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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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「大神」へ行く
観光マップによれば、「大神(おおが)」という場所に、太平洋戦争時、人間魚雷「回天」の訓練基地があったらしい。
そこに記念公園があるらしいので、タクシーで向かう。

DSCN2561_convert_20160730212600.jpg DSCN2550_convert_20160730212640.jpg

公園には実物大の「回天」の模型が展示されていた。



「回天一型改一」
(実物大模型)

全長:14.75m  直径:1m  全重量:8300kg
最大速力:30ノット(時速約56キロ)  航続時間:2時間15分(12ノット)
弾頭炸薬量:1550kg  乗員:1名

1945年(昭和20年)4月25日に大神回天訓練基地が開設され、5月23日より別府湾を訓練海域とした訓練が始まった。
訓練には「回天一型」を改良した「回天一型改一」が使用され、「回天一型」との大きな違いは、波切形状改正と潜水艦から搭乗する下部ハッチが無く陸地から出撃するものであった。
終戦間近の1945年(昭和20年)8月3日、大神基地から唯一の出撃があり、「回天一型改一」8基と隊員8名が危険海域の中無事に愛媛県宿毛湾麦が浦へ輸送されたが、発進待機命令を受けたまま終戦を迎えた。

(説明板より)


DSCN2563_convert_20160730214120.jpg
(人間魚雷 大神回天基地跡記念碑)

周囲にはいくつかの壕が残っているようなので、タクシーにはそのまま公園の駐車場で待ってもらい、一人、「回天基地の案内マップ」を頼りに徒歩で周囲の戦跡を見て歩くことにした。

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(圧縮酸素ポンプ室壕)

現地説明板の「配置図」では、「実用頭部格納庫」となっている。
どちらが本当なのかはわからない・・・(汗)

高台にある「住吉神社」に向かう。
この境内に「回天神社」があるらしい。

DSCN2601_convert_20160730220717.jpg (住吉神社)

DSCN2589_convert_20160730220641.jpg (回天神社)


回天神社

太平洋戦争末期の昭和19(1944)年に入ると戦局を逆転するために、魚雷を人間が一人搭乗できるように改造し、母艦の潜水艦から発進して敵艦に体当たりする戦法が考え出された。
昭和19年9月1日、山口県徳山市大津島で回天の訓練基地が開隊、続いて光基地(山口県光市)、平生基地(山口県平生町)が順次開隊し、ここ大神では昭和20(1945)年4月25日に大神突撃隊として、司令・山田大佐以下2,000名で発足した。
昭和20(1945)年8月2日、隊員8名が回天8基と共に高知県宿毛湾麦ヶ浦へ出撃のため進出した。
昭和20年8月15日の終戦とともに解隊したため、大神突撃隊からは突撃による戦死者は出ていない。
しかし、終戦10日後の25日、松尾秀輔少尉が基地内で自決したほか、空襲による犠牲者が出ている。
終戦に伴い神体を奉納していた回天神社は山田司令の依頼により住吉神社境内に遷座し、地区民がお祭りするようになった。
慰霊祭は3年に一度、関係者が全国より集まって行われ、その他の2年間は地区氏子の手で慰霊されている。

大分県日出町観光協会
2002年3月作成

(説明板より)



あのぉ~ここで疑問なんですが・・・(大汗)
回天の模型の説明板では、「愛媛県宿毛湾麦が浦」へ隊員8名と回天8基が派遣されたことになっているのですが・・・
こっちの説明板では「高知県宿毛湾麦ヶ浦」となっているのです・・・(大汗)
「愛媛県」と「高知県」・・・・どっちが正しいんだろうか?(苦笑)

「回天神社」の境内には、人間魚雷「回天」の模型と、「回天」の動力として使用された「九三式酸素魚雷」の駆動部が展示されていた。

DSCN2587_convert_20160731092122.jpg DSCN2582_convert_20160731092036.jpg

「回天神社」がある高台から下を見る・・・・
手前の池のようなものは「養魚場」らしい。
その向こう側に、「回天」を発進させる「スロープ(滑り台)」があったようである。

DSCN2603_convert_20160731092845.jpg

「回天神社」のある高台を降りて、さらに周囲を散策する。

DSCN2611_convert_20160731093146.jpg DSCN2609_convert_20160731093100.jpg


回天格納壕

昭和20年8月3日大神基地から唯一の出撃があり8名の隊員及び整備員が、回天8基と共に宿毛湾麦ヶ浦へ、その時に8基を一列に格納していたトンネル跡です。

(説明板より)


DSCN2615_convert_20160731094605.jpg DSCN2614_convert_20160731094531.jpg
(各科の倉庫壕)

各種の壕がいくつも残っているが、周囲は雑草が生い茂り近づけない。
季節を間違えたな・・・(苦笑)・・・・冬に来るべきだった・・・(大笑)
もう少し、この周辺を整備してくれるとありがたいのだが・・・・

DSCN2620_convert_20160731100225.jpg DSCN2621_convert_20160731100304.jpg

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燃料格納庫

アルコール、重油、鉱油等の燃料が格納されていた素掘りの壕。
内部はL型になっており、戦後しばらくは燃料等が格納されていました。
隣接して配置されていた各科倉庫壕は、非常時に使用する目的で造られていたものと思われます。
しかし、その詳しい用途は分かっていません。
周辺に爆雷艇「震洋」、飛行機運搬車格納庫、弾薬庫などがありました。

(説明板より)



燃料格納壕が“素掘り”というのが解せないが・・・
弾薬庫や燃料庫は、安全性を考えて、コンクリートなどで頑丈に作ると思うのだが・・・
大戦末期だったので、そこまではできなかったのか?
各科倉庫壕はコンクリート製のようなんだけど・・・
燃料庫の場合、揮発性が高いから、どこかに“ガス抜き”の穴か煙突があっていいはずだが、それはどうなっているのだろう。
素朴な疑問である・・・・

高台に登る・・・・
このあたりは、兵舎などがあった地域である。

DSCN2628_convert_20160731102235.jpg DSCN2629_convert_20160731102303.jpg

たぶん、このあたりが士官官舎跡だと思う・・・・

DSCN2630_convert_20160731102335.jpg DSCN2631_convert_20160731102400.jpg

この畑になっている場所には、当時は本部が置かれていた。

このあたりは住宅地になっている・・・・
そのためか、「ここが○○跡です」というような案内板や標柱は建っていない。
拙者のようなマニアックな人間にとっては、表示板のようなものを是非とも設置してもらいたいが・・・(笑)
この地に住んでいる方々にとっては迷惑だろう・・・・
これはやむを得ないな・・・

約1時間・・・・
タクシーを待たせたまま、周囲を散策した。(大笑)
実は、まだ見足りないのだが、これ以上待たせたら運転手さんに申し訳ないしねぇ~(大汗)
見始まったらキリがない・・・このあたりで見学は打ち切ることにする。(大笑)
今日は、とにかく暑い・・・・
喉が渇いてカラカラ・・・
駐車場に戻り、真っ先に自販機でスポーツドリンクを購入!
ここに自販機があって助かった。(大笑)

このあとは、真っすぐ別府に戻ることにする。
近くの駅というと・・・「日出駅」のようなので、駅までタクシーで向かう。

途中・・・
運転手さんから「大学の先生なんですか?」と尋ねられた。(大汗)
なんで、そう思われたんだろう?
ただの“オタク”(マニア)と思われておかしくないと思うのだが・・・
過去にも何度か大学の先生と間違えられたことがある。
東京大学の構内を歩いていて、大学の先生から挨拶されたり会釈されたりしたこともある。(大笑)
う~ん・・・拙者は、かなり“知的なオーラ”を出しているんだろうねぇ~(大笑)
間違っても「痴的」ではない・・・「知的」である。(大笑)

こういうのが、また楽しい・・・・(大笑)
一体、私は何者でしょう?
刑事からはヤクザだと思われ・・・・
ヤクザからは同業のヤクザか刑事だと思われ・・・
海外へ行けば元軍人だと思われ・・・・
自衛隊へ行けば、退職自衛官だと思われ・・・
史跡巡りをすれば、大学の先生だと思われ・・・
もう、楽しくて仕方がない。
他人というのは、拙者を見て、勝手にいろいろと想像をめぐらすようである。
で・・・・
拙者が田舎の町工場のバカ息子だと言い当てた人は一人もいない・・・(大笑)

DSCN2632_convert_20160731110122.jpg

午後4時半に「日出駅」に到着したが・・・・
は?・・・へぇ?・・・・これが・・・駅?(唖然)
これは地下壕?(大笑)
トンネルの部分しかない・・・・

DSCN2634_convert_20160731110148.jpg

内部は・・・やっぱり地下壕っぽい・・・(苦笑)
地下壕ばかり見て回ったから、拙者の頭がおかしくなったのか?
なんでも地下壕に見えてしまうのか?
狸か狐にバカにされているのだろうか?(大笑)
どうも、線路の下を横切っているらしく、この地下から階段でホームに登るらしい。(苦笑)
こういう駅も、また面白い。

で・・・・時刻表・・・・

DSCN2636_convert_20160731110211.jpg

ゲゲッ!・・・・電車がない!(大汗)
なんと不便な事か・・・・
1時間に1本から3本・・・・
午後4時台は、1本のみで、すでに行ってしてしまっている。
次の電車までは30分以上もある。
近くのお店でコーヒーを飲んで時間をつぶす。

午後5時9分発に乗る・・・・
電車の中・・・・
ドアにシールが貼られていた。(汗)

DSCN2637_convert_20160731110235.jpg DSCN2638_convert_20160731110257.jpg

「床に座らないでください」というシールである。
ということは・・・床に座るバカが多いということか・・・・(苦笑)
我が町を走る「常磐線」の車両には、こういうシールは貼られていなかったような気がするが・・・・
よく見るのは「指を挟まないように」とか「無理な駆け込み乗車はしないで」というシールだが・・・・
へぇ~・・・大分の人はドアのところに座っちゃうのか?(苦笑)
乗降者の邪魔だろうねぇ~
そういうことを平然と行う人が多いからシールを貼られるわけで・・・・(大笑)
これは・・・県民性なのか?(大笑)

「別府北浜」でタクシーを降りる。
明日は空港に向かい帰宅するので、空港行きのバス乗り場の位置とと時刻の確認をして、ついでに周囲をウロウロ・・・・
コンビニの位置などを確認してからホテルにチェックイン。
今晩は、昨晩泊まったホテルとは別のホテルに泊まる。
折角であるから、同じホテルに2泊するより、そのほうが楽しそうだと思ったのである。(笑)

ホテル内に、温泉の大浴場がある・・・
しかも、拙者の部屋は、その大浴場のすぐ近く!
面倒くさがり屋の拙者でも、さすがに目の前に大浴場があるのなら入らねばなるまい!(大喜)

夕食は、外に出て食べることにしたが・・・・
相変わらずの優柔不断・・・・
どこで食べようかと迷うばかりで、一向に決まらない。
結局は、商店街の路地裏にある喫茶店でピラフとコーヒーの夕食となる。(大笑)
お客は誰もいない・・・・
お店のオバチャンとおしゃべり・・・・
熊本の大震災の影響で、別府でもドタキャンがすごかったそうで・・・
おかげで観光客はほとんどいない・・・商店街も閑散としている・・・
今もって観光客数は回復していないそうである。
あらら・・・・(大汗)

地元の人との会話は、旅の楽しみの一つでもある。
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旅行 | 17:18:29 | Comments(0)
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