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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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日出城の時鐘
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日出城の時鐘

この時鐘(じしょう)は、元禄8(1695)年日出藩3代藩主木下俊長(としなが)の命により鋳造されたもので、日出城(暘谷城・ようこくじょう)外大手(そとおおて)(現二の丸館付近)の土居(どい)にかけられ、毎日十二刻の時を知らせていました。
明治時代を迎え、時鐘は現在地(日出城本丸裏門櫓跡)に移設され、太平洋戦争期には供出(きょうしゅつ)の危機にも直面しましたが、地元有志の手により守り伝えられ、現在、日出小学校児童が毎朝8時に鐘をつき、時の知らせとともに元禄の鐘の音を響かせています。
時鐘の総高はおよそ1.35メートル、口径75.5センチ、胴部はあまり張らず、撞座(つきざ)は八葉(はちよう)の法輪形を鋳出しています。
また胴部には、俊長と親交のあった幕府の儒官(じゅかん)人見竹洞(ひとみちくどう)筆の銘文が施されています。

日出町有形文化財 昭和33年10月1日指定
日出町教育委員会

(説明板より)


【大分県速見郡日出町・日出城跡】
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史跡 | 11:49:43 | Comments(0)
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