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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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墓参りのため上京
今日はお墓参りのため上京する。
毎年12月には、A級戦犯で処刑された土肥原閣下のお墓参りに行っているのだが、今回は、その二男のお嫁さんだった千嘉子さんのお墓参り・・・・

千嘉子さんに初めてお会いしたのは・・・
平成3年に拙者の祖父が亡くなった後だから、平成4年か5年のことだと思う。

たまたま12月・・・出張で上京して地下鉄銀座線に乗っている時、突然、土肥原閣下のことを思い出した。
「そうだ・・祖父が亡くなったことを墓前に報告しよう」と思ったのである。(笑)
祖父は、昭和11年、当時、留守第1師団の留守司令官(なぜなのかは知らないが、第1師団だけは「留守司令官」と呼び、第2師団以下の留守師団の場合は「留守師団長」と呼ぶ)の副官だった。
で・・・土肥原さん(当時は中将)が第14師団(宇都宮で編成)の師団長に転出し、中国大陸へ行くときに、副官である祖父に「土肥原家の墓」を建てる手配をするようにと命令されたという。
で・・・・拙者が大学生の時に、その話を聞いて、土肥原家の墓をお参りした。
その後、全くご無沙汰していたのだが、突然、なぜか、ふと頭に浮かんだのである。

久しぶりの、2回目のお墓参りの時に、会社の名刺を「名刺受」に入れておいた。
名刺の裏に、祖父が閣下の副官だったことを書いて・・・・
で・・・帰宅した翌日、会社に千嘉子さんからお電話をいただいた。
なんと、たまたま閣下の命日の前日に拙者は偶然にもお墓参りをしたのである。
まったく御命日のこと(処刑された日)に気づかず、たまたま・・・・だったのであるが・・・
「命日に墓参りをしたら、名刺があったので・・・・」とお電話を下さったのである。
あの時の驚きは今でも忘れられない・・・・

その後、まもなくして、拙者は戦時中のアルバムや祖父が閣下からいただいた手紙などを従兄から借りて、千嘉子さんに会いに行った。
それから20年以上も年賀状のやり取りを続けていたが・・・・
再び会いに行くことをしなかった・・・
またまた、大失敗である!(泣)
どうして、こうなんだろうねぇ~・・・・拙者は・・・・

もう10年以上も前のことになると思うが・・・・
お電話をいただいた・・・
「入院中、あなたの声が聞きたくて・・・・昨日退院したので早速お電話をしたんです」とおっしゃっていた。
「私の声で良ければ、いつでもどうぞ!」(笑)と答えたのだが・・・・
これがお電話で話をした最後となった・・・・
今思えば、あの電話は、会いに来て欲しいということだったのではないかという気がしてならない・・・・
なんで気が付かなかったんだろう・・・・
大間抜けである。

お亡くなりになってから、お墓に会いに行っても意味がないのだが・・・
今日は、千嘉子さんの御命日の2日前である・・・お墓参りをしないと気が済まない・・・
申し訳なし・・・・本当に申し訳なし・・・・
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日記 | 13:55:14 | Comments(0)
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