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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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『敗兵』
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山田部隊

ミンダナオ島へ

ミンタル

戦闘前夜

死闘

稲荷山

敗走

地獄の最前線

原住民との生活

終戦

捕虜収容所

戦場における人間記録(宇都宮泰長)

あとがき


ミンダナオ島の戦記というのは、あまり見かけないので、珍しいと思い読んでみた。
何度も現地には行っているが、細かいところがよくわからないので、また現地に行った時の参考になるかと思って読んだでみたら、驚いた・・・・
著者は「山田部隊」の兵だったらしい。
「山田部隊」・・・・
この慰霊碑が現地に在って、私は2度ほど参拝させていただいている。
へぇ~・・・あの部隊の人なのか・・・・
この部隊の戦歴について、よく知らなかったのだが、本書を読んで大筋がわかった。
あくまでも本書は一個人の体験記なので、部隊全体のことは分からないが・・・・
それでも大いに参考になった。
例えば、ミンタルの陣地・・・・
米軍の攻撃を受けたあの川岸の陣地・・・・
私は、この川岸の陣地のすぐそばを通ったことがあるので、まさかあの場所に陣地があったとは・・・と驚いた。
次回、訪問した時に、よく見てこようと思う。

この「山田部隊」の慰霊碑は、現地在住の日本人の自宅の敷地内に建っている。
ご両親とも日本人で、戦前にフィリピンに渡って来た人。
その方はフィリピンで生まれ育った“日本人”である。
戦時中は、まだ少年で、お茶くみなどの給仕の手伝いをしていたそうだが、大戦末期になり現地召集されて日本軍の兵隊になった。
配属されたのは、工兵隊だったと記憶している。
私がお会いした時は、素晴らしく綺麗で丁寧な日本語を話されたので、言葉遣いの悪い私などは冷や汗をかいた・・・
この方の厚志で、自宅の敷地内に自分の部隊ではないが、同じ日本軍の部隊である「山田部隊」の慰霊碑を建立することに協力し、その慰霊碑を守り続けておられた。
が・・・最近、風の便りで、どうもお亡くなりになったと聞いた・・・・
あの丁寧な日本語を、また聞きたいと思っていたが・・・・残念である。

「山田部隊」の慰霊碑は1974年に建立されている。
本書は昭和57年(1982年)に発行されているので、慰霊碑建立後なのだが、残念ながら慰霊碑に関しての記述は全くない。
著者は関係していなかったのだろうか?

以前、私が行ったことがある場所なので、読んでいて、よくわかる部分があり面白かった。
また、“敗走”した奥地のほうは、私が途中で引き返したため行ったことがない・・・・
もし、行けるのなら、どういう場所なのか行ってみたいと思う。
現地の戦跡を知るには参考になる本である。


今年の読書:45冊目

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読書 | 00:31:58 | Comments(0)
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