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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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日露友好の像
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日露友好の像

この日露友好の像は北海に雄飛し壮大なドラマを展開した高田屋嘉兵衛翁の没後百七十年と日露国交回復四十周年を記念して、嘉兵衛翁に寄せる多くの人々の熱い思いを結集し、ロシア芸術会会員の彫刻家に依頼し制作鋳造、翁が心血を注いで開拓したクナシリ島から搬入した岩石を台座として建立したものです。
江戸時代の後期、北の海域の緊張が高まりつつあった1811年、幕府によって捕らえられたロシア海軍ディアナ号艦長ゴローニンの身代わりとして、翌年クナシリ島沖を航行中の嘉兵衛翁がロシア艦に拿捕され、厳寒のカムチャッカに連行されましたが、これを好機としてとらえ、異国語の壁、乏しい食糧、同行水夫の病死など、重なる困難を乗り越えて両国の和平を説き、放免後は幕府を説得してゴローニン釈放の立役者となり、日露武力衝突の危機から国難を救いました。
ゴローニン提督は、ロシアに帰国後、「日本幽囚記」を著し、嘉兵衛翁を評して「この世で最もすばらしい人物」と称えて、翁の肖像画を残しています。
親しい会談を希望しながら、存命中遂に実現できなかった二人の邂逅の姿を再現し、日露友好の永遠のシンボルとし、またこの公園のモニュメントとして、函館・根室の礎を築き、さらにクナシリ・エトロフ等、北の大地を拓くと共に、郷里の発展に尽くした不滅の業績を後世に語り継ぐ一里塚となることを心から祈念する次第です。

平成8年8月21日
兵庫県五色町長 砂尾 治

(碑文より)



【兵庫県洲本市五色町・高田屋嘉兵衛公園】

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史跡 | 12:59:28 | Comments(0)
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