買ってみた本である。
“最後の「日本人”ってどういう意味だろう?
最後まで“生き残った日本人”ということではあるまい?(笑)

本書は朝河貫一という人の伝記である。
この人は明治6年に生まれ昭和23年にお亡くなりになっている。
ちょうど日露戦争から第二次世界大戦にかけての激動の時代に生きていた人で、米国で活躍した人・・・
日本人で初めてエール大学の教授となった人である。
本書では比較法制史の大家と評しているが、ざっくりと分かりやすく言うと歴史学者ということになるのかな?
学者というと“象牙の塔”にこもっているタイプを想像するが・・・
時代が許さなかったのか、本人の性格によるものか・・・
どんどん険悪化する日米の架け橋になろうと国際政治の分野にも貴重な発言を行っている。
日本の外交に対し忠告や批判もしているが、日米開戦目前に、ルーズベルト大統領から「天皇への親書」を送るよう働きかけたりもしている。
戦前、戦中、戦後、ずっと日本人として米国に住んでいたのだから、肩身の狭い思いをしていたかも。
小さく縮こまって、目立たぬように、御身大切に自己保身に走って“象牙の塔”に引きこもってもおかしくはないと思うが、そういうことをしなかったから“最後の「日本人」”ということなのかな?
正々堂々とした、古武士のような、気骨のある「日本人」・・・・
朝河貫一氏は、そういう日本人の“最後の人”・・・ということかな?
敗戦国日本の“日本人”は、なんらかの迫害を受けてもおかしくはないが・・・
朝河氏の学識の高さや“人格”の高さのおかげであろう、お亡くなりになった時には、AP電もUPI電も「現代日本がもった最も高名な世界的学者朝河貫一が・・・」とその死去を世界に伝えている。
米軍の横須賀基地では半旗をかかげてもいるのである。
まだ占領中でありながら・・・日本人の学者に対して・・・
これに反して日本の新聞界は新聞の片隅に載せた程度で、その名前の綴り方も知らなかったという。
本書の題名の“最後の「日本人」”というのは、もしかしたら“米国人に尊敬された最後の「日本人」”という意味だろうか?
“最後の「日本人」”・・・この言葉の意味は深いと思う。


今年の読書:23冊目

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読書 | 21:07:20 | Comments(0)
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