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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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精油所に行く
当時のパレンバンには、ムシ川の支流を挟んで2つの精油所があった。
西の製油所はオランダ資本の精油所で、東の精油所はアメリカ資本の精油所だった。
ここには当時、非常に珍しく、また貴重でもあった高オクタン価の航空用燃料を製造する設備もあった。
これは是非とも無傷で手に入れなければなるまい!(笑)
昭和17年2月14日、午前11時半に、ここに降下したのは「石油精製所急襲部隊」の99名の兵士たち。
たった99名で、ここを占領するというのだから「無茶振り」にもホドがある・・・(大笑)
しかも、その99名が二手に分かれて東西二ヵ所の精油所を占領するというのである!(驚)
ここを防衛しているオランダ軍の兵力は約500名・・・・
5倍以上の敵を相手にすることとなる。(唖然)

現在、この精油所はプルタミナ国営精油所となっていて、今も同じ場所で稼働している。
その設備は当時のままなのかどうかは知らないが・・・
場所は全く変わっていない・・・・

まず、精油所の事務所に伺い、構内見学の許可を求める。

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管理事務所(?)の中に精油所の模型があった。
このツアーの出発前に簡単に戦史を勉強したのだが、その中で、当時の日本軍の戦闘経過要図に「トッピング」と表記された場所がいくつも書き込まれていた。
この「トッピング」とは何のことやら、全く分からなかったのだが・・・
事務所の職員に尋ねてみたら、この模型の設備(プラント)が「トッピング」というものだそうである。
ようやく“謎”が解けた・・・(喜)

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事務所前の駐車スペースはムシ河に面している。
日本軍に攻められたオランダ軍は、最終的に、ここから船で逃げたらしい。

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精油所の職員(所長さん?)がバスに乗り込み同行・・・・
構内を巡ることとなる。
もちろん、下車はできない。
車窓からの見学のみである。

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事務所の裏手には住宅地が広がる。
これは社宅だそうで、建物はオランダ統治時代に建てられたものだそうである。
ということは・・・当時のまま?(驚!)
西精油所を制圧する60名の日本兵たちは、この住宅地を突っ切ったので、当時そのままの景色ということになるか?
この洒落た住宅の脇を日本兵がパタパタと走って横切っていたの?(苦笑)
どうもイメージがわかないのだが・・・・
この住宅地には日本兵も戸惑ったかも・・・(苦笑)

この敷地を一度出て、川を渡って東精油所へ向かう。
プラントを間近で見る許可は得られなかったが、この橋のところからならプラントの撮影はOKとのこと。
バスを降りて写真撮影・・・

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川の右側にあるのが東精油所、写真の左にあるのが西精油所である。
今でも、その場所は当時と同じ・・・・変わっていない。

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川沿いに並ぶ建物の向こう側・・・ヤシの木が見えるさらに向こう側に39名の日本兵が降り立った。
たった39名である!・・・・しかもバラバラ・・・・
早くも、あのあたりで長谷部少尉が戦死、川上一等兵、池野伍長が負傷している。

敷地内の、昔、ヘリポートとして使われていた広場で下車・・・
周囲を見渡し、当時を想像する。

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日本軍の降下地点方向を見る・・・・
あの空に白い落下傘がいくつも開いて降りて来たのだろう・・・・
オランダの守備兵は、さぞかしビビったに違いない・・・(笑)
降下地点は、当時は湿地帯・・・
遮蔽物もそれほどなく、平坦な場所だっただろう。
見たところ、現在は湿地帯という感じには見えないが、おおよそ当時もこんな風景だったに違いない。
その湿地帯にズボッ、ズボッと落下したわけで・・・
そこから移動するのは大変だったろうなぁ~と思う。
当然、39名はバラバラである。
彼らが所持していたのは拳銃1丁と手榴弾2発、軍刀だったという。
小銃や機関銃は「物料箱」という箱に詰めて人間とは別に落下傘降下させた。
が・・・人間のほうは落下傘を操作して目的地に着地できるが、「物料箱」のほうは、そうはいかない。
風に流され、どこへやら・・・・(唖然)
仕方がないから拳銃1丁で戦うこととなる。
これは飛行場を制圧した部隊も同様である。

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この広場に、鳩を連れてきている人たちがいた。
一体何をしているんだろう?
尋ねてみたら「戦う」のだという。
わからん・・・????
「闘鶏」は知っているが「闘鳩」ってあったっけ?(汗)
ガイドの話では、「どこまで高く飛ぶかを競う」と言うのだが・・・・
益々意味が分からない・・・・

再び橋を渡って西精油所に戻り構内を走る。

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原油タンク(?)の脇を走った。
これを見みないと、どうも精油所っていう気がしない。
当時、オランダ軍は、こういう原油(?)タンクをいくつか破壊したようだが、大した被害ではない。
原油はいくらでも採れるのである。(笑)
問題は精製設備のほうで、これを破壊されたら、修理して使えるようにするには何年もかかってしまうだろう。
復旧するまでに日本は干上がってしまうし、戦争にも負けてしまう。
幸い、無傷で手に入れることができたようなので、良かったが・・・
この経験が後々の日本軍の無謀な作戦につながっているのではなかろうかと拙者は思ったりするのである。
拳銃1丁だけしか持たない数十名の兵が、数百名の敵と戦って勝ったわけで・・・
この手柄話は非常に危険である。
精神力、根性で何とでもなる・・・となったのではあるまいか?
世の中はそんなに甘くないと思うのだが・・・(苦笑)
「運も実力のうち」という言葉もあるが、かなりの「幸運」だったわけで・・・
現地を実際に見てみると、益々、よくわかる。
「勝って兜の緒を締めよ」をしなかった日本軍は、その後、負け続けて悲惨な敗戦を迎えることになる。

“成功”の中にも多くの反省点があるはずだが、そこはフィードバックしなかったのだろうか?
「やった!やった!」とはしゃぎまわるのは、わからないでもないが、大事なのは、その後である・・・・
今も昔も変わらない・・・
「東京オリンピック誘致成功」で大はしゃぎして・・・・その後は、ひどい有様である。
ただの“お調子者”の集まりでは、うまくいくものもうまくいかなくなる。
戦史から学ぶべきではなかろうか?
拙者が青年会議所にいた頃にも、よくこういう指摘をしたが・・・・
「もう済んだことだからいいじゃないか」「うまくいったんだからいいじゃないか」と相手にされなかった。
成功しても反省点はいくつもある。
それを検証して次に同じミスを犯さぬようにすべきである。
ミスが“失敗”につながらなかったのは、ただ運が良かっただけのことである。
が・・・そういう考えは逆に相手にされなかった。
だから、いつまでたってもレベルが上がらないのだと思う。
あれから10年以上も経った今・・・我が町の青年会議所は、かなりレベルが落ちていると聞く。
当然だな・・・・

精油所を案内してくれた職員の方を事務所まで送り届けてお別れ・・・・
敷地を出て、次に向かったのは、ムシ河沿いにある、当時、連合軍(オランダ軍?)のパレンバン地区防衛隊の兵舎があった場所である。

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白壁のように見えるのが、昔の要塞・・・
たしか、オランダに統治される前に造られた要塞で、本来は、オランダのような西洋侵略者(大笑)から国を守るために造られたものだと思うんだけど・・・あっけなく占領されちゃった?・・・(大笑)
で・・・ここがオランダ軍の兵舎(もしかしたら司令部もあったかな?)として使われていた。
日本軍は、ここを攻撃はしていないようである。
その前に、オランダ軍は船に乗って逃げちゃったらしい・・・・(大笑)
その後に日本軍が収用し、パレンバン防衛隊司令部として使用している。
現在はインドネシア軍の施設となっているので、内部には立ち入れない。
外観を見るだけ・・・・

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この要塞の目の前は、ちょっとした広場になっていた。
このあたりは昔からの船着き場だった場所。
日本軍はパレンバンを攻略するのに、まずは落下傘部隊で精油所と飛行場を制圧。
その次に輸送機で確保した飛行場に後続の空挺隊員を送り込み・・・
最後に輸送船で主力部隊の第38師団を送り込んだ。
第38師団は名古屋で編成された師団で、香港攻略戦に参加し、続いて、このパレンバンの攻略に投入された。
そして、この後、ガダルカナル戦に投入され悲惨な戦いを経験することになる。
その第38師団が上陸したのが、このあたりである。
写真の左に見える橋は「アンペラ橋」というパレンバンでは有名な橋・・・・
戦時中には、ここには橋は架かっていなかった。
この橋は、戦後賠償として日本が架けた橋だそうである。

この要塞前の広場で、中学生くらいの子供たちがボールを蹴って遊んでいた。
と・・・一人の男の子の思いっきり蹴ったボールが、我がツアーの唯一の女性参加者の顔面を危うく直撃しそうになった!(驚!)
「ウワッ!」と一瞬騒然・・・・
蹴った男の子もビックリして手で口を押えたまま地面にへたり込んだ・・・
そりゃそうだろう・・・我々“外国人”観光客の顔面に危うくボールを当てそうになったんだから・・・腰も抜けるだろう。(大笑)
「すみません!」と言いたいのだろうが、突然のことで声が出ないらしい・・・(大笑)
そこで・・・流暢なインドネシア語が話せる拙者は・・・・(大笑)
「サマ、サマ!」と声をかけてやった。
で・・・・しばらくしてから気が付いた・・・・
「サマ、サマ」は「どういたしまして」という意味だ・・・(大汗)
顔面にボールを当てられそうになって「どういたしまして」はおかしいよなぁ~
ありゃ・・・「ティダック、アパ、アパ(気にするな)」が正しかったか?(大汗)
間違えた!(大笑)
知ったかぶりして・・・ドジ踏んだ・・・(苦笑)

時刻は午後5時・・・・
今日の夕食は、このすぐ近くのレストランだという。

雲行きが怪しい・・・・
黒い雲・・・そして生暖かい風が吹き始まった・・・・
ヤバイ・・・これはヤバイ・・・・
過去に何度も経験しているが、これはスコール(土砂降り)の前兆である。
こういう勘は拙者は100%当たるのである。(笑)
「もう少し、このあたりを散策しましょうか?」との声があったが・・・・
これ、絶対ヤバイって!(苦笑)
「いや、少し早いけど、レストランに向かったほうがいいですよ」と強く意見具申させていただく。
が・・・・「(雨が)来るぞ!来るぞ!」・・・・と言っているのだが、誰も急ごうとしない・・・・(汗)
以前、カンボジアでも同じことがあった。
なんで、みんなはわからないのだろう・・・

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レストランは、ムシ河に浮かぶ船・・・・いわゆる「水上レストラン」である。

船の舳先に行って写真を撮る。

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このムシ河に架かっている橋が「アンペラ橋」・・・・
2本の橋脚の間の部分がエレベーターのように上に上がる「昇開橋」だそうである。
写真の左の川岸に第38師団の将兵たちが上陸した・・・・

この写真を撮った直後、いきなりの豪雨・・・・日本で言うところの「ゲリラ豪雨」、いや、それ以上の土砂降りである。
間一髪であった・・・・(大汗)
ツアー参加者は騒然となったが・・・
あの雲の色と、あの風を感じたら、次は、こうなるというのは当たり前の事なんだけど・・・・(汗)

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夕食後、ホテルへ・・・・
午後7時、チェックイン。
もちろん喫煙室をお願いしたので、みなさんとは違う階の部屋である。(大笑)

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ホテルのスパにマッサージを頼んでみる。
2時間で350,000ルピア(約3000円?)だった。
フィリピンなどでは、ホテル内のマッサージを頼むと、かなり割高という感じなのだが・・・
2時間で3,000円程度?
1時間だと・・・・1,500円???
1時間が3,000円というなら、わかるけど・・・・(汗)
あれ?・・・・ほんと?・・・間違っていない?
拙者は数字音痴である・・・(涙)
換算レートを間違ているのではなかろうかと不安で仕方がなかった。(大笑)
マッサージ嬢は英語が話せる人だったので助かった。(笑)
片言英語で“世間話”(?)しながらマッサージをしてもらう。
案の定、拙者のことを日本人だとは思っていなかったようで・・・・
なんで、そうなるのかな?(苦笑)
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旅行 | 09:20:18 | Comments(0)
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