■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

■最近の記事
■月別アーカイブ

■カテゴリー
■FC2ブログランキング
■ブロとも申請フォーム
■最近のコメント
■小さな天気予報


-天気予報コム- -FC2-

■ブログ内検索

■リンク
■RSSフィード
■FC2カウンター

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
乃木別邸
DSCN2831_convert_20160911132336.jpg DSCN2840_convert_20160911141201.jpg

乃木別邸

昭和41年栃木県史跡指定
栃木県那須郡西那須野町石林820番地

乃木邸の地は、文化年間の頃は当所 石林の薄井氏が所有し、明治13年鹿児島藩士 吉田清皎氏(静子夫人の叔父)が手に入れる迄に所有者が3人かわりました。
吉田氏はここで農園を営みましたが、明治23年急逝の後、乃木将軍が農地3ヘクタール・山林10ヘクタール・家屋共ゆずり受け農耕に従事せられ、同25年母屋を新築、旧家を納屋として使用され、つづいて石蔵・肥料舎・農具舎・薪小屋等を建て、御夫婦自ら鋤・鍬をとられ村人と共に収穫を喜び、詩歌を吟ぜられる生活をされ、勧農の範をたれ給いしところです。
大正元年9月13日明治天皇のみあとを慕い奉り殉死の後は、将軍の遺言に依り実弟 大舘集作が住み、昭和3年以降神社により維持保存するところとなりました。
旧家は、昭和46年不審火による焼失の後、復元。
母屋は、平成2年10月過激派による放火で被災し、5年4月旧体に復元したものです。

(説明板より)


史跡 乃木希典那須野旧宅

栃木県指定文化財
昭和41年3月18日

乃木希典は長州藩支藩の長府藩出身の陸軍大将・伯爵である。
後に、学習院院長なども務めた。
明治24年、この地に約14ヘクタールの土地を求め、静子夫人の叔父(旧薩摩藩士・吉田清皎(きよあき))が所有していた土地と家屋を譲り受けた。
当初は住宅一棟と納屋があったが、同25年、乃木将軍は自ら設計して農家風の質素な別邸を建てた。
栗の木の板を小さく切って重ねた栗木羽葺(くりこばぶき)(後に瓦)平屋で、建坪は間取り寸法が関西間風で建てられているため53坪であるが、関東間(かんとうま)に換算すると約57坪となる。
土間と囲炉裏があり、畳の部屋は八畳間が3つ、六畳間が変形六畳を含めて3つ、その他物置場・屋根裏部屋等がある。
乃木将軍は生涯に4度の休職をしたが、別邸を建ててからは休職中(のべ48か月)の多くをこの別邸で過ごし、晴耕雨読の生活を送り、村人とも親しく交わったという。
なお、別邸は平成2年(1990)に焼失し、同5年(1993)3月に復元された。

那須塩原市教育委員会

(説明板より)
スポンサーサイト


史跡 | 22:08:42 | Comments(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。