■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

■最近の記事
■月別アーカイブ

■カテゴリー
■FC2ブログランキング
■ブロとも申請フォーム
■最近のコメント
■小さな天気予報


-天気予報コム- -FC2-

■ブログ内検索

■リンク
■RSSフィード
■FC2カウンター

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
『最後の連合艦隊司令長官』


序文   草鹿任一

まえがき  昭和42年11月 著者

プロローグ 統率哲学
「無欲」
「いくさは人格なり」
「陣頭指揮」
「陸海軍の協同」
「血の通う統率」
「作戦の様相がにおいでわかる」
「幕僚の使い方」
「人情味」

第1章 面目躍如、マレー沖海戦

日米開戦まで
   暗雲、日本を包む
   野村大使の努力むなしく
開戦の準備すすむ
   「安宅(あたか)の関」の山本と小沢
   陣頭指揮のため意見具申す
   コタバル上陸作戦決定
   艦隊、海南島三亜港に集結
小沢長官の決断
   大本営を戦慄させた作戦緊急信
   コタバル上陸に成功
幸運と不運の分岐点
   「ワレ味方ナリ、ワレ味方ナリ」
   ついに敵主力艦隊を発見
   確立された航空機主兵主義
英艦隊側からの展望

第2章 少年時から太平洋戦争まで

海兵と七高に合格
   手に負えない乱暴少年
   頭脳も抜群だった
思い出の青年士官時代
   人材続出の「宗谷」乗組員
   鍛え上げられた船乗り根性
   「いくさは人格なり」
若き戦術家小沢治三郎
   いくさは正奇の組み合わせ
   荒天下に艦橋倒壊す
   海大における小沢の講義
ふたたび海へ出る
   戦術の大変革期に直面
   連合艦隊参謀長の一策
   第8戦隊司令官の独断専行
   一航艦司令官の発案
   日米関係いよいよ悪化

第3章 戦う小沢治三郎

南遣艦隊、敵要衝を席捲
   南方各地の上陸作戦
   遁走したガスパル海峡の英蘭連合艦隊
戦局の転換点に立つ
   シンガポール占領余聞
   今村軍司令官との約束
   英国艦隊との決戦を前に
   独創的機動作戦構想
   暗号の漏洩を看破する

第4章 激化する米軍の反攻

山本司令長官の戦死
   ガダルカナルをめぐる死闘
   小沢長官ラバウルへ
   ラバウル陣中クラス会
   巨星、山本長官南海に墜つ!
   激戦つづくソロモン海域
マリアナ海戦(あ号作戦)
   小沢中将、第一機動艦隊司令長官に就任
   古賀司令長官の殉職
   小沢長官苦心の秘策
   アウト・レンジ戦法も空し

第5章 レイテの囮艦隊

捷一号作戦計画(レイテ海戦)
   航空兵力の編成替え
   「捷号作戦」計画の立案
   「捷一号作戦」発動
   栗田艦隊緒戦で旗艦を失う
   「武蔵」シブヤン海に死す
   暗中模索逡巡の栗田艦隊
ハダカの空母艦隊
   本艦隊の損害はかえりみず
   米空母1隻分の飛行機で
   敵に発見されるための努力
囮作戦は成功したが
   ハルゼー北進を決意
   敵機ついに来襲
   「第34任務部隊いずこにありや」
“レイテ作戦”ならず
   栗田艦隊、謎の反転
   ばらばらに戦った4提督
乗るべき艦のない連合艦隊司令長官
   遅すぎた軍令部次長就任
   沖縄陥ち憂色満つ
   最後の連合艦隊司令長官
   太平洋戦争終わる

エピローグ 戦後と逸話

戦後の小沢
   慎独(しんどく)の生活
   郷友連盟の創設
   三軍統一問題
   正しい戦史記録の保存
   青少年に対する関心
   陸軍の人々との交流
   日々の生活
終焉
   巨人逝く
   酒と女と歌と
   山本五十六元帥との交誼
   同期の桜
   「強きをくじき弱きを助く」
   六然の人

小沢治三郎年譜


今年の読書:38冊目

スポンサーサイト


読書 | 20:41:14 | Comments(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。