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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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奥本中尉の交戦場跡に行く
午前6時前には目が覚めた・・・
どうして海外に行くと早起きできるんだろう?(大笑)

DSCN3039_convert_20161016115807.jpg DSCN3042_convert_20161016115842.jpg 
(ホテルの部屋から見た景色)

急いで朝食を食べて、ホテルの外に出る。
なにせ、夜に到着したので、ホテルがどんな建物で、周囲がどうなっているのか全く分からないのである。(大笑)
出発前のわずかな時間を利用して“見学”せねば・・・

DSCN3043_convert_20161016115919.jpg(朝食)

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(拙者が泊まったHOTEL ARYADUTA)(アルヤドゥータ・パレンバン・ホテル)

へぇ~なんか、すごいホテルに泊まったんだぁ~と今朝になって分かった次第・・・(大笑)

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(ホテルの前の道)

う~ん・・・何もない・・・つまらない・・・(苦笑)

チェックアウトの際、フロントの女の子たちにご挨拶・・・・
「スラマット・パギ(おはよう)」(笑)
通じた・・・
じゃぁ、ついでに・・・
「スラマット・パギ・ウンバッ」・・・・
「ウンバッ」は、確か「お嬢さん」という意味の敬称だったと思う。
目上の女性や年配の女性には「イブ」を使うらしい。
で・・・年齢だが、どうも30歳ぐらいを目途に、それ以下が「ウンバッ」、それ以上は「イブ」と使い分けるみたいである。
さて・・・フロントの女の子たちは・・・30歳以下か?(大笑)
どうも微妙なんだよなぁ~(大笑)
でも、一応・・・「ウンバッ!」・・・・
彼女たちに笑われた・・・でも、それで「OK!OK!」だと言う。(笑)
さらに調子に乗って片言インドネシア語で話しかけたら、「正しくは、こう言うんだ」と彼女たちに口々に訂正された。
が・・・メモをしなかったので、すぐ忘れちゃった・・・(大笑)
一体、拙者は何を口走ったんだ?(大笑)

ついでである・・・両替もしておこうか・・・
「プルミシィ(すみません)」と男性従業員に声をかける。
インドネシア語は、ここまで・・・
「両替してもらえますか?」は英語・・・(大笑)
そこまではインドネシア語を勉強していなかった・・・というより、覚えられなかった・・・(大笑)
この男性・・・1万円札を不思議そうな顔で眺め・・・パソコンのキーボードを叩き始めた。
そのうち、他の男性従業員に声をかけ何かしゃべっている。
ん?・・・・偽札じゃないんだけど・・・それ・・・
ふと、フロントの壁を見たら、「換算レート表」が掲示してあった。
あれ?・・・日本円の表示がない。
だいたいどこへ行っても、米ドルと日本円は表示されているのだが・・・
「YEN」の文字が見当たらない・・・
ありゃぁ~両替は無理かぁ~
「すみません。両替はできないですよね?」と言ったのだが・・・相手の男性は必死にキーボードを叩いている。
で・・・しばらくしてから・・・
「申し訳ございません。あちらにもあるように(換算レート表を指さし)、両替はできません」と丁寧な英語で言って来た。
だから・・・さっき、気が付いて「両替はできませんよね?」って言ったでしょ?…僕が・・・・(苦笑)
最初っから換算レート表を見ればわかると思うんだけど・・・時間をかけて一体、何を調べてたの?(苦笑)
「OK!OK!ジャカルタで両替するからいいよ~」(笑)
「是非、そうしてください」と男性・・・
彼の“不思議”な行動は、とうとう何だったのかわからなかった・・・(大笑)

出発時間である・・・・
「さようなら」って何て言うんだっけ・・・ど忘れした!(大汗)
仕方がない・・・英語で・・・・「バイ!バイ!」(大笑)
フロントの女の子たちがキャーキャー言って手を振ってくれた。
う~ん・・・なんだか、とても人気者になった気分である。(大笑)
もしかして拙者はモテるタイプ?(笑)
いや、いや、たぶん「変な日本人」と彼女たちは思っているに違いない・・・(大笑)

今日は、これから奥本中尉の奮戦の地に向かう。

昭和17年2月14日・・・・
挺進第2連隊の第一次攻撃隊339名が輸送機35機に乗り込んでマレー半島にある飛行場を離陸。
シンガポール上空を飛び越えてパレンバンに向かった。
この時はまだシンガポールは陥落していない。
シンガポールにいたイギリス軍が降伏したのは翌15日である。
パレンバンに向かった攻撃隊を護衛したのは「加藤隼戦闘隊」で有名な陸軍の飛行第64戦隊である。
攻撃隊はパレンバン上空で二手に分かれた。
一つは精油所の確保に向かう99名・・・
もう一つは飛行場を制圧するために向かう連隊長以下の240名・・・・
この飛行場を急襲する部隊は更に二手に分かれ、東南地区に連隊長以下180名が、南西地区に60名が降下することになっていたのだが、敵の対空射撃が激しく、これを避けているうち飛行場から1kmはなれた降下地点に降りるはずが、3kmも離れた地点に降下する羽目に陥った。
その中でも奥本中尉が率いる小隊は、輸送機の扉を開けるタイミングが遅れたため、飛行場から4kmも離れた場所に降下してしまったのである。
その場所に、我々は向かう・・・

奥本中尉が降下した場所は、ジャンピー街道と呼ばれた道路近くらしい。
現在は「国道1号線」になっている。(・・・と思う)

ジャンピー街道近くに降下した奥本中尉が把握できた部下は、たったの4名・・・
みんなバラバラに散らばっている。
ジャングルから抜け出て道路沿いに飛行場へ向かおうとしたら、飛行場の方向からオランダ軍のトラックが4両やってきた。
小銃や機関銃を入れた「物料箱」はどこか別の場所に落下したらしく入手不可能。
持っているのは拳銃と手榴弾2発と軍刀だけ。
唯一の銃である“拳銃”で、1両目と2両目のトラックの運転手を狙い撃つ・・・
先頭のトラックは脱輪し、2両目は横転した。
で・・・5人で突撃!(唖然)
たった5人でトラック4両に乗っているオランダ兵に立ち向かったわけである!
この肉迫攻撃でオランダ軍は戦意をなくし、あっさりと降伏してしまったらしい。(汗)
この頃には、銃声を聞いて他の場所に着地した部下たちも駆け付け、小隊の兵力は14名となっていた。
が・・・それにしても、オランダ兵はなんと根性のない連中なんだろう。(苦笑)
敵は100名くらいはいたはずなのに、あっさりと降伏である・・・(唖然)
その時に、今度は反対側から飛行場に向かって装甲車を先頭にした4両の車列がやって来た。
敵の兵力は約150名・・・
これに対しても、ジャングルの中から飛び出して“奇襲攻撃”・・・
30分程度の戦闘で敵は敗走・・・・
奥村中尉の小隊の損害は、戦死3名、負傷5名だったという。

DSCN3053_convert_20161016202630.jpg DSCN3052_convert_20161016202659.jpg

この場所が、ちょうど奥本中尉達がオランダ軍車両を襲った場所である。
70年以上も経てば景色が変わっているのは当たり前である。
当時は車両1台程度の幅の道路で、その道路のギリギリまでジャングルが迫っていた。
その景色を想像しながら現場を見る。
写真では、よくわからないが、この道路(国道1号線)は登ったり下ったりと起伏に富んでいる。
で・・・飛行場方向からやって来た敵は、ちょうど上り坂を登って来たところ・・・・
ちょうどスピードも遅くなる場所である。
たぶん、ギアをローギアに入れ直してエンジンを吹かす感じではなかろうか?
そこへジャングルの茂みの中から5名の日本兵が飛び出して、運転手を射殺したのである。
下り坂のスピードが出ている状態だったら、運転手を狙い撃ちするなんて無理である。
なるほどねぇ~
ここだからら、それができたわけだ・・・
リーダーの“イズミさん”の当時の戦闘要図を使っての解説を聞きながら納得である。

当時の雰囲気が全く残っていないジャンピー街道だが、裏手のほうに、多少、緑の残っている場所があるという。
「行ってみますか?」と“イズミさん”の声に、他の参加者たちの反応が悪い・・・(苦笑)
「是非!行ってみましょう!雰囲気だけでも味わいましょう!」と拙者から意見具申・・・(笑)
道路沿いの住宅街の中に入り、少し、緑の残っている場所を見る。

DSCN3055_convert_20161016204030.jpg DSCN3056_convert_20161016204056.jpg

当時はジャングルだったのだろうが、切り開かれて、住宅街となっていた。
我が町にある、どこかの団地という感じなのである。
しかも、かなりの「高級住宅地」・・・
緑の残っていた場所は、ここだけである。
ここにも、そのうち家が建っちゃうんだろうなぁ~(汗)

あの青空に白い落下傘がいくつも開いてフワリフワリと、このあたりに着地したんだろうなぁ~
降下したのは午前中・・・午後になると空が曇ってしまうので、午前中じゃないと降下地点が分からないから、午前中に降下したという。
季節は違うが、今も同じ・・・午前中は晴れているが、午後になると雲が増えて、あっという間に曇り空となる。
なるほどねぇ~・・・・とまたまた関心・・・

次の目的地に向かう途中で見かけた建物・・・・

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どうもホテルのようである。
いやぁ~・・・なかなかいいなぁ~こういう建物・・・・

次に向かったのは、「博物館」・・・・
博物館好きの拙者としては大感激である。
(旅行の日程表には書かれていなかった)
どうも歴史博物館・郷土博物館のような博物館だった。

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DSCN6115_convert_20161016213134.jpg DSCN6116_convert_20161016213201.jpg

館内は、冷房が効いていなくて暑い、暑い・・・・(大汗)

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機織り機の展示があった。
東南アジア各国の博物館に行くと、よく機織り機が展示されている。
フィリピンでも台湾でも見かけた。
形は違うが、タテ糸とヨコ糸で、パッタン、パツタンと織ることには違いはない。
「布を織る」という、このやり方は、いったい、どこの誰が最初に考えたのだろう?
どこから伝わってきて、どこに向かって伝わっていったのだろう?
各国で織り機の構造が若干違うというのは、どういうわけか?
う~ん・・・この機織り機を見るたびに思うのである・・・(笑)

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民族衣装の展示もあった。
最近になって、なぜか服の模様とか装身具のデザインなどに興味を持ち始めた。
なんでそうなったのか・・・自分でも全くわからない。
突然・・・なのである。(笑)

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金の装身具・・・
どこかしらフィリピンで見たものに似ている気がしないでもない・・・
服の模様は4着だけでは、わからない。
もっとたくさんの物を見ないと何とも言えぬ。
装身具も同様だが・・・
もっとたくさん展示してくれたらいいのになぁ~と思う。

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王様(サルタン?)の部屋を再現した展示。
なかなか豪華である。

時刻は11時を過ぎた・・・
次に向かうのは、オランダ統治からの独立を記念した記念塔(碑?)・・・・
ここも当初の旅行行程には入っていなかった場所である。

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面白い形の記念碑(?)である。
こういうデザインの建造物・・・・日本にも欲しいなぁ~(笑)
中央に飾られている、鷲のような鳥は、インドネシア共和国の国章で、「ガルーダ・パンチャシラ」という。
このガルーダというのはインドの神話に出てくる神の鳥で、インドネシアは、この鳥を国章につかっている。
インド神話に出てくる鳥ということは・・・ヒンズー教の影響を受けていたということになるが、現在のインドネシアはイスラム教国である。
共存しているというか・・・インドネシア国民には違和感はないのだろうか?(苦笑)
ここインドネシアでは「ガルーダ」と呼んでいるが、他の国では「ガルダ」と呼んでいる。
以前、カンボジアに行った時にも、この「ガルダ像」を見た覚えがある。
その昔・・・・インドのヒンズー教は、東南アジアの広範囲に広まっていたということなのだろう。

この「記念碑」は内部が小さな資料館になっていて見学できるのだそうだ。
そうなると・・・呼び名は「碑」というより「塔」のほうが相応しいかも・・・・

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内部は3階か4階になっていたと思うが、狭いながら、回廊式に展示物が飾ってあった。
すべてインドネシアの独立に関するものである。
入場料は各自の支払いということで入ったが、これがちょっと面白い。
確か、20,000ルピア(約170円)を支払ったのだが・・・もらったチケットが4枚!(笑)
1枚5,000ルピアのチケットを4枚差し出してきたのである。(唖然)
このチケットには「Rp.5,000/Orahg」と書かれている。
つまり、1人5,000ルピアという意味だと思うのだが・・・
4枚出したら、4人が入館したことになっちゃうんじゃないのかな?(苦笑)
一応、金額のほうを合わせて、「領収書代わり」ということで4枚出したんだろうか?
1人20,000ルピアなら、最初から「20,000ルピア」と印刷したチケットを作ればいいのに・・・(大笑)
よくわからん・・・(苦笑)

ここで日本軍の機関銃を見つけた!(大喜)

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日本陸軍の九二式重機関銃である。
リーダーで元自衛官の“イズミさん”は、「似てるけど違うような気がする」とおっしゃっていたが・・・・
いや、いや、これは間違いなく日本の九二式寿機関銃だと思う。

最上階に更に梯子が・・・・
ここを登ると屋上に出られるそうだ。

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屋上に登ってみたら・・・手摺も何もない・・・(大汗)
ただの屋根の上なのである!(驚)
高所恐怖症の拙者としては、非常にマズイ場所に来てしまったことになる。(涙)

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ここが屋根の上・・・・(汗)
梯子を上って、この丸い穴から屋根に上ったのである。(苦笑)

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“屋上”からの眺めは非常に良い!
アンペラ橋がよく見える!(喜)
が・・・やっぱり、ちと、怖い・・・(苦笑)

屋上からの眺めを堪能し、下に降りる。
時刻はお昼・・・・
このあとは、昼食に向かう・・・・
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旅行 | 11:54:44 | Comments(0)
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