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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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『傷痕 ルソンの軍靴』


第1部 南溟への航跡
 征旅―「虎の子兵団」(昭和19年12月19日)
 MT船―吉備津丸(12月20日)
 防人(さきもり)の歌―南下の船団(12月21、22日)
 北回帰線―台湾沖(12月23~26日)
 魔のバシー海峡―砂浜に立つ(12月27~29日)

第2部 「勝利か、死か」
 北サン上陸―椰子林のしめ飾り(12月30、31日)
 「銃を貸せ」―中隊長と兵(昭和20年1月1日)
 艦砲射撃―「敵船団北上す」(1月5日~8日)
 夜陰の靴音―再び北サンへ(1月9日)
 米比軍ゲリラ(USAFIP=NL)(1月14日)
 倒木と地雷と―「虎」ボントックへ(2月7日~11日)

第3部 ルソン山岳州に死す
 「虎」兵団とルソン戦線―(昭和20年1月~2月)
 三角拠点、ボントックの放棄(2月~3月)
 中継点、セルバンテスの攻防(3月10日~4月3日)
 カヤンの丘―陣中閑あり(4月)
 タクボの先陣―彼我の戦闘地名(4月末)
 霧と硝煙―タクボ陣地(5月10日~15日)
 死命を制す―斬込み戦法(5月16日~20日)
 迂回作戦―戦場のミステリー(5月17日~5月末)
 「戦陣訓」―その生と死(5月)
 逆転の推移―峠の群像(5月下旬)
 たこ壺の月―赤禿台地占領(5月26~30日)
 散華―林集成中隊(5月31日~6月3日)
 陣地喪失―タクボに死す(6月4日~14日)
 敗走―追走(6月14日以降)
 悲風万里―峠に立つ

第4部 報復「死の行進」
 軍旗奉焼―ブルブル山(20年8月)
 下山・武装解除―バクロンガン部落(9月13日)
 雨の収容所―ボントック道90キロ地点(9月13、14日)
 アレンに似た娘―柵の内と外(9月14、15日)
 「死の行進」―虚と実(9月16日)
 マンカヤン・バイパス―別名コッパー・ロード(9月17日)
 「ユーノーワッチ」―セルバンテス渡河(9月18日)
 タクボへの葬列―ベッサン・パス(9月19日)
 山霊―長恨・峠の戦記
 アメリカ兵―4号線ブタック(9月20日)
 「人間万事」―4号線スヨ(9月21日)
 イロコスを南下―3号線ゲリラ地帯(9月21日以降)
 無蓋車―北サンフェルナンド(9月22日)
 余録

あとがき

主要参考資料


著者はフィリピンのルソン島山岳地帯で戦った第19師団(虎兵団)・歩兵第73連隊第1大隊第2中隊の兵士・・・
本書は、その方のフィリピン上陸から終戦後までの体験談である。
ただ自分の体験談だけという狭い範囲の話だけではなく、広く当時の戦闘状況等につても言及しているので、当時の様子を知ることができるので、結構読みやすいのではないかと思う。

この方が戦った戦場のうちに「タクボ峠」という場所がある。
以前から、その名は聞いたことがあるが、実際に現場に行ったことはない。
私がよく行く山岳地帯とは、少し地域がずれている。
いつか、機会があったら歩いてみたいと思う。


今年の読書:26冊目

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読書 | 22:46:13 | Comments(0)
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