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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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神武天皇聖蹟莵狭顕彰碑
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神武天皇聖蹟莵狭顕彰碑

(碑文)
神武天皇甲寅年冬舟師を師ヰテ筑紫國莵狭ニ至リ給ヘリ聖蹟ハ此ノ地方ナリト推セラル

昭和十五年十一月 紀元二千六百年奉祝會



(側碑・碑文)
神武天皇聖蹟莵狭顕彰碑

日本書紀によれば、神武天皇は御東征のとき、日向を発たれ、椎根津彦命(しいねつひこのみこと)の水先案内で豊後水道の難所を通り抜け、宇佐に上陸されました。
このとき宇佐国造の祖である莵狭津彦命(うさつひこのみこと)・莵狭津媛命(うさつひめのみこと)が天皇一行をお出迎えになり、一柱騰宮(あしひとつあがりのみや)を建て饗(みやえ)(ご馳走)を奉ったことなどが記されています。
これを記念して昭和15年にこの顕彰碑が建てられました。
一柱騰宮跡は寄藻川に架かる呉橋の南側の高台と伝えられ、この一帯は騰隈(とうのくま)とよばれています。
宇佐上陸の地とされる和気地区には柁鼻(かじはな)神社が、また大尾山の東側台地には椎根津彦命を祀る椎宮が鎮座しています。


【大分県宇佐市・宇佐神宮】

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史跡 | 10:49:31 | Comments(0)
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