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Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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『武士道 日本人であることの誇り』


序として 武士道こそ日本人のアイデンティティー

第1章 世界が讃える美しき精神像
        武士道は消え去ってしまったのか
        司馬遼太郎の問い「人間はどう行動すれば美しいか」
        ブロードウェイを行進したサムライたち
        庶民にまで及んでいた日本人の高貴さ
        武士道を心から愛した外国人たち
        高き身分の者にともなう義務(ノブレス・オブリージュ)
        現代日本人がたしかに受け継いでいる武士道
        内村鑑三『代表的日本人』が解いた武士道
        西郷隆盛こそが「武士の最大なるもの」
        『南洲翁遺訓』にちりばめられた西郷の思想
        福沢諭吉が痛烈に批判した明治政府
        廃れゆく武士道を惜しんだ福沢

第2章 新時代の日本人が求めた「明治武士道」
        なぜ新渡戸稲造は『武士道』を著したのか
        私が『武士道』に魅かれた理由
        「近代日本の父」クラーク博士の教え子たち
        プロテスタンティズムと武士道は同根である
        日本人による日本人のための“和製聖書”
        『武士道』はなぜ、英文で書かれたのか
        江戸の町を火の海から救った「真勇は怯に似たり」
        禅の思想から本質に迫った「鉄舟武士道」
        『鉄舟二十訓』とその臨終秘話
        福沢諭吉版の武士道だった『瘦我慢の説』
        厳しく指弾された勝海舟の処世
        武士道が問い直す「日本人とは何か」

第3章 武士道の誕生とサムライたちの美学
        「自分を鍛える」こそが武士道の根幹
        武士道の源流にある「神・仏・儒」の思想
        「命より名こそ惜しけれ」が戦国時代の武士道
        「修己治人(しゅうこちじん)」は家康が求めた理想の教え
        「正義の戦い」を貫いた石田三成
        「信義」のために華と散った大谷吉継
        「恩義」に報いて死んだ宇喜多秀家
        なぜ『忠臣蔵』は武士道の華といわれるのか
        赤穂義士を教育した山鹿素行の「志道」
        泰平の世の「武士の本分」とは何か
        「人間の芸術品」として描かれた河井継之助
        「それでも日本男児か!」の真の意味

第4章 武士道のバックボーンは「義」「勇」「仁」「礼」
        「義」とは、人間としての正しい道
        「義」は武士道の最高の支柱
        「義」よりも「打算」「損得」を優先する現代人
        「義」の行動を貫いた上杉謙信
        武士道が「義」に求めた理想の精神
        会津武士道の悲しきまでの誉れ
        「なよ竹の心」と「死出の山道」の美学
        「義をみてせざるは勇なきなり」の真価
        黒澤映画「七人の侍」に見る勇の実像
        「仁」は至高の徳「思いやりの心」である
        江戸時代が明治以降より平和だった理由
        意外と安気だった武家社会の暮らしぶり
        おだやかな心で花鳥風月を愛した江戸の人々
        「権あるものには禄うすく、禄あるものに権うすく」
        「武士の情け」は正義にもとづいた“厳しい愛”
        「礼」とは日本人が創造した美しき行動の型
        礼儀を失い、非文明人になり果てたニッポン人
        太宰春台の教え「義で事を制し、礼で心を制す」

第5章 「誠」「忠誠」こそサムライの心髄
        「誠」は言行一致を表すサムライの徳
        小早川秀秋が教える「卑怯者の末路」
        「誠」における武士道と商人道の違い
        「名誉」とは人間の尊厳としての価値
        「名誉の戦死」が名誉でないのはなぜか
        本阿弥光徳が死守した「一族の名誉」
        「忠義」 ― 人はなんおために死ねるか
        『葉隠』に記された武士の死生観
        殉死が歴史から消えた事情
        サムライの真の「忠義」とは何か

第6章 武士の教育と現代日本人の教育
        “援助交際”がまかり通る理由
        「山高きが故に貴からず」の江戸の教育
        なぜ武士の教育から「算術」がはずされたのか
        「人」は教育によって「人間」となる
        教師とは「人間をつくる職業」のはず
        「身を修める」人格形成の重要さ
        「公人」たる義務を遂行したかつての武士たち

終章 武士道は日本民族の文化遺産である
        日本人の知性と道徳は武士道の所産
        “人の倫”を教えない不思議
        「仁の心」と「義の心」のある社会を
        未来を生きていく若者たちへ

おわりに


「武士道」という言葉は、かなり昔から延々と人気のある言葉ではないかと思う。
何かといえば「武士道、武士道」と持ち出してくる。
果たして「武士道」は存在するのだろうか・・・というのが私の正直な気持ちである。
もう、廃れてしまっていて、この世には存在していないのではあるまいか?(笑)
多くの人が言う「武士道」の「武士」は、作家が創作した時代小説やドラマや映画で見る時代劇の「武士」ではあるまいか?
これは誰かが作り出したイメージではなかろうか?

「武士道とは何ですか?」と知りたがる人が結構多い。
それは、すでに絶滅してしまった恐竜について尋ねるのと同じで、本当のところはわからないのではあるまいか?
だって我々は一人として本物の「武士」を見たことがないし、会話を交わしたこともないのであるから・・・(大笑)
いくつかの学術的な証拠の断片をつなぎ合わせ・・・
たぶん・・・恐竜は、こういう形だったのだろうとか、こういう生活をしていたのだろう・・・という程度ではなかろうか?
そういうわけで、正確なところは誰も分からないのではないだろうか?
復元想像図は、あくまでもイメージである。
果たして恐竜がトカゲのような爬虫類のお化けのようなものだったかどうかはわからない。
赤色や黄色、青色のカラフルな外見だったかもしれないではないか?(大笑)

そう考えると、「武士道」も、どこまでが本当か、真実かは分からないと思う。
伝聞は、自分たちにとって都合の悪いことは残さないようにして、後世に伝えている可能性もあろう。
紙に書かれたものも同様で、改竄されていないとは言い切れないだろう。
が・・・“当たらずとも遠からず”・・・こういうものであろうということは、色々な人が研究して“結論”を出している。
本書も、その一つで、かなりわかりやすく書かれていると思う。
著者が、今までに書いてきたものの集大成という感じの本である。

「武士道」が“おおよそ”何であるかを知ることは、とりあえず可能だと思うが・・・・
大事なことは、それを実践できるかどうかではあるまいか?
“長いものには巻かれろ”は、武士道に則しているだろうか?
“背に腹はかえられない”は武士道に則しているだろうか?
“見て見ぬふり”は武士道に則しているだろうか?
・・・ということを考えると・・・なかなか実行するのは難しい。
それが「武士道」の“道”の部分の難しいところかも。
知っていることと実行するということは、違うのである。

韓国人はよく「我が国は儒教の国です」と言う。
でも、彼らの(一部の人間かもしれないが・・・)言動を見ていると、とても“儒教の国”とは思えない。(苦笑)
儒教って、そういうものでしたっけ?・・・・である。(苦笑)
同じように、「日本は武士道の国です」と言っておきながら、その言動が正反対だとしたら、恥をかくことになるのではなかろうか?
「武士道とは何ぞや」を語ることが出来ても普段の言動が則していなければ意味はないのではなかろうか?
で・・・出てくるのが「知行合一」という言葉。
この言葉は「武士道」だけに留まらぬ、重要な言葉ではないかと思うのである。
「義を見てなさざるは・・・・」である・・・・

「武士道とは何ぞや」をスラスラと語ることが出来るということより、よくわからなくても結果的に「武士道」に則した行動がとれているというのが恰好いい(笑)という気がする。
普段から少しでも「武士道」を意識していれば、出来るかも・・・
忘れかけてきたら、再び本書を読み返してみる・・・
そういうことが大事だという気がする。
本書は、それには、うってつけの本だと思う。


今年の読書:57冊目

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読書 | 11:37:03 | Comments(0)
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