■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

■最近の記事
■月別アーカイブ

■カテゴリー
■FC2ブログランキング
■ブロとも申請フォーム
■最近のコメント
■小さな天気予報


-天気予報コム- -FC2-

■ブログ内検索

■リンク
■RSSフィード
■FC2カウンター

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
別府へ行く
今日から大分県の別府に行く・・・・
この間、別府にある病院に入院している“戦友”から電話をいただいた。
元師団司令部の電話交換手だった“ヤスダさん”からである。
93歳の“おばあちゃん”・・・・
どうも、話の雰囲気で、会いたがっている様子・・・(笑)
しかも、この間は熊本で大地震があり、大分県でも被害が出ている。
由布院では被害が出ているという報道があったが、別府は、どうなのか知らない・・・
ちょっと気になるところでもある。
ということで・・・・
「じゃぁ、会いに行きますよ!」ということで、今回の旅行を計画したのである。

で・・・午前の便で向かうので、昨晩のうちに上京し、JR蒲田駅前のホテルに泊まった。
蒲田には、拙者の同業者がいる・・・
業界の青年部の後輩・・・・
ここしばらく会っていないので、彼を誘い、一緒に夕食を食べ、おしゃべりを楽しむ・・・(喜)

今日は、JR蒲田駅前からバスで羽田空港に向かう。
で・・・バスに乗ってから気が付いた!(大汗)
拙者は降りる場所を知らない・・・(唖然)
羽田空港の国内線は第1ターミナルと第2ターミナルに分かれている。
え?・・・俺・・・どっちに降りればいいんだ?
完璧にボケている・・・

加えて「パスポートを忘れた!」(大汗)
と・・・相変わらずの冷や汗・・・
国内線なのに、毎度のことながら、心臓が止まる思いをする。(涙)
いい加減、慣れてもいいと思うのだが・・・

午前10時35分発、全日空793便で大分空港へ向かう。

午後12時15分、大分空港に到着。
空港内で食事をし、少し空港内を見学してから別府に向かおうと思ったら、別府駅行きのバスが、すぐに出るという。
次のバスは午後2時過ぎだという・・・(汗)
それでは、ちょっと・・・ねぇ~
トイレに行って・・・発車5分前に切符を買って・・・・あわただしくバスに乗りJR別府駅に向かう。
タバコを吸う暇もない・・・(涙)

駅前の食堂で昼食・・・
前回来た時に立ち寄った食堂は定休日だったので、隣の店に入る。
頼んだのは、「とり天定食」・・・・大分の名物・・・

DSCN2373_convert_20160719134223.jpg

食後に、駅構内の喫茶でコーヒーを飲む・・・
これは、別府に来た時のいつものパターンである。(笑)

午後2時半、病院に向かい、“ヤスダさん”に面会・・・
3人部屋で、隣のベッドの人は99歳のおばあちゃん。
数日後に誕生日が来て満100歳になるという。(驚)
部屋の方々とは、前回来た時にもお会いしていたので、久しぶりの再会である。
「お邪魔しまぁ~す!・・・こりゃ、どうも、どうも・・・」である。(大笑)
“ヤスダさん”と世間話・・・
が・・・途中から身内の話・・・(笑)
ご両親の話から、自分の姪っ子の話から、孫、ひ孫の話・・・
う~ん・・・拙者は身内じゃないんですけど・・・(苦笑)
誰が誰の子供で、それが何番目で・・・・??
う~ん・・・家系図でも見ながらじゃないとわからないんですけど・・・(苦笑)
もう、こうなると、自分の実の祖母との会話みたいな感じである。(大笑)
午後4時が夕食時間だというので、1時間ちょっとだけ、おしゃべりして辞する。

いつもは、ここから別の町に移動して・・・それから旅行を楽しむのだが・・・
よく考えたら、毎回そんなことをしているので、この別府に泊まったことがないことに気が付いた。(大笑)
というわけで・・・今回は別府に2泊して史跡巡りをする。
病院からブラブラ歩きながら、今晩宿泊するホテルに向かう。

DSCN2374_convert_20160719141827.jpg

途中で石碑を発見!(大喜)
「千辛万苦の場」という碑である。
「井上侯千辛萬苦之場移轉ノ記」と碑文の題名が刻まれていた。
“井上侯”というのは、井上馨のことらしい。
徳川幕府の長州征伐のときに、長州藩の反論が二つに分かれた。
井上馨は穏健派だったらしいが、反対派に命を狙われ、大分の別府に逃げて、この地に身を潜めたらしい。
その時にかくまってもらった旅館の一部が、ここに移転され、この碑が建立されたらしい。

DSCN2384_convert_20160719142042.jpg

この碑のすぐ隣に建っている小さな二階家が、移転された旅館の一部らしい。

そのすぐ隣に「別府市公会堂」が建っていた。
別府市を代表する近代化遺産として文化財に登録されている。

DSCN2385_convert_20160719142120.jpg

この敷地内に、面白いものを見つけた!(喜)
「公会堂のサイレン」・・・・(笑)

DSCN2386_convert_20160719142243.jpg


公会堂のサイレン

このサイレンは、昭和16年に愛国婦人会別府分会の寄付金4,500円を投じて、兵庫県の業者に発注し、翌17年6月6日に、別府市に納入された「15馬力 ターボサイレン」と呼ばれるもので、当時15キロメートル四方にも音が聞こえたといわれていました。
別府市公会堂の屋上で空襲警報用サイレンとして使用され、戦後もそのまま屋上に残されていましたが、平成元年10月に現在の公会堂駐車場南側の緑地に移設されました。
この型式のサイレンは、昭和14年にターボサイレンとして特許を取得し、主に海外に輸出したもので、国内用にも数台が販売されましたが、国内で現存しているのはこのサイレンだけではないかといわれています。

平成28年3月 別府市教育委員会

(説明板より)


さらにテクテクと・・・今度は「別府税務署」に向かう・・・(大笑)
なんで税務署かというと・・・
拙者は法人会の広報委員で、会報に記事も書くのだが・・・
前号から「全国税務署めぐり」の小さなコラム記事を追加して書くことにしたのである。
どうしても紙面に空白が出てしまう場合の“穴埋め用”で考え出したもの・・・・(苦笑)
前号では大分県の佐伯税務署、臼杵税務署、徳島県の徳島税務署を紹介した。(大笑)
で・・・次号用に・・・別府税務署!(大笑)
前号に引き続き、九州方面に偏ってしまうのは、“ヤスダさん”を訪問しての、ついでの旅で立ち寄ったから仕方がないのである。(大笑)

この間の法人会の会合で税務署の統括官から「あの記事を書いているのは、あなたでしたか!」と言われたが・・・・
「あの記事はネットからパクって書いたんでしょ?」と言われて腹が立った・・・(苦笑)
冗談じゃない・・・
「ちゃんと現地に自分で行って、自分で写真を撮って書いてるんです!」(怒)
昔と違って現代は便利な世の中になり、なんでもネットから情報が得られるようになった。
その反面、無断で写真などをパクるのも横行している。
拙者のホームページや、このブログから無断で写真をパクっている例も何件も見ている。
(そういう連中に限って連絡先が載っていない・・・確信犯である)
無断借用は著作権侵害のはずだが・・・
マナーが悪い連中が多い・・・
というわけで・・・拙者も写真をパクって書いているんだろうと統括官は思ったらしいが・・・失礼な話だ!(怒)(苦笑)

DSCN2396_convert_20160719153953.jpg (別府税務署)

真っすぐホテルに向かうのは、もったいない・・・(笑)
少し、商店街などを散策してみる。
う~ん・・・・観光地の割には閑散としている・・・(汗)

DSCN2398_convert_20160719154111.jpg DSCN2397_convert_20160719154035.jpg

商店街の中で、面白いモニュメントを発見!



山は富士 海は瀬戸内 湯は別府

このモニュメントは、別府観光の祖である油屋熊八翁が全国に別府温泉を宣伝した名言「山は富士 海は瀬戸内 湯は別府」を表すと共に、「旅人をねんごろにせよ」という熊八翁のお客様を心からもてなす真心を同時に表現しています。
熊八翁を偲ぶ会は、この建立によって熊八翁の唱する観光哲学を別府観光の未来へ向けたメッセージとしてここに刻むものであります。

油屋熊八翁を偲ぶ会
平成二十一年四月吉日
制作 彫刻家 浅野徳三

(説明プレートより)



で・・・油屋熊八という人は・・・この人・・・

DSCN2401_convert_20160719154145.jpg

日本で最初に女性バスガイドによる地獄めぐりの観光バスを運行したり、温泉マークの普及に尽力した人らしい。

さらに散策・・・・
細い路地を抜けたら・・・
今度は、古めかしい建物を発見!

DSCN2402_convert_20160719225125.jpg

DSCN2403_convert_20160719225155.jpg DSCN2404_convert_20160719225224.jpg

「竹瓦温泉」というらしい・・・
これは・・・・銭湯?(苦笑)
旅行者も入れないこともないのだろうが・・・なんとなく一人じゃ入りづらい・・・
拙者は結構、気が小さいのだ・・・・(涙)
建物はレトロで好きなのだが・・・・
外観だけ“見学”して通過する・・・(大笑)

さらにブラブラ歩いていたら・・・
ついに、道に迷った!(大汗)
一体、どこを歩いているのやら・・・

DSCN2405_convert_20160719230355.jpg (飲み屋街?)

さらに別のアーケード商店街を歩いていると思うのだが・・・(大汗)
またまた、面白いものを見つけた!(笑)
天狗である!

DSCN2409_convert_20160719230527.jpg DSCN2406_convert_20160719230426.jpg

DSCN2408_convert_20160719230455.jpg



やよい天狗の由来

天狗は神通力により火の厄除け及び自由自在の守り本尊と日本書紀にも記されております。
西暦1168年 別府村北浜地方に大災害があり、別府村の住民は大被害を被ったと豊後紀行に書かれております。
その当時別府村には南北に両筑街道がはしり、長崎などと往来がとても多く西法寺に本陣・御旅所を置いたと伝えられております。
西暦1715年(明和2年) 天領当時の別府村を統治した森藩主の命により讃岐の国の白峯の地より秋葉宮御霊前を現在の秋葉神社の位置に建立したと豊後風土記に記録が残されております。
しかも当時としては海門寺に通じる裏街道であった『現在のやよい商店街の流川通り入口』に石碑を建立し付近一帯の無病息災を祈念したとも伝えられております。
やよい商店街では以前より温泉感謝と別府繁栄の心をこめ、いろんなかたちで祭り参加をしていました。
昭和48年2月 商店街の火災厄除けとして『やよい天狗みこし』を創作いたし、以来19年間 当商店街に及ぶ大火罹災を免れ守護を賜り続けております。
毎年4月の別府温泉祭りには『やよい天狗みこし』として雄大かつ尊厳さをも感じられるお姿を披露し温泉祭りの名物となっております。

別府やよい商店街振興組合

(説明板より)



天狗を見ると、いつも思うのだが・・・・
これは絶対、“外国人”だよなぁ~
しかも、白人!(笑)
で・・・日焼けして赤くなったか、酒を飲んで赤くなったか・・・
で・・・鼻が高いのを強調して、“天狗”の顔になったと思うんだよなぁ~(大笑)
大昔、日本には西洋人が住んでいたんじゃなかろうか?(大笑)

商店街をウロウロしながら、ようやくホテルを見つけてチェックインを果たす。
スポンサーサイト


旅行 | 10:38:09 | Comments(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。