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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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会長宅を訪問する
今日は会長宅を訪問する日・・・・
訪問は午後に・・・ということにしておいたので、午前中は“観光”をすることにする。(笑)

ホテルをチェックアウトして向かったのは・・・愛知県護国神社!
近くに来ているんだから、お参りしなければバチが当たるというものであろう?(苦笑)
英霊にご挨拶せねば・・・
この愛知県護国神社は3回目の参拝となる。
平成15年と平成20年に参拝した。
最後に参拝してから、もう9年も経つのか?(唖然)
かなりの御無沙汰である・・・・

テクテクと護国神社に向かって歩いていたら、「県警本部西」の交差点のところで石碑を見つけた・・・
なんだろうと思って見たら、「野砲兵第3連隊」の碑である。

DSCN4457_convert_20170704165103.jpg

これと同じ碑を9年前に名城東小公園で見たぞ・・・
あれ?・・・9年の間に、ここに移転されたのか?
それとも同じ碑を2つ作って別々の場所に設置したのか?

DSCN4461_convert_20170704170539.jpg

護国神社の桜は満開を過ぎ、散り始めていた・・・
参拝後、境内の奥の方にある各部隊の慰霊碑を参拝・・・
時刻は、まもなくお昼になるので、少し早めの昼食を敷地内にある食堂でとる。

護国神社を出て、更に歩く・・・・
折角の機会である・・・こういう時に歩いて普段の運動不足を解消せねば・・・(苦笑)

名城小学校のところに「説明板」が・・・
その説明板によれば、ここは蘭方医で植物学者でもある伊藤圭介の生誕地らしい・・・
伊藤圭介の銅像は8年前に鶴舞図書館前でお目にかかった・・・(笑)
あ~あの方がここで生まれたのかぁ~

DSCN4464_convert_20170704170724.jpg (名城小学校)

更にテクテクと歩いて行ったら、またまた何やら「説明板」らしきものを見つけた!(喜)
近づいてみたら・・・「西川鯉三郎免許の跡」と書いてある。
この人は振付師らしいが・・・
「免許の跡」って、どういう意味なんだろう?
「生誕の地」とか「自宅跡」とか「稽古場跡」というのならわかるのだが・・・
「免許の跡」ねぇ~・・・わからん・・・(汗)

DSCN4466_convert_20170704170757.jpg (西川鯉三郎免許の跡)

更にテクテクと歩き・・・途中でコーヒーショップに立ち寄ってコーヒーを飲み・・・(笑)
地下鉄に乗って会長宅に向かう。
拙者は我が戦友会の会長宅に訪問したことがない。
よくよく考えてみれば、事務局長の拙者が今まで一度も会長宅を訪問したことがないなんて異常かもしれない・・・(苦笑)

会長は体調不良のため、すでに“終活”に入られたことはメールで知ってはいたが・・・
その徹底ぶりには驚いた。
ご自宅の中は必要最小限のものだけしか残っていない・・・・(汗)
ご自宅の各部屋は家具も何もなくガランとしている・・・
まるで荷物も持たずに昨日引っ越してきました・・・という感じ・・・(大汗)
いやぁ~すごい・・・
拙者も、このくらい徹底して整理をすることが出来たらいいのだが・・・
うらやましい限りである。

会長と拙者は、以前からストレートにズケズケと物を言い合う仲である。
というわけで、変な気づかいをしながら・・・という回りくどい話をすることがない。
で・・・最初に、会長が死んだときの会としての対応についての話である・・・(苦笑)
生き死にの話をストレートに語り合うんだから他人が聞いていたら呆れるかもしれない・・・(大汗)
会長としては、死去したときには会に対して連絡はしないという。
簡単に言うと・・・風の便りで知ってくれ・・・ということらしい。
これはご家族の意向なのだと思う。
葬儀に参列されたり、香典だの供花だのをいただいたら“義理”が出来てしまうので、そうなると後が大変だからすべてお断りしたいということのようである。
いつ死んだのかがわからなければ、そういう義理事は発生しないだろうということか・・・
そういう気持ちはよくわかる。
義理事ができると、正直言って後が面倒なのである。
ご家族としても、父親が亡くなったと同時に戦友会とは縁を切ってしまいたいと思うのも当然である。
これは会長のご家族の方針ということで、その方針に従うことを事務局長として確約する。

で・・・次は本題である今後の会の運営についての話し合い・・・
開口一番に「会を解散します」には、再び驚かされた。(愕然)
自分亡き後の後継者がいるかどうか、会長を引き受けてくれる人がいるかどうかと尋ねられるだろうと想定していたので、この間の会計監査の時に監査役の“シゲミさん”に次期会長を打診したのだが・・・
まさかの一方的な“解散”宣言・・・
これには参った・・・
会長は、ご自身が元気なうちに全てのことに始末をつけてしまいたいというお気持ちらしい。
それが現会長の責任の取り方で、自分が死んだ後のことは知りません・・・という無責任なことはしたくないという気持ちは良くわかる。
が・・・会の実務は事務的な事も会計も、すべて拙者一人でやっているのである。
極端な言い方、失礼を顧みずに言うならば、会長が誰であろうと、仮に会長がいなくても、拙者が元気なうちは会の運営は出来てしまうのである。
実務担当者の拙者が”余命僅か”ということであれば、ちょっと会の運営は難しいだろうから、解散ということもあり得るが・・・そうでなければ慰霊祭の開催も、今まで通りに出来てしまうのだが・・・
拙者の考えを尋ねることなく一方的に「解散」を言われたのには驚いた・・・
まぁ、会長のお気持ちもわからないでもないし・・・ここで議論を戦わせても仕方がなかろう・・・(涙)

もしかしたら、ご自身の葬儀と絡めて会の解散を考えたのかも?
つまり、会自体を解散してこの世から消してしまえば、その後、“元会長”が死亡しても連絡をする義理はない・・・
この世に「会」がないんだから・・・・
しかし、在任中に死亡したり、または会長職を辞した後でも戦友会自体が存続していたら連絡しないわけには行かなくなるかもしれないとの思いからなのかもしれない・・・
だから自分が元気なうちに戦友会を解散してしまおうということなのかもしれない・・・
そう思われるのも無理はないと思う。
が・・・人数は激減したとはいえ会員はいるわけで、毎年、会費を振り込んでくれている。
参列者数が激減したとはいえ、永代神楽祭には毎回必ず参列してくれている遺族会員もいるのである。
戦没者の慰霊をできるだけ続けようという方々がいる以上、そうそう会長の“思い”だけでサッサと解散するというわけには行かないと思う。
我が戦友会は、生還者たちの親睦団体ではなく、戦死した戦友の慰霊をするために生還者と遺族が集まって組織された「慰霊団体」なのである。
それゆえ、「最後の一兵となるまで」慰霊活動は続けると、今は亡き生還者の皆さんとお約束したわけで、会を維持するために拙者が入会し事務局長を引き受けたわけで・・・
つまり・・・会長が死ぬまで続けるというのではなく、拙者が死ぬまでは続けるということなのである。(苦笑)
ということで・・・ここで解散するというのは、ちょっと早すぎる気がしてならない・・・

一応、会長のお気持ちは、それはそれとして頂いて・・・善後策を練って、お考えを覆させることを考えた方が良いだろう。
ということで、会長のお気持ちを聞かせていただき、ご自宅を辞す。

名古屋駅まで戻り、そこから今度は神戸に移動して、今晩は神戸に宿泊することとする。
精神的にドドッと疲れた・・・(大汗)
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旅行 | 10:37:12 | Comments(0)
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