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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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霊安故郷慰霊碑
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  第二次世界大戦期間日軍征赴
  海外殞身台灣同胞英魂碑
霊安故郷
     李登輝敬題

(碑文)

建立由来記

霊安故郷記念碑は中日海交聠誼会の発願により日本國海交会全國連合会竝に台湾縁りの心ある日本國民の協賛奉仕により建立された。
この碑は台湾との過去の歴史にみる日本國植民地統治下の大東亜戦争に、日本國陸海軍人軍属として戦場に散華した台湾戦没者三萬三阡余柱英霊の鎮魂慰霊碑である。
諸霊は日本國皇民化教育の名の下に育まれ、日本國危急存亡の戦場に進んで高砂義勇隊、陸海特別志願兵となり、更には日本國民の義務として施行された徴兵令により、南方諸戦域をはじめ各戦域に参加した元日本陸海軍人軍属二十萬七阡余名の戦友であり、また台湾縁りの元日本陸海軍人軍属と死生を誓った戦友であった。
1945年8月15日大東亜戦争は終戦を迎えたが、悲しい哉!
諸霊は再び生きて故郷台湾の土を踏むことはなかった。
日本國政府は諸霊を靖國神社に御祭神として合祀し、春秋例大祭には勅使が参向され最高の儀礼をつくし、日本國民は斉しく崇敬の誠を捧げているが、1972年中日両國の國交は、複雑な國際状況下に不幸にも断たれて今日を迎えている。
諸霊の遺族補償問題は國際法上の國交が條件であり、長期に及ぶ幾多の紆余曲折を経たが、台・日間の歴史上の人道的精神に基き、1987年「台湾住民である戦没者の遺族に対する弔慰金等に関する法律」が、日本國國会超党派の「台湾戦没者問題議員懇談会」による議員立法として成立し、遺家族竝に重傷病者に対し特定弔慰金・見舞金が支給された。
本法案成立には、和平英魂観音亭敬題の日本國陸軍中将有末精三閣下を会長とした台湾縁りの心ある補償問題推進十七民間団体の支援協力が貢献した。
因に霊安故郷記念碑の敬題は、中華民國總統李登輝閣下の諸霊に捧げる鎮魂の御仁慈の筆になり、總統府参議台南県黄崑虎先生を介したものであり、台湾全島にその例をみない。
希くば諸霊よ!
碑台内に納めた高麗大藏経の守■経により霊安故郷に鎮まり、恩讐を超えて中日國交修復と、永遠に中日善隣友好の懸け橋となられ、世界眞の平和達成の礎となられんことを。
合掌

1991年11月25日建立一周年記念慰霊祭に當り、碑台正面に中・日海交会縁りの世界の名提督日本國元帥海軍大将東郷平八郎御祭神を祀る東郷神社筑土龍男宮司の英霊鎮魂の敬題御揮毫を受く

1990年11月25日
中日海交聠誼会
(~以下略~)


【台湾・台中市・宝覚寺】

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史跡 | 17:42:20 | Comments(0)
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