■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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『日本人、台湾を拓く』


私と胸像との対話  許文龍
 後藤新平像
 八田與一像
 羽鳥又男像
 浜野弥四郎像
 新井耕吉郎像
 鳥居信平像
 新渡戸稲造像
 松木幹一郎
 磯永吉・末永仁像

胸像に歴史認識を重ねて―許文龍氏と日本人  平野久美子(ノンフィクション作家)

後藤 新平
台湾近代化のプロデューサー
山岡淳一郎

   特別統治か内地延長か
   「生物学の原理でやる」
   大風呂敷の公債案
   笑いと涙の阿里山踏査
   都市の運命を握る「道路と下水道」
   土地改革を断行
   追い込まれた製糖産業

新渡戸 稲造
糖業発展のテクノクラート
楠木 榮

   台湾への道のり
   後藤新平との出会い
   糖業振興をめざす
   理想を描いた意見書
   次の飛躍へ

浜野 弥四郎
近代水道を敷設した都市の医師
稲場紀久雄

   新天地
   墓碑銘

鳥居 信平
環境型の二峰圳を生んだ土木の匠
平野久美子

   台湾の荒蕪地へ
   寝ずに描いた設計図
   原住民の懐に飛び込んで
   自然と折り合う地下堰
   近代科学に触れた原住民
   ふたつの農場を開墾
   日本農学賞を受賞
   地道な調査とひらめき
   嘉南大圳より早い輪作導入
   信平を突き動かしたものは?

八田 與一
嘉南大圳を築いた水利の匠
片倉佳史

   台湾南部に広がる大平原
   嘉南平原の水がめ、そして灌漑用水路
   金沢生まれの技師、台湾へ赴く
   台湾南部の実情を前に決意を新たにする
   各界から注目を集めた壮大なプラン
   そして、世紀の一大工事が始まった
   工事方法も斬新だった
   仕事に打ち込める環境を創りあげる
   烏山頭隧道の事故と殉工碑
   十年越しの夢、水路が完成する
   八田與一の銅像秘話
   30年にわたって暗闇の中に置かれていた
   3年輪作制―完成後にも組合の努力は続いた
   大洋丸の沈没、そして宮地末彦氏の手記
   八田夫妻の墓碑と外代樹夫人の死
   今も人々から敬愛される技術者

磯 永吉と末永 仁
蓬莱米を作り上げた農学者
早川友久

   台湾、米の供給基地として
   台湾の米の問題点
   日本種米か在来米か
   品種改良への第一歩
   台湾農事報の記事から
   出会いと勉励の日々
   竹子湖に原種田を設置
   広がる内地米の栽培
   その米の名は「蓬莱米」
   現場に生きた磯と末永の軌跡
   インドを救った蓬莱米

松木 幹一郎
電力利用を広げた企業家
山岡淳一郎

   やり残した電力事業
   後藤新平との師弟関係
   台湾電力、再建への道
   水力発電所の完成
   事業家としての評価

新井 耕吉郎
台湾紅茶を育てた農業の匠
手島 仁

   『躍進群馬県誌』の記載
   郷里・利根郡東村園原
   「文武鍛えし美少年」
   魚池紅茶試験支所最後の日本人支所長
   「故技師新井耕吉郎紀念碑」
   許文龍氏による胸像の建立
   郷里での胸像除幕式
   日月潭の観光スポット

羽鳥 又男
古都・台南を守った市長
手島 仁

   上州人気質
   生い立ち、そして群馬県・富士見村
   群馬県のキリスト教
   上州キリスト教徒の大同団結
   クリスチャン・羽鳥又男
   羽鳥重郎と台湾恙虫病の発見
   羽鳥人事と長谷川清総督
   愛の行脚
   戦時下の文化財保護
   軍官民合同クリスマス
   釈放要求運動
   国際基督教大学(ICU)
   珊瑚寺関係者の英断
   世に知られざる徳人
   義を重んじ恩に感じる気質

関連台湾史年表

初出一覧

執筆者紹介(掲載順)

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今年の読書:22冊目

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読書 | 23:30:19 | Comments(0)
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