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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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戦車隊の調査
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部屋のテラスに出て、朝の一服・・・・(笑)
う~ん・・・今日も天気が悪そうである・・・(涙)

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(プライベート・ビーチ)

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ホテルの目の前の海に、小島が見える。
戦時中、第14師団戦車隊の戦車が、ここから、あの島を標的に射撃の訓練をしたそうだ。
命中率が良く、かなりの腕前だったとか・・・

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朝食を食べ、出発・・・・

“ナカムラさん”は、あの沖に見える小島まで、カヤックか何かで行って釣りをするので同行しないとのこと。
わざわざ、そのために釣竿を持参してきたそうで、おかげで空港で追加料金を取られたそうだ。(笑)
そこまでして釣竿を持ってきたのに、釣りをせずに帰国するわけにはいかないという。(笑)
「あの島に残る戦車の不発砲弾を踏んでドカン!・・・となるんじゃないか?」とか・・・
「途中でカヤックが転覆して鮫に食われて海の藻屑となるんじゃないか?」とか・・・
「干潮になって潮が引いてしまい、カヤックを担いで帰ってくるようになるんじゃないか?」とか、散々からかう。(大笑)
拙者は釣りは全くしないので、わからないが・・・
好きな人は、どうしてもやりたくなるんだろうねぇ~

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(拙者が泊まった「ドルフィンベイ・リゾートホテル)

最初に向かったのは・・・相変わらずの・・・・“某所”・・・(笑)
ここに第14師団戦車隊の戦車が埋没している。
戦闘後、米軍により破壊された日本軍戦車が、ここに“遺棄”された。
拙者は7年前にも、ここを訪れていて、今回が2回目である。
今回は“ヨコハマさん”が金属探知機を持ち込んで、それで埋没している戦車の位置を測定することになっている。

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この戦車は日本軍の九五式軽戦車・・・
横倒しになって埋まっている。
7年前に来たときは、地表には車輪しか出ていなかったが、ずいぶん表土が流れたのか、車体の一部も地表に現れていた。
米軍の記録によれば、車内に日本兵の遺体を残したまま“遺棄”したとされている。
掘り出して中を確認すれば、ご遺骨を見つけることが出来るかもしれないが、その許可を得るには日本とパラオの政府間で話し合わないと難しいと思う。

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こちらは、砲塔が無くなって、砲塔の取り付け部だけが地表に現れている九五式軽戦車の車体・・・・

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こちらは、車輪だけが地表に出ている戦車・・・
たぶん、逆さまにひっくり返って埋まっているのではないかと思われる。
これら地表に現れている戦車の位置の測量などを行う。

ペリリューで戦った戦車隊の戦車は九五式軽戦車17両である。
そのうちの1両は、旧飛行場跡の近くに野外展示され、“観光名所”として使用されている。
ということで、残るは16両ということになる。

地表に出ていないものは、金属探知機で探索するが、2両が重なって埋まっている可能性は否定できない。
金属探知機が反応した地点の測定などをして“ヨコハマさん”が記録を取る。

これらの戦車を掘り出したいものだが・・・・
米軍は戦闘後、撃破した日本軍の戦車の写真を撮影して残している。
掘り出した戦車と、当時の写真を比較して、弾が当たった跡等を比較すれば、どの戦車が何という戦車なのかがわかる。
当時、戦車隊の戦車にはペンキ(?)で、それぞれ名前を書いていたのである。
例えば、隊長の戦車には「さくら」と書かれていた・・・
今では消えてしまっているだろうが、戦闘直後の写真には、戦車を特定するこの名前が写っている。
戦車が特定できれば、乗員が誰だったのかも絞れる・・・
その遺族からDNAの提供を頂ければ、ご遺骨が出てくれば、DNA鑑定で、どなたの遺骨かがわかる・・・
そうなれば、ご遺族に直接、ご遺骨を渡すことが出来る・・・ということになるのだが・・・
そう、うまくいくかどうかはわからないが、できるところまでは、やってあげたいものだと思う。

今日も天気はよろしくない・・・(苦笑)
時々チラチラと雨が降る曇り空である。
が・・・
これが、もし晴れていたら、暑くて仕方がない。
雨模様の曇り空は、ある意味、良かったかも。
バテずに済む。

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埋没戦車の位置確認作業を終え、次に向かったのは“某所”・・・
ここの草むらの中にコンクリート製の建物がある。
これが、第14師団戦車隊の弾薬庫跡。

続いて、またまた“某所”に移動・・・(笑)

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ここは、第14師団戦車隊の駐屯地跡。
この道は戦車が通った道だから・・・「戦車道」と呼んでいいかも・・・
周囲は樹木に覆われ、何が何やらさっぱりわからない。

DSCN4289_convert_20170530135748.jpg (この草の向こうに壕がある)

当時の壕などの配置図に従って測量をしながら駐屯地跡を探索する。
「〇〇から25mのところに本部壕があるはず!」といった具合に、巻き尺で測量しながらの探索である。
で・・・その結果に従い、道から外れジャングルをかき分けて内部に入り込む。(苦笑)

DSCN4286_convert_20170530135545.jpg (戦車隊本部壕)

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ここで人骨らしきものを見つける。
「これ、骨じゃないですか?どうですか?」と、またまた呼ばれて駆けつける。(苦笑)
形からいうと頭蓋骨の頭頂部のような気もするが・・・拙者は人骨の専門家ではない。(大汗)
“ヨコハマさん”は、拙者が何でもかんでも知っていると思ってか、鑑定を求めるのだが・・・・(大笑)
う~ん・・・どうでしょう?(汗)
人骨であるという確率は半々かなぁ~(汗)
とりあえず、これもまた、同行しているガイドさんに、日本の厚生省の遺骨収集団が来た時に見てもらうよう頼む。
(この頭蓋骨と思われるものの写真は、あえて掲載しないこととする)

周囲は、かなり岩が崩れ落ちている。
ここに頭蓋骨があるとなると、これらの岩を取り除けば、その下に、もっと人骨が埋まっている可能性が高いということになるが・・・
問題は、何で、ここに人骨があるかということ。
ここは本部壕である。
ここから戦車隊の戦車が出撃して飛行場奪還のため突っ込んで行き、全滅したのである。
その時に誰か本部壕に残っていて、のちに戦死したのか?
それとも、戦闘後に退却した生存者が、ここに立て籠もって戦って戦死したのか?
そのあたりの詳しい資料を見たことがないので、何ともわからない。
そういう戦史を知っていれば違和感はないのだが・・・
“この物体”が人骨であるとすれば、なんで、ここに人骨があるんだろう?
ちょっと違和感を感じる。

続いて、すぐ近くにある「整備隊壕」を探索・・・・

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「変なものを見つけたんですけど・・・これ、なんですか?」の声・・・・
駆けつけてみると・・・工具がポツンと1個だけ置かれていた。
モンキーレンチである。
これ・・・工具ですけど・・・(汗)
ということは・・・やっぱり、ここは整備隊壕で間違いないということか?
それにしても、モンキーレンチねぇ~
当時、日本軍はモンキーレンチなんか使ったのだろうか?
他には工具類は見当たらない・・・
長さといい、形といい、日本の箸と思われる“物体”が、そばに添えられていた。
ちょっと疑問が残るが・・・当時の配置図と見比べても、ここが「整備隊壕」で間違いなさそうである。

とにかく戦後70年以上も経っているのである。
その間に、いろんな人がこの洞窟陣地に来ているだろうし・・・・
戦闘終了直後に、米軍もここに来ているだろうし・・・
本部壕のすぐ近くに赤さびた未使用の鉄条網の束が放置されていた。
鉄条網(有刺鉄線)のトゲの形状からして、明らかに日本軍のものではない。
いつごろここに放置されたのかは、わからないが、かなりの量の未使用の鉄条網の束である。
こうなると、我々の目に触れる“遺品”が果たして、本当に当時(戦時中)のものかどうか、判断するのが非常に難しい。

DSCN4291_convert_20170530135845.jpg (戦車壕跡)

道路わきの「戦車壕」跡は草木に覆われて、ちょっと見たくらいではわからない・・・
ヤブの中に分け入って、地形を足裏で確認して、ようやくわかる。
ここには戦車2台分の「戦車壕」があった。
戦車壕は“コの字”の形に掘られた戦車の“駐車場”である。(笑)

ちょうど、お昼となったので、一旦ホテルに戻り昼食をとる。

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魚釣りに行っていた“ナカムラさん”は、無事に魚が釣れたそうで、大漁!
ホテルに頼んで料理してもらい、我々にも一人一匹づつごちそうしてくれた。
いやぁ~申し訳ないねぇ~・・・・散々からかったのに・・・(大笑)
何という魚なのかは知らないが、美味しかった・・・(喜)

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午後は博物館を見学・・・

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“ヨコハマさん”が、ここに戦車隊に関する各種資料を提供している。
よくやるなぁ~・・・・大したものである・・・脱帽である。

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060_convert_20170530203240.jpg 059_convert_20170530203210.jpg

ホテルをチェックアウトして、ホテルのモーターボートでパラオ本島に戻る。
今回は、同じホテルの宿泊者である初老の外国人御夫妻も一緒・・・・
ドイツ人ぽかったけど、どこの国の人かは知らない・・・(笑)

DSCN4301_convert_20170530205354.jpg (ペリリュー島を離れる)

今日の夕食は、以前に一度だけ行ったことのあるレストラン・・・・
ここの料理・・・・一品の料理の量が馬鹿みたいに多いのである!(大笑)
それで今でもよく覚えている。
今回も同様である・・・(大笑)
いやぁ~懐かしい・・・・この量!(大笑)

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我々が泊まった“別荘”は・・・・ごく普通の一般の家である。(笑)

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DSCN4309_convert_20170530212254.jpg(拙者の部屋・かなりピンボケ!)(笑)
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旅行 | 15:27:35 | Comments(0)
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