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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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『僕は少年通信兵だった』


はじめに

第1章 戦場へ旅立つ日
       出征、台湾へ
       少年軍属のなりたち
       東部八十八部隊へ
       基隆生活
       基隆実科女学校

第2章 生と死の間で
       サイゴン上陸
       南方軍通信隊司令部
       第二陸軍病院にて
       明号作戦
       ダラットへ

第3章 少年軍属戦えり
       ダラット5号兵舎
       “梁山泊”の人たち
       ダラット展望
       さらばダラットよ
       サイゴン将校集会所
       親父の話術

第4章 戦い敗れて
       運命のとき
       ユニオンジャックの旗
       タンフーの日々
       サンジャックへの道
       印象に残ったこと
       実科丙組の話
       バリヤ農耕隊日記


沖縄戦に散った学徒軍属隊  佐東喜三郎

比島派遣班記  大西芳澄・森田勝からの聞き書き

あとがき


本書は、「官立無線電信講習所」を卒業して、東部88部隊(通信第1連隊)に入隊した少年兵の体験談である。
陸軍の無線通信士(通信兵)の養成は「陸軍通信学校」だけかと思っていたのだが、こういう養成所もあったとは知らなかった。
戦局の悪化(?)により、修業期間が短縮され、繰り上げ卒業となるのは、その他の各種学校と同じ・・・・
ただし、繰り上げなので、14歳から18歳ぐらいまでの“少年”が、最終的には“戦争に行く”ことになってしまうわけで・・・・
いやはや、可哀想といういう気がしてならない。
著者は、通信第1連隊に“入隊”したらしいが、その後、サイゴンにある南方軍通信隊司令部に“軍属”として配属されたようである。
このところがよくわからないのだが・・・(苦笑)
兵役年齢に達していないからということで軍属扱いになったのかもしれない。
“軍属”となると、兵隊さんとは、ちょっと立場が違うので、そのあたりのことなどがよく書かれていて面白い。

無線通信のモールス信号というのは、難しいもので・・・・
私も高校生の時(16歳ぐらい?)にモールスを覚えてアマチュア無線の「電信級」の資格を取ろうとしてみたが、覚えられず断念した(大笑)
だから、モールスができる人は尊敬してしまうのだが・・・・
やっぱり頭の出来が違うんだろうなぁ~

本書の中に、フィリピンのクラークフィールドの気象観測班の通信室内の写真が載っていた。
私はクラークフィールドには、何度も行っているので、つい、嬉しくなってしまったが・・・
この写真にはヘッドフォンをして無線機に向かう少年たちが写っている。
マッカーサーがフィリピンに上陸し、クラークフィールドも戦場と化し、日本軍は山に籠って戦うことになったのだが、この写真に写っている少年たちは、その後、どうなったのだろう・・・・
そう思うと胸が締め付けられる思いである。
彼らは私より優秀でモールスを覚えられた少年たちである。
戦火に倒れたとなると、なんと優秀な人材を無駄に失ったかと思ってしまう。
戦争をするかしないかは、老い先短い“年寄り”が決め、実際に戦場で死ぬのは、未来のある若者たちである。

本書では、巻末に、沖縄に派遣された同じ少年通信士が書いた体験談と、フィリピンに派遣された少年通信士からの聞き書きを載せているので、内容がさらに充実している。


今年の読書:39冊目

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読書 | 23:06:25 | Comments(0)
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