■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

■最近の記事
■月別アーカイブ

■カテゴリー
■FC2ブログランキング
■ブロとも申請フォーム
■最近のコメント
■小さな天気予報


-天気予報コム- -FC2-

■ブログ内検索

■リンク
■RSSフィード
■FC2カウンター

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
『二・二六事件への挽歌』


まえがき

1 脈うつわが反骨

辺境に叫ぶ“不良分子”
   毒一連隊長との出会い
   二人の同期生―小松が食った処罰
   ついに連隊長と衝突
   任官直後に溜飲下げる
   寒稽古で大隊長をダウン
   たけり狂う毒一郎
   「チチキトク」に休暇闘争
   理由もないムチの一撃
   悪意にみちた重謹慎処分
   小松少尉、免官となる
終生の進路を決める
   気分一新の戸山学校派遣
   快男児、野田又雄
   生まれ変わった原隊
   意外な小杉の結婚相手
   羅南駅頭の一大ハプニング
   卑劣きわまる奥中尉の誘惑
   くやし涙に明けた正月
   万感を胸に・・・戸山教官へ転出

2 高まりゆく鳴動

革新の潮流にもまれて
   小松重雄と再会―その数奇な運命
   共産党員として消息を絶つ
   久邇侯爵の思い出
   革新の気秘めて
   桜会出席
   北・西田・村中との出会い
   北の言説と青年将校たち
   あけっぱなしクーデター計画
   「どうとでもしやがれ」
   十月事件、不発に終わる
   余燼くすぶる松仙閣の忘年会
   井上日召と西田の確執
血盟団事件から五・一五まで
   新校長・渋谷少将を迎える
   梅窓院のつどい
   血盟団事件で古内をかくまう
   無念、脱出前夜の手入れ
   首領日召、ついに自首
   村中の陸大落第作戦
   異色の英才・渋川善助
   押さえきれぬ海軍の血気
   二重の衝撃、西田のまきぞえ
   戸山学校内に軟禁される
   西田税はなぜねらわれたか
   北・大川・西田の関係
   人間関係の醜さ
   『青年日本の歌』の作者考
夢みる昭和維新の星々
   磯部浅一中尉の上京
   “浪人の心意気”ということ
   松浦邁の悩み
   わが道を行く
   大岸頼好大尉と相識る
   松浦少尉、警世の大一文
   怪文書の乱発時代
   秋田に相沢三郎少佐をたずねる
   『皇道派』という名について
   「赤ん坊と二人分働きます」
   竜馬を思わせる怪物・大岸
   神兵隊事件前後
   誤れる憲兵情報への怒り
   荒木陸相への悪意の大きさ
   問題化する北・西田への接触
“行動派”へひた走る日々
   青山のアジトのころ
   中央部幕僚の弾圧強まる
   林正義海軍中尉のこと
   大岸頼好の統帥論
   西田と大岸に深まるミゾ
   八幡博堂という男
   数奇な大岸の後半生を思う
   昭和9年元旦の感慨
   松浦邁の奇矯と純情

3 “前夜”への奔流

忠誠とは、死生観とは
   極東オリンピックをけとばせ
   一度は納得した西田修平
   相沢中佐の中耳炎さわぎ
   霊験あらたか、元上等兵の祈祷
   風雲児・黒木親慶の死
   奇縁で知った忘れがたみ
   相沢、池田中佐の言に怒る
   大岸の士官学校綱領批判
   渋川と郵便局ギャング事件
   第1連隊勤務で会心の提案
   母の死に転機を誓う
   秋季特別大演習の感懐
昭和の大獄・十一月二十日事件
   佐藤勝郎候補生の不審な挙動
   辻政信におけるジキルとハイド
   士官学校での辻大尉
   皇道派憲兵といわれた森木少佐
   獄中から片倉、辻を告訴
   中村義明の上京
   天皇機関説問題と宇垣上京阻止
   長岡幹事と“統帥”大論争
   重謹慎5日の処分を食う
   くびになった長岡幹事
   林陸軍大臣の“人物”
   「粛軍に関する意見書」の配付
相沢三郎、ついに先陣
   永田への“最後通牒”
   真﨑総監の罷免・村中らの免官
   中村義明のロマンス実る
   相沢中佐、決意の上京
   “日本で一番悪い奴は・・・・”
   天誅の刃、統制の府に舞う
   第一報にさわぐ胸の血
   「嘘をつくことは苦しいものだ」
   義挙が生んだ西田・大岸の復交
   末松太平の結婚にひと役
   特別弁護人決定のいきさつ
   青年将校を全学連に対比する無礼
   狂人仕立てとは何ごとか
   中隊長として羅南復帰へ

4 北辺にたぎる苦悶

おれは必ず帰ってくる
   いいか、まだまだ早いぞ
   玄界灘に相沢を思う
   心中策あり“無言の第一声”
   貴重品とは何のことだ
   盟友朝山小二郎と佐々木二郎
   まず大隊長をやりこめる
   二将軍の巡視を迎えて
   連隊長と「公私」論争
   “変わった男”の異名とる
運命の朝、衝撃の飛電
   おい、顔が真っ青だったぞ
   流血、邦家を浄め得るか
   連隊長に誠心の開陳
   「独断で東京に行ってくれ」
   暁のショック、撤兵勧告打電へ
   いまさら上京もムダです
   逮捕―間一髪で重要書類を隠す
   西田ゆかりの合同官舎
   のぞき見た調書に怒り
   話せる法務官・卑劣な連隊長
   剣付き鉄砲の下で面会
   護送の車中で思わぬ悲報
史実と俗論―松本清張氏に与う
   記録類の意外な誤り
   うがちすぎた推理も困る
   山口大尉の演説事件
   AB“二つの会合”とは何か
   松本清張の愚論を叱る
   なぜ2月26日に決行したか
   安藤大尉の苦渋を分析
   決行に踏み切らせたもの
   西田税の心境の推移
   秘密を知った夫人の苦衷
   妄説“北と三井のくされ縁”
   いわれない西田への曲解

5 長恨のわかれ

代々木原頭、夏草のむせび
   全国的な大検挙を知る
   中橋中尉と指信号交換
   相沢処刑・同志への判決
   対馬中尉、最後の微笑
   処刑前夜・・・・時ならぬうたげ
   貴様らのまいた種は実るぞッ!
   実弾、三たび耳を裂く
   英魂よみがえる雷雨の初七日
   予審中のただ一つの嘘
   日本の運命を予告した北一輝
   驕倣、国を誤るのとき
   公判第一歩で法務官にかみつく
   一方的な裁判の運行
   求刑は8年の禁固
   “大いなるもの”に托す運命
かけめぐる獄中の悲懐
   真﨑大将に対する曲解
   真﨑大将の真情の告白
   真﨑はただ“気の毒な将軍”
   有名税?の禁固4年
   江藤中尉の自殺的戦死
   片岡俊郎との再会
   小川三郎の自殺的戦死
   無冠の身に西田との永訣
昭和聖代の一大ご失政
   看守長に先制、仕事も辞退
   なんでオレの評判を気やすく・・・・
   北・西田がなぜ殺されたか
   胸えぐる磯部の証言
   鋭利な三島由紀夫の卓見
   立石曹長の自殺未遂
   転向勧誘でモンニャク問答
   貴様らにも病名をつけてやる
   減刑の恩着せに怒り爆発
   法相上願を決意、所長あやまる
   3年2か月ぶり、ついに仮出所

6 エピローグ

一切空に散った北一族
   すず子夫人の終焉まで
   大輝の不心得を一喝
   “おあじが迎えにきた”
   張群にいだかれて故山へ

2・26事件の歴史的な意味・・・・・・・・高橋正衛

主要人名索引


著者は、早いうちから、この「2・26事件」となる“昭和維新”の計画に関わっていた元陸軍大尉。
「相沢事件」の相沢中佐とも知り合いで、また、「2・28事件」を引き起こす首謀者たちとも面識があった。
ある意味、首謀者の一人ともいえるかもしれない。
しかし、事件当日は、著者は外地(海外)に転任していたため“事件”には加わることができなかった。

著者が親しく交流していたのは、事件を起こした現役青年将校より、すでに免官となって軍隊を辞めていた西田税や磯部浅一だったようである。
特に西田とは親しかったようである。

私の祖父も“蹶起”に参加しないかと誘われたが断っている。
誘ってきたのは、確か近衛騎兵連隊にいた篠村御民という人だったと思う。
当時、祖父は中隊長・・・
もし、あの時に部下を率いて“蹶起”に参加していたら、その後、間違いなく首謀者の一人として処刑されていただろう。
篠村氏は西田税と親しかったという話を聞いたことがある。
ならば西田からの誘いだったのかと思っていたのだが・・・・
本書を読んでみると、西田は“蹶起”は時期尚早ということで、2月26日の実行にはギリギリまで乗る気ではなかったようなのである。
そういう人が、他部隊の中隊長を巻き込もうとしたのだろうか?
どうも、そのところがわからない。
「もし、そういうことが起こった時は手を貸してくれ」程度の話だったのだろうか?
祖父になぜ「2・26事件」に加わらなかったのかを尋ねたことがあったが、理由は教えてくれなかった。
祖父を誘った篠村氏は、事件後、“叛乱者”に近い人物として軍隊をクビになっている。
が・・・その後、再び軍人に返り咲き、確か90歳ぐらいまではご存命だったと思う。
戦後、氏が祖父に送って来た自筆の「馬の絵」を見たことがあり、そこには「八八翁」だったか「九十翁」だったか、なにか年齢が書かれていたのを記憶している。

著者の大蔵大尉は、事件には直接参加していないが、「叛乱者に利する行為をした」との罪で禁固刑になっている。
事件後、多くの“同調者”が処分を受けているが、外地にいて、これといって何もしていない著者が禁固刑というのは、ちょっとやりすぎではないかという気がする。
本書を読んでいみると、いかに著者が「反骨精神」旺盛な人なのかがよくわかる。
生粋の「血気盛んなる青年将校」という感じ・・・・
読めば読むほど、私と似た性格なので笑ってしまったが・・・
そういう「反骨精神」が禁固刑を招いたのかもしれない。

事件に関しての後世の論評にはかなり手厳しい指摘をしている。
特に、西田税が、かなりの誤解をもって描かれていることには憤慨している。
また、松本清張の書いたものに対しても、かなり厳しい批判をしている。
外地に転出する直前まで、彼らと行動を共にしていただけに、内情をよく知り、西田税、北一輝あたりの人物のこともよく知っているだけに許せないのだろう。
そういう意味でも、本書は非常に貴重な「証言」であると思う。


今年の読書:49冊目

スポンサーサイト


読書 | 10:33:51 | Comments(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。